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伝説のスピーチ

大学時代の一級上の先輩であるSさんとAさんは、「同志」とか「親友」といった間柄である。

大学生の頃、はたで見ていて、うらやましい関係だな、と思った。

その後、Sさんは香川県に就職し、Aさんは福島県に就職し、二人は10年以上も会う機会がない。

僕自身は、Sさんとも、Aさんとも、ちょこちょこと会う機会があった。

いまから20年ほど前のことである。

Sさんが香川県に就職することになったとき、僕はSさんの引っ越しの手伝いをした。

いかにも「○○荘」といった感じのぼろアパートの部屋に行くと、アパートが傾くんじゃないか、というくらいの本やガラクタが散乱していた。

ありとあらゆる書類がとってある。大学入学時のオリエンテーションパンフレットとか。

「こんなのいるんですか?」

「いるよ。とにかく段ボールに詰めて」

言われるがままに段ボールに詰めた。

極めつけは、流し台の戸棚から、「峠の釜めし」の駅弁の容器が、5,6個出てきたことである。

北関東出身のSさんは、帰省するたびに、名物の「峠の釜めし」を買って食べていたのだろう。

「こんなのも香川県に持って行くんですか?」

「持って行くよ」

「え、どうしてです?」

「だって、これで米を炊くかもしれないじゃん」

ええぇぇぇぇ!そんなこと、絶対あり得ない。釜めしの容器でご飯を炊く機会なんて、絶対ないだろう。

「全部ですか?」

「全部」

僕はだんだん腹が立ってきた。1つならまだしも、5,6個あった「釜めし」の容器をなにも全部持って行くことはないだろう。

あまりに腹が立ったので、Sさんが目を離しているすきに、釜めしの「うつわ」と「ふた」を、全然別の段ボールに、バラバラに梱包してやった。

(これで、段ボールをあけたときに、「あれ?うつわはあるけどふたがない」とか、「ふたはあるけどうつわがない」となって、さぞかし困るだろうな、ククク)

なんとも地味な嫌がらせである。

一事が万事そんな感じで、ほとんどのモノを捨てることなく、段ボールに詰めるだけ詰めて、香川県まで運んでいったのであった。

さて、それから数年後。

Sさんが、結婚することになった。僕は香川県で行われる結婚披露宴に呼ばれた。

しかも、スピーチと歌を披露しろという。

仕方がないので、スピーチでは引っ越しの時のエピソードを面白可笑しく話した。

「あのときの『釜めしのうつわとふた』は、うまく見つかりましたか?Sさん」

披露宴会場は爆笑の渦となった。

このとき、Sさんの親友のAさんも披露宴に出席していた。

昨日、松山で行われた研究交流集会の懇親会でAさんとお会いしたので、このときの話をすると、

「あのスピーチは忘れられないよ」

と僕に言った。

じつはもう一人、このスピーチのことを覚えてくれた方がいた。

今回の研究交流集会を取り仕切っていたEさんである。

Sさんの元同僚であるEさんもまた、Sさんの結婚披露宴に出席していたことを、後に知った。

数年前、Eさんに初めてお会いしたとき、会うなり、

「S君の結婚披露宴で、釜飯のスピーチをされていましたよね」

と言われたのである。

「あのスピーチはよく覚えていますよ」

僕が驚いたのは、17年前のどこの馬の骨かもわからない人間(つまり僕)のスピーチを覚えてくれていたこと以上に、いまは同志としてそれぞれの持ち場で活動されている福島県のAさんと愛媛県のEさんが、じつは17年も前に、僕の「釜飯スピーチ」を一緒に聞いていたという事実である。

人間の縁というのは、実におもしろい。

さて次の日の午前、香川県のSさんが、松山で行われた研究交流集会に駆けつけた。

休憩時間の15分の間だけ、香川のSさんと福島のAさんは再会した。

二人は、会合が終われば、すぐまた移動しなければならない。

10数年ぶりのSさんとAさんの束の間の再会に、僕はちょっと感動した。

ツーショットの写真を撮ればよかったと、後悔した。

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