公用語は中国語・その3
2月15日(水)
国際学術会議の2日目。総合討論である。
壇上にいるのは、私以外は中国の方々ばかりである。
討論が始まるが、私の専門とはまるで異なる話が延々続くので、内容がサッパリわからない。
専門が異なると、韓国語はこれほど聞き取れなくなるものかと実感する。
(いよいよ俺は何のためにここにいるのかわからなくなってきたぞ)
さあ、最後に私の番が回ってきた。
(この流れで、俺は何を発言すればいいのか?)
しかしそこは司会のユン先生がうまくまとめられ、私が喋りやすいような内容の質問を投げかけてくれた。
私は思っていることを、たどたどしい韓国語でお話しした。
それでなんとか、総合討論がまとまったのである。
何も心配することはなかった。私が尊敬するユン先生を信じていればよかったのだ。
討論の一番最後に、ユン先生はおっしゃった。
「私たちは困難なテーマに取り組むことを選択したのだから、その責任を果たしていかなければならない」
それは、ユン先生ご自身の「覚悟」のようにも聞こえた。
私はこの言葉を聞いただけで、この会議に参加してよかったと思った。
そうだ。困難なテーマに取り組んでいるのだから、一筋縄ではいかないことは、当たり前なのだ。
少しでも、この分野が前進していけばいい。
お昼過ぎ、無事に討論が終わり、ほかの方々はエクスカーションに参加されたのだが、私は他に行きたいところがあった。
今回の国際学術会議の会場となった大学の図書館に、私の恩師の1人が寄贈した蔵書が、恩師の名前を冠した「文庫」として整理されているというので、ぜひ見学したいと思ったのである。
その恩師は、大学時代、とても恐い先生だったのだが、古稀をむかえ、引退するというので蔵書を韓国の大学に寄贈したのである。
ところが本をすっかり寄贈したあと、恩師はある大きな仕事を手がけることになり、不肖私も恩師のお手伝いをすることになったのであった。
この大学に来たらぜひ恩師の名を冠した「文庫」を見てみたいと思ったのであった。
この大学の先生にお願いして大学図書館に入れてもらい、書庫にある「文庫」を見せてもらうことにした。とてもよく整理されている。
実際に蔵書を整理された図書館の職員の方に説明してもらった。
「先生とはどういうご関係なんです?」と職員さん。なぜ「文庫」を見たがるのか、不審に思っているようだった。
「弟子です」
正確にいえば弟子ではないのだが、まあ弟子みたいなものなのでそう答えた。
「そうですか。恐い先生だと聞いてます」
「そうです。恐い先生でした」
「なんでも、授業中に教室の鍵を中からかけてしまって、遅刻者を中に入れなかったんですって?」
「そうです!私、学生時代、その現場にいましたから」
なんと!恩師の伝説は韓国にも広まっていたのか!
そんな話をしているうちに、すっかり図書館の職員さんと打ち解けてしまった。
「せっかく日本からいらしたのなら、この建物の中に『日本研究所』という研究室があるので、行ってみませんか?」
「はあ」
あまり気乗りはしなかったが、せっかくのご厚意なので「日本研究所」なるところを訪ねることにした。
「実は私も初めて行くんですが」と職員さん。
職員さんの案内で、「日本研究所」の部屋の扉を叩いた。
「どちら様ですか?」女性の研究員らしき方が出てきた。
「日本からお客様がいらっしゃいましてね。○○先生の文庫が見たいとおっしゃってご案内したんですが、せっかくなのでこちらにもお連れしようと思いまして」図書館職員さんが説明してくれた。
その女性研究員の方は、私を見ると、
「…もしかして、鬼瓦先生ですか?」
という。私も思い出した。
「そういうあなたは、ミンギョンさん!」
留学中に何度かお目にかかったことがある、ミンギョンさんだった。
日本にもご夫婦で留学したことがあるので、たしかご夫婦とも日本語ができたはずである。私が韓国留学中に、ミンギョンさんご夫妻と一度お酒を飲んだこともあった。
「お久しぶりです。8年ぶりくらいでしょうか」
「そうですね。いま、こちらにお勤めなんですか?」
「ええ」
ミンギョンさんはこの大学出身なので、母校に勤めることは何ら不思議ではないのだが、それにしても、私が「日本研究所」とやらを訪れなければ、再会することもなかったのである。
まことに私は、引きが強い。
韓国を旅すると、もう会うこともないんだろうな、と思う人と再会することが実に多い。
韓国にいると、人生とは実にドラマチックだと思わずにはいられないのだ。
| 固定リンク
« 公用語は中国語・その2 | トップページ | 墜落機 »
「旅行・地域」カテゴリの記事
- 3年目の対面(2023.02.04)
- 出張あれこれ(2022.11.30)
- からすまおいけ(2022.11.27)
- 傾聴の旅(2022.11.23)
- 無事に終わったのか?無事じゃなく終わったのか?(2022.09.29)
コメント