尻を叩く役
2月2日(木)
午前、遠方から、職場にお客さんがやってきた。
私の大学時代の1学年上の先輩であるSさんの職場の同僚、Rさんである。
大学時代の1学年上の先輩であるSさんについては、前にも書いたことがある。
以前書いた記事を引用する。
「Sさんとは、年齢がほぼ同じだと言うこともあって、仲がよかった。Sさんが4年生の時、卒論が間に合いそうにない、ということになり、徹夜でお手伝いしたことがある。結局、その卒論は不合格となったのだが。で、翌年、Sさんと私はそろって大学院に進学した。
そのSさんが、数年後、就職が決まり、遠くに引っ越すことになった。私は、その引っ越しの手伝いもすることになったのである。
いかにも「○○荘」といった感じのぼろアパートの部屋に行くと、アパートが傾くんじゃないか、というくらいの本やガラクタが散乱していた。
ありとあらゆる書類がとってある。大学入学時のオリエンテーションパンフレットとか。
「こんなのいるんですか?」
「いるよ。とにかく段ボールに詰めて」
言われるがままに段ボールに詰めた。
極めつけは、流しの戸棚から、「峠の釜めし」の駅弁の容器が、5,6個出てきたことである。
北関東出身のSさんは、帰省するたびに、名物の「峠の釜めし」を買って食べていたのだろう。
「こんなのも引っ越し先に持って行くんですか?」
「持って行くよ」
「え、どうしてです?」
「だって、これで米を炊くかもしれないじゃん」
ええぇぇぇぇ!そんなこと、絶対あり得ない。釜めしの容器でご飯を炊く機会なんて、絶対ないだろう。
のちのち必要になるかもしれないからとっておく、というのは、ゴミ屋敷のオヤジの発想である。
「全部ですか?」
「全部」
私はだんだん腹が立ってきた。1つならまだしも、5,6個あった「釜めし」の容器をなにも全部持って行くことはないだろう。
あまりに腹が立ったので、Sさんが目を離しているすきに、釜めしの「うつわ」と「ふた」を、全然別の段ボールに、バラバラに梱包してやった。
(これで、段ボールをあけたときに、「あれ?うつわはあるけどふたがない」とか、「ふたはあるけどうつわがない」となって、さぞかし困るだろうな、ククク)
なんとも地味な嫌がらせである。
一事が万事そんな感じで、ほとんどのモノを捨てることなく、段ボールに詰めるだけ詰めて、新天地まで運んでいったのであった。」
…というエピソード。
私は、Sさんの卒論を手伝い、実は修論も手伝い、そして就職の時の引っ越しも手伝った。Sさんは、卒論とか修論とか引っ越しとか、自分にとって「大きなイベント」があるたびに、長考に入り、ギリギリになるまで自分の中で抱え込んでしまう、というクセがあった。私はそのたびに、Sさんのお尻を叩き、抱え込んでいるものを共有する、という役目をしていたのである。
私は20代の大半を、Sさんとともに過ごしたが、Sさんが就職して遠くに行ってからは、つい最近まで、ほとんど音信不通の状態だった。ところが昨年あたりから、仕事で何度かお会いするようになったのである。
そしてその過程で、Sさんと同僚のRさんとも、これまで2度ほど、お会いしたことがあったのである。
2日ほど前、そのRさんから電話があった。
「2月2日の午前中に、そちらの職場にうかがってもよろしいでしょうか。少しお話ししたいことがあるもので」
「いいですよ。ただし場所が遠いですよ」
「かまいません」
まだ2回しかお会いしたことのないRさんが、わざわざ私の職場に来て話したいこととはなんだろう?お話し好きの方、という印象があったから、たんなる雑談をしに来るのだろうか、とも思った。
さて当日。
Rさんがうちの職場にお見えになった。
「はるばるとこんな遠いところまで来てくださって、ありがとうございます」
「今日は実は、ひとつ折り入ってご相談といいますか、お願いがあってやって来ました」
「何でしょう?」
「今年の秋に、うちの職場で、大きなイベントをやることはお話しましたでしょう」
「ええ、うかがいました」私も少し、協力することになっていた。
「Sさんがこのイベントの主担当なのですが」
「そうでしたね」
「実は、なかなかこのイベントの方向性がまだ見えてこなくて、Sさんも困っているようなんです」
「そうですか」
「Sさんも、ああいう慎重な方なんで、なかなかコトが進まなくて…」
「そうでしょう」Sさんらしい、と思った。
「そこで相談なのですが」
「はい」
「鬼瓦さんに、これからイベントが始まるまでのあいだ、Sさんの尻を叩いてほしいんです」
「私がですか?」
「定期的に、Sさんの尻を叩いてもらえませんか?」
「はあ」
「そうすれば、Sさんもイベントに向けて仕事が進むと思うんです」
私は驚いたと同時に、笑いがこみ上げてきた。
学生時代、私はSさんが卒論を提出するまでの間、Sさんの尻を叩き続ける役目を果たしていた。修論の時も、引っ越しの時もそうだ。
それから25年がたち、結局私は、Sさんに対してまったく同じ役目を果たすことになるのだ。人生とは、まことに面白い。
「大きなイベント」を前にして長考に入り、ギリギリになるまで自分の中で抱え込んでしまう、というSさんの性格は、学生時代のままだった。
だとしたら、尻を叩くのは自分しかいない。
そのことを知ってか知らずか、同僚のRさんは私のところに相談に来たのである。
そしてそれは、Sさんがいまの職場で同僚たちに慕われてることも意味した。
「わかりました。引き受けましょう。いままでも、私はそうしてきましたから」
「よろしくお願いします」
ということで、秋のイベントまでの間、折にふれてSさんのところまで出かけていって、尻を叩く役を仰せつかったのである。
またひとつ、仕事が増えたなあ。
| 固定リンク
「職場の出来事」カテゴリの記事
- まだ月曜日かよ!(2023.01.24)
- ○○の玉手箱(2023.01.18)
- 何でも言って!(2023.01.14)
- 100字原稿マシーン(2023.01.05)
- シャレオツなメディアキャラバン(2022.12.21)
コメント