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2017年3月

あらかじめダサいと言っておく

3月28日(火)

困ったなあ。

職場の広報誌の編集委員の任期は2年である。

任期中に2冊の広報誌の編集を担当しなければならない。昨年、紆余曲折がありながらも、1冊目を世に送り出した。。

文字通りガチの編集作業で、企画から執筆者の人選、依頼、編集、校正など、これが実に大変なのだ。

通常の編集作業だけでもかなり大変なのだが、その上、私が担当する号からレイアウトをガラッと変えることになった。

つまり、印刷会社のレイアウターさんが提案してきたレイアウトを、最初から一つ一つ吟味して、意見を言いながら、決定していかなければならないのだ。

すごい面倒くさい作業である。

それだけではない。

先日の「ロゴ事件」で、私はすっかり美的センスに関する自信を失ってしまった。

なぜ傷口に塩を塗るように、このうえ私に美的センスを試そうとするのか?

たとえば、表紙である。

デザインはもちろんレイアウターさんが考えるのだが、表紙の素材となる写真とか図版を、私が提供しなければならない。

その号のテーマに合わせて、いくつか素材となる写真を提供し、レイアウターさんがそれをもとにいくつかの表紙案を作ってきた。

うーむ。どれもパッとしない。たぶんこれは、素材が悪いのだ。

表紙にふさわしいだろうと思ってその写真を素材に選んだ私のセンスに問題があるのだ!

さて、編集会議の日である。

私以外の編集委員は、何度も編集経験のある方たちで、みなセンスがある人たちばかりである。

提出された表紙案を見くらべながら、ある人が言う。

「うーむ。この程度のものなら、どれもおんなじだなあ」

私はその場で死にたくなった。これは明らかに、表紙の素材を選んだ私のセンスが悪いのだ。

表紙に続き、目次、本文などのレイアウトを一つ一つ吟味する。

もはや私は、自分のセンスにすっかり自信がなくなってしまったので、他の編集委員の言うがままに、レイアウトを決定した。

決定した表紙案を、家に持って帰り妻に見せる。

「ミニコミ誌みたいだね。ミニコミ誌の編集者になれるんじゃないの?」

…今すぐここで割腹いたします。

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雨の谷中銀座

3月26日(日)

数日前、高校時代の友人、元福岡のコバヤシからメールが来た。

「折り入って話がある。今月か来月あたり時間が取れないか」

コバヤシからこんなメールが来るのは珍しい。

3月で唯一空いている時間が、26日(日)の日中だった。

昨日(25日)は、まる1日、職場の会合に参加して、懇親会にまで参加してすっかり憔悴していた。この日が唯一の休みの日で、本当は締切を過ぎた原稿を仕上げなければならないのだが、コバヤシのメールの様子では、ずいぶんと精神的に切羽詰まっている感じである。

「26日の日中なら空いているぞ」

と返信すると、

「じゃあ、26日の午後に、うちの近所の谷中銀座に来てくれないか」

という。コバヤシは今、谷根千と呼ばれる地域に住んでいるのだ。

午後1時、谷中銀座で待ち合わせる。

晴れていれば散策にはちょうどよいところなのだが、あいにくの雨である。

「せっかくだからビールでも飲みながらメシでも食おう」

と、昼飲みと相成った。

「中華とウナギ、どっちがいいか?」

と聞くので、うなぎは高いと思い、

「じゃあ中華で」

と答え、「一寸亭」という中華料理屋に入ることになった。

Photo瓶ビールと、いくつかつまみを注文しながら彼の話を聞く。

最初は高校時代の思い出話から始まり、しだいに彼の会社の愚痴になっていった。

なんでも今度、彼は昇進するらしく、昇進が大嫌いな彼からしてみれば、ひどく憂鬱なのだという。

それだけではなかった。

彼の所属するチームには、1人、やっかいな後輩がいた。

その後輩というのは、仕事がものすごくできるのだが、承認願望というのか、「かまってちゃん」というのか、自分が評価されていないことに対する不満が強く、ことあるごとに、コバヤシに「どうして自分はこんなに頑張っているのに周りは評価してくれないのか?」と愚痴をこぼすのだという。

その後輩の愚痴というのは、かなりやっかいなもので、会社のみんなはそのことをよく知っているのだが、誰もその愚痴を引き受けようとはせず、コバヤシが毎日のように、その後輩の愚痴を聞く係になってしまったというのだ。

驚いたことに、毎日お昼休みに30分、コバヤシとその後輩は散歩をする日課になっていて、後輩はその散歩のおりに、日々の愚痴をコバヤシにぶちまけているのだという。

問題は、コバヤシが昇進する4月以降である。

さすがに周囲からは、「コバヤシさん、昇進するんだから、もう彼につきあって昼の散歩に出ることはありませんよ」と言われる。

たしかに、責任も重くなるので、彼1人の愚痴を聞くために毎日昼の散歩に出るわけにも行かない。

かといって、昼の散歩をやめてしまうと、後輩が被害妄想を拡大させて、拗ねてしまうのではないだろうか。

そのことを考えるだけで、夜も眠れなくなる。

最近は、腰も痛くなってきたというのだ。

「それは歳のせいだろ!」

「いや、明らかにストレスだと思うんだよ」

結局、結論は出ないままに終わったのだが、私から見れば、コバヤシとその後輩のやりとりはコントのように可笑しいので、これを、サラリーマンの悲哀を描いた映画にしてはどうかと提案した。

そんなこんなで話をしていて、ふとカウンターに目をやると、見たことのある人がラーメンを食べている。

ひょっとして…。

高校時代、吹奏楽部で1年後輩だった、アライさんじゃないか???

クラリネットのアライさん!

私は年に1度程度、OBの集まりでアライさんと会っているので、顔をよく覚えている。

しかし、ここは高校の地元ではないし、まさか、谷中のこんな奥まったところにある中華料理屋さんでラーメンを食べるはずもない。

まさかねえ、と思って、会計のときに思い切って声をかけてみた。

「あのう…すいません」

「は!先輩!」アライさんは私に気づき、驚いた様子でこちらを見た。「こちらにいらっしゃるのは…ひょっとして、コバヤシ先輩???」

「そういうあなたは……アライさん!」

やっぱりアライさんだった!そしてコバヤシとアライさんは、四半世紀ぶりの再会なのである!

「どうしてこんなところに???お二人が???」

「それはこっちが聞きたいよ!俺はここが地元なんだよ」とコバヤシ。

アライさんは、友人の人と一緒に谷中に来て、お昼にラーメンを食べていたのであった。

まさかこんなところで、高校時代の後輩に会うとは、やはり引きが強い。

店を出た後、もう1件、ビールが飲める店に入り、ひとしきり、人間の縁ということについて話をした。

「不思議な1日だったなあ」

「そうだなあ」

Photo_2花見にはまだ早い、肌寒い雨の谷中銀座での出来事である。

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飲み会百態

3月23日(木)~24日(金)

相変わらず出張の日々ですが、飛行機の往復ややはり疲れますね。

とりたてて書くことがないので、いただいたお便りを紹介します。

「鬼瓦さん、こんにちは。

どうしていつもこんな体験ばかりするのだろう?というような出来事がありました。

出張先でのことです。仕事のあと、今回の相手先の社の人6名と居酒屋でお酒を飲むことになりました。

僕は風邪気味だったのであまり飲まなかったのですが、僕の目の前で飲んでいた、私と同世代くらいの男性2名が、最初は楽しく飲んでいたのですが、かなりお酒がまわり、ついには声を張り上げて大喧嘩をはじめたのです。

(いちおう俺、お客さんなんだけとなあ…)

と思いつつ、どうしたらいいかわからず、下を向くばかりでした。

どうも、互いの部署に対する不満を述べているようで、僕がいることなど気にせず、口喧嘩が続きました。

(俺の目の前で内輪喧嘩をはじめられてもなあ…)

他の人たちもさほど喧嘩を止めようとはせず、必死に僕のほうに(気をそらそうと)別の話題を振ってくるのですが、僕は喧嘩のほうが気になって仕方がありません。

(この口喧嘩は、部外者の俺が止めるべきなんだろうか?)

と思いつつ、結局は下を向くばかりです。

結局その飲み会は4時間ほど続き、険悪な雰囲気のまま解散しました。僕はとてもイヤな気分になりました。

翌日の朝、何事もなかったかのように打ち合わせが始まりましたが、僕は

(ヘタな発言をすると飲んだ時に喧嘩を売られるのではないか)

と、恐くてなかなか発言できませんでした。

結果、とくにトラブルもなく仕事は終わったのですが、どうしていつも、僕の周りではこんなことばかり起こるのでしょう?

これって、どっきりカメラだったのでしょうか?

それとも、僕がそういう星の下に生まれたからでしょうか?」

自分の目の前で、急に喧嘩が始まる。

たしかにどっきりカメラにありそうな光景ですね。

私も以前、まったく知らない会社の歓送迎会に参加させられ、隣に座っていた人がいきなり涙ながらにお別れの挨拶をして、私の目の前に座っていた社長がその挨拶を聞いて涙を流して、あいだに座っていた私は、

(いったいどんな顔をすればいいんだ?)

と戸惑ったことがあります。

たぶん、そういう星の下に生まれたのでしょう。

「いたたまれない飲み会に参加させられる」という星の下に、ね。

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ちょっとしたつぶやき

3月22日(水)

仕事で、「光の国」の姉妹都市に日帰りしてきた。

…と、これ以上、今日はとくに書くことがない。

いちおうこのブログは、ラジオのフリートークのように、何かエピソード的なことを書くことに決めているのだが、それにしてもたった1行というのは、いかにももったいない。

こういう、とりたててブログに書くほどのものではないけれども、ちょっとした報告とか、あと、たとえば、

「東京駅の構内、数年前に改装したエリアで、いままた改装工事をしている。東京駅だけでなく都内の他の駅でも改装工事ラッシュである。おかげですごい不便。これが東京五輪を大義名分としたものならば、私たちはあまりに多くの不便を強いられていると言わざるを得ない。いったい誰が得しているのか?」

「先日、20代の新人職員から、『最近先生は、何か明るい出来事がありませんか?』と聞かれ、『明るい出来事ねえ…どうして?』と聞きかえしたら、『最近は先生の沈痛な表情しか見ておらず心配になりまして』と言われた。今の私はよっぽど精神的にも追い詰められているらしい」

「最近は、寝るというより、気絶している、という感じ」

という、そうねえ、140字程度のちょっとしたつぶやきが書けるようなSNSみたいなものはないかなあ。

どなたか知りませんか?

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ロゴを選ぶ

3月21日(火)

三連休はさんざんだった。

土日は山奥で合宿だったのだが、風邪はひくわ、久しぶりの相部屋でくつろげなかったわで、ひどく憔悴した。

祝日の月曜日は、朝から晩まで、職場主催のイベントが都内であり、しかも30分ほど喋らされることになっていた。

(体調も悪いし、絶対にショートするなぁ…)

ショートとは、持ち時間に比してトークが早く終わってしまうことをいう。

ところがさにあらず。

もうろうとした頭で、かえってトークが絶好調となり、時間を超過して40分も喋ってしまった。

「体調の悪いときほどトークが絶好調になる」伊集院さんの気持ちがよくわかった。

それはともかく。

今日は朝から夕方まで職場で会議である。

午前中の会議では、ロゴを決める、という議題があった。

なんでもロゴを公募するサイト、というのがあるらしく、同僚がそのサイトを見つけてきて、うちの職場のプロジェクトに関するロゴを募集したという。

デザインにあたって、いくつかこちらのコンセプトとか希望とかを提示して、募集するのである。

デザイナーとか、あるいはデザイナーをめざしている人とかが、小遣い稼ぎで応募したりするので、応募数もかなりあるらしい。

うちの職場のロゴも、地味なコンセプトだったが、けっこうな数の応募者がいたようだった。

そこから、ロゴの候補となる作品5つが選ばれた。

で、午前中の会議で、ロゴを最終決定することになったのである。

会議のメンバーは10名ていどである。

1番から5番まで、エントリーされているもののうち、どの作品がうちのロゴとしてふさわしいか?

私は心の中で、

(1,2,3,4は絶対ないな)

と思い、5番がいいと思った。

「では挙手で決めましょう」と議長。

「1番がいいと思う人!」

えええええぇぇぇぇぇっ!!!

なんと、私以外の全員が、1番に手を上げた。

「やっぱり1番ですよね」と議長。「実は、内々にいろいろな人に聞いてみたら、全員、1番がいいと言ってました」

「そうですよね」と、ロゴ担当の同僚。「まあ5番はともかく、2番から4番はちょっと違う感じがしまいますよね」

「ともかく」といわれたぞ!

ということは、5番は全然みんなの眼中になかったということか。

デザイン候補を並べる段階で、いちばんの有力候補を1番に持ってきて、いちばんどうでもいい作品を5番に持ってきたんだな!

つまり「フィーリングカップル5対5」方式である!(古ッ!!)

「ということで、1番に決めたいと思いますけども、鬼瓦さん、手を上げていませんでしたが、1番でよろしいでしょうか」

「異存はございません」

いつもこうだ。

俺だけ、他の人とセンスがまったくズレているのだ。

しかし、みんながみんな同じ方向を向いているときに、冷や水をぶっかける、それこそが俺の生き方なのだから、ある意味、その姿勢を貫徹したといってもよい。

夜、家に帰った後、妻にこの5つの候補作品を見せた。

「この5つのなかで、ロゴにするとしたらどれがいい?」

5つの作品を見くらべてから妻が言った。

「まず、5番はないわ」

「……」

あのぅ、ちょっとここで割腹してもよろしいですか。

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まったくツイてない

3月18日(土)

前夜、ホテルに泊まったあたりから、「ん?風邪かな?」と思われるのどの痛み。

朝起きたら、のどの痛みに加えて鼻づまりの症状もあり、体も少しだるい。

風邪薬を飲んで、今回の用務先に向かう。

午前から夕方までびっしりと会合が続く。

だんだん体がだるくなってきた。本格的に風邪をひいたようだ。

しかも悪いことに、この日は、山奥の温泉旅館に泊まることになっていた。

1人部屋ではなく、相部屋なのである。

(気を使うなあ…)

相部屋だと、神経を使ってしまい眠れなくなるのである。

宿で夕飯を食べていると、さらに症状は悪化した。

山奥のひなびた温泉地なのだが、今日は、温泉に入れそうにない。

夕食後、温泉にも入らずにすぐに寝た。

翌日。

いちにち、フィールドワークである。

午後3時過ぎに解散となり、ローカル線と新幹線を乗り継いで家に帰った。

家に着いたのが夜の7時過ぎ。

(今日はひどく疲れたし、体調も悪いから、夕食は簡単なパスタでも作るかな…)

材料を切って、さてお鍋とフライパンに火をつけようとガスコンロの栓をひねる。

…ウンともスンとも言わない。

(おかしいな…)

何度か、ガスコンロの栓をひねったが、変化がない。

…思い出した!

土曜日に、うちのマンションで、プロパンガスから都市ガスへの付け替え工事が行われたんだった!

その際、各部屋のガスが一時的に使えなくなる。使えるようにするには、都市ガスの業者が家に入って、ガス器具の点検をするので、そのときに家にいるようにしてほしい、といわれたんだった!

ところが土曜日は、私も妻も不在なので、ガス器具の点検に立ち会うことができない。

「どうすればいいですか?」

と聞くと、

「別の日にお願いします」

という。

「20日の祝日はどうですか?」

と聞くと、

「日曜と祝日はガスの下請け業者がおやすみなので、平日にしていただけませんか?」

という。

つまり、業者の都合で、日曜祝日はダメだというのである。

「立ち会わないと、うちのガスがつかないということですか?」

「そういうことです」

なんとも杓子定規な返答である。

「じゃあ火曜日の午前中に立ち会いますので来てください」

ということで、火曜日の午前中まで、うちのガスは止まったままなのである!

さあ困った。私はすでにみじん切りにしてしまったタマネギを冷蔵庫にしまった。

電子レンジで温められるものだけで、夕食を済ませた。

問題は、お風呂である。

なにしろ私は、昨晩は風邪のために温泉に入られなかったのだ!

2日連続でお風呂に入らないというのは、さすがにマズイ。

明日(20日の祝日)が休みならばそれでもいいかもしれないが、明日は朝から晩まで、都内で職場主催のイベントがあり、私もそこでプレゼンをしなければならないのだ!

かといって、この最悪な体調で、水のシャワーで体を洗うのは、死を意味する。

ということで、車で20分ほどかけて、銭湯に行くことにした。

まったく、この3連休はツイてない。

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クイズのクイズ

ふだん、「コメント欄は面倒で読まねえ」という人のために。

前回のクイズは、1枚の写真から、私がどこを旅しているかをあてよというものだった。

Photo

さっそくこぶぎさんから、「こぶぎの窓」というハンドルネームでコメントが来た。

「こちらもそばの産地だが、

・麺が細すぎる
・麺が大きな板に載っていない
・わさびが添えてある

からして、全然違う。

しかもの卒業式だった昨日、「なごり雪」があまりにしっかり降りすぎたため、今日のTスキー場はロッジの階段が埋まるほどの積雪量で、真冬そのもの。

春の山菜を天ぷらに揚げるなんて、できるはずがない。

だから、犯行現場はもっと南だ。

すぐに答えを見つけたが、今回の手柄は少年探偵の小林君に譲ってやろう。

なぜなら、犯人が乗っていたのは、君も先日乗った新幹線だからだ。

そして店名のヒントは、これから君が調査に行く場所にゆかりのある映画のシリーズ1作目に出演している女優の名字だからだ。

ここまで言えば、もう正解の七割そばまで教えたも同然だよ。」

これに対して、私は次のように返信した。

「こぶぎさん、店名はたぶん正解です!

ただ、細かなところで思い違いをしています。

私がおそばを食べたのは、県庁所在地の駅ビルに入っている支店のほうです。

その映画のシリーズ1作目に出演している女優は、「光子」は「光子」ですが、名字の違う別人です。

ということで、正解の七割そばといったところでしょうか。」

この会話、よい子の読者のみなさんには意味がわかったかな?

さあ、ここで、こぶぎさん以外の読者にクイズです。

1.こぶぎさんは、私が何という町に行ったと勘違いしたのか?

2.こぶぎさんが勘違いした、映画シリーズの1作目に出演した女優(正しいほう)は誰か?

3.私がおそばを食べたお店の店名は何か?

この3つの問いにすべて答えられれば、かなりディープな読者です。

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そばっ食いへの挑戦状

3月17日(金)

相変わらず慌ただしい日々だが、原稿だけは進めなければならない。

今週は、インターネット連載の2回分の原稿(3000字×2)と、某誌に掲載する原稿(10000字)をなんとか書いて、送信した。

しかし3月末締切の「難解な文章」(20000字)がまだ全然終わっていない。これが終わらないことには、次の「難解な文章」(12000字)に進めない。

そうこうしているうちに、あっという間にインターネット連載の締切が来てしまうので、その原稿も書かなければならない。

底抜け脱線ゲームだな、これは。

しかし相変わらず出張が多いし、困ったものである。

朝10時、大学時代の先輩が、学生1人を連れてうちの職場に訪れた。

前回と同じく、2時間ほど、地下の仕事部屋に籠もって資料調査である。

「学生時代を思い出すねえ」

「そうですねえ」

しばし20年前のノスタルジーに浸った。

お昼をはさんで、午後1時と午後3時から打ち合わせで、職場の1階と2階と地下を駆けまわる。。

4時過ぎに終わり、職場を出て、新幹線に乗って内陸の地方都市に向かう。

夜は、この県の名物といわれるそばを食べる。

そば通の人からみたら、そばをみただけで、何県のそばか、わかるっていうね。

とくにそばの美味しい県に住んでいる人は、自分のところのそばと同じなのか違うのか、すぐにわかるらしい。

しかしさすがにこの写真だけではわからないだろうな。この県の典型的なそばなのだが。

Photo_2

この3連休もまた仕事である。

どうやら風邪をひいたようだ。

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牛骨論争

3月12日(日)

昨日は朝から夜まで、自分が主催の会合があり、神経を使ったのですっかりクタクタになってしまった。

今日は午後に2時間の打ち合わせがあり、その前後は休もうと思ったのだが、どうしても映画が見たくなり、映画館に行くことにした。

Ea0dd6b5e5fd14eae961ac02382c704ef50一つは、ナ・ホンジン監督の映画「哭声(コクソン)」である。ナ・ホンジン監督といえば、「チェイサー(原題:追撃者)」や「悲しき獣(原題:黄海)」などの作品で知られている。

「コクソン」には國村隼も出演していることで話題になった

朝の9時40分開始の回に行くと、客席はほとんどが高齢の方である。

(変だなあ。ナ・ホンジン監督の作風からすると、高齢者の方には受け入れ難い映画なのに…)

と思っていたのだが、エンディングになってその疑問が氷解した。

エンドクレジットのところで

「KUNIMURA JUN」

の名前が出ると、拍手が起こったのである。

そうか!高齢者の方々は、國村隼が出ているというので見に来たのか!

以前にも書いたが、國村隼がキャスティングされた経緯は、ナ・ホンジン監督が、俳優の顔写真をぱらぱら見ていて、

(この人がいい)

と直感的に選んだのだという。

もしこの話が本当ならば、ナ・ホンジン監督は、國村隼が「ブラック・レイン」に出ていたこととか、「キル・ビル」に出ていたこととか、「地獄でなぜ悪い」に出ていたこととかを知らずにキャスティングしたということである。恐るべき「第六感」(笑)である。

まあそれはともかく。

もうひとつ私が感慨深かったのは、クァク・ドウォンが主役をはっていたことである。

これもすでに述べたことだが、私はかつてクァク・ドウォンを「ポスト・キム・ユンソク」と評した。この映画における彼はまさにその位置づけである。つまり、「チェイサー」におけるキム・ユンソクにあたる役柄として、クァク・ドウォンをキャスティングしているのだ。

國村隼にしても、クァク・ドウォンにしても、いかにもナ・ホンジン監督らしいキャスティングである。

ナ・ホンジン監督らしい、といえば、この映画じたいが、ナ・ホンジン監督ファンにはたまらない作風である。

不気味さとバイオレンスと笑いが混在する、例のあの感じである。

こんな場面があった。

山にいるという「ある者」を退治するために、町の人たちが、軽トラックの荷台に武器を次々と投げ込んで軽トラックに乗り込む。

武器を軽トラックの荷台に投げ込むシーンが、一瞬だけ映る。

ツルハシとか、鎌とか、斧とか、鍬とか、鉄製の工具や農具が次々と荷台に投げ込まれるのだが、その中に混じって、牛骨が2,3個、投げ込まれるのである。

ほんの一瞬の映像なのだが、これを見て笑ってしまった。

牛骨って!武器のカテゴリーに入るか???

ナ・ホンジン監督ファンならすぐに思い浮かぶだろう。

そう!「悲しき獣」の中で、キム・ユンソクが牛骨で人をガンガン殴って殺してしまうシーンである

つまり、武器に混じって牛骨が投げ込まれるというこの一瞬のシーンは、「悲しき獣」のセルフ・パロディーなのではないだろうか???

これに対して、妻は異なる見解を持つ。

曰く、「ナ・ホンジン監督にとって、牛骨を武器のカテゴリーに入れることは、常識の範疇なのではないだろうか」と。

つまり、「牛骨って、人を殴る道具だよね」と、監督自身があたりまえのように思っているにすぎないのではないか、というのである。

他の武器と一緒に牛骨を投げ入れるシーンは、「悲しき獣」のセルフ・パロディーなのか、それとも、ナ・ホンジン監督がたんに牛骨は人を殴る道具だと本気で思っていることによるものなのか。

はたして真相はどちらなのか、わからない。

というか、こんなところを気にして映画を見ている人間は、たぶん世界中に私たち夫婦しかいない。

午後の打ち合わせのあと、もう1本、映画を見た。

Photoパク・チャヌク監督の映画「お嬢さん〈原題:アガシ)」である。

これも、パク・チャヌク監督ファンにはたまらない作品である。

「オールド・ボーイ」とか、「渇き」が好きな人ならば、もちろん見るべき映画である。

ただ、18歳未満はお断りの映画なので、それなりの覚悟がいる。

映画を見ると、淫靡、頽廃、といった言葉が思い浮かぶ。

かつては、淫靡や頽廃は、江戸川乱歩や横溝正史の作品が得意としたところだが、いまは、あの雰囲気を映像にできるのは、日本ではなく、間違いなく韓国である。

その一方で、「羅生門スタイル」の作りになっていて、凝ったサスペンスにもなっている。

2本の韓国映画を見て、あまりの内容の濃さと表現力の強さと強烈な個性にクタクタになってしまった。

いまの日本映画では、残念ながらここまでの「お腹いっぱい感」は味わえない。

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連写富士、一期一会

3月8日(水)

先日、一眼レフのミラーレスというのを買った。

カメラのことは全然わからないのだが、2009年から使っているデジカメがそろそろダメになってきたので、カメラに詳しい人に選んでもらい、買ったのであった。

飛行機に乗ったときとか、東海道新幹線に乗ったときの、最近の楽しみは、

「富士山をきれいに撮る」

ということである。

ところが、これがなかなか難しい。

飛行機の場合、行き先や航空会社によって、窓から富士山が見えたり見えなかったりする。

東海道新幹線の場合、天候の条件などがよくないと、富士山はなかなか姿をあらわしてくれない。

つまり、一期一会なのだ。

ここ最近、東海道新幹線に乗る機会が何度かあったのだが、雲に隠れてしまって、なかなか富士山が姿を見せてくれない。

新しいカメラを買ったので、今度こそはと思い、新幹線に乗り込む。

東海道新幹線から富士山を撮る場合、進行方向に向かって右側の窓側席、つまりE席に座るのがベストである。

ところが今回は、窓側のE席がみんな埋まっていてとれなかった。

そういうときは、C席、つまり3列シートの窓側の席に座る。もちろんD席でも可。

で、しかるべきときに席を離れてデッキに向かい、そこから富士山を撮るのである。

間違っても3列シートの窓側とか真ん中とかに座ってはいけない。

東京駅から発車して45分くらいのところ、三島駅を通過して新富士駅に至る区間が、富士山がいちばんよく見えるベストポイントである。

その中でも、架線や防音壁などが写り込まない瞬間というのは、ほんの数分ていどなのだ。

つまり、勝負はその数分にかかっているといえよう。

そして今日は、多少雲はかかっているが、富士山は十分に見える天気である。

一眼レフに、連写という機能があることを知った。

この連写機能を使って、とにかくやたらめったらシャッターを切り続ける。

新幹線が、富士山のベストポイントにさしかかったとき、ひたすら連写し続けた。

下手な鉄砲も数打ちゃ当たるとはよく言ったもので、何枚かは富士山がそれなりに写っていた。

いちばんビックリしたのは、富士川の鉄橋にさしかかったときである。

Photo東海道新幹線が通る富士川橋梁は、三角の骨組みを組んだ「トラス橋」と呼ばれるもので、新幹線がここを通ると、三角の骨組みが邪魔をして、富士山を写すことができなくなるのである。

しかし、である。

やたらめったらに連写し続けると、三角の骨組みの間から、奇跡的に富士山を撮ることができるのだ。

これを「一期一会」と言わずして、何と言おう?

こうなると、カメラを持って旅をすることが楽しくなる。

いつか、カメラメインの旅をしたいなあ。

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ヘトヘトの日々

3月5日(日)

例の合宿から中1日で、今度は業界誌の企画による座談会に出席する。

さほどゆかりのない業界誌から、座談会をやるので参加してくれといわれ、いわれるがままに参加した。

座談会、というのはよく聞く言葉だが、実際参加したことがない。

何か準備していった方がいいのだろうか?と思ったが、考え出すときりがなくなるので、何も準備せずにのぞんだ。

2時間くらいで終わるのかな?と思ったら、ほとんど休みなしでなんと5時間かかった。

ヘトヘトになってしまい、早く帰りたいと思ったのだが、

「このあと少し、飲みながらお話ししましょう」

ということになり、私だけ先に帰るわけにもいかず、3時間ほど延長戦がおこなわれた。

つまり8時間ほど喋っていたことになる。

家に戻ったのが、夜11時半頃だった。

3月6日(月)

先週までの疲れが取れないまま、仕事のため、実家のある町に行く。

いま住んでいる町から、実家のある町までは、鉄道で約1時間半ほどかかる。

午後、3時間ほど会議をする。終わった頃にはすっかり日が沈んでいた。

「このあと、どう?」

と、会議のメンバーの方に飲みに誘われたが、

「今日はちょっと…」

といって失礼した。なにしろヘトヘトなのである。

3月7日(火)

午後、職場で2時間ほどの打ち合わせ。

そのあと、歓送会に参加する。

ヘトヘトだったので、アルコールは飲まず、ウーロン茶ですごした。

「鬼瓦さんがお酒を拒むなんて、よっぽどなことですよ」

とからかわれたが、ヘトヘトなのだから仕方がない。

3月8日(水)

最速の新幹線で2時間20分ほどかかる町に行くため、西に向かう。

ここで、大学時代の後輩と待ち合わせる。彼とは現在、仕事仲間である。

彼と一緒にある場所を訪れ、初対面の方と、仕事の打ち合わせをする。

初対面の方と2時間ほど打ち合わせをして別れたあと、後輩が私に言った。

「説明がずいぶん手慣れてますねえ。むかしはそんなことなかったのに」

たしかに、もともと私は人と話をするのが苦手だったのだ。

「最近、こんなことばかりしてるからねえ」

苦手なことも、続けていればそれなりにサマになるということか。

今日もまた、ヘトヘトである。

ヘトヘトでない日など、訪れるのだろうか?

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冷や水は冷たくなかった

3月3日(金)

合宿2日目。

今朝も8時半から分科会である。

昨日と同様、とても偉い先生による、テーマとは関係のない話が延々と続く。

昨日からうすうす感じていることだが、この会は、テーマを無視して、喋りたいことを喋りたいだけ喋らせることをよしとしているようだ。

この会が異種格闘技戦と銘打つなら、ルールを決めて、そのルールの上でテーマに沿ったディベートをさせるとかすればいいのに、そういう発想はないらしい。

さながら、研究資金獲得のプレゼン大会の様相を呈してきた。

さすが、私のようなしがない文系とは文化が違う。

そうこうしているうちに、分科会の時間があと30分になってしまった。

偉い先生は短いコメントをしますといいつつ、パワポを使って1時間半もしゃべり続けたのである。

1コマ分の医学の講義をたっぷりと受けた。ありがたいことである。

しかし、これをどんなふうにまとめるのだろう?

この2日間の最後に、3つの分科会が集まって、それぞれ分科会でどんな建設的な意見が出されたかを座長がとりまとめなければならないのだが、うちの分科会では昨日来、延々と関係のない動物の事例報告ばかりがおこなわれて、肝心のテーマについてはなにひとつ話し合われていないのだ。

座長はこれをどうまとめるのだろう。他人事ながら心配になってきた。

残り30分で、座長もさすがに焦ったらしく、

「では、全体討論に入ります。この先、このテーマに関してどのようなシーズ発掘が期待できるでしょうか」

とお題を投げかけた。

昨日からダンマリを決め込んでいた私は、何か言わないと、新幹線で1時間以上もかけてここまでやってきた甲斐がないなあと思い、発言することにした。

「とても興味深い発表でございました」と前置きした上で、

「ジェンダーを考えるということは、われわれ自身の『語り』の問題を考えることでもあると思います。過去の出来事や目の前で動物が行動していることなど、ある事象を説明するときに、その語り口が、私たちがいま生きているジェンダー規範にとらわれていないかどうかを、たえず検証する必要があるのです。

たとえば、魚の行動について大変興味深くお話しを聞きましたが、その中で、求愛とか、三角関係とか、一夫多妻とか、嫉妬とか、勝ち負けとか、そういった言葉で説明されました。ある意味ではとてもわかりやすいのですが、ただその『語り』は、あくまでもいまの私たちのジェンダー規範の中で説明されている可能性があり、実はその事象がまったく別の意味をもっている可能性もあるのです。

今回の異種格闘技戦で、ともにこのテーマで手を取り合うことがとても難しいことがわかりましたが、ただ、唯一協業の可能性があるとしたら、私たちの『語り』の部分を相互に検証し合うことではないか、と思います。その点であれば、私たちは同じ土俵に立つことができるように思います。

ジェンダーを考えるとは、そういうことではないでしょうか」

ま、私としては、冷や水をぶっかけたわけですな。

「その通り」と偉い先生が言った。

「たしかに動物の行動を擬人化することはよくない」と言って、動物の行動を擬人化することがなぜよくないかを延々と説明しはじめた。

…また論点がずれてきちゃったな。

…私が言いたかったことは、そういうことではなかったんだがな。

結局、その偉い先生にミスリードされて、私のいったことが雲散霧消してしまったのである。

さて、最後の全体集会。

うちの分科会の座長さんが、2日間の議論を苦労してまとめられた。

「動物の行動を擬人化して説明するのはよくないという意見が出されまして、もっと動物の気持ちになって考える必要があると…」

…もはや、何だかわからない。

私は、噛んで含めるように発言したつもりだったが、それが曲解され流布されるという過程を目の当たりにすることができたという点で、この2日間はいい勉強になった。

自分の表現力不足をのろうばかりである。

新幹線で東京に戻り、夕方、今度は連載の編集者と打ち合わせである。

「先生のお書きになるテーマはマニアックすぎて一般読者には難しいので、少し一般読者にとりつきやすいテーマを書いてくれませんか」

と、方針転換をやんわりとせまられた。

「わかりました」

やはり、私の表現力では、人に伝わらないということらしい。

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ガチでグチ

3月2日(木)

昨日は北に向かう新幹線に乗ったと思ったら、今日は早朝から西に向かう新幹線に1時間ほど乗り、目的の駅に着く。

この駅に隣接したホテルで、100人規模の「異種格闘技!1泊2日同業者合宿」がおこなわれるのだ。

なにも参加したくて参加したわけではない。うちの職場からも何人かこのイベントに人を出さねばならず、数合わせのために業務命令として行くことになったのだ。

誰も行きたがらず、私が泥をかぶったわけである。

まったく、人がいいねえ。

参加者名簿を見て驚いた。

100人くらい参加者がいる中で、知っている人が1人もいない。

ぜんぜん専門の異なる人ばかりである。

次に日程表を見て驚いた。

朝10時半から開始で、基調講演が4本、お昼はお弁当を食べながら基調講演を聞き、それが終わるとすぐに分科会である。夕方は6時半から1時間半ほど夕食時間があるものの、夕食後も、夜8時から10時までぶっ続けで分科会がおこなわれる。

そして明日も朝8時半からふたたび分科会がおこなわれるのだ。

どんだけディスカッションするんだ?!文字通り合宿である!

用意されている3つの分科会のうち、分科会Cが、かろうじて自分の関心のあるテーマだったので、分科会Cに参加することにした。

分科会Cのテーマは、私にとってはまじめに取り組まなければならない問題だったので、ここに参加するということは自分にとって意味のあることだと、自分に言い聞かせた。

さて、午前中の基調講演。

最初の三つの講演はなるほどと思って聴いていたが、驚愕したのは、いちばん最後の講演である。この講演は、私が参加する予定の分科会Cにかかわる基調講演だった。

講師は、ある分野では著名な大家の方らしい。

結論から言うと、ヒッドイ講演だった!

あんなヒドイ講演は、久しぶりである。

与えられたテーマとは全然関係のない、自分の自慢話が延々と続いた。

しかも下ネタ連発である!

さらに自分の本の宣伝も!よくよく聞くと、私にはトンデモ本にしか思えない内容だった。

与えられたテーマについて、少しでもまじめに考えようとしたふしがみあたらない。

(知の最先端にいるとおぼしき偉いお方が、ずいぶんとヒドイ講演をするよなあ」

およそ品格のない講演であった。

この方は、はたして分科会Cの趣旨を理解されているのだろうか?

かなり不安になった。

そして不安は的中した。

そのあとの分科会では、[話題提供者」なる人たちが、1人を除いて、およそ本来の趣旨とはかけ離れたの報告を延々としたのである。

なんでこのテーマで、メダカの話が延々と続くのだ?

ここはメダカ学会か!

私がこの分科会で学びたいこと、考えたいこととは全然違う方向へと、話がどんどん進んでゆく。

とてつもない「集団誤解」のまま、分科会で主導権を握った人たちがどんどん突っ走っていく。しかもそれを嬉々として議論している。

私はすっかり置いてきぼりになってしまった。

知の最先端を行く人たちが、「集団誤解」のまま突っ走る。

考えてみれば、実に恐ろしい話である。

たぶんこういう場では、正論を言ったところでまったく理解されないのだろうと、結局私は、一言も発しなかった。というかまじめに考えることがバカバカしくなって話す気が起こらなかったのである。

やっぱり合わねえな、俺は。

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何が正解なのか

3月1日(水)

相変わらず、ムチャクチャなスケジュールが続いている。

各駅停車の新幹線で北の町に向かう。

東京駅のホームにとまっている新幹線に乗りこみ、「モバイルSuica」で予約していた指定席のところに行く。

私が座るはずの窓側の座席に3歳くらいの女の子が座っていて、通路側の座席にはそのお母さんらしき人が座っている。

スマホで自分の座席番号を確認してみたが、やはり私の席はこの窓側の座席である。

「あのぅ…この席、私の席なんですけども」

というと、通路側に座っていたお母さんが、あ、やっぱり座るんだ、という顔でこっちを見て、窓側に座っていた3歳くらいの子を抱き上げた。

ここで、ちょっと待てよ、と思う。

このまま私がこの窓側の席に座ってしまうと、この先ずっと、3歳くらいの子を抱きかかえた母親と隣り合わせなのだろうか?

なんとも窮屈だし、膝の上の子がいつ愚図るかもわからない。

このまま私が窓側の席に座り続けたら、絶対に自分が不愉快になるぞ!

しかも、その親子というのが、何というか、「逆セレブ」な感じで、見た目がちょっと気の毒というか、不憫な感じの親子なのである。

(この子の席を奪ったら、不憫に思えていたたまれなくなるだろうなぁ…)

子が母親の膝の上で愚図りはじめて、母親が、

「窮屈だけど、もう少しだから我慢してね」

みたいな感じで子どもをあやそうものなら、俺はどんな顔をすればいいのか?

本来は私の予約した席なのにもかかわらず、だんだん自分が座るのが悪いことのような気がしてきた。

で、私は自由席に座ることを決断した。私はその母親に、

「大丈夫です。自由席の車両に移りますから」

といって、自由席の車両に移った。母親は、ホッとしたような顔をした。

やれやれと思い、自由席に座ると、今度は私の後に座っていた幼い子が、車両中に響き渡るような声で、

「ギャー!」

と泣き通しである。

ま、世の中こんなものなのだろうと思ってあきらめたが、この一件、はたしてどうすることが正解だったのだろうか?

私が自由席に移るのが正解なのか?

当初予約した指定席に座るのが正解なのか?

それとも…?

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