雨の谷中銀座
3月26日(日)
数日前、高校時代の友人、元福岡のコバヤシからメールが来た。
「折り入って話がある。今月か来月あたり時間が取れないか」
コバヤシからこんなメールが来るのは珍しい。
3月で唯一空いている時間が、26日(日)の日中だった。
昨日(25日)は、まる1日、職場の会合に参加して、懇親会にまで参加してすっかり憔悴していた。この日が唯一の休みの日で、本当は締切を過ぎた原稿を仕上げなければならないのだが、コバヤシのメールの様子では、ずいぶんと精神的に切羽詰まっている感じである。
「26日の日中なら空いているぞ」
と返信すると、
「じゃあ、26日の午後に、うちの近所の谷中銀座に来てくれないか」
という。コバヤシは今、谷根千と呼ばれる地域に住んでいるのだ。
午後1時、谷中銀座で待ち合わせる。
晴れていれば散策にはちょうどよいところなのだが、あいにくの雨である。
「せっかくだからビールでも飲みながらメシでも食おう」
と、昼飲みと相成った。
「中華とウナギ、どっちがいいか?」
と聞くので、うなぎは高いと思い、
「じゃあ中華で」
と答え、「一寸亭」という中華料理屋に入ることになった。
最初は高校時代の思い出話から始まり、しだいに彼の会社の愚痴になっていった。
なんでも今度、彼は昇進するらしく、昇進が大嫌いな彼からしてみれば、ひどく憂鬱なのだという。
それだけではなかった。
彼の所属するチームには、1人、やっかいな後輩がいた。
その後輩というのは、仕事がものすごくできるのだが、承認願望というのか、「かまってちゃん」というのか、自分が評価されていないことに対する不満が強く、ことあるごとに、コバヤシに「どうして自分はこんなに頑張っているのに周りは評価してくれないのか?」と愚痴をこぼすのだという。
その後輩の愚痴というのは、かなりやっかいなもので、会社のみんなはそのことをよく知っているのだが、誰もその愚痴を引き受けようとはせず、コバヤシが毎日のように、その後輩の愚痴を聞く係になってしまったというのだ。
驚いたことに、毎日お昼休みに30分、コバヤシとその後輩は散歩をする日課になっていて、後輩はその散歩のおりに、日々の愚痴をコバヤシにぶちまけているのだという。
問題は、コバヤシが昇進する4月以降である。
さすがに周囲からは、「コバヤシさん、昇進するんだから、もう彼につきあって昼の散歩に出ることはありませんよ」と言われる。
たしかに、責任も重くなるので、彼1人の愚痴を聞くために毎日昼の散歩に出るわけにも行かない。
かといって、昼の散歩をやめてしまうと、後輩が被害妄想を拡大させて、拗ねてしまうのではないだろうか。
そのことを考えるだけで、夜も眠れなくなる。
最近は、腰も痛くなってきたというのだ。
「それは歳のせいだろ!」
「いや、明らかにストレスだと思うんだよ」
結局、結論は出ないままに終わったのだが、私から見れば、コバヤシとその後輩のやりとりはコントのように可笑しいので、これを、サラリーマンの悲哀を描いた映画にしてはどうかと提案した。
そんなこんなで話をしていて、ふとカウンターに目をやると、見たことのある人がラーメンを食べている。
ひょっとして…。
高校時代、吹奏楽部で1年後輩だった、アライさんじゃないか???
クラリネットのアライさん!
私は年に1度程度、OBの集まりでアライさんと会っているので、顔をよく覚えている。
しかし、ここは高校の地元ではないし、まさか、谷中のこんな奥まったところにある中華料理屋さんでラーメンを食べるはずもない。
まさかねえ、と思って、会計のときに思い切って声をかけてみた。
「あのう…すいません」
「は!先輩!」アライさんは私に気づき、驚いた様子でこちらを見た。「こちらにいらっしゃるのは…ひょっとして、コバヤシ先輩???」
「そういうあなたは……アライさん!」
やっぱりアライさんだった!そしてコバヤシとアライさんは、四半世紀ぶりの再会なのである!
「どうしてこんなところに???お二人が???」
「それはこっちが聞きたいよ!俺はここが地元なんだよ」とコバヤシ。
アライさんは、友人の人と一緒に谷中に来て、お昼にラーメンを食べていたのであった。
まさかこんなところで、高校時代の後輩に会うとは、やはり引きが強い。
店を出た後、もう1件、ビールが飲める店に入り、ひとしきり、人間の縁ということについて話をした。
「不思議な1日だったなあ」
「そうだなあ」
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