とんどさぎちょう
先週の金、土、日と、うちの職場に韓国からお客さんが来た。
実はこのブログには書かなかったが、昨年12月から2月にかけての約3カ月間、うちの職場に滞在した韓国人の方がいた。Jさんである。
私とは違う業界の方だったのだが、Jさんは日本語ができないということで、私が何度かコミュニケーションをとる役割をしたことがあった。
で、先週末に韓国から来たお客さんの中に、Jさんも含まれていて、私はJさんと再会した。そして3日間、土日も関係なしに職場に出向いて、Jさんを含む韓国からのお客さんたちとおつきあいしなければならなかったのである。
Jさんは私に聞いた。
「日本にどんど焼きってのがあるだろう」
「ええ。正月15日にやる行事ですね。」
「韓国にも似たような行事がある。달집 태우기という」
「タルチプ テウギですか?」
「そうだ。調べてみると、韓国では古い時代まではさかのぼらず、近代以降に日本から入ってきたものらしい」
「そうですか」
「日本ではいつごろから始まったのか?」
「さあ、古くからだと思いますよ」
「文献は残っているか?」
「あると思います」
「調べてくれ」
「はぁ」
Jさんのいまの関心は、どんど焼きのようである。私より年上だし、大事なお客さんだから、むげに断るわけに行かない。私は調べた文献をコピーして、Jさんに渡した。
「どんど焼きは、本来「サギチョウ」といいます。「爆竹」と書く場合もあります」
「爆竹?」
「ええ」
「韓国では12月31日に爆竹をするんだが、日本でもするのか?」
「いえ、日本ではしません。ただ正月15日のどんど焼きを「爆竹」という場合もあったそうです」
「爆竹とどんど焼きは別だろう?」
「いえ、日本では一緒のようです」
「爆竹は、竹の焼けるときにポンポン鳴る音が縁起物なのだが、日本にはないのか?」
「12月31日にはやりません。ただ、小正月のどんど焼きの際には、竹が燃えるときに音がしまして、その音に意味があったそうです。だから別名を爆竹といったのでしょう」
「ややこしいな。韓国では爆竹とどんど焼きは別のものだが、日本では同じだということか?」
「どうもそのようです」
畑違いの私が慌てて調べたことなので、なんとも心許ない。その上、それを韓国語で説明しなければならないのだから、かなりつらい。
「サギチョウとどんど焼きは同じものなのか?」Jさんの質問は続く。
「ええ、そのようです」
「いつからどんど焼きと言われるようになったのか?」
「わかりません。ただ、サギチョウについて書いた古い文献に、『洛中の家々、今暁竹を立て、昨日まで飾りたる注連飾を焚き、吉書を焼く。基紙の灰空に翻るときは、手跡上達すという。このとき口々に「とんどサギチョウ」と拍す』とありますから、『とんどサギチョウ』というかけ声に由来するものと思われます」
私の下手な韓国語の説明に、Jさんはわかったようなわからないような顔をした。そもそも私自身もまったくわかっておらず、とりあえず調べたことから私が勝手に作り上げた仮説を述べているに過ぎないのである。どんど焼きがどんな行事で、どんな意味をもつかなどと、いままで真剣に考えたことなどないのだ。
これが先週末の話。
ところが、不思議なこともあるものである。
昨日,出張先の合間に訪れた美術館で、ある高名な学者が趣味で作ったという短歌が小さく紹介されていた。
「厳冬の朝早くからポンポンと邪気払いするトンド正月」
私はこの短歌に釘付けになった。
先週末のJさんとのやりとりがなければ、気にも留めなかった短歌である。
この短歌の中に、どんど焼きのすべてが詰まっているではないか!
これは紛れもなく、小正月のどんど焼きのことを歌った歌である。
「ポンポンと」というのは、竹が燃えてポンポンと音がすることを意味する。つまりどんど焼きでは、竹が燃えるときにポンポンと音がすることに意味があった。なぜならそれは「邪気をはらう音」だからである。
そのことは、どんど焼きがかつて「爆竹」とも呼ばれていたこととも通ずる。
そしてもうひとつは、「トンド正月」。「どんど」ではなく「トンド」
私はいままでずっとどんど焼きと呼んでいたが、「洛中」では「とんど」というらしいことが、先ほど紹介した古い文献からわかる。
「洛中」出身のこの高名な学者も、歌の中で「トンド」と言っている。
呼び名にも地域性があることがわかったのである。
Jさんにこの短歌を紹介すればよかったか…。
…と思ってウィキペディアを見たところ、いま調べたようなことが全部書いてあった。
かくして、私がJさんのために調べたことは、すべて徒労に終わったのであった。
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コメント
最先端のどんと焼きは、ロマンチックで滑りやすい!
詳しくは2021年3月31日号の乙女旅をご覧下さい。
投稿: 予告こぶぎ | 2017年4月15日 (土) 20時35分