眼福の先生のお宅におじゃまする
4月1日(土)
私と妻が勝手に師と仰いでいる「眼福の先生」ことT先生のお宅に、研究仲間2人を含めた4人でうかがった。
他の研究仲間はすでに何度もおじゃましているそうなのだが、私と妻は、初めてである。
訪問の目的は、「今後に関するさまざまな打ち合わせ」である。
「前の職場」のときにT先生に初めてご指導をいただいてから、はや6年。半ば隠居生活を考えておられた先生を、強引にこの業界に引き戻したきっかけの1つは、私が作ったものだと自負している。傘寿を越えた今でも、さらに新しい課題に挑戦しておられる。
隣の国をフィールドにした研究を長らくされ、戦後のその分野で金字塔を打ち立てた。たいへん厳しい先生なのだが、私と妻は専門が異なることもあってか、いろいろとお話しくださる。
先生のお話は実におもしろく、話題も尽きない。つい最近の話として、こんな話を聞いた。
年明け、1月頃のことだそうである。
隣の国の大統領があんなことになり、もうすぐ大統領選挙が行われるのではないかといったニュースで賑わっていた頃。
与党は、世界的にも名の知られたある人物を大統領候補に推そうとしているという噂が流れた。
あるとき、隣の国のある大学教授のもとに、身に覚えのない名刺の束が送られてきた。
名刺のところに書かれていたのは、自分の名前である。
何者かが、自分の名刺を勝手に新調して、その名刺の束を送りつけてきたのである。
驚いたのは、そこに書かれている、自分の肩書きである。
「○○○候補を大統領に当選させる会」
とかなんとかいう、まったく身に覚えのない肩書きが書かれていたのだ。
「○○○」というのは、当時、与党が候補に推そうとしていた人物の名前である。
いつの間にか、何者かにより、自分に断りもなしに「○○○」候補の選挙応援をするようにと、勝手に名刺を作って勝手に送りつけてきたというのである。
自分はその候補を支持したいと思ったことはない。まったく身に覚えのないことなのだ。にもかかわらず、勝手に「応援団」にさせられようとしている。
その教授は、怒りに震えた。
「誰を支持するかというのは、自分の学問的良心に従って決めるものである。少なくとも、与党が推す候補者を支持する気にはならない」
と突っぱねたのである。
…その方は、その話をT先生にして、「身に覚えのない名刺の束」を見せてくれた、というのである。
「来日して、先生にお会いしたときに、その方はその名刺を見せたのですか?」
「そう。その名刺に憤慨しながらも、どうやら持ち歩いているらしい」
「それって、まんざらでもないってことじゃないですか?」
「まったく隣の国は、摩訶不思議なことだらけです」
先生は、隣の国を「摩訶不思議」と評価される。
隣の国を長らく研究されているからといって、隣の国をひいきする姿勢はとらない。
評価すべきところはするが、そうでないところは批判をする。その姿勢は一貫して変わらない。
この姿勢は学びたいと常々思う。
4時間ほどお話をして、先生のご自宅をあとにした。
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