« 今年度最終日の出張 | トップページ | 眼福の先生のお宅におじゃまする »

そして誰もいなくなった

3月31日(金)

2夜連続で放送されたテレビ朝日のドラマ「そして誰もいなくなった」を見た。

アガサ・クリスティーの原作小説を翻案したもので、長坂秀佳が脚本を書き、和泉聖治が演出した。

長坂秀佳といえば、テレビ朝日のドラマ「特捜最前線」で傑作を連発したメイン脚本家だし、和泉聖治は、テレビ朝日のドラマ「相棒」でこれまた傑作を連発したメイン監督である。

つまり、テレビ朝日の刑事ドラマを牽引してきた2人がタッグを組んだ、僕にとってはたまらないドラマなのである。

しかしこのドラマのポイントは、そこではない。

このドラマが遺作となった、渡瀬恒彦の渾身の芝居である。

ネタバレを覚悟でいうが、余命幾ばくもなかった渡瀬恒彦が、余命幾ばくのない知能犯を演じる。

圧巻なのは、病に冒された犯人が、最後の力を振り絞って、独白をする場面である。

このとき、渡瀬恒彦は同じように病に苦しんでいたはずである。

ときおり見せる苦しい表情は、芝居なのか?本当なのか?

虚実皮膜のあいだを彷徨っているかのようである。

ドラマでは、ビデオ録画した彼の独白が、彼の死後、刑事たちの前で公開されるという設定である。

ドラマを見ている私たちもまた、渡瀬恒彦の死後、彼の独白の場面をテレビ画面で見ることになる。そこが妙にシンクロするのである。

「虚実皮膜の間を彷徨う瞬間こそ、役者は最高の演技をみせる」

その意味で、渡瀬恒彦の演技は鬼気迫るものでる。

田宮二郎の「白い巨塔」以来の遺作ドラマ、といえるかも知れない。

渡瀬恒彦で思い出すのは、子どもの頃に見たTBSドラマ「白昼の死角」である。

高木彬光原作の小説をドラマ化したもので、渡瀬恒彦は主人公・知能犯の鶴岡七郎を演じた。

映画版のほうがよく知られていて、映画版では鶴岡七郎を夏八木勲が演じていたのだが、鶴岡七郎役は渡瀬恒彦のほうが断然よかった。夏八木勲では知能犯という感じがしない。

というか、「白昼の死角」の鶴岡七郎は渡瀬恒彦の当たり役であり、僕にとって渡瀬恒彦主演のドラマの最高傑作はこれである、といまでも僕は思っている。

どうも僕は、渡瀬恒彦といえば鶴岡七郎のイメージが強く、その後のどんなドラマを見ても、これに勝る役を見たことがなかった。

このドラマの最後、鶴岡七郎は、肺結核に冒されて血を吐いて死んでしまう。

遺作の「そして誰もいなくなった」でも、渡瀬恒彦はやはり知能犯を演じ、最後に死を迎える。

僕は「白昼の死角」の鶴岡七郎を思い出し、渡瀬恒彦は、やはり刑事役よりも、犯人役のほうがふさわしかったのだということを、あらためて実感したのだった。

「そして誰もいなくなった」は、長岡秀佳、和泉聖治、渡瀬恒彦、といった、僕が子どもの頃にときめいていたテレビドラマの作り手たちが、最後の力を振りしぼって作ったドラマである。

その意味で、裏番組で放送されていたTBSのドラマ「LEADERSⅡ」とは、対極にあるといってよい。

「LEADERSⅡ」では、無駄に豪華な俳優陣が、ひたすら「過剰で無駄使いな演技」をしていて、僕の心はまったくついていけなかった。

かつてのようなドラマは、やがて消えていってしまうのか?

もしこの先、この国のテレビドラマが「LEADERSⅡ」のような方向性のものばかりになってしまったとしたら、僕はテレビドラマを見限るだろう。

ところで、どうでもいいことだが、同じ日の同じ時間帯に放送されたTBSが社運をかけたテレビドラマ「LEADERSⅡ」と、テレビ朝日が社運をかけたドラマ「そして誰もいなくなった」、この二つのドラマのいずれにも出演していた俳優が2人ほどいる。

そのうちの1人は「橋爪功」だが、正確にいえば、橋爪功は、「そして誰もいなくなった」の1夜目(「LEADERSⅡ」放送の前日)ですでに殺されてしまっているので、出演が重なっているというわけではない。

そしてもう1人は、「でんでん」である!

「でんでん」は、この二つのドラマの中で、ちょっとした、しかし印象的な役で出演している。

ひょっとして、「でんでん」こそが、この国のテレビドラマ界最強の俳優なのではないだろうか?

…いつの間にか「でんでん最強説」の話になってしまった。

|

« 今年度最終日の出張 | トップページ | 眼福の先生のお宅におじゃまする »

映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 今年度最終日の出張 | トップページ | 眼福の先生のお宅におじゃまする »