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マイナス思考

体調が悪いのに、よく働くねぇ。

今日は1日、仕事のことを忘れて休もう、と思っても、矢のようにメールが来る。

やっかいなものから簡単なものまで。

やっかいなものは、たとえば、職場の事業の関係で、韓国に送るメールを、日本語から韓国語に翻訳するという仕事。これはけっこう時間がかかる。

翻訳を依頼してくる人は、僕をまるでネイティブなみに韓国語ができると思っているらしいが、偉い肩書きの方にメールを書く、というのは、日本語だって大変なのに、それを韓国語で書くというのは、もっと大変なのだ。

簡単なもの、というのは、ちょっとした問い合わせ。

ちょっとした問い合わせでも、塵も積もれば山で、1行の返信を書くだけでも、面倒な気持ちになる。

結局、そんなこんなで、休もうと思っても仕事のことを考えなければならないのだ。

今の時代、みんなそうなのだろうか?

さて、昨日の講演のあとに、「地元の専門の先生」から云われた言葉が、いまでも二日酔いのように残っている。

曰く、

「もっと地元の方を向いて、地元の人たちが自分たちのことととらえられるような話をすべきだった」

「あれでは、成果が地元には還元されず、自分たちのものになりかねない」

と。

僕のこれまでしてきたことが、「地元」の方を向いていない、ということのようだ。

その先生は、ご自身でも言っておられたのだが、つねに地元の人たちのことを考えて仕事をされていた。それは、とても尊敬に値するお仕事だった。僕になんか、決してまねのできないことである。

僕は僕で、ある「地元」に14年ほどいて、自分の能力の低さに苦しみながらも、地元の方々に還元できるような仕事の成果を出そう、と、自分なりにがんばってきたつもりだった。

でもそれは、成功したとはいえなかった。それは、その先生が指摘するとおりである。

そもそも僕は、自分のしていることが、社会の役に立っているとは思っていないし、多くの人々に理解されていることだとも、思っていない。

だから、自分の仕事に引きつけて「地元の人」を組織化することなんて、できなかった。もともとそんな能力もないのである。

僕のしている仕事が、「地元」の人たちを動かす力になりえないことも、自覚している。

しかしながら、いろいろな場面で、公的にかかわらざるを得ず、いつもその葛藤に苦しんだ。

僕自身、「社会的に正しい」ことを続けていく能力がないのだ。

だから、「社会的に正しい」ことを実践し、続けている人をみると、尊敬してしまう。

その一方で、「俺にはできないよ」と思ってしまう。

僕は昨日、自分のできる限りの精一杯の講演をしたのだが、それは、毎回のことである。

自分にできることは、そのていどである。

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