« 孤独のグルメ・城下町編 | トップページ | ボウリング・フォー・コロンバイン »

日はまた沈む

8月6日(日)

8月3日に行われた「前の職場」の社長の記者会見は、私にとって驚くべき内容であった。

K部局で起こったハラスメント被害者の自殺をめぐる、記者会見である。

社長の発言は、私の在職中にまがりなりにも少しずつ進めてきたハラスメント防止への取り組みを、水泡に帰す内容だった。

私の見立てによれば、社長による今回の隠蔽工作は、13年前、彼がK部局の部局長だったときに犯した過ちを、そっくりくり返したものである。

いや、彼の古巣であるK部局で起こった事件だったからこそ、彼は13年前と同じ隠蔽工作を行ったのだろう。なぜなら、彼は社長になったいまも、K部局に不都合な真実を隠蔽することこそが正義だと信じて疑わないからである。

13年前にK部局で起きたセクハラ事件のことを、よもや忘れてはおるまいな。

俺はしっかりと覚えているぞ!

2004年に、K部局で2つのセクハラ事件が起こった。ところがその事件の加害者は、2人とも依願退職という形で「おとがめなし」になった。しかもその2つの事件について、当時の部局長(つまり今の社長)は、部局内の会議にもさらには社長にも一切報告しなかったのである。この部局長による隠蔽工作が当時問題となり、それがきっかけで、セクハラ防止の規定が策定されたいくことになったのだ。

つまりすべての出発点が、あの2004年のK部局セクハラ事件であり、そのキーマンが当時の部局長、すなわちいまの社長なのだ。

13年前、私はまだ入社したばかりだった。

K部局でセクハラ事件とその隠蔽事件が起き、マスコミが問題視しても、社内からはまったく声が上がらない。

これではいけないということで、うちの部局の有志が声を上げた。

私も有志の1人に加えてもらい、一緒に社長(先々代)のところに直談判に行こうということになった。

そのとき、いちばん熱心にこの問題に取り組んでいたのが、Oさんという同僚だった。

見た目は、なんというか、山下清みたいな人だが、おそらくさまざまな市民運動にかかわってきた人なのだろう。反骨精神の塊みたいな人だった。

Oさんを中心に、社長(先々代)に直接交渉しようということになり、うちの部局の同僚数名が社長のもとへ乗り込んでいった。

当時私は入社したばかりのペーペーだったので、右も左もわからず、しかも社長を間近で見るなんて機会がなかったから、ちょっとびびってしまって、文字通り末席を汚していた。

しかし、せっかく来たのだから何か発言しなければと思い、社長に向かってまくし立てるように発言した。内容は忘れてしまったが。

この事件がきっかけとなり、「ハラスメントの防止等に関する規則」が策定され、その中で、重大事案は社長判断で被処分者を実名公表できることが定められた。

ところが今回は、被処分者の実名公表をしなかった。1人の犠牲者を生んでしまった重大事案であるにもかかわらず、である。

13年前の反省に立って策定された規則が、13年前の事件を隠蔽した当事者により、踏みにじられたのである。

これでおわかりだろう。

今回、なぜ社長が、記者会見であんな非常識な発言をしたのか?

その謎をとく鍵は、13年前に起こったK部局のセクハラ事件にあるのだ。

たぶんほとんどの人は、そのことを忘れてしまっている。

そして私がいちばん驚いたことは…。

これだけ、今の政権がさまざまな問題について隠蔽工作をくり返していることが連日報道されているにもかかわらず、自分が同じことをしているという自覚が、彼にはまったくない、ということである。

これを「つける薬がない」と言わずして、なんと言おうか。

|

« 孤独のグルメ・城下町編 | トップページ | ボウリング・フォー・コロンバイン »

思い出」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 孤独のグルメ・城下町編 | トップページ | ボウリング・フォー・コロンバイン »