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福岡の珈琲豆屋のお兄ちゃんの思い出(鬼瓦流)

「あのぅ…、そのケースに入っているのって、楽器ですか?」

「そうですけど」

福岡に転勤してまもなくのことである。市内でも有名な珈琲屋が近所にできたというので、珈琲好きの私は、そのお店に頻繁に顔を出していた。

そこには30そこそこの若い店長のN君がいて、人なつっこい彼は、店に来るお客さんに話しかけては、おしゃべりに興じていた。私も通ううちに彼とおしゃべりをするようになったのだが、ある日、バンド練習の帰りに立ち寄ったら、私の持っていた楽器ケースに興味を示したらしく、私にいろいろと尋ねてきたのである。

「何の楽器です?」

「サックスです」

「へ~!僕、最近サックスに興味があって、カッコイイなあと思ってたんですよ」

そう言いながら、彼は楽器ケースをじっと見つめた。

そのうち、彼はこう言いだした。

「ちょっと見せてもらってもいいですか?」

「はぁ」

ちょっと恥ずかしいなあと思いつつも、他にお客さんがいないからまあいいか、と、ケースを開いて楽器を見せてあげた。

しばらくじっと眺めてから突然、N君が言い出した。

「ちょっと吹いてもらってもいいですか?」

「え?ここでですか?」

「はい」

「いやいや、ちょっとお店の中はまずいでしょ~。結構うるさいし、他にお客さんが入って来たら迷惑ですし...」

「大丈夫、大丈夫!お店のドア閉めちゃえばわかりませんて!」

N君はかなり強引だった。ついに私も根負けして、お店の中でサックスを吹かされることになった。

いったいこのお店は何なんだ?

そしていったい俺はこんなところで何をしてるんだ?

N君のマイペースさに、すっかり呆れてしまった。

それから1~2年お店に通っていたある日、N君が突然、私に言った。

「コバヤシさん、僕、この店を辞めることにしました。僕の夢は、自分の家の近くに、けっこう山の中なんですけど、お庭が綺麗なカレーの美味しいカフェを出したいんです。そのために花屋に転職することにしました」

いつも突然、突飛なことを言い出すN君だったが、しばらくしたら本当に珈琲屋を辞めて、本当に花屋でバイトを始めてしまった。

それでもたまに自分が勤めていた珈琲屋に顔を出すので、その後も時々おしゃべりをしていたのだが、またある日突然、

「コバヤシさん、僕、花屋を辞めることになりました」

と言い出した。

「どうしたの?」

と尋ねると、

「この間、花屋の配送の仕事でトラックを路駐していたら、お巡りさんに捕まって、免許証の提示を求められたんです。そうして免許を出したら、免許の期限が切れて失効してたんです。びっくりしました」

「それで、どうなったの?」

「でも、お巡りさんが優しくて、今回だけだぞ、と見逃してくれたんです」

いやいや、意味がわからんて。免許の期限が切れていたことに気づかないN君もN君だが、それを大目に見てくれるお巡りさんもお巡りさんだ。福岡って、どんなユルい町なんだ?!

で、それがきっかけで花屋を辞めたってことか???

花屋を辞めたN君は、今度は飲食店に勤め始めたのだが、ある日、突然メールが来た。

「コバヤシさん、今度の週末お時間ありますか?実は、今の勤め先にサックスがあって、店長が貸してあげるよ、と言ってくれたんです。使える楽器かどうかをコバヤシさんに見てもらいたいんです。よろしければ、いつもの珈琲屋で、開店前の10時にお店に来てください」

おいおい、お前が辞めた珈琲屋を待ち合わせ場所にするのかよ!

それに、俺はお前とそんなに親しいわけじゃないんだぞ!そんなに気安く誘うなよ!

と腹の中で思いながら、仕方なく例の珈琲屋に顔を出すことにした。

珈琲屋に入ると、新しい店長が「わざわざ、すいません」と珈琲をサービスしてくれた。

N君とこの珈琲屋はもう何の関係もないのに、N君の友人?というだけで珈琲をサービスしてくれるってのは、どういうことなんだ?

N君はこの珈琲屋でOBとしていまだに先輩面しているらしい。N君のマイペース加減に呆れるばかりだった。

そのうち、N君は、お店を出すためにはもっとお金が必要と、中京地区にある某自動車会社の期間工の口を見つけて旅立って行った。

これでもう終わりかな?と思いきや、まだまだ話は続く。

その数年後、N君からまた突然メールが来た。

「コバヤシさん、今度、僕、大名(福岡の繁華街)にお店を出すことにしました。是非、来てください」

あいつ、福岡に戻ってきたのか…。

早速そのお店に顔を出し、事情を聞いてみた。

「実は期間工を終えてふらふらしていたら、社長(元の雇い主)から呼び出しをくらって、『お前いい加減にしろ。奥さんと二人の子供もいるのに定職に就かないとは何ごとだ!うちの暖簾分けということでいいから店を出せ!』と言われてお店出すことになったんです」

彼はいつの間にか結婚して、家族を持っていた。

そのことにも驚きだが、前の雇い主が彼の将来のことをずっと気にかけてくれていたことにも驚いた。

福岡市民の懐の深さにはただただ関心するばかりである。

そして彼は、今も福岡の街で珈琲を淹れている。

私はその後、福岡を離れてしまったが、私が福岡を愛してやまないのは、こういう人々との出会いがあったからである。

風の便りでは、N君は奥さんにパートを辞めさせて、さらに支店を出したのだという。しかも、知り合いの美容院の軒先を借りての営業形態だということで、本当にこいつはどこまで人の好意に甘えていくんだろう、と驚くばかりである。

人間とは、生きていればなんとかなるものだと、N君のことを思い出すたびに、そんなことを思う。

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コバヤシ」カテゴリの記事

コメント

その数年後、N君からまた突然メールが来た。

「コバヤシさん、今度、僕、大名(福岡の繁華街)にお店を出すことにしました。是非、来てください」

あいつ、福岡に戻ってきたのか…。

その店は路地裏にある小さな立ち飲み店だった。早速顔を出して、事情を聞いてみた。

「実は期間工を終えてふらふらしていたら、I社長(元の雇い主)から呼び出しをくらって、『お前いい加減にしろ。奥さんと二人の子供もいるのに定職に就かないとは何ごとだ!うちの暖簾分けということでいいから店を出せ!』と言われてお店出すことになったんです」

彼はいつの間にか結婚して、家族を持っていた。

そのことにも驚きだが、前の雇い主が彼の将来のことをずっと気にかけてくれていたことにも驚いた。

福岡市民の懐の深さにはただただ関心するばかりである。

そして彼は、今も福岡の街でスペシャリティ珈琲を淹れている。

私はその後、福岡を離れてしまったが、私が福岡を愛してやまないのは、こういう人々との出会いがあったからである。

風の便りでは、N君は奥さんにパートを辞めさせて、さらに支店を出したのだという。しかも、知り合いの美容院の軒先を借りてのコーヒースタンドということで、本当にこいつはどこまで人の好意に甘えていくんだろう、と驚くばかりである。

でも人間だもの、ちょっとくらいは甘えてもいいんじゃないかな。

そんな感じの店名だし。

投稿: 福岡の珈琲豆屋のお兄ちゃんの思い出(こぶぎ流) | 2017年9月13日 (水) 23時31分

まあ、その通りですが、別にクイズじゃないし、今回のは珈琲屋からたどれば、そう難しくなくお店にたどり着けるでしょう。それにしても、なんでもクイズにしてしまうのには閉口しますね。
毎度ややこしいやりとりで、なんだかね~と思いますけど。
(鬼瓦に来たメールの内容を転送。これは彼なりの誉め言葉です)

投稿: 元福岡のコバヤシ | 2017年9月14日 (木) 00時15分

体育合宿が終わった日。

僕はさらに西へ車を飛ばして、同僚から勧められた喫茶店を訪れた。

シンプルな外観。
マホガニーのカウンターと食器棚。
赤いビロウド張りの椅子。

今時のカフェではない、昔ながらの喫茶店の佇まいだ。

客はカウンターに一人。
奥のテーブルは2組ほどで、ここのお国言葉で話が弾んでいる。

マスターは指揮者のIに似ていて、カウンターの向こうで、静かにコーヒーを淹れている。

なにしろ、今日は朝からG山登山で疲れているのに、家に戻ったら福岡の喫茶店を探し出さなくてはいけない。

どういったオチにしようか。

まあ、コメントとは、クイズにすればなんとかなるものだと、

そんなことを思っているうちに、きれいな陶器のカップに入ったコーヒーが運ばれてきた。

しばらくしてテーブル席の客が帰ると、もう誰も喋る者はいない。

ベートーヴェンの「田園」と、柱時計のカチコチという音だけが店内に響いている。

それに合わせるかのように、レースのカーテン越しの木漏れ日の影が、開いた本のページの上で踊っている。

幸福な静寂。

普段はブラック派だが、今日だけはたっぷりミルクを入れて飲みたい気分になった。

いい喫茶店を紹介してもらった。

ただ、CA御用達の店と聞いていたのに、居たのはおばあちゃんばかりだったけど。

投稿: 同僚に紹介された珈琲店の思い出(こぶぎ) | 2017年9月14日 (木) 08時33分

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