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鎮魂の旅

「前の勤務地」に行ったときにお会いしたいなあと思う方の1人が、人生の大先輩である、Iさんである。

このブログにも何度か書いているが、Iさんは、県内の企業を退職されたあと、独学で自分の好きな研究に打ち込んだ。今は傘寿をこえるお年である。「前の勤務地」に住んでいた頃、僕はIさんから、いろいろなことを学んだ。

今回の映像イベントにも、僕からお願いして登壇していただいた。

前日の打ち合わせのときに、Iさんがカバンから1冊の本を取り出した。

「これ、遊びみたいな本ですが…」

「いただいていいんですか?」

「どうぞ」

Iさんがごく最近出された本だった。

Iさんの母方の先祖は、江戸時代の初めから続く石工だった。

しかし400年続いた石工稼業は、1970年代、19代で途絶えてしまった。

この本は、その400年にわたる先祖の足跡をたどったものである。

Iさんは、先祖の石工の話を、御母様から何度となく聞いていた。御母様はIさんにとって「語り部」だったのだろう。

Iさんは「まえがき」で書いている。

「母は三歳で死別した父の顔を知らずに生きてきて、平成のはじめに探し当てた、父親が写っている古ぼけた一枚の写真に涙を流し絶句していた姿を、いまも忘れることができない」

おそらくこうした御母様の姿が、先祖である石工の足跡をたどる旅に突き動かしたのではないかと僕は想像する。

稼業が途絶え、記録もほとんど残っておらず、「語り部」もいなくなってしまった今、400年にわたる石工たちの足跡は、県内各地に残る石碑にのみ、その名を残している。

Iさんは、石碑のなかに残るその石工たちの名を探して、「後世に記録のかけらを残していきたい」と思い立ち、県内を歩きまわり、調査を始める。

そして100点近くの石碑に、自分の先祖である代々の石工の名が刻まれていることを確認するのである。

Iさん自らが撮影した写真とともに、それぞれに簡単な解説が付されているが、この解説の文章が実に味わい深い。

一つ一つの石碑を、Iさんが愛着をもって見つめている様子がよくわかる。

各地を丹念に歩きまわり、石碑に刻まれた文字を読み取り、そこに、先祖の石工の名を確認し、記録にとどめる。

僕にはそれが、先祖をたどる巡礼の旅のように思えてならない。

そこで、過去に生きた人の声を聴く。

つまりこれは、対話である。

これまた僕が尊敬する、「眼福の先生」もまた、そのようにして過去の資料と向きあっておられる。僕はそこに惹かれたのだ。

本を読み終えて、あらためて思った。

僕は本来、Iさんがやっておられるようなことを、やりたかったのだ、と。

天下国家を論じたり、大言壮語の学問を立ち上げたり、大きな組織をまとめあげたり、といったことではない。

いまはすっかり埋もれてしまった、過去に生きた人の声を探しだし、思う存分、耳を傾けたい。

Iさんは「あとがき」のいちばん最後に、こう書いている。

「母との鎮魂の旅は終わりが見えてきた」

Iさんを突き動かしたのは、御母様への思いだったのだろう。

さて、これからの僕を突き動かすものは、いったい何だろう。

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