第九のスズキさん ~1枚のハガキ~
12月23日(土)
実家に帰ると、母が言った。
「スズキさんからファックスが届いているわよ」
そう言うと、そのファックスを僕に見せた。
「これは…」
僕は驚いた。
「第九のスズキさん」の奥さんからのファックスだった。
今までの流れをかいつまんで話すと…。
僕の出身の高校では毎年、第九の演奏会で現役高校生が合唱をするという、なんとも贅沢な機会があった。
僕も高校時代、その合唱に参加をして、第九を歌った。
だから第九には特別な思い入れがある。
ちょうど僕が高校生の頃、母の高校時代の親友のダンナさんが、ある自治体の職員をしながら「第九」の研究しているという話を聞いた。その方が、「第九のスズキさん」である。
僕が大学生になった頃、スズキさんの研究は一冊の本にまとめられた。母を通じて、僕が高校生の時に第九を歌ったことがあると聞いたスズキさんは、その本を送ってくれた。僕はその本をむさぼるように読んだ。
僕は著者のスズキさんに一度お会いしたいと思いつつ、結局その機会は訪れなかった。
数年前、著者のスズキさんが亡くなったことを母から聞いた。
そのことがきっかけで、僕の中で「第九のスズキさん」をめぐる旅がはじまった。
久しぶりにスズキさんの本を読み返して、驚くべき記述をみつけた。
このあたりのことは、「続々・第九のスズキさん」に詳しく書いたが、かいつまんで書くと。
アジア・太平洋戦争中、出陣学徒の間で第九が愛聴されていたのではないかと推測したスズキさんは、その時の様子を、学徒出陣を経験したKという人に取材し、そのKさんがスズキさんにその返事をハガキで送ってきたという。著書ではそのハガキの文面が紹介されていた。
僕が驚いたのは、そのKさんが僕の「前の職場」につとめていらした方で、僕の直接の前々任者にあたる人だということである。厳格な学者というイメージの方だが、紹介されていたハガキの文面には、極限状況下にある青春時代の様子が語られていた。
ひょっとしたら、このハガキが、スズキさんの遺品の中に残っているかも知れないと思い、もし見つけたら教えて下さいと、「第九のスズキさん」の奥さん(つまり母の親友)にお願いした。
そして今日、実家に立ち寄ったら、「第九のスズキさん」の奥さんからファックスが届いていたのである。遺品を整理していたら、Kさんのハガキが見つかったのだという。ただし現物ではなく、それをコピーしたものだった。
「御著作の載った「太陽」(別冊)有難く拝受いたしました。別のパンフにはE(Kさんの戦友)から小生に宛てた書状をご引用・紹介いただき、故人も喜んでくれてゐると存じます。日本における「第九」演奏、日本人の受けた感銘、その記録を、かくも刻銘に追求されたことは、ひとへに貴台のねばりとエネルギーの賜物で、永く記念さるべき業績と存じます。小生、このことに深く感じ入りました。いづれ、O県(Kさんの定年退職後の新たな勤務地)への往復の途中で、F市(スズキさんの勤務地)に寄せていただきます。たぶん今秋になるかと存じます。このところ三、四年、、退職、就職、転居等のことにふりまわされて、仲々はじめての方にお目にかかるやうな気持ちにならず、これまで大変失礼いたしました。おわび申し上げます。まづは取敢へず御礼迄。」
第九に関するスズキさんの文章を読んだ感想と御礼を述べた内容で、本に引用されていたハガキとは異なる。
だがこの実に丁寧な御礼状から、取材後も、Kさんとスズキさんの間でやりとりが続いていたことがわかった。
はたして、Kさんとスズキさんは、実際に会うことができたのだろうか。それはわからない。
いずれにしてもスズキさんはKさんからのこのハガキを受け取って、喜んだことだろう。
僕はKさんの肉筆のハガキを、しばらく見つめた。
母が高校時代に、その親友と知り合ったこと。
その親友のダンナさんが、第九の研究にのめり込んだこと。
その過程で、Kさんに取材をしたこと。
僕が高校時代に第九を歌ったこと。
やがて僕がKさんの後任の後任として、その職場に勤めたこと。
そしていま、スズキさんに宛てたKさんのハガキが、僕の手もとにある。
これらすべてが、つながっているような気がしてならない。
他人からしたら、何だそんなこと、と思うかも知れないが。
折しも今は、第九が最も歌われる年末である。
まるでクリスマスプレゼントのように、その一枚のハガキが僕のもとに届いた。30年の歳月を超えて。
年末に第九が流れるたびに、僕は「第九のスズキさん」のことを思い出すだろう。
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