12月13日(水)
ちょっと前だったか、ある放送局のディレクターから連絡があった。
「今度、かくかくしかじか、こういう番組をするんですけど、インターネットで調べてみたら、先生はこの方面のご専門とのことで…」
「はあ」
初めて聞く番組名だった。なんでも、以前放送されていて、いったん終了したのだが、また復活するのだという。カルチャーエンタメ番組っていうのか?そんな感じの番組である。
「たとえば、今度うちの番組で、○○を取りあげようと思うんですけど、これについてどう思われますか?」
「どうといわれましても、…私が直接かかわったわけではありませんし…」
「今の段階で、軽くコメント言っていただくことは可能ですか?」
「軽く」って…。
電話口からは、ちょっと軽いノリの人だな、と思った、この業界では、ありがちなのだろうと、別に驚くこともなかった。
わざとはぐらかすようなコメントを言うと、
「ありがとうございます。ちょっとどうなるかわかりませんが、もう少し取材を続けてみます」
と言って終わった。
以前も、民放のバラエティー番組のディレクターから電話があって、事前取材を受けたのだが、その受け答えが向こうの満足いくものではなかったようで、結局その後は「なしのつぶて」だった。
今回も同じ感じだろうな、と思っていたら、しばらくたってまたそのディレクターから連絡があった。
「やっぱり番組の構成上、どうしても専門家のコメントが必要なんです」
「そうですか」
「専門家の方に一言言っていただくだけで、番組にアクセントがつきます」
「そんなものですか…」
「試みに、私のほうでコメントの下案を考えますので、それを言っていただくような感じでいかがでしょうか」
なんと!セリフが決まっているのか??
「もちろん、明らかに事実に反しているところがあったら、直していただいてかまいません」
後日、「こんな感じのコメントでいかがでしょう」と、メールでそのコメント案が送られてきた。
(別に俺が言わなくったていいようなセリフだな。もっとイケメンの俳優とかに言わせたほうがいいんじゃなかろうか…)
というくらい、当たり障りのない内容である。
「つきましては、カメラクルーとともに取材にうかがいます」
ということで、あれよあれよといううちに、取材日の今日になってしまった。
(やっぱり断るべきだったかな…)
と逡巡したが、全国放送の番組に出るというのは今後ないだろうから、思い出づくりというつもりでのぞむことにした。
初めてディレクターに会ったのだが、電話の印象よりも、ずっと感じのよい人だった。
職場の私の仕事部屋は人が入れないほど散らかっているので、地下の作業部屋で取材を受けることにした。
ディレクターのほかに、カメラマン一人、音声さん一人、照明さん一人の、合計4人である。
ディレクターが言った。
「まず、私が扉を開けてこの部屋に入って、先生と挨拶するシーンを撮ります。私の肩越しに、カメラマンが先生を映しますから、私を出迎える感じで挨拶して下さい」
「はあ」
「そのあと、先生のアップを抜きますので、挨拶された後はしばらくそのままじっとして下さい」
いきなりハードルが高い!俺は役者じゃねえんだ!
ディレクターが私の作業部屋に訪れて、私が出迎える、という体(てい)で演じなければならないのである。
「じゃあ、いったん我々、外に出ますので、ノックして我々が中に入ったら、立ち上がって挨拶をお願いします」
「わ、わかりました…」一気に緊張が高まる。
トントン!
ディレクターとカメラクルーが入ってきた。
「今日はよろしくお願いします」とディレクター。
「よろしくおねはひひまふ」
緊張のあまり、挨拶を噛んでしまった。
「いったん止めます!」とカメラマン。「ちょっとケーブルが引っかかってしまって…」
「先生のせいじゃありません!こちら側のミスです」とディレクター。
いやいや、いまのは俺がセリフを噛んだのが原因だろ!
もう一度。
トントン!
「今日はよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
お辞儀をしたあと、顔を上げて5秒くらいじっとした。
「はい、カット!OKです!次に、先生がパソコンの画面をのぞき込んでふむふむというシーンを撮ります」
ずいぶんと注文が多いな。話を聞くだけじゃなかったんかい!
ディレクターは、用意したノートパソコンを私の前に出して、
「これを見てください。で、これを見た上で、それについてのコメント言っていただく、という体(てい)で」
また「体(てい)」かい!
緊張して、パソコンを操作する手もぎこちなくなった。
画面をのぞき込んではいるが、まったく内容が入ってこない。
「はい、カット!OKです!続きまして、コメントを言っていただくことにしますが、まずは私と先生とで、フリートークをして、そこからコメントを組み立てていきましょう」
ディレクターと対話をしていく中で、コメントのセリフを決めていく、ということらしい。
対話をしていくうちに、
「あ、いまのセリフいいですねえ。いただきましょう」とディレクター。
「え?いま自分が何て言ったか、忘れてしまいましたよ」と私。
「大丈夫です。私が覚えていますから」
そういうと、ディレクターはA4のコピー用紙の裏白の部分に、コメントのセリフを書き出した。
「こんな感じでどうでしょう」
きったねえ字だなあ。読めやしない。
「こんな感じで言ってください」
「わかりました」
「では本番です!」
ディレクターの質問に応える形で、私がコメントを言う。
コメントを言っている間、前にいるディレクターは先ほどの殴り書きのカンペを私に見せるのだが、字が汚すぎて読めない。
カンペを見ずにコメントを言った。
「はい、カット!どうでしたか?」ディレクターがカメラクルーに聞いた。
「すみません。なんかガサガサって音が入ったみたいで」と音声さん。
「そうですか。すみません先生。コメントは完璧だったのですが、こちらのミスで、もう一度お願いします」
「もう一度ですか?」
もう緊張の糸が切れちゃったぞ!
「ではすみません。もう一度お願いします」
ディレクターが質問し、私が答える。例によって、ディレクターが殴り書きのカンペをこちらに見せるのだが、やはり字が汚すぎて読めない。
再びカンペを見ずにコメントを言った。
「はい、カット!どうですか?」
「大丈夫です」とカメラマン。
「OKです!完璧でした」
「そうですか」
「この短時間で、よくセリフを覚えられましたね」
セリフって…。
「なかなかこれほどセリフ覚えのいい人はいませんよ。本職のレポーターだって、こっちの言ってほしいことをなかなか覚えてくれないんですから」
「そうですか」
「テレビは何度もお出になっているんでしょう」
「いいえ、これが初めてです」
「そうですか。とてもそうとは思えません」
ま、このあたりは、ディレクターの常套句なんだろう。
「ところで、これはいつ放送されるんです?」
「正月二日です」
なんと、新春特番ということか!
恥ずかしいので、これ以上ヒントは言わない。
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