散髪屋は、人生だ! ~リーさんの言葉~
12月27日(水)
行きつけの散髪屋さんに行く。
いつものリーさんに、髪を切ってもらう。
鏡を見て、ギョッとした。
私の顔が、父そっくりなのだ。
あたりまえといえばあたりまえなのだが、父が死んで、その父が、私に乗り移ったのではないか、と思うほど、いまの私の顔は、かつてないほど父とそっくりなのだ。
なるほど、自分の中で生き続けるというのは、そういうことなのだろうな。
さて担当のリーさんは、まだ20代の今どきの女の子なので、当然、私のような人間と話が合うわけではない。
私自身も、自分のことはほとんど喋らない。
なので、髪を切ってもらっているあいだも、ほとんど会話をすることがない。まあ私にしてみれば、その方が気楽なのだが。
一方リーさんにしてみれば、こんなオッサンにどんな話題を出していいのか、困り果てているのかも知れない。
私の横で髪を切っている理容師さんは、お客さんと話が盛り上がっているようで、大きな声で話をしながら、時折手が止まっている。
(喋っていると手が止まるというのは、困るなあ…)
それにしても、横の2人は話が相当盛り上がっているぞ。
黙々と髪を切っているリーさんとは、対照的である。
横の人のほうが、私より少し早く終わった。
「とても楽しかったです」
とその理容師さんは、お客さんに言っていた。よっぽど話が合ったのだろうか。それともたんにストレスが発散できたのか。はたまた社交辞令なのか。
いずれにしても、それにくらべたら俺は「楽しくないほう」の人間だろうな。
それから少しして、私の散髪が終わった。
会計の時、リーさんが言った。
「今回、会費をお支払いいただくと、これから1年間割引になるシステムがあるんですけど、どうなさいますか?」」
それは、この店の特有のシステムで、7月と12月に、そのようなキャンペーンをおこなっているようだった。私も何回か、そのシステムを利用したことがある。
「いえ、遠慮しておきます。…実は、再来月に引っ越すんです」
「そうなんですか?!」リーさんは驚いた顔をした。「どちらに?」
「ちょっとここから離れた町です」
「そうですか…。それは悲しいです」
もちろん社交辞令なのだろうが、常連が減るという意味でも、その言葉に幾ばくかの真実はあっただろう。
以前にも書いたが、私は、リーさんがこの店で見習いをしていた頃から知っているのだ。
とりたてて会話をするわけではないが、それでも、顔見知りであることには違いない。
それで思い出した。僕が「前の勤務地」に転居したとき、住んでいる町には知り合いが誰ひとりいなかった。
しかし散髪屋さんに通ったり、食堂に通ったりするうち、なんとなく顔見知りになる人ができた。
別に親しくなるわけではないが、その町を離れるとなると、寂しい感じがした。
韓国に留学していたときも、そうである。最初は知り合いが誰ひとりいない町だったが、通っているお店の人と、自然と心を通わせるようになった。
そうなのだ。
人間は、どんな町に住んでも、たとえ知り合いがひとりもいなくても、決して孤独ではないのだ。
リーさんの言葉を聞いて、そのことに気づいたのである。
「…そうなると、次回がラスト1回ですか?」とリーさん。
「ええ、おそらく」
「そうですか。聞いておいてよかった。心の準備ができました」
「ありがとう」私はリーさんの丁寧な仕事ぶりに、感謝した。
「こちらこそありがとうございます。よいお年を」
「よいお年を」
扉を開けて外に出ると、風が思いのほか冷たかった。
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