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郷里の友!

1月19日(金)

2カ月に一度くらい、読めない文字を読んでくれと、調査の依頼が来る。

今回の調査依頼は、私にとって初めての体験であった。

昨年末にメールをいただいた。

「いま、アジア・太平洋戦争で没した方の日記を読んでおります。

南方戦線で孤立無援のなか、米軍の襲撃に怯えながら、飢えに苦しむ様子を克明に記した日記であり、 本人は終戦直前に亡くなり、日記だけが遺族のもとに戻ってきたものです。

遺族の了解を得て、何人かで読みすすめておりますが、 手帳に鉛筆で細かく書かれた文字は読みにくく、一部判読不明なところがあります。

類推しながら読んではおりますが、すっかり擦れてしまったところなどもあり、 難儀しております。

できるだけ文字を読み取り、没した兵士の思いを記録できればと考えております。ついては、解読のお手伝いをお願いできないでしょうか」

もちろん、お手伝いすることにした。

そして今日、その日記の解読に従事しているお二人が、職場にやって来た。

地下の調査室にご案内し、大学院生にも一人手伝ってもらって、IRという分析機器で、解読することにした。

「日記というのは…」

「これです」

見て驚いた。

小さくて薄いメモ帳のようなものに、鉛筆でびっしりと文字が書いてある。

「ずいぶんとびっしり書いてますね」

「ええ。毎日毎日、その日にあったことを克明に書いておられたようです」

「南の島の戦場で、ですか?」

「ええ。終戦の4カ月ほど前に亡くなるのですが、約2年間、亡くなる直前まで、日記を書き残していました」つまり戦場日記である。

「そうですか…」

「鉛筆が擦れてしまって、どうしても肉眼では読めないところがありまして…ご遺族の方のお気持ちを考えると、1文字でも多く解読したいと思いまして…」

「わかりました。では、さっそくIRを使って解読することにしましょう」

テレビモニターに、日記が映し出される。

肉眼では見えなかった鉛筆の文字が、鮮やかに映し出された。

「こんなにはっきりと見えるんですね!」

感激もそこそこに、解読作業を始める。

鉛筆の文字が映し出されたといっても、独特の書き癖や言い回しがあって、それを読み解くのはなかなか難しい。

1文字読めては喜び、1文字読めなくては悔しがり、の連続である。

だが、次第に目が慣れてきて、その兵士の字の特徴がわかってきた。

だんだんと、読める文字が増えてきた。

そこに書かれているのは、飢えに苦しみ、空襲におびえる兵士たちの姿だった。

しかし、どうしても読めないところがある。

「…こんなにはっきり見えているのになあ…。何という字が書いてあるのか…」

問題となったのは、昭和19年8月31日の日記である。

翌日から、「離島管理作業」なる重労働に従事しなければならなかった彼は、友人から椰子の実を5個もらい、それを分隊員一同で分けて食べた。おかげで元気になったのだという。その最後の行に、

「□□友人ハ有難い」

と書いている。

「…友人ハ有難い、と読めますけれども、その上に2文字ありますね」

「そうですね」

「ハッキリと字が見えるんだけれど、なんて書いてあるのかわからない」

4人はしばらく考え込んだ。

ああでもない、こうでもない、と試行錯誤が続いた。

一瞬の静寂のあと、4人は同時に叫んだ。

「郷里の友!」

4人は顔を見合わせて大笑いした。「友人」の上の2字は「郷里」だったのだ。

不思議である。それまで、どうがんばってもまったく読めなかった字が、ある瞬間、4人同時に読めたのである!

まるで神が降りてきたようであった。

うーむ。この感激、伝わりにくいなあ。

あのときのしびれるような体験は、あの場にいた4人にしかわかるまい。

調査のあと、日記を持ってきた方からメールが来た。

「「郷里の友!」とみんなで叫んだ瞬間は、映画のワンシーンのようでしたね。」

そう。映画のワンシーンというのがふさわしい。

日記を書いたSさんが解読の後押ししてくれたのか、あるいはSさんの日記をかたみとして持ち帰り、遺族にとどけた戦友のHさんが後押しをしてくれたのか。

いずれにしても、不思議な力に後押しされながら、解読が進んでいったとしか思えない。

生きていると、映画以上に映画的な体験をすることが、稀にあるのだ。

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