3月21日(水)
ちょうど1年ほど前、メールが来た。
「昨年6月26日にご講演いただき大好評でした。
来年3月に再度ご講演いただけませんでしょうか。
3月の土日でご都合よい日がありませんか
ご返事をお待ちしています」
ある会の幹事をやっているMさんからである。
その会は、同好の士の集まりといった会で、1年に2,3回ていど、講演会を企画している。
1年も先の話か…。
とりあえず、
「3月21日(水)にしてください」
と返事を書いた。
それにしても、困ったなあ。
僕はてっきり、1回きりの依頼だと思っていたので、すでに前回の講演で、自分の持っているネタをすべて放出してしまったのだ。
同じネタをやるわけにはいかないし…。
とりあえず、1年の猶予があるので、おいおい考えていくことにしよう。
そうこうしているうちに、昨年夏、体調を崩した。とても講演のことなど考える余裕もなくなった。
そうなるともう、一気にやる気が失せてくる。
(ああ、引き受けるんじゃなかった…)
よっぽど断ろうと思ったのだが、Mさんからはその後も何度もメールをいただいた。
「すでに3月21日で会場をおさえましたので、よろしくお願いします」
「去る11月20日付メールにて演題の内容要旨100文字位を12月20日までにメールにてご連絡いただき、聴講者の募集を来年早々から開始する旨ご連絡しましたが未だ届いていません。お忙しい中恐縮ですが、改めて急ぎ12月26日(火)までにメールにて100文字位の講演内容要旨をお送りください。チラシを年内に作成し募集を開始します」
「新年あけましておめでとうございます。今年3月21日(春分の日)講演会よろしくお願いいたします。その聴講者募集のチラシを添付の様に作成し、関係先に置いていただき、新年早々から聴講者の募集を開始します」
「ここ数日何度か電話で確認しようとしましたが、先生の事務所に繋がらず、メールでのご連絡にさせていただきました。3月21日ご講演をお願いしておりますが、聴講者募集開始から数日で64名の応募がありました これで締め切りました」
「講演会当日聴講者に配布するレジュメ原稿を2月末までに小生宛てメールでお送りください よろしくお願いします」
「講演会は22日現在82名の聴講希望者があり、この時点で締め切りました 大変な人気です。講演会レジュメ原稿を3月7日(水)までに小生あてメールで送信してください。急ぎ印刷し準備します よろしくお願いします」
「21日の講演会レジュメ確かに受け取りました。早速印刷するように、当日の講演会場にメールで送りました。聴講者は82名の希望を会場の都合で62名で締め切りました」
Mさんは、矢継ぎ早に、というか、かなり強引に話を進めていった。
もう後には引けなくなった。
さらには、
「終わったあと懇親会をおこなうので参加してください」
というメールも来た。
おいおい、懇親会まで参加するなんて知らないぞ。
前回は懇親会なんかなかったぞ。
体調がよければ気にならないのだが、体調が悪いので、懇親会は勘弁してもらいたい、と思い、
「ちょっとここ最近体調がすぐれないときがあるので、懇親会に参加することは難しいと思います」
と返事をした。
(困ったなあ…)
と思いつつ、それでも配付資料を作成したり、パワポの資料を作成したりして、講演の準備を進めた。
さて当日。
会場に行き、幹事のMさんとお会いした。
「講演会には、Y先生もお見えになります」
「Y先生も、ですか!」
Y先生は、うちの業界の重鎮で、傘寿を越えるお年の先生である。聞くと、この会の会長をつとめておられるという。
会長とは名ばかりなのだろうと思っていたら、まさか講演会にわざわざいらっしゃるとは…。
こりゃあ、ヘタな講演はできないぞ…。
午後2時、講演が始まる。
不思議なもので、最初はどうなることやらと思っていたが、喋っているうちに、どんどん興が乗ってきて、気がつくと予定の1時間半を少しオーバーしていた。
(話し足りないなあ…)
と思いつつ、講演を終えた。
続いて閉会の言葉である。会長のY先生がマイクを持った。
「さて、第28回の講演会も無事に終了しました。10年ほど続いたこの会ですが、本日をもちまして、最終回となりました。今日はとてもいい講演でした。この会は今日で終わりますが、いつかまたどこかで、鬼瓦先生の講演を聴く機会があればと思います。長い間、ありがとうございました」
ええええぇぇぇぇっ!!!
最終回だったの???
そんな責任の重い講演会だとは知らなかった。
幹事のMさんは、そんなことをひと言も言わず、私に依頼してきたのだ。
それにしても、なんで終わっちゃうんだろう?
ほかの会員の方に聞いてみた。
「あのう…。この会、今日で終わりなんですか?」
「ええ、もう10年以上も続いていたんですけどねえ」
「もったいないですねえ」
「ええ、なんでも、幹事のMさんがちょっと体調を崩されて、これ以上続けないと決断されたようです」
「そうだったんですか…」
「なにしろ、この会はMさんでもっていたようなものですからねえ」
Mさんは、最後の最後に、この僕を講師に選んでくれたのか…。
Mさんはかなり強引に話を進め、僕はすっかりMさんの熱意に根負けして引き受けてしまったんだけれども、Mさんからしたら、最後の講演会を、なんとしてでも成功させて終わりたかったんだな。
そんなことだったとは、まったく知らなかった。
「先生、今日はありがとう」幹事のMさんが私の所に近づいてきて言った。
「こちらこそありがとうございました」
「忙しくて、体調もすぐれない中で、本当にありがとうございました。メールでぶしつけなことばっかり書いてしまい、悪かったね」
「いえ、とんでもないです」
「年寄りのわがままだと思って、許してください」
記念写真を撮りましょう、と誰かが言った。
私と、会長のY先生、そして幹事のMさんが前に並び、その周りに何人かの会員の方が集まり、記念撮影をした。
会場を出ると、まだ冷たい雨が降っていた。
「この会は終わっちゃうけれど、また、お願いするかも知れませんよ」とMさん。
「はい、またお目にかかります」
そう言って、お別れした。
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