フィルムを縦に切れ!
あるところから、自分の専門に関わるコラムを書けとの依頼が来た。締切厳守だという。
僕は締め切りぎりぎりに書き上げて、掲載する図版とともに、担当者に原稿を送った。
するとほどなくして、その担当者から、「原稿と図版をレイアウトしてみましたので、ご確認ください」とレイアウト案が送られてきた。
そのレイアウト自体には、何の異論もなかったのだが、原稿を読み返して、目を疑った。
原稿が、勝手に書き換えられているのだ。
おそらく、レイアウトに合わせて、文章を少しいじった、ということなのだろう。
しかし、読んでみると、これがたいへんな悪文である。
しかも、勝手に事実関係を書き改めてしまっているところもある。
担当者は、ベテランではあるが、その道の専門家ではないのだ。
これではあまりにも文章がひどいので、レイアウトに合うように、私の方で再度書き直しをした。しかし、レイアウトを気にするあまり、なかなか文章がうまくはまらない。
まったく、二度手間である。
黒澤明監督は、かつて「白痴」という映画を撮ったとき、編集したところ4時間以上におよぶ長尺の作品に仕上がった。
ところが映画会社は、これでは上映時間があまりにも長すぎるというので、半分の時間に縮めろと黒澤明に命じた。
しかし、この作品を半分の時間にカットしてしまったら、作品として成り立たなくなってしまう。
どうしてもカットすることはできないと思った黒澤明は、「切るなら、フィルムを縦に切れ!」と叫んだという。
もう一つ、黒澤明のエピソード。
ハリウッドが製作する「トラ!トラ!トラ!」という映画の監督をすることになった黒澤明が、途中で監督を降板した話は有名である。
降板理由はいろいろ取り沙汰されたが、最も大きな理由は、「黒澤明に編集権を与えられなかった」点にあったといわれている。
黒澤明にしてみれば、撮影から編集に至るまで、全部自分が関与するのが当然と思っていたわけである。だがハリウッド側は、契約の段階で、黒澤明の編集権を認めず、ハリウッド側で編集をおこなうことを定めていたのだ。
つまり自分の撮った映像が、勝手に編集されてしまうというわけだ。
映画に全身全霊を捧げる黒澤からすれば、編集権を奪われることは、自分の映画ではなくなることを意味する。
この一件のあと、黒澤はソビエトの合作映画「デルス・ウザーラ」を作ることになったとき、その契約書に、「黒澤明に編集権を認める」という一文を入れさせたのだという。
私の書いた短いコラムなど、まったくレベルの違う話だが、
「フィルムを縦に切れ!」
と叫んだ黒澤明監督の気持ちは、よくわかる。
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