映画的体験・その2
5月8日(火)
大林宣彦監督とのお約束は、午後3時からである。
その1時間前、午後2時に、「編者のOさん」、「出版社のOさん」、そして私の3人が集合した。
1時間ほど打ち合わせをした後、本番のインタビューにのぞむことにしたのである。
監督の事務所のすぐ隣に喫茶店があり、そこで、インタビューの戦略を練ることになった。
ところが、である。
打ち合わせと言っては見たものの、3人が3人とも、緊張しすぎて、何を打ち合わせればいいのかがわからない。
平静さを失っているのである。
「こんな緊張感に包まれたのは、何年ぶりでしょうか」と「出版社のOさん」。
芸術家のY氏、建築家のK氏、宇宙飛行士のM氏などの錚々たる人物のインタビュー経験のある「出版社のOさん」ですら、異様なテンションである。
「僕は記録係に徹しますから、インタビューのほうは、Oさんと鬼瓦先生にお任せします」と「出版社のOさん」。
「私はもう、鬼瓦先生を頼りにしていますから」と「編者のOさん」。この中でいちばん若い。ちなみに3人の中で僕が年長である。
「何を言うんです。僕は監督とは初対面で、どちらかといえばこの3人の中でいちばん必然性のない人間ですよ。これはやはり、何度か面識のあるOさんにがんばってもらわないと…」
3人は、誰も主導権をとりたがらない。
「まあ、ここまで来たら自然体でいきましょう」
「それにしても、この緊張感はいったい何でしょうね」
「あれですよ、入学試験の直前の感じですよ」
「たしかにそうですね」
「編者のOさん」の前には、質問事項を書いた紙や、大林監督の本が置かれていて、まるで試験が始まる直前まで参考書を開いている「往生際の悪い受験生」のような様相を呈していた。
「試験の時って、直前まで悪あがきするタイプでしたか?それともあきらめるタイプ?」
「私は直前まで悪あがきしましたねえ」
「僕はもう前日くらいにあきらめました。今回もそうです」
そんな、どーでもいい会話が続いた。
たいした打ち合わせもせず、1時間が経った。
「いやあ、この打ち合わせは失敗でした」
「そうですねぇ。かえって緊張感を高めるだけで終わってしまいましたねえ」
「そろそろ行きましょう」
喫茶店を出て、隣のビルにある監督の事務所に向かう。
午後3時。チャイムを鳴らすと、事務所のスタッフの方が出てきた。
「こちらへどうぞ」と、部屋に通された。
「ちょっといま、前のお客さんがいらっしゃいまして、もうすぐ終わりますので、こちらでお待ちいただけますか」
この時間がさらに、私たちの緊張を高めた。
たとえて言うならば、面接試験の控え室のようなものである。
10分ほどたって、スタッフのKさんがやってきた。
「ではこちらへどうぞ」
広いテーブルのある部屋に通された。
「こちらにおかけになってお待ちください。いま監督がお見えになりますから」
「あのう…私たちの後も、ご予定が入っているのでしょうか」と、「編者のOさん」がスタッフのKさんに聞いた。
「いいえ、入っておりませんので大丈夫ですよ」
資料や録音機器をテーブルに出して準備していると、扉が開く音がした。
大林監督の登場である。
(つづく)
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