うんち待ち
5月1日(火)
黒澤明監督の記録係を長年つとめた野上照代さんが『天気待ち』(草思社文庫)というエッセイを書いている。黒澤明監督の映画作りを活写した傑作エッセイである。
タイトルの「天気待ち」とは、黒澤明監督が最高の映像を創り出すために自分が理想とする天気になるまでいつまでも待ち続ける様子を言ったものである。
黒澤監督が「天気待ち」なら、さしずめ私は「うんち待ち」である。
毎年、5月の大型連休には、妻の家族たちと標高1300メートルの高原に滞在するというのがしきたりとなっている。
今回の旅に、心配事が三つあった。いずれも、生後1カ月の娘についてである。
一つめの心配は、生後1カ月の赤子を、いきなり標高1300メートルのところに連れて行っても大丈夫だろうか?ということだった。
ポテトチップスだって、標高1300メートルのところに持っていくと、ぱんぱんにふくれあがってしまうんだぜ。
その理屈から言えば、うちの赤子も風船のようにぱんぱんにふくれあがってしまうんじゃないだろうか?
気圧が低くなって、耳がおかしくなって、泣き止まなくなるのではないだろうか。
よく、飛行機に乗っている赤子が大泣きするのは、気圧の関係で耳がおかしくなってしまうからだと言われている。
心配なので、助産師さんや小児科のお医者さんに聞いてみた。
「あのう…生後1カ月で、標高1300メートルのところに連れて行っても大丈夫でしょうか?」
「大丈夫ですよ」
「でも、ポテトチップスの袋みたいに、ぱんぱんにふくれあがらないでしょうか」
「そんなことありませんよ。生後1カ月で飛行機に乗る赤ちゃんもいます」
「はあ」
「それに、標高の高いところで生まれる赤ちゃんもいらっしゃるでしょう?」
「はあ。でも耳がおかしくなったらどうすえばいいのでしょう」
「その場合は、授乳をすればなおると思いますよ」
「はあ」
あまり納得しなかったが、医者が大丈夫だというのだから仕方がない。
二つ目の心配は、自宅から標高1300メートルの高原まで160㎞くらいの距離を、生後1カ月の赤子を車に乗せて移動しても大丈夫か?ということだった。
これについては、自分が安全運転をするより他に方法はない。
授乳やおむつについても心配だったが、途中のサービスエリアには、おむつを替えたり、授乳をしたりするスペースがあったので、これについては問題がなかった。
そんなこんなで、標高1300メートルの高原に到着した。
心配していたような、赤子がぱんぱんにふくれあがる、という事態にはならなかった。
さて、三つ目の心配は、ここ最近、赤子が便秘気味であるということである。
生まれたばかりのときに比べると、どうもうんちの出が悪い。
昨日の早朝にうんちをしたっきり、その後はウンともスンとも言わない。
そしてうんちが出ないまま、5月2日、3日目の朝を迎えた。
(うーむ。この年齢からもう便秘なのか…)
そういえば子どものころ、私は便秘がちの子どもだった。3歳くらいの時、あまりにうんちの出が悪いので、母はどこで買ってきたのか、白い液体の入った、両手で抱えるくらいの大きなビンを買ってきて、それを私に飲ませたのである。とてもまずいものだったが、それでも私の便は堅かった。
(便秘なのは遺伝の問題なのか…?)
赤子のほっぺたを見ると、ぶつぶつができていて、
(便秘による吹き出ものに違いない)
と確信した。
とにかく私の願いは、「早くうんちが出てほしい」ということだけなのである。
だが、待てど暮らせどうんちが出ない。
泣き出したので、すわ、うんちか?と思っておむつを見てみると、
(なんだ、おしっこか…)
と落胆したり、大人なみに大きな音の屁を
ブーッ!
と、何度もヒるので、そのたびにおむつを開けてみると、
(なあんだ、空振りか…)
とまた落胆したりする。
赤子は何度もイキむのであるが、まったくうんちが出ないので、とても苦しそうである。
(ああ、この苦しみから早く解放させてあげたい)
と、綿棒をおしりの穴に突っ込もうとする衝動に何度もかられるのだが、私も私で、赤子のおしりの穴に綿棒を突っ込む勇気がない。
(このまま一生うんちが出ないんだろうか…。病院に行った方がいいんだろうか)
そのうち、家族が買い物に出かけてしまい、赤子と私の二人だけになってしまった。
赤子が泣き出したので、おむつを替えたりミルクをあげたりしたのだが、それでも苦しそうである。
(うーむ。便秘がかなりつらそうだな…)
もはやなすすべもなくあきらめかけた、その時、
ブリブリブリブリブリッ!
と大きな音がした。
(なんだなんだ?ダムの決壊か?)
だがこの近所にはダムがない。
再び、
ブリブリブリブリブリッ!
(これはひょっとして…)
ブリブリブリブリブリッ!
3度目の決壊である。
やった!ようやくうんちが出たようだ!
ブリブリブリブリブリッ!
4回目の決壊だ!
おそるおそるおむつを開けてみて、びっくりした。
うんちの海に、おしりが溺れている!
そう、「うんちの海に、おしりが溺れている」という表現がぴったりなほど、大量のうんちがおむつにあふれんばかりに出ているのだ!
うひょ~!
私は喜んだ。だが、喜んでばかりはいられない。
このうんちにまみれたおむつを、衣類や布団を汚すことなく、きれいに始末するのが、私の大仕事である。
うんちが衣類につかないように、慎重におしりを拭こうとしたその時、
ブリブリブリブリブリッ!
5回目の決壊だ!
しかしそれも、おむつでしっかりと受けとめ、衣類に被害はなかった。
うんちが全部出たことを確認し、おしり拭きを5枚用意した。
「下拭き、荒拭き、本拭き、つや出し、総仕上げ」
と、慎重におしりを拭いた。
結局、どれくらいうんちをしたんだ?ほ乳瓶1本分くらいじゃないだろうか。
ちょうどおむつを替え終わった時に、買い物を終えた家族が帰ってきた。
あの決定的瞬間に立ち会えたのは、私だけだったのだ。
それは「天気待ち」の末に最高の映像を撮り終えた、黒澤明監督のような境地である。
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投稿: 温故知新こぶぎ | 2018年5月 4日 (金) 04時56分