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備忘録

備忘録1

「(1944年)11月4日、岩本隊長以下5名の将校は、マニラに来るように命令を受けた。ネグロス島にいた富永司令官がようやくマニラに戻ることになり、儀式好きの司令官は、陸軍最初の特攻隊員と宴会をしようと決めたのだ。(中略)

翌5日、午前8時。岩本隊長は、午前中は飛行機の整備、午後は飛行訓練を実施するようにという訓示を佐々木達に与えた後、将校4名と共に九九双軽に乗り込みマニラに向けて出発した。

ルソン島は快晴だった。太陽はすでに高くなり、陽差しは皮膚に痛いほど強かった。アメリカ軍の空襲が、毎朝、定期便のように始まる時刻だった。岩本隊長達が乗っている九九双軽は、一門の機関砲もなく、一機の護衛もつかない状態で、単独でマニラを目指した。岩本隊長の離陸からしばらくして、リバ飛行場は二度、アメリカ軍の空襲を受けた。佐々木が経験する、初めての激しい攻撃だった。爆弾が空気を切り裂いて落下する音が聞こえ、続いて凄まじい爆発が連続して起こり、地面が揺れた。

佐々木は、椰子の根元にしがみつくようにして伏せるしかなかった。機銃掃射が椰子に当たる音がして、大きな葉が佐々木達の上にばさばさと落ちた。万朶隊の民間整備員1名が死亡し、操縦者1名と通信員1名が重傷を負った。

午前11時過ぎ、第四航空軍司令部から、万朶隊宛てに無電が送られてきた。

「岩本隊長は出発せしや。状況によりては、地上、自動車にてこられたし」

リバとマニラの直線距離は約90キロ、九九双軽なら、20分足らずで到着する予定だった。午前8時に出発したのだ。

午後になって、もう一度、「岩本隊長は出発せしや」という無電が届いた。

万朶隊全員が暗い予感に怯えた。ただ、岩本隊長は操縦の名手であり、もし、アメリカ軍と遭遇しても、どこかに逃げきったに違いないと思い込もうとした。

夜9時過ぎ、万朶隊、岩本隊長の乗った九九双軽がグラマン戦闘機に襲われて墜落、岩本隊長以下4名の将校が戦死したという知らせが届いた。(中略)

すぐに、救助隊が編成され、急行した。そして、マニラ近く、バイ湖のほとりで岩本隊長以下4名の遺体は発見、回収された。通信担当の中川克己少尉だけは重傷だった。4名の将校操縦者はグラマンの機銃掃射を受けて、即死状態だった。

万朶隊員達は、祭壇を作って、その前で通夜をした。

誰もが泣いた。そして、マニラに呼び寄せた命令の理不尽さを罵った。岩本隊長達は、富永司令官の宴会のために死んだのだ。

陸軍最初の特攻隊は、隊長だけではなく、将校の操縦者を一気に失ってしまった。

前夜、集会室で岩本隊長はこう言っていた。

「飛行機乗りは、初めっから死ぬことを覚悟している。同じ死ぬなら、できるだけ有意義に死にたいだけさ。敵の船が一隻も沈むかどうかも分からんのに、ただ体当たりをやれ、『と』号機(特攻用飛行機)を作ったから乗って行け、というのは、頭が足りないよ」

佐々木は、歯噛みしながら岩本隊長の無念を思った。涙が溢れて止まらなかった。」

備忘録2

「ここでこの例を出すと、反発する人もいるだろうと分かっていますが、書きます。

僕は毎年、夏になると、『いったいいつまで、真夏の炎天下で甲子園の高校野球は続くんだろう』と思います。地方予選の時から、熱中症で何人も倒れ、脱水症状で救急搬送されても、真夏の試合は続きます。

10代の後半の若者に、真夏の炎天下、組織として強制的に運動を命令しているのは、世界中で見ても、日本の高校野球だけだと思います。

好きでやっている人は別です。組織として公式に命令しているケースです。重篤な熱中症によって、何人が死ねば、この真夏の大会は変わるのだろうかと僕は思います。

こう書くと、『純真な高校球児の努力をバカにするのか!』とか『大切な甲子園大会を冒涜するのか!』と叫ぶ人がいます。

僕は『命令された側』の高校球児を尊敬し、感動します。もちろん、大変だなあと同情しますが、けなしたり悪口を言うつもりはまったくありません。

問題にしたいのは『命令した側』です。

ですが、怒る人は、『命令した側』と『命令された側』を混同するのです。『命令した側』への批判を、、『命令された側』への攻撃だと思うのです。

その構図は、『特攻隊』の時とまったく同じです。

僕が問題にしているのは、徹底して『命令した側です』

毎年、日本の夏が厳しさを増していることはみんな気づいています。亜熱帯と呼んでもいい気候になっていることをみんな知っています。大人達の記憶の中の夏は、こんなに暴力的に暑くはなかったのです。

けれど、いつものように、炎天下の試合は続きます。甲子園大会は所与のものだからです。

昼の12時から3時までは試合を休止しようとか、ナイターをスケジュールに入れようとか、そもそも真夏をはずして秋にしようとか、そういう提案を主催者側がしているという話を僕は聞いたことがありません。大人達は、誰も言い出さないまま、若者達に命令するのです。それもまた、とても、特攻隊の構図と似ていると感じます。

そして、高校野球だけが問題なのではなく、みんななんとなく問題だと思っているのに、誰も言い出さないから、『ただ続けることが目的』となっていることが、この国ではとても多いのじゃないかと僕は思っているのです」

(以上、鴻上尚史『不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか』講談社現代新書、2017年)

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