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2018年8月

講演会延期

業務連絡です。

今度の日曜日に開催予定の講演会が、延期となりました。

理由は、あまりの猛暑でお客さんが集まらないため、だそうです。

参加申し込みが、わずか数名だったらしい。

だったら中止にしちゃえばいいのに、と思うのだが、なかなかそうもいかないようだ。

そういえば、と思って、過去の日記を掘り返してみると、同シリーズの講演会を、2年前の9月4日(日)におこなっていた。

若者の街で講演会

そのときは、そこそこの人数が集まって、90歳近いご高齢の方も聞きに来ていらしたから、さほど暑くなかったということだろうか。

とにもかくにも、今年の暑さは異常なのである。

そういえば、思い出した。

いまから8年ほど前のことである。

やはり同じ時期。9月の第1週の土曜日だったと思う。

仲間たちとともに自主講演会なるものを企画して、会場も繁華街のど真ん中にある公民館をおさえて、満を持して開催することになった。

栄えある、第1回の講師は僕である!

ところが、である。

その日はめちゃめちゃ暑い日だった。

来てくれたお客さんの数は2名。

4名のスタッフよりも少ない。

結局、その2名の前で講演をおこなったのであった。

「いつか売れると信じてた

客が二人の演芸場で」

まるでビートたけしの「浅草キッド」の歌詞の世界である。

その後、自主講演会は二度とおこなわれることはなかったのである。

…そのことを思い出した。

しかし、客が集まらなかったのは、暑さのせいだったのだろうか?

いや、違う!むかしから俺は集客力がなかったのだ!

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ちびまるこちゃん

アニメ「ちびまる子ちゃん」の初回放送が、1990年1月7日。

ということは、大学2年の1月のことである。

3年生になり、専門課程に進むと、同じ研究室の同期にY君という人がいた。

髪型がジョン・レノンみたいで、ジョン・レノンみたいな眼鏡をかけていた。つまり見た目はジョン・レノンみたいな人だった。

研究室の同期の中では、ずば抜けて優秀なやつだった。

そのY君が、大学3年生の時だったと思うが、「ちびまる子ちゃん」にハマったのである。

もう一人、「ちびまる子ちゃん」にハマった同期のU君を誘って、夏休みに、静岡県清水市(当時)にあるさくらももこさんの実家まで、訪ねていったそうである。

夏休みが終わったあと、二人は私に、嬉々としてその話をしてくれた。

実家を訪れた二人は、

「ここが実家かあ」

と確認しただけで、満足して帰ってきたのだという。

ずいぶん変わった人だなあ、とそのとき思った。

そのY君はいま、母校の大学で教員をしている。

もう15年くらい彼とは会っていないが、あのときのこと、彼は覚えているかなあ。

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本当の舞台裏

ラジオの友は真の友。

「問わず語りの権之丞」、はじまりでございま~す。

はい、こんばんは、講談師の鬼瓦権之丞でございます。そして目の前に座っているのは、笑い屋のシゲフジ君、ということでね。

このキャラクターが出てきたってことは??

はい、愚痴ですね。

(シゲフジ君の笑い声)

以前にインターネットで連載していたエッセイが、いよいよ本になることになりましてね。

今日、編集者から、「見本ができました」と連絡がありました。

たぶん、来週あたりに本屋さんに並ぶんじゃないかって思うんですけど。

まあ、本が売れないこのご時世に、無名であるアタクシの本を出してくれるっていうんだから、もう感謝しかありませんよ。

編集者の方とは、一度、出版社のある企画で一緒にお仕事をしましてね。

…この本がまったく売れなかった。

(シゲフジ君の笑い声)

にもかかわらず、

「権之丞さんの本を、どうしても出したい!権之丞さんの文章をもっと世間に知ってほしいんです!」

と言ってくれましてね。

おいおい、一回失敗してるじぇねえか。まだ懲りないのかよって。

(シゲフジ君の笑い声)

バッカじゃないの?って思ったんですけど、

(シゲフジ君の笑い声)

まあそう言ってくれるなんて、ありがたいことですよ。

その編集者の方にとっては、背水の陣なわけです。

一回失敗してますから、もう失敗は許されない。

(シゲフジ君の笑い声)

確実に売れる本を出さないといけないわけです。

しかしいかんせん、アタクシの文章が、とっても地味。

(シゲフジ君の笑い声)

最初から最後まで、ビックリするくらい地味な内容なわけです。

(シゲフジ君の笑い声)

こう言っちゃ何ですけど、とても大きな出版社なので、社内のたくさんの人を納得させる企画書を書かなくっちゃいけない。

いかにこの本が売れる本になるかっていうことをプレゼンするわけですな。

そのためには、内容は変えようがないんで、本のタイトルで勝負!ってことになったそうです。

アタクシ自身が考えたタイトルは、地味なんで、ぜんぶ却下されました。

(シゲフジ君の笑い声)

で、編集者の方が、「絶対に売れる!」というタイトルを考えて、企画書を出したら、見事通ったそうです。

で、あとでその企画書を見せてもらったんですけど、そのタイトルが……

えっ!!!こんな安易なタイトル??

手垢にまみれたタイトルじゃん!

しかも、そのタイトルにふさわしい文章なんか書いてないし!

(シゲフジ君の笑い声)

詐欺で訴えられるぞ!

(シゲフジ君の笑い声)

…といった感じのタイトルだったんです。

いやいや、わかりませんよ。たぶん、その編集者の方のプレゼンが、とてもよかったんだと思うんですよ。

…でも、そのタイトルでOKを出した企画会議って、どうなんだろう…。

(シゲフジ君の笑い声)

で、さすがにこのタイトルは勘弁してくださいって言いましたよ。

「まあ、これは企画を通すための仮タイトルですから。もっと良いタイトルを考えましょう」って。

で、別のタイトルになったんですが、これもまたねえ…。

「さおだけ屋はなぜ潰れないのか」的な。

(シゲフジ君の笑い声)

「チーズはどこへ行った?」的な。

(シゲフジ君の笑い声)

まあ、そんなタイトルになったわけです。

ちょっと一昔前に流行ったタイトルじゃないのかい???

まあね。本のタイトルってのは、自分の子どもに名前を付けるようなもので。

言ってみれば、自分の付けた名前が却下されて、お医者さんに名前を付けてもらったようなもんですよ。

編集者からしてみれば、売るべき本の一冊にすぎませんが、こっちは、これから先もずっと、その本のタイトルを背負って生きていかなければならないわけです。

だから、まあカチンときたりするわけですよ。

でも他の知り合いの編集者に聞いてみたら、そういうケースはよくあることで、それが理由で編集者と著者が揉める、なんてことはよくあるそうです。

アタクシは、とにかく自分の文章が世に出るんだったら、多少の妥協は仕方がないと思って、このあたりが妥協点だろうと思って従いましたけどね。

ただ、それだけじゃないんです。

「各章の見出しも、こちらで考えさせていただきます」

って言って、こっちの考えたタイトルをぜんぶ直されちゃった。

…で、できあがった各章の見出しが、

うーむ。安物の情報番組が考えそうなタイトルだなって感じになっちゃった。

(シゲフジ君の笑い声)

いや、そう言ったら語弊があるかな。つまり、アタクシのセンスに合わない。

(シゲフジ君の笑い声)

しかし、文章に手を入れられるよりもマシだと思って、これも妥協しました。

ホームページに載った「編集者のおすすめ情報」というのがまたスゴい。

「一話完結型の内容になっているため、空いた時間に、気軽に読むことができます」

おいおい、気軽に読める本じゃないぜ。

(シゲフジ君の笑い声)

多くの読者がおわかりのように、アタクシの文章は、読むとものすごく頭が疲れるんです。

(シゲフジ君の笑い声)

取っつきやすそうだなって思って読んでいったら、硬くて噛めないよ!みたいな。

(シゲフジ君の笑い声)

人懐っこそうな犬だなって思って手を差し出したら、いきなり噛まれたり、

(シゲフジ君の笑い声)

そんな文章です。

ま、でもなんとかして多くの人に読んでもらおうという編集者の涙ぐましい努力に、アタクシは感動したわけですよ。

何度も言いますが、このご時世、無名なアタクシが勝手気ままに書いた文章を本にしてもらうなんて、ありえないことです。しかも大手の出版社で。

こうして、かなりアクロバティックな方法で企画を通していただいた編集者の方には、感謝してもし尽くせません。

…と言うことで、今日も無事じゃなく終わりましたけどね。

今回も最初から最後まで愚痴と言い訳でしたね。

(シゲフジ君の笑い声)

番組ではあなたからのメッセージ、お待ちしております。

お相手は鬼瓦権之丞でした。ありがとうございま~す。

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ヘルパンなんとか

8月27日(月)

ここ数日の猛暑で、夏バテ気味である。

SNSを見ると、たいていの人は、休日にコンサートに行ったり食事に行ったりと、充実したLifeをEnjoyしているようなのだが、僕はできるだけ体力を温存するために、不要不急の外出は避けるようにしている。

今日は職場の一斉休業日。

たまたま、娘の予防注射の日だったので、病院に行った。

予防注射を打ってもらおうと思って診察室に入ると、先生は娘の喉を見て言った。

「今日は、予防注射はやめましょう」

「どうしてです?」

「ほら、喉の奥を見てください」

お医者さんが、娘の喉の奥をライトで照らした。

「ここに口内炎みたいなものが3つほど並んでいるでしょう」

…そういわれても、よく見えない。

「ひょっとすると、ヘルパン○○○かもしれません」

「ヘルパン……???」

はじめて聞く病名である。カタカナであることは間違いない。

「赤ちゃんがかかる夏風邪の一種です。この時期、ものすごく流行しているんですよ」

「そうですか」

「これにかかると、熱が38度以上の高熱を出します」

「でも、さっき計ったら、37度3分でしたよ」

「これから上がるかも知れません。それに、別のウィルスによる可能性もあるので、ヘルパン○○○でないかも知れません」

その、ヘルパンなんとかという病名が、どうも覚えられない。えーと、ヘルパン、何だっけ?

「今日と明日、様子を見て、熱が38度以上にならなかったら、水曜日にあらためて予防注射しましょう」

「もし38度以上になったら?」

「そのときは病院に来てください」

「わかりました」

病院から帰ったら、もう病名がわかんなくなっちゃった。

「さっきの先生、病名を何て言ってたっけなあ。ヘルパン、…ギーニョ?ヘルパンギーニョだ!」

「それ、エルニーニョが少し入ってない?」

「ポルトガル語っぽくなかったっけ?」

まったく思い出せなくなり、インターネットで調べてみたら、

「ヘルパンギーナ」

だった!

それにしても、なぜ覚えにくい病名なのだろう?

「どうしました?」

「えーっと、ヘルパン……、ヘルパンギーニョです!」

とうっかり口にしてしまいそうである。

いまのところ、熱が37度台なので、ヘルパンギーナではないと思う。

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ダサかっこいい

とてもしんどいので、書くことがない。

テレビを見ていたら、DA PUMPの「USA」という歌に衝撃を受けた。

よく知らなかったのだが、DA PUMPって、復活したってことなの?

ダンスはかっちょいいのだが、「USA」という歌の歌詞が、チョーダサいのだ。

世間の評判を調べてみたら、「ダサかっこいい」のだという。

何だよ、「ダサかっこいい」って!!

「キモカワイい」と同じような言葉か??

その語感のルーツをたどると、タモリの「ボキャブラ天国」の「バカシブ」とか「インパク知」に行き着くのではないかというのが僕の仮説なのだが、まあそれはともかく。

「USA」の歌詞は、いつの時代のアメリカ観だよ!って感じの歌詞なのでアール。

アメリカに行ったことのない人が、漠然とした知識でアメリカについて書いちゃったって感じの歌詞である。

僕が以前からよく言うところの、「東京五輪音頭」と同じテイストの歌詞である。

「今度、おらが国にオリンピックっつうもんが来るらしいから、ひとつ、音頭を書いてけろ」

「オリンピックって、何だべ?」

「世界中から人が集まって、何かするらしい」

「わかった」

…で、できた歌が、東京五輪音頭。

歌詞を見ると、

はは~ん。さてはこいつ、オリンピックが何かってわかってないな。なんとなく雰囲気ででつくっちゃったな。

という感じなのである。

「USA」の歌詞も、そんな感じ。

で、僕は、ぼんやりとした知識で書いちゃった、というテイストの歌詞、嫌いじゃない。

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皿洗いのようなもの

8月25日(土)

ここだけの話。

次の次の日曜日に、タダ働きの講演会がある。

「次の次の日曜日」と、ややこしい言い方をしたのは、「次の次の日曜日」が、来週なのか、再来週なのか、よくわからんからである。

僕は、「1週間の始まりは日曜日」派のつもりなので、明日からは「来週」。だから次の次の日曜日は「再来週」ということになるのだ。

しかし、世の中には「1週間の始まりは月曜日」派の方がたぶん多く、その立場からすると、明日の日曜日までが今週で、その次の日曜日は「来週」ということになる。

「来週」なのか、「再来週」なのか、考えるとまた眠れなくなっちゃう(春日三球・照代の漫才より抜粋)。

まあそれはともかく。

なぜタダ働きかというと。

そうねえ。たとえていえば、レストランに入って食事をしたが、お金が足りなくなっちゃって、支払いができなくなっちゃった。

そういうとき、「皿洗いでもしてお返しします」みたいなことになるでしょう。

ま、そんな感じなのである。

…ナンダカワカラナイ。

べつに僕自身が無銭飲食をしたわけではないので、そこは誤解なきよう。

で、その準備をしなければと思うのだが、なにしろタダ働きなので、どうにもやる気が起きない。

で、慌てて今から準備を始めているのだが、はたして準備は間に合うのだろうか。

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毒舌会議

8月24日(金)

数か月に1度の会議の日である。都内某所に向かう。

いつも気が重いのだが、今回は特別気が重い。

この会議に間に合うように書いた1500字の原稿が、大ボスのおめがねにかなうかどうか。

大ボスは、とても恐い方なのだ。もちろん、それだけ実力も優れた方なのだが。

午後3時。総勢6名で会議が始まる。

「今日はやることがたくさんあります。そうそう、鬼瓦君の書いてくれた原稿については、のちほど言いたいことがあります」

ゲゲッ!!やっぱり俺の原稿はダメだったのか…。

うーむ。どんなことを言われるのだろう。

事と次第によっては、この場で割腹しよう。

そればかりが気がかりで、会議が始まってから、気もそぞろである。

会議はまったく休憩を取ることなく、3時間半続いた。

ようやく一段落がつき、議題はいよいよ私の原稿に関してのことになった。

…ここまで、長かったなあ。3時間半である。

「鬼瓦君の書いてくれた原稿についてだけど…」

と大ボス。

ドキドキ、ブルブル…。いよいよ死刑宣告か…?

「内容については異存ありません」

よかったぁ~。

「若干、付け加えてもらいたいことがあります」

…ということで、大ボスによる死刑宣告は、まぬがれたのであった。

で、そこから大ボスによるいつもの毒舌がはじまった。

その内容は、とてもここでは書けない。

「なあ、そうだろう、鬼瓦君」

と僕に同意を求めてくるのだが、「そうですね」とも言えない。

僕はただただピクニックフェイスで聞いているだけだった。

4時間近くにわたる会議が終わり、近くのお店で会議の打ち上げである。

ここでもまた、大ボスの毒舌が冴え渡る。

「なあ、そうだろう、鬼瓦君」

いえいえ、とても「そうですね」とはうなずけませんよ。平和主義者なんで。

例によってピクニックフェイスでやり過ごした。

いつか、僕がヘタをうったら、僕も毒舌の対象にされてしまうのだろうか。

そう考えると、ガクブルである。

午後10時、ようやくお開きとなった。

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マーシャル・コブギ

職場のメールボックスに、怪しげな封筒が入っていた。

差し出しを見ると、

Photo

「マーシャル・コブギ(スベリヒユ友の会代表)」

と書いてある。

もしやと思って開けてみると、

Photo_2

「ひょう干し」、つまりスベリヒユを乾燥させたものだった!

あのねえ。

まず、差出人が「マーシャル・コブギ(スベリヒユ友の会代表)」というのが、アヤシすぎるだろ(笑)!

郵便物を振り分けてくれた職員さんは、絶対、

(鬼瓦さんは、最近どうも怪しい団体と関係がある)

と思っていると思うぞ。

で、こういうのが送られてきたら、ブログで取り上げないわけにはいかない!

こっちは山ほど原稿を抱えているっちゅうのに、しんどいねん!

しかし、である。

これでスベリヒユの実物が手に入っただけでなく、ありがたいことに調理法を書いたメモまで付けてくれた。

おかげで、「スベリヒユ」をいちど食べてみたいという夢が、叶いそうである。

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有楽町で会いましょう

8月21日(火)

職場での4時間半におよぶ打ち合わせが終わり、ヘトヘトになって電車に乗る。

向かった先は、有楽町である。

2015年3月に卒業したSさんから、数日前に連絡があった。「21日に、WさんとOさんの3人で集まるので、先生もぜひ来てください」と。

Oさんは東京在住だが、SさんとWさんは地元で働いている。おそらく夏休みをとって、上京したのだろう。

私は最近、飲み会というのがすっかり億劫になって、不要不急の飲み会にはなるべく出ないことにしているのだが、卒業生となると、話は別である。

せっかくの貴重な東京滞在のおりにわざわざ声をかけてくれるのだから、呼ばれることにしたのである。

しかし僕は、東京の地理にはからっきし疎い。

ふだん、都内ではまったくと言っていいほど飲みに行ったことがないので、都内に、どんなお店があるのかも、よく知らないのだ。行きつけの店なんてものもないし。

卒業生が予約してくれたお店をみると、有楽町のとあるビルの地下1階にある、イタリアン・フレンチふうの居酒屋であるという。

食べログで場所を確認してみると、

「JR有楽町駅日比谷口より徒歩1分」

と書いてある。

「JR有楽町駅の日比谷口」ということだけをたよりに、有楽町駅を降りる。

日比谷口はどこかなあと思って探していると、

「日比谷口は閉鎖中。ほかの改札口におまわりください」

と書いてある。

えええええぇぇぇっ!!!頼みの綱の日比谷口が封じられている!!!

こうなるともう、わからない。

有楽町駅には、いくつもの改札口があって、なんかもう、いつも迷うのだ。

とりあえず「銀座口」と書いてあるところから出てみる。

出てはみたものの…。

「私はいったい、どこにいるのでありましょうか?」

「月はどっちに出ている?」

の世界である。

とりあえず、グーグルマップで現在地と、現在地からの経路を調べてみるが、これもまた、よくわからない。

(ますます自分が今どこにいるのかわからなくなってきた…)

しばらくすると、グーグルマップが落ち着きを取り戻したようで、自分の現在地がだんだんわかってきた。

どうやら線路の反対側にいるらしい。

ガード下をくぐると、目の前に大きな建物がみえた。

ビックカメラだ!

たしか、ビックカメラの前の道路をはさんだ向かい側のビルが、フレンチ・イタリアン風の居酒屋の入っているビルだったはずだ。

横断歩道を渡り、ビルの入口を見つけて、地下1階に降りて、ようやく店を見つけた。

ここまでの所要時間。5分。

お店に入ると、すでに3人は集まっていて、久しぶりの再会に乾杯した。僕はソフトドリンクだったけど。

3人とも、ひとまず元気そうで本当によかった。

いろいろと話していると、携帯にメッセージが入った。

なんと、今度は2014年3月に卒業したAさんからである。いまAさんは、「前の勤務地」の隣県で働いていて、卒業以来、会っていない。

「来月、上京して先生の職場に遊びに行きたいと思いますが、ご都合はいかがでしょうか」

卒業生たちと久しぶりに再会している最中に、別の卒業生から久しぶりに連絡が来る。

たしか以前にも、そんなことがあった

卒業生が卒業生を呼ぶ、という、僕にとってはよくある不思議な体験である。

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記者発表の日・2回目

8月20日(月)

昨年11月に引き続き、自分が関わった調査が、記者発表されることになった。

先月の7月23日(月)に、ある県の機関で調査を行ったのだが、「8月20日に記者発表を行いますので、それまでに調査所見をまとめてください」といわれ、8月の初旬に調査所見を提出した。

この調査所見、というのが、いつも自信がない。

自分の出した結論が本当に妥当なものなのか、最後まで不安なのである。

まあこの業界にいる人間ならば、誰しもそうなのだろうが。

とくに記者発表が控えているとなると、かなり緊張する。

まったく事情のわからない記者に、この調査結果がどれほど意味のあることなのかを説明しなければならない。

それに、いったん新聞やテレビで取り上げられると、その結論が一人歩きしてしまう。

だから、記者発表に向けての調査所見を書くのが、とても怖いのである。

今日の午後に、地元で記者発表があったようで、記者発表終了直後、先方の機関の方からお電話をいただいた。

「記者さんたちにそちらの携帯番号を教えましたので、問い合わせが行くと思います」

「わかりました」

ひとつ、私の書いた調査所見に不十分なところがあり、その点を記者発表の場で記者に指摘されたのだという。

「そうでしたか…。それはすみませんでした…」

うーむ。あれだけ慎重に書いたつもりでも、やはり不備があったか…。

私はひどく落ち込んだ。

ほどなくして、新聞社2社、テレビ局1社から私の携帯電話に連絡が来た。

いずれも丁寧に答えたつもりだが、どれだけ正確に伝えられたか、これまた不安である。

はたして、この記者発表は、記事になるだろうか。

ちょうど同じ日に、その県ではもっと話題になるようなことが起こったから、たぶん、そちらが大きく取り上げられることだろう。

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たまたま同じ名前

8月19日(日)

ちょっと今日ばかりは、固有名詞を出さないと何のこっちゃわからんので、ご勘弁を。

毎日新聞の8月18日号に載っている記事をどうしても読まなければならないので、今日(19日)の午前、毎日新聞を買いに町へ出た。

最初は、今日の新聞だと勘違いして、コンビニだとかスーパーだとか、いろいろと探しまわったのだが、不思議なことに、今の滞在先には、毎日新聞だけが全然置いていない。

その一方で、「信濃毎日新聞」という新聞が、必ず置いてある。

(ひょっとして、長野県では毎日新聞のことを「信濃毎日新聞」と呼んでいるのか?)

念のため調べてみると、毎日新聞と信濃毎日新聞は、まったく関係ないらしい。

たまたま同じ名前なのか?

つまり、毎日新聞だと思って、信濃毎日新聞をうっかり買ってしまうと、毎日新聞の記事は、当然載っていないわけである。

ややこしいねえどうも。

探している途中で、(8月18日の新聞って、昨日の新聞のことだ!)と気づく。

万が一コンビニやスーパーに毎日新聞が置いてあったとしても、昨日の新聞を売っているはずはないから、これは20キロ近く離れている毎日新聞の販売店に直接行くしかないか…?

諦めかけていたら、ふと、町の図書館ならば新聞が置いているんじゃねえか?と思い、行ってみたら、昨日の毎日新聞が置いてありました。めでたしめでたし。

んで、午後。

はちみつを買いに行くというので、車ではちみつを買いに行く。

どこに行くかと思えば、「山田養蜂場」だという。

山田養蜂場…?聞いたことがあるぞ。テレビとかで宣伝しているあの「山田養蜂場」か?

その支店か何かかな?

その店に着いた。ずいぶんとこぢんまりした、個人商店みたいなお店である。

ただし、はちみつの品質はすばらしい。

県内各地のお土産屋さんなどにも卸しているのだという。

ただし、この本店でしか買えないはちみつもある。

ん?本店???ここは「山田養蜂場」の支店ではないの?

聞いてみると、どうもテレビなんかで有名な全国展開の「山田養蜂場」とは、まったく関係ないらしい。

この県では、「山田養蜂場」といえば、このお店なのだ。

たぶん、たまたま社長さんの名前が山田さんだったのだろう。

全国展開の「山田養蜂場」からよく訴えられないものだと思うが、よくわからん。

たまたま名前が山田さんなのだから、仕方がないのだろう。

こんなことが午前、午後と続いたから、今日は「たまたま同じ名前だけど全然別物である記念日」に認定することにしよう。

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花と山と湖

8月18日(土)

今日は、標高1950メートルの山頂まで登った!

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車で山に向かう道の途中で、忽然とあらわれた一面の花!

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山頂からの眺め。

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富士山が見えた!

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歩いてみたかったが、時間がなかったので泣く泣く諦める。

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えぇ、リフトで上り下りしましたが、何か?

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踊る阿呆と踊らない阿呆

子どもの頃、町内の神社で秋祭りがあった。

お囃子の山車が町を練り歩き、御神輿を担いで町内をまわる、というお祭りである。

お囃子は、お祭りとなると血が騒ぎ出す人たちにとっては花形スターのようなもので、秋祭りが近づくと、毎晩、公民館みたいなところでお囃子の練習の音が聞こえた。

小学校の頃、僕の同級生や、その前後の学年の人も、そのお囃子に参加していたのだが、不思議なことに、そのほとんどが、のちに「ヤンキー」と呼ばれる人たちだった。

いや、当時まだ、ヤンキーって言葉はなかったから、当時の言葉でいえば「不良」とか「ツッパリ」である。

当時小学生だった僕は、秋祭りにあんまりなじめず、何度か山車を引いたり御神輿を担ぐていどの関わりしか持たなかった。

小学校を卒業し、僕は「荒れた中学」に入学した。

不良と呼ばれる生徒たちが多くいる中学校で、僕は生徒会長をやらされた。

個人的には、不良グループと仲が悪かったわけではなかったのだが、「立場上」、僕は不良グループに敵対視される存在となった。

不良グループたちは、ことあるごとに中学校の「決めごと」に対して反抗し、時にはボイコットしたりした。

そのあたりのことは、以前、「ツッパリが死語ではなかった時代」という記事に書いたことがある。

さて、その不良グループたちは、町内の秋祭りの時期が近づくとお囃子の練習に余念がなく、秋祭りでは、一糸乱れぬお囃子を披露していた。

ふだん、学校に対してはあんなに反抗している連中が、秋祭りとなると大人の言うことに従順になることが、僕は不思議でならなかった。不思議というか、可笑しくてたまらなかったのである。

僕はそれ以降、「地域のお祭りはヤンキーに支えられている」という漠然とした仮説を抱くようになった。

ヤンキーになれなかった僕は、お祭りと聞いても血が騒ぐことのない、たぶん落ちこぼれの住民だった。

「この世の人間は、2つに分けられる。スウィングする者とスウィングしない者だ」

これは、映画「スウィングガールズ」における名言だが、この言葉はこの社会の本質を突いているように思う。

「この世の人間は、2つに分けられる。踊る阿呆と踊らない阿呆だ」

毎年この時期に行われる、独特の踊りで有名な、この国を代表する夏祭りでは、そのクライマックスに総踊りというイベントがあるそうだ。

この国を代表する夏祭りであるにもかかわらず、このお祭りは赤字続きだそうで、このお祭りが行われる市の市長は、赤字を減らすことを理由に総踊りの中止を決めた。

ところが、踊りと聞くと血が騒ぐ人たちは、市長の決定に猛反発して、なんと総踊りを決行してしまったのである。

「祭りのことは市長が口出しをするな!俺たちがとりしきる!」

世論は、圧倒的に、総踊りを決行した人たちを支持した。

たしかに映像を見ると、一糸乱れぬ総踊りは、とても美しく、これを中止にしてしまうのは、もったいないとも思う。

しかし一方で僕は、あそこで誇らしげに踊っている人びとと、僕の中学時代の不良グループとが、ダブってみえたのである。

中学校の「決めごと」に、ことあるごとに反発してきた、あの不良グループと、である。

あの県では、踊る阿呆こそが正しく、踊らない阿呆の存在が許されない雰囲気なのだろうか?

踊らない阿呆からしたら、ちょっと生きにくい社会だなあと思う。

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原稿ため込み党の悪あがき

8月15日(水)

コニャニャチワ。原稿ため込み党党首のおにがわらです。

ブログを書いているバヤイではなーい!!

かなり、テンパっている状況。

それでも、昨晩にいちばんの難物を提出した。

4月の会議の時に「恐い大ボス」から出された宿題で、あまりにどう書いたらいいかわからず、今の今まで先延ばしにしていたのだ。

しかし、来週末の会議にはみんなの手元に渡っていなければいけないから、今週中に書かなくてはいけない。

で、ようやく重い腰を上げて、昨晩、書き上げた。1500字。

たった1500字??と思うかも知れないが、これがそう簡単ではない。

恐い大ボスの要求に応えたものになっているかどうか、不安なのである。

原稿は、短いから早く書けるってものではないのだ。

で、恐い大ボスに送るのが恐いから、中ボスに原稿を送って、探りを入れてみることにした。

すると、

「まさに書いていただきたかったとおりのものと思いました」

と返信が来て、一安心。

「大ボス」がなんというかわからんが、とりあえず「中ボス」には認めてもらったので、ひとまずこれでいいや。

今週末までに提出しなければいけない原稿は、あと2つ。

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ひしお

8月14日(火)

お盆である。

日帰りで、母方の祖母の墓参りに行く。

母の実家は、車で片道2時間半かかる、陸の孤島のような町である。

昨日は6時間車を運転し続けたが、今日は往復5時間の運転。お尻の肉がもげそうである。

まあそれはともかく。

さて、その町は最近、「発酵の里」ということで売り出している。

「道の駅」ができて、連日多くの人で賑わっている。

「道の駅」の中には、発酵食品ばかりを扱った店舗があるほどである。

そこに入ると、町で作っている発酵食品ばかりでなく、全国各地から集められた発酵食品も売られている。

有名なものとしては、「三五八」。

あれ?「三五八」をご存じない?

「326(ミツル)」とは違いますよ!

どれも買いたくなってしまうほど、目移りしてしまうのだが、僕が買いたいものは、この「道の駅」にはない。

この町の、ある酒屋さんに売っている、「ひしお」が欲しいのだ!

「ひしお」とは、俗に「もろみ」とか「なめ味噌」とか呼ばれているものである。

このお店では、「ひしお」と呼んでいる。

この酒屋さんで「ひしお」を作っているのだが、これがめちゃくちゃ旨いのだ!!!

母の実家のあった場所から歩いてすぐのところにある酒屋さんで、むかしからそこにお店を構えている。

「ひしお」は手作りなので、その日に作った分しかない。なのでわざわざ行っても売り切れている可能性もあるというのだ。

お墓参りが終わり、親族一同で集まって食事をしたあと、午後3時過ぎに解散し、急いでその酒屋さんに向かう。

幸いにも「ひしお」が売っていて、無事に買うことができた。

家に帰って晩ご飯の時に食べてみたのだが、やはり旨い!!!

夏場で汗をかいていたこともあって、「ひしお」の塩分がほどよく体にしみわたる!

売り切れちゃうと困るから、これは誰にも教えたくないな。

これだけ注意深く、固有名詞を伏せて書いているから、たぶんお店の名前はわからないだろうな。

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マニアック、ではない

8月13日(月)

Uターンラッシュの大渋滞にまんまと引っかかり、ふだんなら3時間で帰ってこられるのを、6時間かけてようやく家に着いた。

明日もまた別方向の高速道路に乗って車を走らせる日帰りの旅。お盆というのは、なかなかめんどくさい風習である。

僕は他人様からどのようにみられているのかはわからないが、しばしばマニアックな人間、とみられているような気がする。

が、全然マニアックな人間ではない。

先日の暑気払いで、僕と同世代の人が、ゴジラとか、スターウォーズとか、はてはサンダーバードの話、なんてものをし始めたのだが、実は僕は、ほとんど詳しくない。

スターウォーズは、ここ最近の2作は劇場で見たのだが、いわゆるエピソード4~6の最初の三部作については、実にぼんやりとした記憶しかない。

だが、本当のスターウォーズファンとおぼしきその同世代の輩は、その世界観にどっぷり浸っているので、そのディテールについてかなり熱く語っているのである。

案の定、「スターウォーズ 最後のジェダイ」はご不満のご様子だった。さすが、筋金入りのスターウォーズファンである。

僕なんぞ、楽しんで見ちゃったクチなので、まったくコアなファンではないということがおわかりであろう。

サンダーバードとなると、さらに記憶がぼんやりとしてくる。

だが、その場にいた僕以外の男性諸氏は、やれサンダーバード1号がどうのとか、そこに登場するメカのディテールまでよく覚えているもんだから、驚いた。

いちばん驚いたのは、その場にいたアラサーの若者である。

おじさんたちのスターウォーズだのサンダーバードだのといった話に、完全についてきていたのである。

「ああ、あれですね」的な。

おまえの世代がそんなに詳しいのはおかしいだろっ!

この場で、ついていけてないのは、俺だけか???

別にマニアのオフ会のような集まりだったのではない。たんなる仕事の打ち上げなのである。

ひょっとして、世の男性はみな、スターウォーズやサンダーバードについて一通り話すことができるというのが、大人のたしなみなのか???

みんながサンダーバードだのスターウォーズだのに熱狂していたときに、俺は何をしていたのだろうか???

きっと、ぼんやりと過ごしていたに違いない。

ああ、俺は若い頃に、なんと無為に過ごしていたことか!!!

またしても自己嫌悪に陥るおにがわらでありました。

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原稿ため込み党のお盆休み

8月12日(日)

どーも、原稿ため込み党党首のおにがわらです。

原稿が書けーん(;∀;)

……うーむ。困ったな。

お盆休み明けまで、といわれた原稿が、少なくとも3つあるのだが(たぶん)、この12日からの週(1週間のはじめは日曜日からっていう立場です)は、原稿に向かう時間がどれくらいとれるかわからん。

ちょっと原稿が書ける環境にいないもので(汗)。

しかし「鼻の穴と穴の間の壁をニッパーでプチッと切って、鼻の穴を一つにする」と脅されているので(嘘)、何が何でも書かなければならない。

時間を見つけて、少しずつ書くか…。

「お盆休みだから、休めばいいじゃん」と言われても、こればっかりは仕方がない…。

ということで、Wi-Fiも覚束ない環境なので、日記は滞りますです。

ところでおにがわら党首、最近ブログの文体が、少し変わってきてやしませんか?

(汗)…まあまあ、夏休みバージョンです。

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袖すり合うも多生の縁

8月11日(土)

先日、本の完成記念の打ち上げで知り合った映画監督に、

「今度僕の映画が上映されますからぜひ来てください」

と言われた。アタクシよりもひとまわりくらい若い監督である。

「今度、来てください」

「わかりました。行きますよ」

この種の会話って、ふつうの人はどのていどの本気度で言ってるんだろう?いつもわかんなくなる。

いわゆる、社交辞令ってやつ?

アタクシの場合、意外と真に受ける場合が多い。

というのも、自分自身がけっこう、そういうことって覚えていたりするからね。

根に持つタイプってヤツです。

自分に関わるイベントがあるときや本を出したときなんかに、心当たりの人に宣伝したりすると、「行きます」とか、「読みます」なんて言ってくれたりするんだけど、実際はそうでなかったり。

そんなことを、アタクシはけっこう覚えていたりするんでございます。イヤなヤツやねえ。

だから逆に、こっちが言うだけで実行しないと、「はは~ん。さては社交辞令だったな」と思われてるんじゃねえかって思って、ガクブルするわけです。

その映画監督とは、たまたま、2次会の時の席が隣で、少しばかりお話ししたこともあり、行かないとなんとなく寝覚めが悪い。

で、映画の公開期間を見てみたら、8月11日(土)から7日間だけの公開というではないか!

行けるとしたら、11日しかない、ということで、この日に見に行くことにしたのである。

しかし、問題がひとつ。

それは書かなきゃ行けない原稿をカカーエているってことでR。

とにかくいくつかため込んでいる原稿のうちの、ひとつくらいは終わらせてから行こうと思って、昨日の晩から今日にかけて、頼まれている原稿をひとつ書いたら、4500字くらいで書き終わった。ふぅ。

ま、焼け石に水なんだけどね。

で、少しばかり心に余裕ができて、映画を見に行くことができた次第。

行ってみたら、映画館、というよりも、「上映スペース」といったほうがいいくらいいの、とても狭いところで、あまりに狭くて居場所がないせいか、監督が外でうろうろしていた。

「どうも、来ました」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

いちおう、顔は覚えていてくれていたようだ。

この上映スペースでは、監督の作品3本が上映されるというので、すべて見ることにした。

アタクシにとってのメインは、2015年に公開されたというドキュメンタリー映画なのだが、これにはかなり引き込まれた。

4年くらいかけて撮影しているドキュメンタリー映画なので、いったい何が起こるかわからない。

撮影している途中に、悲しい出来事が二つほど起こるのだが、まことに皮肉なことに、その悲しい出来事が、この映画に深みを与えていた。

いろいろと考えさせられながら、2時間ほどの上映が終わった。

上映が終わると、その映画に出演していた「主人公」と監督の二人がスクリーンの前にあらわれて、30分ほどのトークイベントが行われた。

4年越しの撮影だから、いろんなことがあったんだろうな、と想像した。

トークイベント終了後、せっかくだからと思い、映画のパンフレットに二人のサインを書いてもらった。

「今日はありがとうございました」と監督。

「また、どこかでお会いしましょう」と私。

袖すり合うも多生の縁、って言ってね。

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上を向いてアルコール

8月10日(金)

お盆休み前の金曜日ということで、あるグループで暑気払いがあった。

毎年この時期に行われるのだが、昨年は体調を崩したため不参加。

もともと大勢(5人以上)の飲み会が大の苦手で、それに加えていまはお酒を飲まないので、ますます飲み会に出るのがおっくうになってしまった。

だがこの暑気払いは、いつもお手伝いしてくれている若者たちを慰労する意味もある会なので、大人たちが、かなり多めにナニを出すんである。

「ことによるとあいつ、ケチだから飲み会に来ないんじゃないのか?」

と、痛くもない腹をさぐられてはタマらないので、今年は参加することにした。

結果は…撃沈orz.

何の話題もないアタクシは、ひたすらダンマリを決め込むという…。

結局、ただでさえお酒を飲まないと間が持たない人間なのに、その上お酒を飲まないもんだから、何にもすることがない(汗)。

で、電車で1時間以上かけて、家に戻ってきました。

この帰りの電車もまた、ツライorz

金曜日の夜ということで、まわりはほとんど、飲み会を終えて帰ってきたおじさんおばさんおにいさんおねえさんたちばかり(妄想)。

なんか、飲み会の続きみたいにみんなが大声でお喋りをしていて、帰るまでが地獄だった。

この国は、お酒が好きな人に優しい社会なんだな、と思ったり。

お店に行っても、お酒のバリエーションは豊富だが、ソフトドリンクのバリエーションは少ない。ウーロン茶とジンジャーエールを行ったり来たり。

どこの国も、そうなのだろうか。よくわからん。

昨日も紹介したコラムニストの小田嶋隆さんは、最近のアタクシの心のよりどころでありまして、その小田嶋さんが『上を向いてアルコール 「元アル中」コラムニストの告白』(ミシマ社、2018年)という本を出している。語りおろしの本である。

小田嶋さんは、20代の終わりから30代にかけて、アル中だったそうだ。

いまはアルコール依存症という言い方をするが、いわゆるアル中って、完治するというわけではないみたい。だからいまの小田嶋さんは、「断酒中のアルコール依存者」という状態なのだという。この状態を小田嶋さんは、

「坂道でボールが止まっているみたいなもの」

と表現している。多くの患者は、再び転げ落ちることになるけれども、自分は何とか踏みとどまっている、というのだ。 

アルコール依存症で悩んでいる人にはもちろんだが、そうでない人にとっても、この本はそうとう興味深い本である。

アタクシはアル中という病気に対して、まったく無知だったわけだが、これを読むと、なるほどこれは深刻な、しかも誰にも降りかかる可能性のある病気だということが、よくわかる。

いま病気で悩んでいる人にとっても、病気との向き合い方について何かヒントを与えてくれると思う。

人がお酒とどうつきあっていくかについても、考えさせられる。

「いまは立食パーティーには全然行かなくなりましたけど、素面で行くとあんなにくだらないものはありません。冷めたローストビーフだとか生ハムだとかみたいなどうやって食べてもマズいものを皿に取って、知っている人もいるけど別に親しいわけでもなくて、「どうですか」「太りましたね」「余計なお世話だ」みたいな話をするだけのことでしょ?そうやって一、二時間つぶして、ビンゴで当たるとか当たらないとかちょっとだけ騒いで帰ってくる。もうパーティーとか大っ嫌いになっちゃいましたね」

このくだり、いまのアタクシの気持ちとまったく同じw

まあそんなんで、こういったテイストの病気告白本がもっと出てくればいいのになあと思ったりするのだが、実はこの本の最後で、小田嶋さんはこんな告白をしている。

「実は、一〇年くらい前に同じテーマで、一度オファーがありました。最初はやってみようと思ったんだけど、作業を始めてみると、とてもじゃないけど書ける気分じゃないということがわかりました。たぶん考えたくなかったんだと思うんです。飲むことも、飲んでいたことも。飲んでいた時代の失敗とかも含めて、思い出したくもなかったんでしょうね。

暗い部屋に押し込んだものを掘り出してこなきゃいけないというのは、今はそんなに嫌じゃないんですけどね。自分のなかでまだちゃんと整理はついていないですけど、この本を書くことで整理がつけばいいのかなと、ちょっと思っています」

意外だったのは、日ごろ、書くことに対してほとんど何の抵抗もないと思われる小田嶋さんが、自身のアルコール依存症について語るのに、10年以上もかかったということである。時間をかけて、自分のなかで整理していったということなのだろう。

この本の副題に「告白」とあるのも、そういう思いがあるためと思われる。

アタクシも、昨年に大きな病気をして、まだ自分のなかで整理できていない。

「病気のことをいろいろな人に話すことで、気持ち的に楽になると思いますよ!」

ずいぶん前に、そう励まされたことがあるのだが、ゴメンナサイ、まだちょっと整理できていません。

ま、いずれ整理して書くこともあるだろう。

…あれ?何の話だっけ?

そうそう、アタクシは飲み会がすっかり苦手になってしまった、ということを言いたいのでありマス、ハイ。

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原稿ため込み党の夏

どーも、原稿ため込み党党首のおにがわらです。

原稿ため込み党を結党したのが2013年7月。以来、順調に原稿をため込んでおります。

もうね、ここ最近疲れっちゃって、原稿を書く気が起こらんのよ。

「明日から、本気出す!」の毎日。

絶対に書かなきゃいけない原稿がいくつかあって、それを書かないと、

「鼻の穴と穴の間の壁を、ニッパーでプチンと切って鼻の穴を一つにします」

と脅されているんだが(嘘)、それでも書く気が起こらない。

何より、このブログが、原稿を書くことを妨げている。

「だったら、やめりゃあいいじゃん」

と言われそうなのだが、こちらはこちらで、生存確認みたいなものなので書かないといけない。

先日も、ある編集者から携帯に電話があった。

「はい、おにがわらですが」

「あのう、…以前お願いした原稿ですが…」

あ!すっかり忘れていた!

「至急送っていただけないでしょうか」

「わかりました」

さて困った。まったく手を付けていない。

帰宅してからも、どうも書く気が起こらない。

日付が変わる頃になってようやく書く気が起こり、急いで書いてメールで送った。

かなりのやっつけ仕事である。

正直なところ、書いた原稿の中には、かなりのやっつけ仕事もけっこうある。

やっつけ仕事の原稿を書いて出したあとは、自己嫌悪に陥って、ひどくへこむ。

じゃあ、やっつけ仕事ではない原稿はどうかというと、やはり書いたあとは自己嫌悪に陥って、ひどくへこむ。

結局どっちにしても、自己嫌悪に陥って、ひどくへこむわけだ。

こんな感じのやっつけ仕事の原稿ばかり書いていていいんだろうか、とへこんでいたら、コラムニストの小田嶋隆さんのツイートに、こんなことが書いてあった。

「家族を捨てないと本当の創作ができないと思いこんでいるかわいそうなクリエーターにお伝えしたいのは、片手間のやっつけ仕事でそこそこの結果が出せない分野で頑張るのは無駄だよということです」

この人の言い回しは、いつも皮肉っぽくてちょっと過激なのだが、いまのアタクシには救いの言葉である。

片手間のやっつけ仕事でそこそこの結果を出すのが、この業界で生きていく秘訣なのかも知れない、と、自分を正当化してみる。

さて、いまから本気出してやっつけ仕事をする!

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カレーライスのうた

8月8日(水)

今日は午後から都内で打ち合わせである。

2年後くらいに開催予定のイベントについて、アイデアを出し合うという打ち合わせなのだが、僕を含めて4人のこぢんまりした会合で、しかも例によって僕は最年少。ほかの3人は大先輩ばかりなので、どうにも緊張してしまう。

打ち合わせが長引くことを覚悟していたのだが、夕方から台風が直撃するといわれていることもあり、2時間半程度で終わった。

なんとか無事に帰宅し、いつも行っているスーパーで買い物をしたのだが。

スーパーって何で、あんなにBGMがうるさいんだろう。同時に何曲もかかっている場合があって、頭がおかしくなりそうになることがあるのだが。

どこかで聞いたことのある歌が流れてきた。

「カレーライスカレーライス♪カレーライスカレーライス♪」

「ぽんぽんぱんぱん ぽんぽぱーん♪ぽんぽんぱんぱん ぽんぽぱーん♪」

うーむ。どこかで聞いたことがあるぞ。

…思い出したぞ!「カレーライスのうた」だ!!!

そのままやんけ!!!

1年ほど前の夏、BSフジを見ていたら、小山薫堂とか、松任谷正隆とか、ホフディランの人とか、有名な人たちが面白いことを企画する、という番組をやっていて、その企画の一つに、「カレーライスのうた」を作る、というものがあった。

たまたまその回を見ていたら、すげー見覚えのある素人のおじさんらしき人が出演していて、どうやらその人が、カレーライスのうたを鼻歌で作詞作曲したというのだ。

すげー見覚えのあるおじさんなんだけどなあ、誰だったかなあと思ってみていたら、思い出した。

僕が「前の職場」にいたとき、職場の近所にあったこぢんまりしたカレー屋さんのマスターだったのである!!!

僕は「前の職場」にいた頃、そこのチキンカレーが好きでけっこう通ったりしていたのだが、そのおじさんは、見た目は何の変哲もない、フツーのおじさんだった。

それが、どういうわけか、BSフジの企画会議みたいな番組に出演して、小山薫堂だの、松任谷正隆だの、ホフディランの人だのとわたりあって、曲作りをしているのである!!!

そのときのことを、1年前に「見覚えのある顔」というタイトルの記事に書いた。

その記事のコメント欄にこぶぎさんが書いてくれているのように、実は、この企画会議番組の主催者である小山薫堂氏が、どうやらこのカレー屋の常連客だったようで、それが縁で、このおじさんがテレビに出たのではないか、と思われる。

で、1年前に僕がその番組を見た時点では、そのおじさんが鼻歌で作詞作曲したカレーライスのうたを、ホフディランの人がすげーかっこよく編曲して、そのおじさんをボーカルにしてレコーディングしていた。

言ってみればふつうのカレー屋のおじさんが作った歌なので、おふざけのつもりなのかな-、結局、オサレな業界人に田舎の「人のいいおじさん」がもてあそばれて終わりなのかな-、と思って、その番組を見終えた。

それから、その番組を見る機会が全然なかったため、そんなことはすっかり忘れていたのだが、今日、うちのマンションの隣のスーパーに行ったら、

「カレーライスカレーライス♪カレーライスカレーライス♪」

「ぽんぽんぱんぱん ぽんぽぱーん♪ぽんぽんぱんぱん ぽんぽぱーん♪」

と、聞き覚えのある歌が流れてきたのである。

なんと!あのふざけたカレーライスのうたは、スーパーでよく流れる、

「さかなさかなさかな~♪さかな~を~食べ~ると~♪」

的な感じで、全国のスーパーで流れるようになったのか???

家に帰って、動画サイトで調べてみた。

すると、とんでもないことになっていた!!!

すげー有名な歌手や有名人たちが、まるで「ウィー・アー・ザ・ワールド」よろしく、リレーしながら歌っているではないか!!!

ちょっと見ないうちに、とんでもないことになっていたのだ。

で、この動画にはほんのちょっとだけ、カレー屋のおじさんも映っている。

自分の鼻歌が、最終的には全国のスーパーで流れるようになるなんて、まったく、人生とはわからないものだな。

いまもあのおじさんは、前と変わらず、あの店で黙々とカレーを作っているのだろうか。

いつか再訪してみよう。

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こぶぎさん、POPデビュー!

最近、POPという言葉をよく耳にするのだが、何だろうと思っていたら、「Point of purchase advertising」の略語で、「紙を広告媒体としてその上に商品名と価格、またはキャッチコピーや説明文、イラストだけを手描きしたもの」をいうんだね。

ほら、スーパーなんかで、食品の安売りをするのに、紙に値段とかキャッチコピーを手書きで書いて商品の横に掲げているやつ。

最近は本屋さんなんかでも、平積みした本の横に、その本を宣伝するためのPOPが掲げられていたりすることが多い。

今日は、そんなPOPにまつわるお話。

先日、仕事で「前の前の職場」を訪れたとき、こぶぎさんと再会し、お昼を食べに行ったり、夜にはオフ会をしたりした、ということを書いた

こぶぎさんの車に乗って移動しているとき、こぶぎさんが言った。

「あの本、全部読みましたよ」

あの本、というのは、僕が最近関わった、戦場日記に関する本である。

戦争中に南の島で餓死したある日本兵が書き残した日記にまつわる本なのだが、いろいろな人に勧めても、内容が「戦争もの」ということで敬遠する人が多く、なかなか読んでもらえないことに、ひどく落ち込んでいたところだった。

発売後、すぐに読んでくれた友人がごくわずかいたのだが、こぶぎさんもその一人だった。

こぶぎさんは運転しながら、後部座席にいる僕に言った。

まるで本で作ったドキュメンタリー映画だね。本という形にしたのがよかった」

後部座席で聞いたので、ニュアンスを正確に受け取れたかは不安なのだが、とにかくそのような感想を、ひと言、言ってくれたのである。

僕自身もそういうつもりで本作りに参加していたので、それが伝わったんだな、と思い、とてもうれしく思った。

で、このことを、編者のOさんと、編集者のOさんに伝えた。

「ドキュメンタリー映画好きの友人が、さっそく本を読破してくれたそうで、「まるで本で作ったドキュメンタリー映画だね。本という形にしたのがよかった」と感想を述べてくれました」

それから数日経って、編者のOさんから返信が来た。

「『まるで本で作ったドキュメンタリー映画だね。本という形にしたのがよかった』

本書を編みながら、まるで本の形のドキュメンタリーを撮影し、編集している感覚でした。

それが読者の方にも伝わっていると思うと、ほんとうにうれしいです。

さっそくポップでも使わせていただきました。

ご友人にも御礼をお伝えいただけましたら幸いです」

なんと!こぶぎさんの感想が、本のPOPに使われたというのである!

では、ご覧いただきましょう!

Pop

ただ、こぶぎさんにはギャラは発生しません。悪しからず。

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キャンパス放浪記

僕の同業者に、僕と「生年月日」が同じ、という人がいる。そのことを知ったのは、いまから25年ほど前の、学生時代のことだった。

当時僕は東京で学生をしていて、彼は関西で学生をしていた。夏休みのセミナーかなにかで会ってたまたま生年月日の話になり、二人はまったく同じ生年月日だということがわかったのである。

その後、僕と彼は、大学院を出て同じ業界に進んでいくのだが、関心分野がまったく異なっていたため、同業者の寄合で顔を合わすことも、ほとんどなかった。

しかし不思議なことに、次第に二人の関心分野が近づいてきて、今年度ついに、「共通のテーマで一緒に活動しましょう」と誘われたのである。

「生年月日」が一緒だということが、二人を引きつけたのだろうか、まことに不思議な縁である。

人が出会ったり再会したりするっていうのは、機が熟さないとダメなんだ、ということなのだろう。

機が熟してこそ、再会の値打ちがある。

「人はむやみに会ったりしてはいけない」のである。

今日は、もう一人の同業仲間も加えて、彼の職場で第1回の顔合わせということになった。

新幹線で1時間半。この地方の中核都市の駅に到着した。

昨日の大雨の影響か、東京にくらべると、かなり涼しい。

実は恥ずかしいことに、私は彼の職場に行ったことがない。

この地方で最も有名な教育機関なのだが、実はうかがうのが初めてなのである。

つい4年半ほど前まで、隣県に14年も住んでいたのに、14年もの間、その教育機関に1度も足を踏み入れたことがないのだ。

業界人としては、ふつう、あり得ないことである。

「新幹線のとまる駅」を降りて、地下鉄に乗り換えた。

この地下鉄に乗るのも、初めてである。どうやら最近開通したらしい。

地下鉄の乗り場を探しているうち、時間がどんどん経ってしまった。

(この調子だと、約束の時間ぎりぎりに着くことになるな…)

問題は、どの駅で降りるかである。

グーグルマップで調べてみると、そのキャンパスに行くには、A駅で降りるか、そのひとつ手前のB駅で降りるか、二通りの方法がある。

A駅からだと、歩いて17分ほどかかるとある。

B駅からだと、歩いて11分ほどかかるとある。

見たところ、そのキャンパスに行くにはB駅のほうが近そうである。

ということで、A駅の手前のB駅で降りることにした。

もうこの時点で、約束の時間の10分前を切っている。

B駅を出てビックリした。

(の、の、上り坂だ…)

雨の中、重い荷物を持って上り坂を上るのか…。

後から考えればたいした上り坂ではないと思うのだが、その時点では、えらく急な坂にみえた。

(万事休す、か…)

と思った矢先、目の前を空車のタクシーが通りかかったので、慌てて止めた。

「すみません。近くて申し訳ないんですけど、○○○キャンパスの、○○研究棟までお願いできますか?」

タクシーの運転手さんは驚いた顔をして、

「すぐそこですよ!」

と言ったのだが、とにかく時間がないのだ。

「かまいません。お願いします」

「わかりました」

タクシーは上り坂を上り、キャンパスの入口にさしかかった。

ゲートのところに守衛さんがいた。タクシーの運転手さんは、守衛さんに、「○○研究棟はどこですか?」と聞いた。

すると守衛さんは、

「わからない」

と答えた。

わからない???守衛さんなのに???

「ここじゃなくて、いったん戻って、ぐるっと回って、植物園のほうに行ってください」

と言う。タクシーの運転手さんも

「わかりました」

と、守衛さんに言われるがままに、Uターンして、植物園のほうに向かった。

(植物園って…。明らかに違うだろ!)

土地勘のない僕ですら、それが間違いだということがわかったのだが、運転手さんは、いわれたとおりに植物園のほうに向かったのである。

「おかしいなあ」

「やはりさっきのゲートから入るんだと思いますよ」

「そうですかねえ。植物園のところにも守衛さんがいるので、聞いてみます」

タクシーの運転手さんは、植物園の守衛さんに、

「○○研究棟はこっちの方向ですか?」

と聞くと、その守衛さんは、

「わからない」

と答えた。

ええええぇぇぇぇぇっ!!!わからないのぉ~?

守衛さんは誰一人、○○研究棟の場所がわからない。

守衛さんがわからないんだったら、いったい誰がわかるんだ?

それとも、○○研究棟は存在しないのか?

「もう一回、最初のゲートに戻りましょう」

私は強い調子で運転手さんに言った。困ったら最初に戻れと、シャーロックホームズも言っていたことを思い出したのである。

再び、最初のゲート前に戻り、もう一度、最初の守衛さんに聞いてみるが、やはり

「わからない」

の一点張りである。

「とにかくゲートに入って探しましょう!」

かなり強い調子で、運転手さんに言った。

タクシーを徐行させながら、建物の入口にある看板を必死に目で追う。

だがいっこうに○○研究棟が見つからない。

そうこうしているうちに、携帯電話が鳴った。「同じ生年月日」の同業仲間からである。

時間を見ると、1時半を数分過ぎていた。

「もしもし、いまどこにいらっしゃいますか?」

「もう構内には来ているのですが、私はいったい、どこにいるのでしょう」

「そこから、9階建ての建物はみえますか?」

「あ、それらしきものがあります!」

まるで映画「月はどっちに出ている」の世界である。

私はタクシーを降りて9階の建物を目指して歩くと、ほどなくして同業仲間が反対方面から歩いてきた。

なんというグダグダな再会だ!

「タクシーで来たんですか?」

「同じ生年月日」の同業仲間は驚いた様子だった。

「ええ、地下鉄のB駅から」

「乗るほどの距離でもないでしょう」

「お恥ずかしいことに、ここに来るのが初めてだったもので…」

「えっ??そうだったんですか?てっきり何回も来たことがあると思っていました」

○○研究棟だけでわかると思ったらしい。

「でもあれですよ。A駅からだったら数分で歩いて来られますよ」

「そうだったんですか???}

実際、帰りにA駅まで歩いたら、ほんとに数分で着いた。しかも坂道がない!

まったく、何も知らないというは、おそろしいことだ。

顔合わせが終わり、地下鉄に乗って「新幹線のとまる駅」まで戻ると、駅前のアーケード街はすっかり夏祭りのおめかしをしていた。

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スベリヒユ

先日出版した本。

この本は、戦争中に南の島で餓死したある日本兵が書き残した日記にまつわる本なのだが、その日記の中で、島に食べるものがなく、「赤草」を食べたという記述が頻繁に出てくる。

この「赤草」は、スベリヒユのことなのだそうだ。

スベリヒユ、といっても、最初、僕には何のことかわからなかった。

さらに聞いてみると、このスベリヒユは、僕の「前の勤務地」「前の前の勤務地」の県で、いまでも食べているというのだ。

僕はその県に14年住んでいたが、スベリヒユを食べた記憶がない。

つい先日、「前の勤務地」に住む知り合いのSNSに、スベリヒユの写真がアップされていた。

「自宅の畑でとれたスベリヒユです。からし醤油と和えていただきました」

とあった。

なるほど、これがスベリヒユか。赤草の言葉どおり、茎が赤い。

写真を見ても、これを食べた記憶があるかどうか、わからない。

たまたまその翌日、仕事で「前の前の職場」に訪れたので、この県にずっと住んでいる方に聞いてみた。

「スベリヒユはいまでも食べますか?」

「スベリヒユ…。ああ、ひょうのことですね」

「ひょう?ひょうっていうんですか?」

「ええ。畑の雑草ですよ。乾燥させて保存食になります」

「そうですか」

「それで、正月に食べたりするんです」

「お正月にですか」

ここまで聞いても、僕がこのスベリヒユを食べたかどうか、まだ思い出せない。

自分で調理して食べた、なんてことはあり得ない。

もし食べたことがあるとすれば、飲み屋のつき出しとして出てきたものを食べることくらいしか思い浮かばないが、はたして飲み屋のつき出しに出てくるようなしろものだろうか。

スベリヒユがどんなものか、いちど食べてみたい。

そんな機会はあるだろうか。

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人生はクイズだ!コバヤシ編

小ネタをひとつ。

高校時代の友人、元福岡のコバヤシは、このブログの準レギュラーである。

彼は再三、僕に対して「ブログのクイズ形式はやめろ!まどろっこしくっていけない」と叱る。「だいたいこぶぎさんという人は、どうにもめんどうな人だね」ともいう。別に悪気があって言ってるわけではないのだろうが。

いずれにしても、ブログのクイズ形式については、反対論者の急先鋒なのだ!

今日、そのコバヤシから、メールが来た。

「貴君の里帰りを読んで、「そういえば、こぶぎさん、て何者なんだろう?」と暇だったので、ネットで調べて見ました。貴君に大分前に聞いたわずかなヒントをたよりに、二つのキーワードで検索したら、○○○○○なる人物がヒットしました。暇に任せてもう少し調べると、学生新聞らしき記事のゼミ紹介で、K Pop好きのお父さんみたいに優しい先生、というのが写真付きで出て来て、なるほどこの人がこぶぎさんか、と独りほくそ笑んでしまいました」

僕はコバヤシに、こぶぎさんが何者であるかをちゃんと伝えていなかったのだが、コバヤシは、僕が過去に言ったわずかなヒントをたよりに検索して、正解を導き出したのだ!ちなみにそのヒントは、きわめて漠然としたものだった。

クイズ嫌いの急先鋒であるコバヤシも、知らず知らずのうちに、このブログをクイズに見立て、正解を導き出そうとしているではないか!

やはり、人生はクイズなのだ!

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クレーターの男

僕は「理屈バカ」というか「屁理屈お化け」のところがあり、くどくどと書いてばかりで気さくに振る舞えないので、そこがあまり好かれない要因らしい。

これから書く話も、そんなくどい話なので、またかと思ったら読み飛ばしてほしい。

昨日、テレビで映画「オデッセイ」を放送していたので、見ることにした。

マット・デイモンが主演の映画で、宇宙飛行士扮するマット・デイモンが火星にひとり取り残され、そこで生き延びていく、という話である。

見始めてから、どうやらそういう話らしいということがわかって、手塚治虫の「ザ・クレーター」という短編漫画集の、「クレーターの男」という話を思い出した。

たしかあの漫画も、一人の宇宙飛行士が月の取り残されて、生き続けるっていう話だったよなあ。

さて、映画「オデッセイ」は、火星に取り残されるという絶望的な設定にもかかわらず、全体にわたってとても明るい映画で、ハッピーエンドで終わっていた。映画として、実によくできていた。

映画を見終わったあと、そういえば手塚治虫の「クレーターの男」はどんな内容だったかなと気になって、読み返してみることにした。

それは、こんな内容である。

アポロ18号で月に着陸して、火山の噴火口を調査していた主人公は、不慮の事故によりほかの仲間とはぐれてしまい、噴火口に取り残されてしまう。

そしてアポロ18号は、彼を取り残したまま、地球に帰ってしまう。

ここまでは、映画「オデッセイ」の設定と、さほど変わりがない。違うのは、ここからである。

主人公に残された酸素は約5時間分。身動きのとれなくなった彼は死を覚悟したが、不思議なことに、月の火山ガスのおかげで、彼は生き返ったのである。

それから130年後、地球から月にロケットがやってくる。

彼はようやく地球から来た人間に会うことができたのだ。彼は、自分が生き続けることができたのは、月の火山ガスのおかげだから、ぜひ月の火山ガスの調査をしてほしい、そうすれば、私たちは永遠の生を手に入れることができるかも知れない、と、宇宙飛行士たちにそう訴えたのである。

しかし、宇宙飛行士たちは、彼の話に取り合わず、月の火山ガスにまったく興味を示さない。

「俺たちは、ウラニウムを手に入れに月にやってきた。いま、地球は世界が真っ二つに割れていて、憎み合っている最中である。永遠の生を手に入れることよりも、どうやって敵に勝つかのほうが重要なのだ。だから月の火山ガスなんぞ持って帰る暇はない。それよりもウラニウム鉱脈を教えろ」

この言葉に、主人公は絶望する。主人公は、月に残ることを決意するのである。

やがて、その採石ロケットは、月のウラニウムを積みこんで地球に戻っていった。

あるとき、主人公が地球を眺めると、世界中で核爆発の光が輝いていることに気づく。

核戦争が世界中に起こって、地球上の人間はもはや死に絶えてしまったことを悟るのである。

彼はただ一人の人間として、月世界で生き続ける、というところで、この物語は終わる。

…なんとも、暗い物語である。

もっとも、短編漫画集『ザ・クレーター』は、どの話も暗い。だから僕は大好きな漫画なのだが。

これを読み直して思ったのは、この漫画は、決して映画にはなり得ないだろう、ということだった。

このモチーフは、漫画という表現でこそ、人の心を動かし得るのである。

その一方で、「オデッセイ」は、やはり映画だからこそ表現し得る世界である。

この違いは、何なのだろう?

話は飛ぶが、映画監督の黒澤明は、若い頃、画家を目指していた。

「黒澤監督は、若い頃、画家を目指していたそうですけれども、なぜ映画監督になろうと思ったのですか?」

という質問に、

「画家では食えないしね。それに、絵では、自分の世界を十分に表現できないと思ったんだ。それで映画をやろうと思った」

と答えていた。

自分の世界を表現するためには、絵ではなく映画がふさわしいと考え、黒澤はその通りに映画で自分の世界を表現し続けた。映画こそが、黒澤にとって最もふさわしい表現手段だったのである。

その黒澤明が、手塚治虫を評して、

「ああいう人が映画の世界にいてくれないのは、実にもったいない」

というようなことを語っていた。

…このあたりのエピソードは、かなりうろ覚えで記憶違いかも知れないのだが、要するに黒澤明は、手塚治虫はあれだけの漫画が描ける才能の人のだから、その才能を映画の世界で発揮してもらいたかったと述べたかったのであろう。

しかし、それは間違っていると、僕は思う。

手塚治虫は、自分の思いを漫画でしか表現できないと思い、その点を徹底的に追求したのだ。

容易には映画に置き換えられない漫画を、手塚治虫は描き続けたのだ。

表現をする、ということは、そういうことなのではないだろうか。

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湿ったジャガイモ

8月4日(土)

今週は関西と東北に出張し、その間にも遠距離通勤をしたので、すっかり疲労してしまった。

なので今日は、ほとんどグッタリして何もやる気が起きなかった。

それでも、去年の今ごろは、これほど動けるようになるとは、僕自身、想像していなかった。

また調子に乗ると、体調を壊すぞ。

さて、昨日のブログを書いていて、「モリエ ポム」の記事を久しぶりに読んだら、コメント欄がふるっていた。

僕が「モリエポム」は「トワエモア」みたいなフランス語的な響きがある、と書いたら、こぶぎさんがそれに反応してくれて、コメントを書いてくれていたのである。

2010年7月のことで、すっかり忘れていた。

以下、引用。

こぶぎ「早速フランス語辞典で調べてみると、「モリエ ポム」に一番近いのは、morille et pomme(モリユエポム)で「編笠茸とリンゴ」の意味。なんだか八百屋みたいですな。

僕としては mort et pomme (モールテポム)、つまり「死とリンゴ」という方が哲学ぽくて好きですが、見方を変えると、失敗したウイリアムテルのようでもあります。

ちなみに素直に日本語にすると「森へポン」となって、なんだか姥捨山みたいになっちゃいました」

僕「なるほど。なかなか面白いですなあ。ちなみに「コンブエ シン(勉強の神)」はどうなりますか?「ドラゴン桜」のリメイクドラマのタイトルですが。ちょっとフランス語っぽくないですかね」

こぶぎ「なかなか難問でしたが、Comprenez Chine! (コムプレネ シン)でいかがでしょう。意味は「中国を理解しろ(命令形)」です。

フランス語の過去分詞が「エ」で終わるものが多いので、韓国語の「エ(日本語の「に」)」と一見似た感じになりそうですが、フランス語は後置修飾の言葉なので名詞の後ろに(過去分詞にした)修飾語が来ますから、意味のある言葉にしようとすると、結局、英語の and に当たる et(エ)で処理することになります。トワエモワ(you and me)がそれですね。

また、パッチムに関しても、名詞・形容詞の順序が韓仏で逆なので、やはりリエゾンとして使えないんですね。そこは逆に語順が自由な韓国語の方を変えて、例えば「ポム、モリエ」にすると、pomme mouille(ポム ムーリエ:湿ったジャガイモ、eにアクセント記号)と、頭に載せたくないものになります。「韓国語は倒置させるとフランス語空耳にしやすい」という命題が今回の経験から導けそうですが、果たしてこのマニアックな知見を必要とする人がいるかどうかは疑問です」

当時僕は、フランス語の知識が全くないにもかかわらず、韓国語の響きはフランス語に似ていると思い込み、そのくだらない妄想に、大学で第二外国語としてフランス語を学んでいたこぶぎさんがつきあってくれていたのである。

この視点をもう少し広げていったら、何か面白い本が書けるかも知れない、と思ったのだが、こぶぎさんが書いているように、このマニアックな知見を必要とする人がいるかどうかは疑問である。

そういえば、韓国の有名な映画監督で「ポン・ジュノ」という人がいるのだが、これもフランス語っぽくないですかね。

それはともかく。

2010年7月当時のこぶぎさんのコメントは丁寧語が使われていて、いまでは考えられないくらい折り目正しい。この種のマニアックなコメントとしては、これが初期のものだからであろう。このあと、こぶぎさんのコメントはだんだんと「何でもあり」になっていく。最初は礼儀正しかったんだな。

こういうくだらないことを真剣に考えているときが、いちばん楽しい。たぶん人間は、「知識の無駄遣い」をしているときに、脳から快楽物質が出るんじゃないだろうか。

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乙女でも青鬼でもイクメンでもない

あまりこの話題を引っ張りたくないのだが。

先日のオフ会のときにこぶぎさんが僕に言った。

「ちゃんと、こっちのブログ読んでくれてます?」

こぶぎさんのブログは、いまのところ唯一の(公認)姉妹ブログである。

そういえば、忙しくて最近読んでいなかった。

…というより、最近のこぶぎさんのブログは、ロードバイクの話題ばかりなんだもん。

と思っていたら、なんとタイトルが「さわやかイクメンブログ」となっていた。

こぶぎさん自身はイクメンではないのだが、僕がイクメンになったということで、ブログ名を改名したらしい。

知らない人が見たら、こぶぎさんがイクメンだと思われるぞ。

もともとこぶぎさんのブログ名は、ありふれた、といっては失礼だが、よくありがちなブログ名だった。

それが、ある時期、突然「乙女旅のブログ」と改名した。乙女でもないのに、である。

改名のきっかけは、僕が以下の記事を載せたことによる。

初体験!女性誌を買う

ここに僕が「乙女旅」について言及しているのを見て、こぶぎさんは自身のブログ名を「乙女旅のブログ」に改名したのである。

それに合わせて、「乙女旅シリーズ」という連載記事も書いた。

まさか不惑を越えたオッサンが書いているブログには思えまい。

次に、ごく短い期間だが、「青鬼のブログ」と改名している。

きっかけは、やはり僕のブログの以下の記事のコメント欄である。

ダマラーのオフ会

その後、今度は「さわやか銀輪ブログ」に改名する。こぶぎさんがロードバイクに目覚め、もっぱら記事もそれに関する記事が増えた。

一方で、「明智こぶ郎の事件簿」シリーズのように、僕のブログの裏話を載せたりしている。これがひどく恥ずかしい。

で、いまは「さわやかイクメンブログ」。僕がイクメンになったのがきっかけで改名したのだ。

つまりこぶぎさんのブログは、僕のブログを読まなければ何のこっちゃわからない、というしくみになっているのだ。

久しぶりに読んでみたら、生まれた子どもにK-POPアイドルの名前を次々に付けていくという「KーPOP寿限無」の完全版が載っていた。

あと、僕の娘のハンドルネームを考える、という記事があって、結論として、

「鬼瓦・モリエ・ポム」

に決定していた。

「モリエ・ポム」なんて、このブログのヘビー読者にしかわからないぞ!わからない人は、以下の記事を参照のこと。

テレビ通販番組を作ろう

「モリエ ポム」、副教材へ!

これだけ紹介しておけば、こぶぎさんも心置きなくブログ名を「イクメンブログ」から改名できるだろう。

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人生はクイズだ!

「オフ会」で出た話題から。

以前、こぶぎさんから送られてきた封書の差し出しのところに、

「JUNIEL JUNIEL 五少女のすりきれず 

KARA ギュリ スンヨンの ニコル待つ グ・ハラ待つ ジョン待つ

食う寝る一緒に住むTwice ぺたら工事のジア グァンヒ

ベビボベビボ ベビボの10人いない 10人いないの5人だい

5人になっても解散しない 少女時代を

チョー急に辞めたチョン・スヨンちゃんの生誕を祝う

K-POP落語友の会 代表 こ・ぶ・ぎ」

と書かれていて、KーPOPアイドルグループを落語の「寿限無」風に紹介するという斬新な、しかし誰にもわからない試みをしていたことを紹介した。

このとき、

「さてここでクイズです。ここに登場するKーPOPグループの合計人数を足すと、何人になるでしょうか!」

と書いたのだが、考えるのがめんどくさくなっちゃってそのままほったらかしていたら、オフ会のときにこぶぎさんが、

「クイズを出したのに解答を書いてくれないんで、自分で答えを出したよ」

と、クイズの答えを書いた紙を見せてくれた。

「KARA5名+脱退・途中加入者2名(キム・ソンヒ、ホ・ヨンジ)=7名

ZE:A9名

Twice9名

Baby V.O.X5名+脱退者1名(イ・ガイ)=6名

(Baby V.O.X Re.V除く)

少女時代9名

正解は40名」

…ということで、正解は「40名」だった。

全世界で、このクイズについて真剣に考えているのが、私とこぶぎさんだけだというのが、笑える。

さて、このブログは、基本的に固有名詞をあまり書かない。

私が出張などで訪れた場所の地名も、極力書かない。

それが、一種のクイズになっていて、…というか、こぶぎさんがそれを勝手にクイズに見立てて、コメント欄などで解答を書く。

で、解答そのものも、判じ物のようになっていて、容易にはわからない。

つまり、このブログは、全編、クイズ形式なのである。

ただ、ここからが重要。

こぶぎさんは、私の訪れた場所を単に当てるだけではない。

私が訪れた場所に、こぶぎさんも実際に訪れているのだ。

こぶぎさんはこれを、「聖地巡礼」と言っている。

で、オフ会のときに、実際に「聖地巡礼」したときの写真をスライドショーで見せてくれるのである。

ビックリするのは、えっ?こんなところにまでわざわざ行ったの?というような場所にまで行っていることである。

こっちは仕事で行ってるからいいけど、こぶぎさんは、単に「私が行った場所」という理由だけで、大変な労力をかけて、そこに行ってるからね。

で、それを誰に公表するわけでもなく、たまたま私と会ったときに、ネタばらしをするのだ。

「やっぱりね。自分の行きたいところに行くのがいちばんいいよ。他人の行ったところに行っても、さほど面白くはない」

そりゃあ、そうだろう。

しかし、こぶぎさんは続けるのだろう。

こぶぎさんが続ける限り、私も旅を続けなければならない。

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里帰りのオフ会

8月1日(水)

新幹線に乗ること2時間。久しぶりに「前の前の職場」を仕事で訪れる。

駅を降りると、元同僚のKさんが迎えに来てくれた。

「こぶぎさんが車で来ています」

駅舎を出て、こぶぎさんの車に乗り込んだ。

「会議が始まる1時半まで、まだ時間がありますから、お昼を食べに行きましょう。ラーメンにしますか、そばにしますか」

「そばがいいです。やっぱりここに来たらそばでしょう」

「どこがいいですか」

こぶぎさんの車で移動するのだから、多少、交通の便が悪いところでも行くことができる。

せっかくだから、私はわがままを言った。

「そりゃあ、なんといっても『そば会館』ですよ」

「前の前の職場」にいたころ、よく通ったそば屋さんである。車でないと行けないような、とても不便な場所にあった。

「まだやってますか?」

「ええ、まだやってますよ。ただ、代替わりしたので、そばが『田舎そば』から『更科そば』に変わりました」

ええええぇぇぇぇっ!!

あの田舎そばが好きだったのになあ。

だが、やはり「そば会館」のそばを食べてみたい。

さっそく「そば会館」に向かう。

「そば会館」は、市街地からかなり離れた場所にある。やっとのことでたどり着くと、

「農作業のため、本日は臨時休業します」

と書いてあった。農作業ならば仕方がない。

「どこか別のそば屋さんにしましょう」

今日が水曜日であることを思い出した。水曜日は、軒並みこの地域のそば屋さんが定休日なのだ。

1軒だけ開いている店があったので、そこに入ることにした。古民家を利用したそば屋さんで、私も何度か来たことがある。

久しぶりに食べたこのお店のそばは、美味しかった。

再びこぶぎさんの車に乗り、「前の前の職場」に向かう。

途中、田園風景が広がる。

「懐かしいなあ。なんか里帰りしたみたいだなあ」と私。

「そうでしょう。東北地方ってのは、なぜかそういう気持ちにさせてくれるんだよなあ」とこぶぎさん。

「前の前の職場」に到着した。

2年半しか勤務していないが、まるで母校に帰ってきたような心持ちである。

ここでこぶぎさんとはいったんお別れ。会議には、Kさんと私が参加した。

1時半からはじまった会議は、実に面白い展開となり、予定の時間をオーバーして午後6時過ぎに終了した。

駅前の居酒屋での打ち上げが終わったのが夜9時。

会議のメンバーといったん解散したあと、再びこぶぎさんと合流する。

ここから先は、「オフ会」である。

ブログでは書けなかったことを言い合うのが、オフ会の定番である。

なのでここには内容を書けない。

相変わらず濃ゆい話で盛り上がりった。

たくさんのおみやげももらった。

「じゃあまた」

短い時間だったが、実に中身の濃い里帰りだった。

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新盆

7月31日(火)

お盆、といえば、ふつうは8月15日前後である。

これが東京だと1カ月早くて、7月15日前後。これを「東京盆」という。

私の実家がある地域はさらに珍しくて、8月1日がお盆である。

なんでも、むかしこの地域は養蚕農家が多く、養蚕の忙しい時期を避けて、8月1日をお盆にしたのだという。子どものころにそんな話を聞いた。

そんなふうに中途半端な時期にお盆があるので、ここ数年は、8月1日に実家に行くことはほとんどなかった。

だが今年は、父の新盆である。

つまり特別なお盆なので、本当は8月1日には実家にいなければいけないのだが、あいにく仕事が入ってしまい、前日の「迎え盆」のときに休暇をとって実家に行くことで、許してもらうことにした。

日中、母と二人でお墓参りに行く。

「暑いねえ」

とても長い時間はいられず、お花とお線香をお供えして、お墓をあとにした。

夕方、といってもまだ暑い時間帯だが、「お迎え」をする。

「暑いから玄関先でいいね」

むかしは、けっこう遠くまで「お迎え」にいったものだが、最近は、もっぱら玄関先である。

むかしから比べるとずいぶん簡素になったものだが、それでも、玄関先に提灯をつるし、仏壇には祭壇を作って、なすやきゅうりに割り箸をさして馬の形にしたりするなど、ひととおりのことはする。母はそういうところが律儀だ。

「ほかの家では、もうあまりやってないみたいよ」

そういえば、この界隈では最近、父も含めて何人かの方が亡くなっているのだが、玄関に提灯を吊している家はほかになかった。

むかしはもうちょっと、今日はお盆のお迎えの日だな、という雰囲気がこの界隈にあったんだけど、それがだんだんなくなっていて、少しさびしい。

もっとも、実家にあまり帰らない僕が言えた義理ではないのだが。

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