キャンパス放浪記
僕の同業者に、僕と「生年月日」が同じ、という人がいる。そのことを知ったのは、いまから25年ほど前の、学生時代のことだった。
当時僕は東京で学生をしていて、彼は関西で学生をしていた。夏休みのセミナーかなにかで会ってたまたま生年月日の話になり、二人はまったく同じ生年月日だということがわかったのである。
その後、僕と彼は、大学院を出て同じ業界に進んでいくのだが、関心分野がまったく異なっていたため、同業者の寄合で顔を合わすことも、ほとんどなかった。
しかし不思議なことに、次第に二人の関心分野が近づいてきて、今年度ついに、「共通のテーマで一緒に活動しましょう」と誘われたのである。
「生年月日」が一緒だということが、二人を引きつけたのだろうか、まことに不思議な縁である。
人が出会ったり再会したりするっていうのは、機が熟さないとダメなんだ、ということなのだろう。
機が熟してこそ、再会の値打ちがある。
「人はむやみに会ったりしてはいけない」のである。
今日は、もう一人の同業仲間も加えて、彼の職場で第1回の顔合わせということになった。
新幹線で1時間半。この地方の中核都市の駅に到着した。
昨日の大雨の影響か、東京にくらべると、かなり涼しい。
実は恥ずかしいことに、私は彼の職場に行ったことがない。
この地方で最も有名な教育機関なのだが、実はうかがうのが初めてなのである。
つい4年半ほど前まで、隣県に14年も住んでいたのに、14年もの間、その教育機関に1度も足を踏み入れたことがないのだ。
業界人としては、ふつう、あり得ないことである。
「新幹線のとまる駅」を降りて、地下鉄に乗り換えた。
この地下鉄に乗るのも、初めてである。どうやら最近開通したらしい。
地下鉄の乗り場を探しているうち、時間がどんどん経ってしまった。
(この調子だと、約束の時間ぎりぎりに着くことになるな…)
問題は、どの駅で降りるかである。
グーグルマップで調べてみると、そのキャンパスに行くには、A駅で降りるか、そのひとつ手前のB駅で降りるか、二通りの方法がある。
A駅からだと、歩いて17分ほどかかるとある。
B駅からだと、歩いて11分ほどかかるとある。
見たところ、そのキャンパスに行くにはB駅のほうが近そうである。
ということで、A駅の手前のB駅で降りることにした。
もうこの時点で、約束の時間の10分前を切っている。
B駅を出てビックリした。
(の、の、上り坂だ…)
雨の中、重い荷物を持って上り坂を上るのか…。
後から考えればたいした上り坂ではないと思うのだが、その時点では、えらく急な坂にみえた。
(万事休す、か…)
と思った矢先、目の前を空車のタクシーが通りかかったので、慌てて止めた。
「すみません。近くて申し訳ないんですけど、○○○キャンパスの、○○研究棟までお願いできますか?」
タクシーの運転手さんは驚いた顔をして、
「すぐそこですよ!」
と言ったのだが、とにかく時間がないのだ。
「かまいません。お願いします」
「わかりました」
タクシーは上り坂を上り、キャンパスの入口にさしかかった。
ゲートのところに守衛さんがいた。タクシーの運転手さんは、守衛さんに、「○○研究棟はどこですか?」と聞いた。
すると守衛さんは、
「わからない」
と答えた。
わからない???守衛さんなのに???
「ここじゃなくて、いったん戻って、ぐるっと回って、植物園のほうに行ってください」
と言う。タクシーの運転手さんも
「わかりました」
と、守衛さんに言われるがままに、Uターンして、植物園のほうに向かった。
(植物園って…。明らかに違うだろ!)
土地勘のない僕ですら、それが間違いだということがわかったのだが、運転手さんは、いわれたとおりに植物園のほうに向かったのである。
「おかしいなあ」
「やはりさっきのゲートから入るんだと思いますよ」
「そうですかねえ。植物園のところにも守衛さんがいるので、聞いてみます」
タクシーの運転手さんは、植物園の守衛さんに、
「○○研究棟はこっちの方向ですか?」
と聞くと、その守衛さんは、
「わからない」
と答えた。
ええええぇぇぇぇぇっ!!!わからないのぉ~?
守衛さんは誰一人、○○研究棟の場所がわからない。
守衛さんがわからないんだったら、いったい誰がわかるんだ?
それとも、○○研究棟は存在しないのか?
「もう一回、最初のゲートに戻りましょう」
私は強い調子で運転手さんに言った。困ったら最初に戻れと、シャーロックホームズも言っていたことを思い出したのである。
再び、最初のゲート前に戻り、もう一度、最初の守衛さんに聞いてみるが、やはり
「わからない」
の一点張りである。
「とにかくゲートに入って探しましょう!」
かなり強い調子で、運転手さんに言った。
タクシーを徐行させながら、建物の入口にある看板を必死に目で追う。
だがいっこうに○○研究棟が見つからない。
そうこうしているうちに、携帯電話が鳴った。「同じ生年月日」の同業仲間からである。
時間を見ると、1時半を数分過ぎていた。
「もしもし、いまどこにいらっしゃいますか?」
「もう構内には来ているのですが、私はいったい、どこにいるのでしょう」
「そこから、9階建ての建物はみえますか?」
「あ、それらしきものがあります!」
まるで映画「月はどっちに出ている」の世界である。
私はタクシーを降りて9階の建物を目指して歩くと、ほどなくして同業仲間が反対方面から歩いてきた。
なんというグダグダな再会だ!
「タクシーで来たんですか?」
「同じ生年月日」の同業仲間は驚いた様子だった。
「ええ、地下鉄のB駅から」
「乗るほどの距離でもないでしょう」
「お恥ずかしいことに、ここに来るのが初めてだったもので…」
「えっ??そうだったんですか?てっきり何回も来たことがあると思っていました」
○○研究棟だけでわかると思ったらしい。
「でもあれですよ。A駅からだったら数分で歩いて来られますよ」
「そうだったんですか???}
実際、帰りにA駅まで歩いたら、ほんとに数分で着いた。しかも坂道がない!
まったく、何も知らないというは、おそろしいことだ。
顔合わせが終わり、地下鉄に乗って「新幹線のとまる駅」まで戻ると、駅前のアーケード街はすっかり夏祭りのおめかしをしていた。
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コメント
今回訪ねられた地方ではこの都市名とA駅と同じ漢字のキャンパス名は違う読みをしますが、漢字は違うが同じ読みをすることがある。
実際、南の方にA駅の漢字で、この都市名と同じ読みをする都市がある。
なんか地元なんで、B駅出た瞬間の坂の絶望感までわかりすぎて回答がひねれないです。
投稿: 江戸川 | 2018年8月 7日 (火) 07時52分
江戸川君、さすが地元民、大正解です!十分ひねった解答です。
「B駅出た瞬間の坂の絶望感」…。やっぱりそうだよね。あの坂を見ると、ちょっと絶望的になるよね。
投稿: onigawaragonzou | 2018年8月 7日 (火) 22時39分