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踊り子

とくに書くことがない。

村下孝蔵の「踊り子」という歌が好きで、どういうところが好きかというと、テンポが速いこと。

ああいう情感のこもった歌は、ともすればスローになったり、ためて歌ったりする傾向になりがちなのだけれど、「踊り子」は、アップテンポを維持し続けているのがよい。

スターダストレビューの「木蓮の涙」は名曲なのだが、やはりなんといってもオリジナルのロックな感じがよくて、最近のアコースティックバージョンは、テンポが遅すぎてよくない。

年齢を重ねると、情感を込めすぎてスローテンポになったりすることがあって、僕はそれがイヤなのだ。情感のこもった歌ほど、テンポが速いほうがよい、というのが僕の持論。

ジャン・コクトーに「踊り子」という詩があって、堀口大學先生が訳している。

「爪先で歩みながら蟹が這ひ出る

両腕を花籠のやうに捧げて

耳元まで微笑する。

オペラの踊り子も

蟹に似て

きらびやかな楽屋廊下へ

腕を輪にして出てまゐる。」

この詩を読んだとき、

(ひょっとして、村下孝蔵はこの詩の影響を受けて「踊り子」を作詞したんじゃないだろうか)

とくに、

「爪先で歩みながら蟹が這ひ出る」

から、

「爪先で立ったまま君を愛してきた」

という歌詞を発想したのではないか、と思ったのだが、よく考えてみると、「爪先で」しか合っていない。

小椋佳が、北原白秋の詩の影響を受けて「シクラメンのかほり」を作詞するほどには、影響関係は認められないのだが、僕の中では、村下孝蔵の「踊り子」を思い出すとき、同時にジャン・コクトーの「踊り子」も思い出すのである。

ま、どうでもいい話なのだが。

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コメント

村下さんってもっと評価というか今も語り継がれるべきなのにと思う人なのですが、今の歌手にカバーされたとしても初恋くらいなわけで。
もちろん初恋は素晴らしいわけで、自分も初恋が初めて聞いた村下さんの曲ではありますが、色んな曲が総じて歌詞が日本語が美しすぎて訳分からんくらいの方は他にいないとも思うわけで、
それでいて感動の押し付けのごときアコースティックにならないテンポ。
最高。
以上、初恋と同じ年生まれと言っても誰も信じてくれない江戸川の独り言でした

投稿: 江戸川 | 2018年9月10日 (月) 07時59分

江戸川君は、初恋の年の生まれでしたか!私はこの年、中学2年生。ラジオの深夜放送で流れたのを聴いたのがきっかけでした。

「踊り子」の歌詞の美しさはいうまでもありませんが、私はあのテンポが好きでした。あの速いテンポだからこそ、「狭い舞台の上で」の「上で」や「駆け引きだけの愛は」の「愛は」のところで、半拍伸ばして歌うところに、万感の想いが込められるのです(ちょっとわかりにくい)。たった半拍の余韻なのに、これだけ胸に迫る歌い方ができる歌手は、ほかにはいません。

投稿: onigawaragonzou | 2018年9月10日 (月) 23時25分

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