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ひな壇芸人

出版不況といいながら、出版される本の数だけは多い。

うちの業界では、いろいろな出版社が「シリーズもの」というのを企画したりすることが多い。

一つの大きなテーマで、数巻ぐらいの本を出版する、というものである。

読者の対象は、一般向けというよりも、どちらかといえば業界人向けの内容と難易度である。

1巻あたり、業界人10名以上が執筆をする。

仮に全6巻だとすれば、60人以上の執筆者がこのシリーズに関わることになる。

そういう企画を、いろいろな出版社で行っている。

そういったシリーズものが1年にいくつも企画され、そのたびに原稿が業界人に依頼される。

そうすると、いくつもの原稿依頼が、一人の執筆者のところにほぼ同時に来る、なんてことがある。

依頼される執筆者には、一定の傾向がある。

それは、「確実に原稿のとれる執筆者」に依頼される、という傾向である。

遅筆であったり、原稿を落とす(この場合の「落とす」は、「なくす」とか「置き忘れる」という意味ではなく、「ギブアップする」という意味)ような人は、あまり依頼されることはない。

で、僕は、「確実に原稿をとれる」と思われているのか、シリーズものの原稿依頼が、よくくる。

最近の僕の大半の原稿は、そうした「シリーズもの」「企画もの」ばかりで、これが、けっこうツライ。

まず、書いていて、苦痛である。

それに、「シリーズもの」の原稿は、多くの場合、ノーギャラである。

自分が書いた原稿の載った巻が1冊送られてきて終わり、とか、そんな感じである。

で、読者も業界人を想定しなければならないから、あるていど業界に気を遣って書かなければならない。

そんなこんなで、僕の書く原稿の大半は、「書いていてしんどい」原稿なのである。

もちろん、僕以外の人たちは、すごく前向きに取り組んでいて、嫌々書いている、というわけではない。こんなことを考えるのは、僕ぐらいなものである。

だったら断ればいいじゃん!ということなのだが、なかなかそういうわけにもいかない。

断ると、その仕事は他の人のところに行っちゃうし。そうすると、次から仕事が来なくなるんじゃないか?と不安になり、つい、引き受けてしまう。

そんなことの繰り返しである。

テレビのバラエティー番組で、よく「ひな壇芸人」という言葉があるでしょう。

「シリーズもの」の執筆者は、まさに「ひな壇芸人」なのだ。

どの番組を見ても、同じ芸人が出ていたりする。そつのない受け答えのできる芸人が重宝されるからである。

「ひな壇芸人」は、いくつもの番組を掛け持ちしているから、金太郎飴みたいに、どの番組も同じ感じになってしまう。

でも、「ひな壇芸人」をやめられないのは、「テレビに出ていないと忘れられてしまう」という不安があるからである。

で、ひな壇芸人が出ている番組が、面白いかっていうと、決してそうではない。どれも同じ感じになってしまうので、結局、飽きられたりする。

「ひな壇芸人」化しているいまの状況をなんとかしないと、業界はどんどんつまんなくなっていくのではないか、と不安になってしまうのだが、そんなことを不安に思っているのは、僕くらいなものかも知れない。

いま僕は、3年前にとっくに締め切りが来ていた、ある「シリーズもの」の1万6000字ほどの原稿が、全然書けないのは、たぶん、そのことに気づいちゃったからではないだろうか、と言い訳しておく。

「8月末までには出します!」と返事をしたのだが、9月末までには出します!

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