« めざせ!予告編大賞 | トップページ | 戦場カメラマン »

第2会場の悪夢

10月20日(土)

僕にとって今回の講演会がとりわけ感慨深いのは、僕のいまの仕事の方向性を決めた原点の場所だ、ということに尽きる。

初めてこの地を訪れたのが1996年。まだ大学院の博士課程の学生だった。

それから、数年に一度ていどの割合で調査依頼を受けて、この地に呼んでいただいた。

考えてみたら、「この県」で講演会をするのは初めてである。

20年以上通ってきて、ようやく認められた、ということなのかも知れない。そしてその初めての講演会の場所が「この県」の「この地」だというのも、やはり縁なのだろう。

今回の講演会の進行をつとめるのは、調査事務所のYさんである。

Yさんは今年度、この調査事務所に異動になり、僕も先月初めてお会いして一緒に仕事をすることになった。その誠実な人柄に接して、僕はいっぺんで彼のファンになった。

「今日の講演会は、昨年の秋にできたばかりの施設で行います」

「そうですか」

「ところが、その施設がとてもわかりにくい場所にあるんです」

「まだカーナビにも登録されていないんですね」

「ええ。なので地元紙に講演会の告知が出てからというもの、その施設はいったいどこにあるんだ?という問い合わせがひっきりなしに来ているんです」

「そうですか」

わかりにくい場所での講演会か。なかなか面白い。

お客さんはたどり着けるんだろうか。

「今回の講演会は、事前の申し込み制ではなく、当日参加という形をとったので、どのくらいの数の人が来るかわかりません」

「そうですか」

「たぶん、たくさんの方が来ると思われます」

「そんなことないと思いますよ。僕はむかしから集客力のない人間としておなじみなんですから。ちなみに何人くらい入るんです?」

「椅子をギッチギチに詰めて並べまして、108人ほど入るようにしました」

108人って…。煩悩の数だな(笑)

「そんなに来るでしょうか…」

「念のため、講演会場に人が入りきらなくなったときのことを考えて、その隣の部屋を『第2会場』として、先生の講演の様子を生中継してスクリーンで見られるように準備しました。

「第2会場」って…。

僕は恥ずかしくなった。それほどまでに準備していただいて、お客さんが全然来なかったらどうしよう。

それこそ「第四惑星の悪夢」ならぬ「第2会場の悪夢」だ。

なにしろ、地元の人ですらわかりにくい場所にある講演会場なのだ!

午後1時、講演会場のある施設に移動する。

講演開始前、控え室でパワポの手直しなどしていると、

「先生、お久しぶりです」

と、「前の前の職場」のときの教え子だった旧姓Fさんがたずねてきた。

「おお!ひさしぶり!」

旧姓Fさんは、卒業後しばらくの間、私が通ったその調査事務所で働いていた。結婚後はそこを退職したと聞いていた。

「今日は、先生のお話が久しぶりに聞けるというので、やって来ました」

「いまもこの近くに住んでるの?」

「ええ。で、いまは美術館で事務仕事をしています」

「美術館?どこの」

「Y市にある近代美術館です」

「Y市の近代美術館!ひょっとして、Sさんがつとめてる?」

「そうです。よくご存じですね」

「ご存じも何も、『前の職場』で一緒に仕事をしてたんだよ

「そうだったんですね」

「やっぱり、世間は狭いなあ」

「そうですね」

「Sさんによろしくお伝えください」

「先生も、ぜひ一度美術館にいらしてくださいよ」

「必ず行くよ」

ほかにも、以前に一緒に仕事をしたIさんUさん、もわざわざ駆けつけてくれた。

午後1時半、講演会場の部屋に行くと、狭いスペースにたくさんの方々が集まっていた。

まず、主催者代表のTさんから懇切な講師紹介をしていただく。

1996年以来、お世話になりっぱなしのTさんの主導のもとで、講演をさせてもらうというのもまた、感慨深い。

僕はこの講演会を、恩返しのつもりでお受けした。

1996年からいまに至るまで、ここで学んだことのすべてをお話することにしたのだ。

午後3時半、思い出話をまじえながら、2時間喋り倒して、講演会が終わった。

いつも講演が終わると、放心状態になる。

今回の講演会の進行をつとめたYさんが、放心状態になっている僕のところに来た。

「とても面白かったです。僕自身がいちばん勉強になりました」

「そうですか。ありがとうございます」

「学生さんたちが聴いたら、同じ道に進みたいと思う学生がいるんじゃないでしょうか」

「さあ、どうでしょう」

お世辞であるにせよ、今回の講演会の準備に奔走したYさんに面白いと思ってもらえたことで、もう十分だった。

「お客さんは、何人くらいいらしたんでしょうかね」

「第2会場で聞いてもらった人も20人くらいはいましたから、130人くらいは来ていただいたんじゃないでしょうか」

第2会場を用意しておいて、やはり正解だったんだな。

会場に人が入りきらなくて第2会場まで用意してもらうなんて経験、もう2度とないだろう。

|

« めざせ!予告編大賞 | トップページ | 戦場カメラマン »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« めざせ!予告編大賞 | トップページ | 戦場カメラマン »