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ノヅラでドン!

11月7日(水)

「野面(のづら)」とはもともと「厚かましい顔、恥知らずの顔」といった意味で使われるが、最近では「すっぴん」という意味で使われることも多い。

「野面」には、「切り出したままで加工していない石の肌」という意味でも使われるから、むしろこっちの方が「すっぴん」のニュアンスに近いのかも知れない。

さて、西の町での恒例の「気を遣う仕事」が終わり、昨晩、無事に帰宅した。白衣のボタンも取れることはなかった。

今日の午後は娘を連れて近所に散歩に出た。

近所、というほど近いわけでもないのだが、同じ市内にある私立大学の博物館で、小さな展覧会が開催されている。

この展覧会は、ちょっとマニアックな内容のもので、会期中にぜひ行ってみたいと思っていた。

今日が最後のチャンスだと思い、娘を抱っこひもに装着して、散歩がてら行くことにしたのである。

バスと歩きで、1時間近くかかって大学に到着。近所にありながら、この大学のキャンパスに足を踏み入れるのは初めてだった。

正門を入ってびっくりした。

とにかく広い!校舎が見えない!見えるのは、木々の緑ばかりである!

キャンパス構内図もなければ、看板もない。

学生らしき若者もいないぞ!とにかくひっそりしている。

守衛さんらしき人がいたので、聞いてみた。

「あのう…展覧会を見に来たんですが…」

「ああ、それなら、二つめのロータリーを右です」

言われるがままに歩いて行くと、街路樹に隠れて、博物館があった。

入口から入って、受付に行く。

「お名前をお書きください」

と言われたので、受付のところで名前を書いていると、

「あのう、…ひょっとして、鬼瓦先生でしょうか」

という声が聞こえた。

声をする方を向くと、見たことのある顔。

「先日の本でお世話になったFです」

「あ、Fさん!」

このブログでもたびたび書いてきたが、南洋の島で餓死した日本兵の日記の解読に、僕は関わっていた。

ただ、もともとその日記の解読に関わっていたのは、僕よりも20歳くらい若い人たちを中心にしたメンバーで、Fさんも、そのメンバーのひとりである。僕は最後の最後に、ちょこっとだけお手伝いしたにすぎない。だから、そのメンバーとも面識がなかった。

日記の解読の成果は、7月に本となって出版された。その出版記念のパーティーで、はじめて日記解読メンバーのみなさんと対面した。Fさんともその時にお会いしたのである。

そこで初めて知ったのだが、その解読メンバーの若者たちにとって、僕はなぜか「救世主」みたいに思われていた。最後の最後に、難しい日記の解読に解決策を与えてくれた人、みたいな位置づけのようなのである。たとえて言うなら、「ウルトラの父」みたいな感じ?

僕はそんな実感が全然ないんだが、まあ年齢もけっこう上だということもあり、その若者たちからすれば、そんなふうに映っているのだろう。つまり、彼らからすれば僕は、「ちゃんとした先生」ということらしいのだ。

「Fさん、どうしてここに?」

「私、毎週水曜日は、非常勤職員としてここで働いているんです」

「そうだったんですか…」

「まさか鬼瓦先生がいらっしゃるとは!びっくりしました」

「ええ、私もびっくりしました」

「今日はお休みですか?」

「ええ、まあ」

娘を抱っこひもに装着して来ているのだから、さすがに仕事で来ているようには見えないだろう。

「わざわざ来ていただけるなんて、光栄です」

「いえ、近所だし、見たいと思っていた展覧会だったもので…」

興奮したFさんはほかの職員さんたちに、僕の素性について説明した。

「みなさん、鬼瓦先生ですよ!かくかくしかじかの、鬼瓦先生」

「まあ、そうでしたか」「それはわざわざ、ありがとうございます」

うーむ。こまった。

こっちは、誰も知り合いがいないと思って、ひげも剃らずに、髪の毛も寝癖がついたままで、ノヅラで来ちゃったんだ。

着ている服も、とりあえず手近にあったものを羽織ってきただけなのだ。

「着ていれば服に見えるが、道に落ちてればボロ布」みたいな服である。

急に恥ずかしくなり、汗がとまらなくなってしまった。

一通り展示を見終わってから、再び受付のところに戻る。

今回この展覧会に訪れた目的の1つは、カタログを入手することにあった。僕自身もほしかったのだが、同業の友人に、1冊買ってくるようにと頼まれたのである。

カタログを買おうとすると、

「荷物になりますけれど、もしよろしければこれをお持ちください」

と、なんとカタログをいただいてしまった。

「よろしいんですか?」

「どうぞ」

「ありがとうございます。…実は、友人に買ってくるように頼まれまして、そちらのほうは1冊買わせていただきます」

「それならばもう1冊お持ちください」

「いいんですか!!??」

「どうぞ」

なんと、友人の分まで2冊もいただいてしまった。

「今日は来ていただき、ありがとうございました」

「こちらこそありがとうございました。みなさんによろしくお伝えください」

うーむ。返す返すも、ノヅラで来てしまったのが悔やまれる。

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