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2018年12月

輝く!2018年吹きだまりエピソード大賞・発表編

A・B 「輝く!2018年吹きだまりエピソード大賞」!!

(BGM)

A 年末年始のお楽しみ、「吹きだまりエピソード大賞」の時間がやってまいりました。

B はい、この「吹きだまりエピソード大賞」とは、2018年にこのブログに書かれた記事の中から、最も印象に残った記事に対して大賞をお贈りするものです。

A あのう…もう発表しちゃうんですか?

B そうですよ。

A こらえ性がないですねえ。ふつうはもうちょっと引っ張るもんですよ。

B いいんです。どうせ決めるのは書いた人間ですから。それでは、大賞の発表です!

(ドラムロール)

B「輝く!2018年吹きだまりエピソード大賞」は…

(ドラムロール)

B 「うんち待ち」と「綿棒作戦第一号」の2作に決定しました!

A おめでとうございます!めちゃめちゃ下ネタじゃないですか!受賞理由は何でしょうか?

B 映画監督の黒澤明の記録係を勤めた映画界のレジェンド・野上照代さんの名エッセイ『天気待ち』へのオマージュとして書かれた『うんち待ち』。実に味わい深いです。

A 今回はその連作ともいえる「綿棒作戦第一号」とのダブル受賞ですね。

B こちらのほうも、黒澤明監督の映画「雨あがる」をモチーフにした作品です。

A なるほど。どちらも黒澤明監督へのオマージュということなんですね。

B ええ。それに、「綿棒作戦第一号」のタイトルは、「ウルトラマン」の第1回のタイトル「ウルトラ作戦第一号」をもじったものでもあります。

A なるほど。それは深い。

B では、次に部門賞の発表に移ります。

A 部門賞なんてありましたっけ?

B いま考えました。部門賞は、ごらんの作品が受賞しました。おめでとうございます!

映画部門

映画的体験」(その1~その4)

テレビ部門

問わず語りの権之丞

音楽部門

心の中を流れる音楽

芸能人部門

声をかけるべきだったか

文学部門

ボードレールですな」「ポーでした」「ポーとボードレール

ミステリー部門

謎のナトリさん

時事問題部門

未来図書館

因縁部門

憧れのパリの先輩」「体調最悪聖夜

トホホ部門

ノヅラでドン!

A ということで、2018年吹きだまりエピソード大賞の各賞の発表が終わりました。来年はどんな年にしたいですか?

B 来年こそは、ブログをやめたいです。

A そうですか。いい年になるといいですね。

A・B それではみなさん、ごきげんよう!

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輝く!2018年吹きだまりエピソード大賞・ノミネート編

A・B 「輝く!2018年吹きだまりエピソード大賞」!!

(BGM)

A 年末のお楽しみ、「吹きだまりエピソード大賞」の時間がやってまいりました。

B はい、この「吹きだまりエピソード大賞」とは、2018年にこのブログに書かれた記事の中から、最も印象に残った記事に対して大賞をお贈りするものです。

A あれ?この大賞って、去年とか一昨年、やってましたっけ?

B いいえ、2015年12月にやって以来、やってません。

A なぜ久しぶりにやるんですか?

B もう書くネタがないという理由で、これでお茶を濁します。

A そうですか。では、ノミネート作品です。どうぞ。

1月

問わず語りの権之丞

2月

憧れのパリの先輩

5時間缶詰になる仕事

3月

桜の季節

4月

未来図書館

5月

うんち待ち

綿棒作戦第一号

映画的体験(その1~その4)

6月

青い虫

7月

ボードレールですなポーでした!ポーとボードレール

8月

キャンパス放浪記

9月

声をかけるべきだったか

10月

謎のナトリさん

11月

ノヅラでドン!

心の中を流れる音楽

12月

ギロッポン

体調最悪聖夜

ポスターの思い出

A ノミネート作品は以上です!

B それでは、みなさまからの投票をお待ちしております!

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年賀状やめたい

12月29日(土)

ささ、毎年恒例の「年賀状漫談」ですよ!

2016年「年賀状改革」

2016年「喪中はがき」

2014年「年賀状やめませんか」

2013年「年賀状会議」

2011年「年賀状の憂鬱」

毎年やめたいやめたいと言ってる年賀状。今年もやめたいという気持ちは変わらないのだが…。

年賀状ソフトを使って、その年に撮った写真をレイアウトして年賀状を作るのが恒例になっているのだが、写真の選定をはじめると、どうしても懲りたくなってしまって、結局、年賀状を出さないという決断が、できなくなってしまうのだ。

ましてや今回から、娘の写真を年賀状に載せることになってしまったので、やめるわけにいかなくなってしまった。

例年、妻の実家のインクジェット式プリンターをお借りして、年賀状を印刷していたのだが、そのプリンターが、どうも調子が悪く、色の出が悪い。

そこで今回、僕の家にある、昨年買ったばかりのインクジェット式のプリンターで、年賀状を印刷することにした。

妻のご両親の年賀状が約70枚、僕と妻の年賀状が約200枚、合計270枚を印刷することになった。

次の順番で、年賀状を印刷することになった。

1,妻のご両親の年賀状の、宛先の面。

2.妻のご両親の年賀状の、書面の面。

3.僕らの年賀状の、宛先の面。

4,僕らの年賀状の、書面の面。

昨晩、娘を寝かしつけた夜10時過ぎくらいから、年賀状の印刷をはじめただが、簡単に終わると思われた、「宛先の面」の印刷が、思いのほか時間がかかる。

宛先の面は、カラーではなく白黒なので、1枚あたりの印刷時間が短いものと思い込んでいたのだが、さにあらず。カラー印刷なみに、時間がかかるのである。1枚あたり、1分くらいだろうか?

ジーコ、ジーコ、ジーコ、ジーコ、ジーコ、ジーコ…。

たんなる宛先印刷なのに、待てど暮らせど、1枚が終わらないのである!めちゃめちゃのろい!

ジーコ、ジーコ、ジーコ、ジーコ、ジーコ、ジーコ…。

うーむ。これはどういうことだ???

やっとのことで70枚の宛先印刷が終わり、裏を返して、同様に書面の面の印刷を続けたのだが、終わったのが、午前1時をとっくに過ぎていた。

妻は途中で寝たので、僕が引き続いて、自分たちの年賀状の宛先の印刷をはじめることにした。

今度は、200枚の宛先の印刷である。1枚に1分かかるとして、1時間で60枚。2時間で120枚。3時間で180枚。つまり、3時間以上かかるということである。

いちどスタートしたら、途中でやめるわけにはいかない。僕は意を決して、印刷スタートのボタンを押した。

ジーコ、ジーコ、ジーコ、ジーコ、ジーコ、ジーコ…。

ジーコ、ジーコ、ジーコ、ジーコ、ジーコ、ジーコ…。

ジーコ、ジーコ、ジーコ、ジーコ、ジーコ、ジーコ…。

ジーコ、ジーコ、ジーコ、ジーコ、ジーコ、ジーコ…。

ジーコ、ジーコ、ジーコ、ジーコ、ジーコ、ジーコ…。

……。

あいかわらず、1枚の宛先が印刷されるまでがのろい!こりゃあ、1分どころの話ではないぞ!確実に1分は超えてるな!

結局、朝方の5時を過ぎても、宛先面の印刷が終わらないので、

ジーコ、ジーコ、ジーコ、ジーコ、ジーコ、ジーコ…。

と動いているプリンターに向かって「もう勝手にしろ!」と吐き捨てて、寝ることにした。

翌朝、というか、起きた時はもうお昼近くだったんだが、妻がその続きを引き継いで、4.の「書面の面」をカラー印刷してくれていた。

しかしこれもまた、ひどく時間がかかる。

結局、なんだかんだで年賀状すべての印刷が終わったのは、夕方くらいのことだった。

270枚の年賀状の表裏を印刷するのに、20時間近くかかるなんて、そんなことあるか???

うちのプリンターが、とりわけ遅いんだろうか?でも、昨年買ったばかりのまだ新しいプリンターなのだ!

もっとスピーディーに年賀状を印刷する方法はないものか。

本当に、年賀状には、毎年困らされる!!!

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今年最後の自画自賛

また自画自賛かよ!と笑われそうだが、ほかに書くこともないので、今年の9月に出した本に関していただいた感想を紹介する。

何度も書いているように、この本はまったく売れなかった。売れなかったので、ほとんど感想をいただくこともないのだが、こちらからお送りした方のうち、何人かの方から、感想をいただいた。とりわけうれしかったものを紹介する。

一人目は、僕と同世代の研究仲間の感想である。この方は僕なんかよりはるかにいろいろな本を書いていて、しかもそれが一般に高い評価を得ていて、僕にしたら同世代ながら仰ぎ見る存在なのだが、とてもありがたい感想をいただいた。

「30の家の玄関はライトなのに、部屋に入るとどっしり。今までと随分趣の異なるつくりだなと思ったら、インターネットの連載がベースなのですね。このサイト、はじめて知りました。

これだけの幅広いネタを、このレベルでよく準備されたなと、とにかく驚きました。楽しく読めますし、たくさん学べます。この学問分野を理解してもらうためにも、こういう本はとても大事だと思います。でも、このレンジで書ける能力のある研究者は、かなり限られると思いました。(私にはとても無理そうです。。。)

色々と刺激をありがとうございます。今後ともご教示のほど、よろしくお願いします。」

この人には正攻法では勝てないので、無手勝流で行くしかない、と思い、このスタイルの本を書いた。だから「私にはとても無理そうです…」という言葉が、お世辞と謙遜であったとしても、うれしいのである。

次は、尊敬している先輩からの感想である。

「ご高著拝受いたしました。「○○は○○に○る」の実践ですね。さまざまに残る断片的なものから見えてくるもの、学説が時代の産物であること、縦横無尽の楽しい御著書。こういう授業ができると学生も面白いだろうなと感嘆いたしました」

「縦横無尽の楽しい」本、という評価がうれしい。この本は「縦横無尽に駆けめぐる」というイメージで書いたので。

続いて、まったくこの方面に疎い友人からの感想。

「とっても面白かったです。これだけの濃い内容を、一般向けに、しかもこんなに短いエッセイに落とし込めるのは、すごいですね。この方面に音痴の私でもどれも楽しく読めました」

「これだけの濃い内容を、短いエッセイに落とし込む」ことのすごさに気づいていただいたことが、とてもありがたい。これは簡単そうにみえて、難しいことなのだ。見た目はシンプルだが実は手の込んだ料理、というのを想像してもらえればよい。

さて、僕がいちばんびっくりした、というか意外だったのは、僕がこれまでの人生の中でいちばん恐いと思っている恩師からの感想である。その恩師については、このブログでも、何度か書いたことがある

その恩師にだけは送りたくなかったのだが、送らないとあとで怒られそうだから、どっちにしろ怒られるんだったら、送って怒られたほうがいいや、と思い、おそるおそる本をお送りした。

厳格な恩師は、きっとこんな本のことをクソミソにけなして、金輪際おまえとは仕事をしない、と破門されるだろうと思ったのである。

ところが、本をお送りしたらすぐにメールをいただいた。

「昨日、拝受しました。とても面白くて、一気によみました。とくに、第一章の始めの二編、○○にかかわる諸編、は興深く、また、いろいろ考えさせられるところでした。具体的にモノにふれている強みを感じることでもありました。なお、○○○の読みは、異見をもちます。

ともあれ、学恩に深謝申し上げます」

我が目を疑った。怒られてない!

「○○○の読みは、異見をもちます」のところは、厳格な恩師らしく、若干恐いが、まあ予想していたことではある。

世界でいちばん恐い恩師が、面白いと言ってくれたんだから、もうあとは、誰に何と言われようと、恐れることはないのだ!

その後もその恩師は、メールをいただくたびに、「あの本は面白かった」と書いていただいている。

僕が褒められてうれしかったのは、その恩師が厳格な方だったから、ではない。

その恩師は、実は無類のミステリー小説マニアなのである!その守備範囲は日本だけでなく世界におよび、古典だけでなく最近のものまでカバーしておられる。プロの編集者が舌を巻くほどの選球眼なのだ。

ミステリー小説マニアの恩師のおめがねにかなったということは、この本はミステリーとしても楽しめる、ということである!

…自画自賛もこのくらいにしておこう。むなしくなってきた…。

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今年最後の劇場映画鑑賞

12月23日(日)

1本目の映画「ボヘミアンラプソディー」を見終わったあたりから、寒気がしてきて、体調がおかしくなってきた。2本目、どうしようかなと思ったのだが、これを逃すとみるチャンスがないかもと思い、体調は不調に向かっていたが、2本目の映画を見に行くことにした。

Cbefe010e712e5ad2本目の映画は「1987、ある闘いの真実」である。

本当は、ソン・ガンホ主演の「タクシー・ドライバー」とセットで見たかったのだが、「タクシー・ドライバー」のほうが、公開が終わってしまって、この時期、都内で見ることができたのが「1987」のほうだけだったので、やむなく「1987」だけを見ることにした。

韓国で、「386世代」という世代の言い方がある。1990年代に30代(3)で、1980年代(8)に大学生で学生運動に参加し、1960年代生まれ(6)である人びとをさす。1987年は、韓国で大規模な学生運動が起こった年である。

1987年、僕は高校を卒業し、浪人生だった。だから、この時期に大学生だった人たちと、ほぼ同世代といってよい。日本はバブルを謳歌していたが、同じ年、韓国では未曾有の学生運動が起こり、多くの学生が当時の軍事政権の犠牲になってしまったことなど、当時の僕は、まったく知らなかった。

この映画も、ポイントの多い映画なのだが、映画としての感想だけ述べる。

何がすごいって、まずは豪華なキャストである。キム・ユンソクとハ・ジョンウが「哀しき獣」以来の7年ぶりの共演ですぞ。

「哀しき獣」といえば、僕がキム・ユンソクを「斧を持つのが世界一絵になる男」と評した、あの映画ですよ!

ちなみに、この記事は、このブログのヘビーダマラーことこぶぎさんが自身のブログの中で、「祝・まる10年!ラッキーオブラッキーエピソード大賞!」に選んでくれました!

今回の「1987」では、キム・ユンソクの狂気ぶりに、かなり磨きがかかっています。対するハ・ジョンウも、相変わらずキレッキレの演技をしています。

ほかに、僕の大好きなユ・ヘジン。ほんと、この役者、いいよなあ。さらに、あのソル・ギョングが、本来ならば韓国を代表する主役級の俳優なのに、脇にまわっています。まことに、贅沢なキャスティングです。

で、映画じたいはどうかというと、1987年当時のことを描いたという映画史的意義は置いといてですよ。韓国映画をいままで見てきた僕からすれば、韓国によくある「勧善懲悪映画」の作りだなあ、と思いました。だから目新しさは、実はそれほど感じなかった。

とはいえ、こうした映画が作られること自体が、韓国の底力だとも思います。

じゃあ日本で、数年後に、辺野古を舞台にした劇映画が作られるか?フクシマを舞台にした劇映画が作られるか?といったら、まず、作られることはないでしょう。つまりそういうことですよ。

まあそれはともかく。

結局、今年劇場で見た映画は、

スターウォーズ・最後のジェダイ

花筐 -HANAGATAMI-」

ボヘミアン・ラプソディー

「1987、ある闘いの真実」

のたった4本でした。

ということで、今年の鬼瓦映画大賞は、「ボヘミアン・ラプソディー」に決定しました!

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大団円構造

不気味な体調の悪さが続く。

11月23日(日)

ちょっと時間をさかのぼるが。

この日は、1日時間をもらい、ひとりで映画を2本ハシゴすることにした。

1本は、映画「ボヘミアン・ラプソディー」、もう1本は、「1987、ある闘いの真実」である。

僕は、クイーンについての知識が全くない。知識がないので、思い入れもない。

たまにCMで音楽が流れているのを見て、「これがクイーンの曲だよ」「へえ、そう」と思うくらいであった。

ボーカルの人の名前も、おぼつかない。

そんな人間でも、はたして感動するんだろうか???

先に見ていた、クイーンのファンである妻に、

「クイーンのクの字もわからんヤツが、映画を見ても、面白いんだろうか?」

と聞いてみたら、

「面白いんじゃない?」

というので、見に行くことにした。

そしたらあーた、大感動である。

最後のライブのシーンで、もう涙が止まらなくなるのである。

見終わったあとで、町山智浩さんとか、ライムスター宇多丸さんの映画解説を聞いて、なるほどそういうことか、と、思ったりした。

この映画のポイントはいくつもあって、主人公のボーカル人の内面や苦悩の問題もこの映画の重要な要素なのだが、ここではふれない。

ここでふれたいのは宇多丸さんが言っていた「大団円構造」というキーワードである。

「ライブ自体、実はそれほど涙を流すというようなものではない。にもかかわらず、なぜ映画の中での最後のライブは、あれほど涙が出るのか?それは、それまでのいろいろな積み重ねを見てきて、最後にあのライブを見せられるからである。これはまさしく『大団円構造』の映画である」

みたいなことを言っていた。なるほど、たしかにそのパターンだな。

宇多丸さんは、同様の「大団円構造」を持つ映画の例として日本映画の「のど自慢」をあげていたが、残念ながら僕は見ていないので、よくわからない。

それよりも、これ、大林宣彦監督の映画「青春デンデケデケデケ」じゃん!と思ってしまった。

若い4人がロックバンドを組んで、いろいろあって、最後、高校の文化祭公演でライブを行う。映画の最後の文化祭公演のシーンで、映画は大団円を迎えるのである。

構造がまったく同じだな、と思ったのだが、こんなことを書いたら、クイーンのファンに絶対に怒られるだろうな…。

もうひとつ思ったのは、クロード・ルルーシュ監督のフランス映画「愛と哀しみのボレロ」。僕が大好きな映画。

パリ、ニューヨーク、モスクワ、ベルリンを舞台に、4つの家族の愛と哀しみが交錯する。そして最後の最後に、ボレロのバレエ公演がすべてを包み込む。

いろいろあって、最後のボレロのバレエ公演を見たら、もう涙が止まらなくなるのだ。

これこそまさしく、大団円構造ではないか!

僕がもし映画監督だったら、ヨーロッパではなく、アジアを舞台にした「ボレロ」のような映画を作りたい、とひそかに夢想している。ただし、最後は、ボレロではなく、第九のコンサートで終わらせる、というもの。

話が逸れてしまった。

「1987,ある闘いの真実」の感想も書こうと思ったのだが、長くなってしまうので、また別の記事で。

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ポスターの思い出

鉄道の駅に貼られた自殺防止のポスターが、かえって自殺願望の人たちに疎外感を与えるものになっているのではないか、とインターネット上で話題になっている。制服を着た女学生たちが、まるで悩みなどひとつもないかのように、満面の笑みを浮かべてこちらを見つめて、「ひとりじゃないよ」と問いかけている。悩み苦しんでいる人にとっては、かえって同調圧力を強要するような残酷なポスターなのではないかと批判が高まっているのである。僕もそのポスターを見て、そう思う。

ポスターで思い出した。

10年以上前、僕がまだ「前の職場」にいた時のことである。

やや前置きが長くなるが、その頃、中央官庁の次官を務めた官僚が、うちの職場の社長になるという話がふってわいた。

職場の自治を守るために、何としてもそれだけは食い止めなければならん、と、組合に所属していた僕は、組合の支部長のKさんらと一緒に、天下り社長就任の反対運動を繰り広げた

しかし結局、その次官がうちの職場の社長に就任したのである。

それからほどなくして、組合の支部長だったKさんが僕の仕事部屋にたずねてきた。

「ちょっと相談が…」

「何でしょう?」

「実は、社長から、副社長にならないかと打診を受けてね…」

僕は驚いた。天下り社長は、反対派の急先鋒であったKさんを、副社長にするというのである。

「あなたと一緒に反対運動をしてきたのに、いきなり僕が副社長になったら、あなたに申し訳ないと思ってね。あなたにだけは事前に申し上げておきたかった」

「はあ」

僕は、突然のことで、どう反応していいかわからない。

「外から反対するのではなく、中に入って意見を言うことも大事だと思いますよ」

と僕は答えた。

「ありがとう。そこでひとつ相談なのだが」

「何でしょう」

「あなたに、副社長付スタッフをしてもらいたい」

「僕がですか?」

「私は何としても、自分の任期中に、キャンパス・ハラスメントの防止をするための規則を作りたい。そのために、あなたの力を貸してほしい」

「…わかりました」

ということで、どういうわけか僕も巻き込まれてしまったのである。

僕は、キャンパス・ハラスメント対策のために、いろいろなことを提案した。講演会、ワークショップ、全学アンケートの実施などである。そのたびに、Kさんは僕の提案を全面的に聞き入れてくれ、実現させてくれた。

その中のひとつが、「キャンパス・ハラスメント防止の啓発ポスター」の制作である。

ポスターのデザインじたいは、美術専攻の学生に画いてもらうことになり、そのコンセプトを僕が考えることになった。

僕は、他の機関の同様のポスターを研究して、ある結論にたどり着き、次のようなコンセプトを学生に伝えた。

「まず、『ハラスメントは絶対にダメ!許さない!』みたいな、断罪するようなポスターはやめてください。ポスターを見た人が、他人事だと思ってしまいますので。みんなが当事者であることがわかるようなデザインにしてください」

「できるだけかわいいポスターにしてください。人目をひくような。立ち止まって見ても、不審に思われないものにしてください。ハラスメントで悩んでいる人は、ポスターをじっくり見ていることを、他人に見られるだけでも、イヤな思いをするものなのです」

こうして完成したポスターが、以下のものである。

Photo


ポスターのキャッチコピーは、他の機関の同様のポスターのよい部分をまねて、僕が作成した。

学生は僕の意図をくんでくれて、とてもかわいいポスターに仕上げてくれた。これは、いまでも僕の自信作であり、僕が「前の職場」に残した、唯一の誇るべき仕事であると思っている。

その後、副社長だったKさんは任期を終えて職場を退職され、僕も同じ年に職場を移った。それから数年経って、「前の職場」では、セクハラやパワハラの事件が相次ぎ、いまや世間からは非難の目が注がれている。

Kさんと僕とで取り組んできたことは、いとも簡単に、水泡に帰した。

僕はどんな眼差しで、そのことを眺めればよいのだろう。

〔付記〕

このポスター、作られて10年以上たった今も、「前の職場」の中で貼られているところがあるという。はがさないでいてくれる人がいるわけで、このポスターが貼られて続けていることに、希望を見出すべきだろう。

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体調最悪聖夜

12月25日(火)

いろいろ書きたいことがあるのだが、この3連休は風邪をひいたらしく、熱もあり、ひどく体調を崩しているので、なかなか書く気が起こらない。

12月24日のクリスマスイブ、日本では祝日の振替休日で休みだったが、僕は都内で1日会議だった。おそらくそれが体調を悪化させたものと思われる。まったく、とんだクリスマスである。

高校時代の部活の、5学年下だった後輩のS君が、僕の書いた本をSNS上で宣伝してくれた。

それを見た、やはり5学年下の後輩のOさんが、さっそく僕の本を買ってくれた。最新刊だけでなく、その前に出した本も一緒にである。

Oさんとは、もう20年くらい会っていない。そんなOさんがどうして僕の本を買ってくれたのかというと、Oさんの旦那さんが、僕の「前の職場」の卒業生で(僕が赴任する前に卒業したそうだが)、しかも、僕の「今の職場」のファンだそうで、何度も通ったことがあるというのである。

つまり、Oさんの旦那さんは、僕の「前の職場」と「今の職場」のいずれにも、強い思い入れがあるというのだ。

そのことを知っていたOさんは、僕の経歴を見て、旦那さんとあまりにシンクロするので、びっくりしたらしい。そこで、僕の2冊の本を旦那さんへのクリスマスプレゼントにすることを考えた。買ったことは当日まで黙っておいて、24日に、2冊の本とともに、その著者が自分の高校の先輩であり、しかも旦那さんにとって思い入れのある場所に勤務している(していた)ことを、サプライズで種明かししようと考えたのである。

僕の本ごときが本当に喜ばれるのか、不安だったのだが、その後、24日にプレゼントしたときのことが、SNSにアップされていた。

どんな会話が交わされたのかはわからないが、旦那さんは、とても喜んでくれたらしい。

「もともと私が読みたい本なので、読み終わったらまわしてもらう気満々の贈り物。読後の会話が楽しみ」

と書いてあった。

僕の本が、そんなふうに読んでもらえるなんて、幸せだなあ、と思う。

たとえば、映画を見たあと、その映画について好きな人とあれこれと語り合うのが楽しいように、本もそんなふうに読んでもらえれば、これに勝る喜びはない。

もう、売れなくったっていいや。

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沈黙の図面

うーむ。忙しい…。

12月21日(金)

新幹線と在来線を乗り継いで、「光の国と姉妹都市の町」 に向かう。年に数回行われる会議に出席するためである。いつものように慌ただしく日帰りなのだが、考えてみれば家から職場まで片道2時間半かけて通勤していることを考えると、「光の国と姉妹都市の町」の日帰り出張は、むしろふだんの通勤よりも楽だといってよい。

たぶん、そういう感覚を持ってしまっている時点で、身体感覚が異常になっているのだと思うが。

会議じたいは午後の数時間で、メンバーは外部委員が私を含めて4人である。あとは市の職員の方々。外部委員の4人は、それぞれ専門が異なるので、アプローチの仕方がそれぞれ違っていて面白い。

短い時間だが、いろいろと考えさせられることが多い。

今回の会議の主要な議題は、外部委員のSさんによる検討結果の報告である。

Sさんも、僕とは専門が違うので、アプローチの仕方、というか、方法論がまるで違うのだが、Sさんの手法は、実物を写し取った図面、そこに残されたわずかな痕跡から、可能な限り蓋然性の高い仮説を導いていくというものである。

僕のように饒舌に残された記録から仮説を組み立てるのではなく、沈黙の図面から、如何に多くの情報を拾い出すかが、勝負なのである。

蛇の道は蛇、とはよくいったもので、同じ図面をにらめっこしていても、僕にはサッパリわからないのだが、Sさんは、そこに残された痕跡から自らの知識と経験を総動員して仮説を組み立てていく。まるで鑑識係のようでもある。

なるほど。他人の芝生はよく見える、ではないが、他人の専門は面白く感じるものだ。

そんなこんなで、とても勉強になったのだが、外部委員のうち、最高齢のO先生にも、驚かされた。

傘寿をとっくにすぎた重鎮なのだが、事前にお聞きしたところ、大腿骨を骨折なさったとのことで、歩行がなかなか厳しくなったというのである。

心配していたところ、当日は、杖はおつきになっていたものの、ご自身の足でしっかりと歩いておられた。会議でのご発言も、いつも通り明快なものであった。

ご高齢の方は、骨折がきっかけで、急激に足腰が弱くなる、というのを聞いたことがあるが(たしか映画監督の黒澤明も、傘寿をすぎて、転倒骨折がきっかけで療養生活に入ってしまったと思う)、O先生の場合は、言ってみれば驚異の快復を見せたのである。

「あそこまで快復するというのは、すごいことですよ」と、O先生をお見送りしたあと、みんなが口々に言った。「以前も、大病を患って手術されたそうですが、そこからも復活されましたし。で、今度は大腿骨の骨折からの復活ですからね。見事な快復力です」

自身に降りかかる試練を黙々と乗り越える姿勢は、学びたいものである。

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同じことを2度書く

とにかく忙しい。

出張の後処理だの、次の出張の日程調整だの、諸方面に連絡するだけで、あっという間に1日が終わってしまった。

仕事の大半は、DDRである。

「DDRだけが人生だ!」というタイトルで文章を書こうとしたら、もう以前に書いていたことを思い出した。

DDRだけが人生だ!

読み返すと、いま私が陥っている状況と、まったく同じである。

ということは、いまの職場では、DDRしかやってないってことなんだな。

ところで、長くこのブログの読者をやっている方はおわかりのように、DDRとは、「段取り」のことである。

仕事の大半が、仕事のための段取りに費やされるのが、現状なのである。

だが考えてみれば、仕事の段取りがうまくいけば、仕事の本番もうまくいくことがほとんどなので、やはり段取りは大事なのである。

けっして派手な仕事ではないが、仕事の段取りがきちんとできる人が、仕事のできる人なのだと思う。僕はいつも段取りを先送りばかりしているので、その点で失格である。

…とここまで書いて、全然関係ない話を二つほど思い出した。

一つは、いまや心のよりどころとなっているコラムニストの小田嶋隆さんが、

「前向きな言葉に圧迫される人間がいるということを、前向きな人たちはほとんどまったく理解しない」

「「勝手に啓発されてやがれ」と思った」

とツイートしていて、チマチマ段取りを組む仕事ばかりをしているときにこれを読んで、溜飲が下がる思いがした。

もうひとつは、「書きたいと思っていた文章は、実は以前に書いていた」ということで思い出したのだが。

最近書いた「3連休」という記事と、以前に書いた「絶対に理解されない大林映画」は、書いている内容がほぼ同じであるということに、数日前に気づいた。以前に書いたことをすっかり忘れて、同じ内容の文章を書いたのである。

まあ2800本近くも書いていれば、こんなこともあるわな。

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うんちが臭い

12月19日(水)

振休。

妻が、映画「ボヘミアン・ラプソディー」を見に行くというので、その間、僕は娘を実家に連れていった。

話題になっている映画なので、僕も見に行きたいことは行きたいのだが、致命的なことに、僕はクイーンについて、まったく知識がないし、思い入れもない。主人公の名前も、スッと出てこないのである。

見に行きたいことは行きたいのである。町山智浩さんをはじめ、僕が信頼する映画評論家がこぞっていいって言ってるんだもの。

でも一方で、いろいろな人のブログやSNSを見たりすると、僕が苦手だなぁと思う人も軒並みこの映画を見に行っていて、「泣いた」とか、「感動した」とか書いていて、もしも僕が見に行ったとすれば、その人たちと同じ感想を持つことになるのか…と思うと、なんとなく見に行きたくなくなるのである。まったく、厄介な性格である。ま、いずれ見に行こうとは思うけれども。

そんなことはともかく。

ここんとこ忙しくて、おむつを替えることを任せっきりにしていたのだが、今日、久しぶりにうんちをしたおむつを替えることになった。

そういうときに限って、ヤツはびっくりするくらい大量のうんちをするのである。

おむつも、テープタイプからパンツタイプに替わったので、着脱の仕方もいままでとはちょっと変わった。

おむつを開けてみると、ものすごいクセえ!!!

離乳食になってから、うんちの質が変わり、くっさくなったのである。

しかもパンツタイプだと、うんちがほかのところに付かないように履き替えるというのが、テープタイプのときより難しい気がする。慣れてないからだろうけれど。

うーむ。こうやって、だんだんうんちが臭くなっていくのだな。

映画監督の黒澤明が、たしかこんなことを言っていた。

人間はね。誰でも生まれたばかりの赤ちゃんのときは天才なんだよ。それを、成長していく過程で、大人がよけいなことをしたりするから、どんどんダメになっていくんだ。

…みたいなことだったと思う。詳しい言いまわしは忘れてしまったが。

たしかにそうだな、と実感したのは、赤ちゃんの体の柔らかさ、である。

あまりにも体が柔らかいもんだから、この柔らかさのままで大人になったら、新体操の選手として絶対に活躍するだろうなあ、と思うほどである。

それが大人になるにつれて、だんだん体が硬くなる。

俺なんか、前屈すると、手の先が床に届かないどころか、床上30センチくらいのところで止まってしまうぜ。これは、明らかに退化だよな。

赤ちゃんの足の裏なんて、ツルッツルなんだから。

俺の足の裏なんて、カッチカチだぜ。

うんちだって、臭くなっていくわけだ。

つまり、人間の成長とは、一方でどんどん不完全になっていく過程なのである。

ひょっとしたら、人類全体もそうなんじゃないか???

人類は、いろいろなことを学んで、知識や知恵を身につけていけば、社会はどんどん成熟していく、と、ちょっと前まで、僕は信じていた。

しかしどうだろう。現実は、それほど単純なものではない。

知恵を身につける、ということは、悪知恵も身につけるってことなんだよな。

だから、成熟もすれば、堕落もする。

人類も、そんな段階にさしかかっているような気がする。

…ということを、娘から学ぶ毎日である。

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今年の鬼瓦的流行語大賞

こんなことをしているヒマはないんだが、新しく「コバヤシ」というカテゴリーを設けましたので、お楽しみください。

今年の流行語大賞って、何だっけ?毎年、全然流行していない言葉が大賞になるので、よくわからない。

今年、本当に流行った言葉って、何だったっけなあと真剣に考えてみたら、ひとつ見つけた!

「残念な○○」

である!これは、今年の流行語大賞にノミネートすらされなかったぞ!

だが書店に行くとよい。

「残念な○○」というタイトルの本の、如何に多いことか。

タイトルに「残念な」を付けると、本が売れるらしい。

同様のものとして「ヤバい」があげられるが、こちらの方は、もうすでに言い古された感じになってしまった。

職場でも、会議なんかで、

「ちょっと残念な○○ですね」

みたいないい方がふつうになってきたから、これこそが、正真正銘の流行語である!

「そだねー」は、まさしく「残念な流行語」なのである!

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ヤシオリ作戦からのエクソシスト

12月16日(日)

テレビで、映画「シン・ゴジラ」を放送していたので、ついつい最後まで見てしまった。

やっぱり、名場面のオンパレードだ。賛否が分かれるが、僕はなんといっても会議の場面が好きである。

僕は「エヴァンゲリオン」をまったく見たことがない。ただのいちども見たことがないのだが、1970年代の東宝映画なら、よく見ている。

「シン・ゴジラ」が、岡本喜八監督の「日本のいちばん長い日」へのオマージュだというのは有名な話だが、ほかにも、市川崑監督の金田一映画ばりのカット割りや、映画「日本沈没」を思わせる場面など、東宝映画ファンにはたまらない。

ついでに言うと、無人新幹線爆弾の場面で、新幹線が並んで走っているカットは、映画「新幹線大爆破」を彷彿とさせる!

総理大臣の描き方について、前半の、大杉漣の演じる総理大臣は、映画「日本沈没」で丹波哲郎が演じる総理大臣を思わせるし、後半の、平泉成の演じる総理大臣は、映画「日本のいちばん長い日」で笠智衆の演じる鈴木貫太郎総理大臣を思わせる。

こんなことをあげだしたら、キリがない。「エヴァンゲリオン」を知らなくても、「シン・ゴジラ」は十分に楽しめるのだ。

だが今回書きたいのは、そんなことではない。

「シン・ゴジラ」を見ていて、これは、間もなく9カ月になるうちの娘のことではないか!と気がついたのである。

以下は、映画の完全なネタバレなので、要注意。

いま、娘はものすごいスピードでハイハイをしているのだが、その様子は、「ゴジラの第2形態」にそっくりである!

障害物があってもお構いなしに突き進む。ハイハイに鬼気迫るものがあるのだ!

でもって、夜はなかなか眠らない。眠らせるのに、毎日ひと苦労している。

眠らせるためには、授乳をするのが効果的な場合がある。

お乳を飲んでいるうちに、眠ってしまうのである。

つまりこれは、「ヤシオリ作戦」である!

しかし、「ヤシオリ作戦」では、娘が容易に眠らない場合もある。

その場合は、抱っこをして、ひたすら歩きまわる。

この方法は、抱っこする側にも覚悟が必要である。

最初、抱っこをすると、猛烈な勢いで泣き始める。

ギャーぁぁぁぁぁぁぁ!!!

と、足をバタバタさせながら、泣き叫ぶのである。

眠るのがイヤなのか、寝入りばながイヤなのか、よくわからない。

とにかく、ちょっとおかしくなってしまったのか?ってくらい、泣きわめくのである。

しかしそこでひるんではいけない。

その泣き狂った状態に、抱っこしている側の私は、ひたすら耐え続け、歩き続けなければならない。

そのうち、次第に泣き止んできて、やがて眠ってしまうのである。

うーむ。泣き叫ぶ子どもをおとなしくさせて寝かしつけようと言うんだから、見た目からしたら、ちょっとした悪魔払い、エクソシストのような心境である。もっともこれは、「シン・ゴジラ」とは関係ない。

とにかく、昨日の「シン・ゴジラ」を見てからというもの、娘がハイハイでこちらに向かってくると、脳内に伊福部昭の映画音楽が流れるのである。

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大人の遠足

11月15日(木)

久しぶりの飛行機出張の目的は、「大人の遠足」である。

いちおう、代表者、というか呼びかけ人は僕で、参加するのは、いずれも僕より年上の、この業界の大先輩たちばかり。

だから、とても気が重かった。

本当は昨年の12月に、この地で「大人の遠足」をする予定だったのだが、諸事情により、1年延期となった。

で、今年は、満を持して行うこととなった。

ただし、当初は金曜の午後から日曜の午後までの3日間にわたる遠足を予定していたのだが、僕の体力的な問題や、案内をしてくれる地元のKさんがここ最近お忙しいこともあり、土曜日の1日、その代わり朝から日没まで、遠足を行うことになった。

地元のバス会社で中型バスを貸し切り、総勢19名の団体旅行である。

もっとも僕がしたことと言えば、日程の決定と、出欠の確認と、事務的な手続きくらいなもので、当日は、地元でお仕事をされている研究仲間のKさんにすべてコーディネートをお任せすることにした。

朝9時、バスに乗り込み、盆地の中をまわる。

雲ひとつない、快晴である。

移動するバスのなかで、案内役のKさんが私に言った。

「鬼瓦さん、今日は快晴というだけではありません。風がないんです」

「風ですか」

「ええ。例年この時期、晴れの日には冷たい風が西から東に吹くんですが、今日はほとんど風がない。絶好の遠足日和です」

「そうですか」

そういえば、3年近く前にこの地を訪れたときも、まだ春の前のことだった。そのとき、強風に悩まされながら現地を歩いたことを思い出した。

たしかそのとき、僕はこの地でKさんとはじめてお会いし、いつか、たくさんの同志とこの地で遠足をしましょうとお約束したのだった。

「これは、代表者である鬼瓦さんの人徳のおかげですよ」Kさんは半ばからかうように私に言った。

「僕は元来、雨男なんですよ」

「じゃあ、今日をきっかけに晴れ男に変わったんですね」

移動中のバスのなかでは、Kさんがマイクを持ち、よどみなく、地元のことについてさまざまな説明をしてくれた。地元を知り尽くし、地元を愛しているKさんならではだろう。

バスを降り、見学ポイントでもKさんのよどみない説明は続いた。

夕方、山のほうを見ると、噴煙が上がっていた。

Photo

午後5時半、「大人の遠足」は無事に終了した。

6時半からの懇親会も3時間半におよび、こちらも大いに盛り上がった。

「3年越しの約束が果たせて、よかったです」

Kさんは僕にそう言った。

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アルブレ

12月14日(金)

飛行機に乗っての出張は、2年ぶりに近い。

久しぶりに空港に行ったら、手荷物の預けるところが全部自動になっていてびっくりした!浦島太郎状態!

そんなことはともかく。

友近、という芸人がいる。いまや憑依芸として押しも押されぬ売れっ子芸人で、僕も、彼女の憑依芸の虜である。

まだ、友近がようやく世間に出始めたころ、何かのラジオで、こんなことを言っていた。

「ああ、この人とは友だちになれるなあ、ということが、すぐに確かめられる方法があるんです。みなさんもぜひ、試してみてください」

相手のアナウンサーが、「え?なんですか?聞きたい聞きたい!」と言うと、

「あとで言います」という。

そう言われてしまうと、こっちも気になってしまう。

たしか聞いていたラジオ番組は、さほど面白くもないワイド番組だったと記憶しているが、「友だちかどうかを確かめられる秘策」があるとなれば、聞いてみたくなるのが人情である。

その、たいして面白くもないラジオ番組を辛抱して聞き続けていると、

「では、みなさんに教えましょうかね」と友近がもったいぶって言う。

「教えてください!」とアナウンサー。

「友だちかな、どうかな、という人が目の前にいたとします」

「はい」

「その人に、『ありがとう』と言ってみてください。ちょっとあなた、私に『ありがとう』と言ってみてください」

友近は、相手のアナウンサーに促す。アナウンサーが友近に向かって言う。

「はい、…『ありがとう!』」

「いい、クスリです!」

「……」

一瞬、アナウンサーが沈黙した。

「…どういう、ことでしょうか…」

「ですから、たとえば私が『ありがとう』と言ったとするじゃありませんか。すると目の前にいる人が『いい、クスリです』と返してくる場合、その人は、友だちなんです」

アナウンサーは、キョトンとしている。

ラジオを聴いている僕も、キョトンとした。もちろん、太田胃散のCMのフレーズだ、ということは、百も承知である。

友近が続ける。

「私の周りの友人は、私が『ありがとう』と言うと、必ず『いい、クスリです』と返してくるんです。たとえば、バッファロー吾郎さんとか、みんなそうなんですよ」

アナウンサーが反論する。

「しかし、それを見ず知らずの人に言ったら、『いい、クスリです』って、返ってきますかねえ」

「返ってきますよ。だって、私の周り、みんなそう返してきてますやん。バッファロー吾郎さんとか」

「それって、ふだんから気が合う人だから『いい、クスリです』と言って成立するわけで、見ず知らずの人がそういうふうに返してくれるとは思いませんよ」

アナウンサーの反論は正論だな、と、そのとき思った。

なんでこんなことを思い出したかというと、最近、アルコールブレストという言葉を耳にしたからである。

職場の飲み会は、上司の自慢話か同僚の愚痴、噂話や悪口と相場が決まっている。飲み会に参加することで、かえってストレスがたまる一方である。最近の若い人たちは、とくに職場の飲み会を敬遠するようになってきている。

どうせなら、職場の飲み会を面白いものにしよう、ということで考え出されたのがアルコールブレストらしい。

どんなことをするのかというと、飲み会の席で、「仕事のアイデア」とか、「自分がこの数か月の間一生懸命取り組んできたこと」とか、「自分が幸せに感じた瞬間」とか、「将来の夢」であるとか、とにかく前向きなことをお互いに語り合う、というものらしい。

実際にこれを試みた人の記事を読んでみると、職場で希望者を募って10名ほどで試してみたが、時間を忘れるほど楽しかった、と書いてあった。

こうすれば、職場の飲み会はもっと楽しくなるし、仕事の上でも生産的になる、とまとめてあった。

僕はこの記事を読んで、友近の、「ありがとう」「いい、クスリです」の話を思い出したのである。

そもそも、この飲み会が楽しかったのは、この企画がよかったからというよりも、気の合う人たちが集まったからではないのか???

この飲み会には、ふだん自慢話とか愚痴とか噂話とかしか言わないような、煙たがられる人も、参加したのだろうか?

アルコールが入れば、口が滑りやすくなり、いいアイデアも出る、という理屈も、僕にはわからない。それは、お酒を飲む人の理屈である。

僕が自己啓発的なことが苦手なのは、結局、気の合った仲間同士がつるんで、自分たちを高めた高めた、なんて言ってるにすぎないのではないか、という疑念が拭えないからである。

職場の飲み会そのものの存在意義を問い直すべきだと、僕なんかは思ったりするのだが、こんなことを考える僕は、心がそうとう歪んでいるのだろうか。

ちょっと最近心がアレなもんで、こんなマイナス思考の文章しか書けずにすみません。

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ギロッポン

12月12日(水)

振休。

六本木の美術館に行く。研究仲間が関わっている企画展ということで、招待券をもらったのである。

ギロッポンというだけあって、オサレな人たちが闊歩していた。

まるでバブルのときのような賑わいに、「あるところにはあるんだな…」と妬ましく思うことしきりである。

見終わったのが夕方の6時である。お腹がすいたので、どこかこのあたりのお店で食べて帰ろうかと思ったが、どのお店も値段が高い。

ハンバーガー屋さんに入ろうと思ったら、ハンバーガーが1個1500円くらいするので、バカバカしくなり、そのまま帰ることにした。

ちょうど退勤時間ということもあり、勤め人たちが早足で家路に急いでいた。

こっちは、ベビーカーも一緒なので、とてもそのペースにはついていけない。

なによりまず、地下鉄の駅にたどり着くのが大変である。

ベビーカーを転がしながら、地下鉄の駅の改札の前まで来た。

改札の中を見ると、階段かエスカレーターを使ってホーム階に登るようになっている。

ベビーカーでは登れないな。

近くにエレベーターがあったので、それで登ってみると、地上に出てしまった。

うーむ。地下鉄のホーム階に直結するエレベーターはないのか?

案内図を見てみると、地下鉄のホーム階に直結できそうなエレベーター乗り場はどうやら2カ所。そのうちの1カ所は、工事中か何かで、閉鎖中と書いてある。もう1カ所は、かなり遠くまで歩いたところにあるらしい。

仕方がないので、そこまでベビーカーを転がして歩いて行く。

10分くらい歩いて、ようやくその入口を見つけた。

すぐ近くにあるはずの地下鉄のホームまでたどり着くのに、10分以上もかかったことになる。

そこから、ラッシュの地下鉄を乗り継いで、家の近くの駅まで着いたころには、もうヘトヘトだった。

ベビーカーはともかく、車椅子を使っている人は、大変だろうな。

その美術館と地下鉄の駅は、地下街で直結していると、案内表示には書かれている。

しかし実際には、エスカレーターや階段を使わなければ、そのルートは使えない。

車椅子の場合は、エレベーターでいったん地上に出て、車通りの多い道を渡ったりしながら、目的の美術館に行かなければならない。当然、時間がものすごくかかる。

こんなこと、気にもとめていなかったなあ。

六本木は、颯爽と歩く人たちのための街なのだと、痛感した。

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決定!祝・まる10年!神回エピソード大賞

「『風の便りの吹きだまり』では、今も新作ブログが公開されている。一体、誰がブログを見張るのか?一体、誰がブログをウォッチするのか?ブログウォッチ超人、ブロガンディアス鬼丸がいま立ち上がる——その名も、週刊ブログ時評ブログウォッチメン!」

こんにちは、ラジオパーソナリティーのライムスター鬼丸です。

さあ、いよいよ「祝・まる10年!神回エピソード大賞の発表の時間がやってまいりました!

2770本以上におよぶエントリーのなかから、何が選ばれるでしょうか!

「ダマラー」のみなさんに大賞候補作品の応募を呼びかけたところ、

応募総数!

…1通!

なんと、1通もの応募が寄せられました!

言っておきますが、鬼瓦さん自身でもこぶぎさんでもありませんよ!

で、私、独断と偏見で、応募1通のこのエピソードを大賞に決めました。

栄えある、「祝・まる10年!神回エピソード大賞」に輝いたのは…

(ドラムロール)

ドン!

2013年11月29日 掲載の…

殺し文句は「くるわを出でよ」とそのコメント欄」」です!!!

(パンパカパ~ン、パンパンパンパンパカパ~ン♪)

パチパチパチパチパチ(拍手)

いやあ、私、はっきり言ってこのエピソード、ノーマークでした!

まさかこのエピソードが選ばれるとは!

しかし、あらためて読み直してみますと、このエピソード、たしかに神回です!

コメント欄を含めて、このブログの世界観が凝縮されています!

本文じたいは、簡単にいってしまうと、

「かつての職場の学生たちを前に、韓国留学体験を90分の授業の中で喋った」

という内容なんですが、まあこの中にも、このブログに関する、いろいろなエピソードが込められているわけです。

まず、冒頭で、こぶぎさんと鬼瓦さんの関係が語られていますね。

こぶぎさんというのは、ご存じの通り、このブログのコメント欄に登場する、いわば「ヘビーダマラー」ですよ。いや、もういまや、「ヘビーダマラー」と言うよりも、メインパーソナリティーの鬼瓦さんにとっての、構成作家、といってもいいでしょう。

こぶぎさんはかつての同僚でもあるわけですが、そのこぶぎさんから、仕事の依頼が来たことから、この物語ははじまります。

たんにコメント欄にバカなことを書いている面白いオジサンとしてではなく、ここでは仕事の依頼人として描かれているわけです。

この2人は、ブログのコメント欄でしか連絡を取り合っていない、という真実が明かされて、読者はここで度肝を抜かれるわけです。

このときの仕事の打ち合わせも、コメント欄を用いて行われたんです

「今週に迫ったSKKですが、そちらの日程がKKCだそうで、SRをKGMに渡すようにDDRしました。それで、KGGにOSに使う部屋が取れなかったそうなので、すみませんが、わがKKSでIPKして下さい。それでは、当日はYRSKONGISMS。」

「MRMRのDDR、ARGTGZMS。TJTはHYMにTCKして、前のJKNのKMGのJGにも出てくれないか、と、FMOさんに言われましたが、どうなるかはわかりません。HYMにTCKした場合、KBGさんかFMOさんのKKSにHMNします」

「KGMはOS用にYKIN室を押さえてますので、HYMにTCKされたら、OCでも飲んでお待ち下さい。JMKKのTTSがOTするDDRです。前のJKN、KBGはZMの最中なので、SMMSNが、KMGのJGの方で、JKNをTBSて頂けるとTSKRます」

このあたりのコメント欄での応酬も秀逸ですね。今となってはアルファベットの意味が何なのか、もう復元もできません!(笑)

この、アルファベットを用いた隠語、というのが鬼瓦さんのお気に入りだったようで、それがよくあらわれているのが「KYの起源」という記事ですね。

授業のタイトルが、「キョスニムと呼ばないで!」ですね。このタイトルは、鬼瓦さんがゆくゆくこのブログを出版したり映画化したりする際に考えているタイトルで、そのためのメディアミックスを仕掛けているんだ、なんてことも書いてました。このメディアミックス戦略は、鬼瓦さんが学園祭で演奏したバンド名に「キョスニムと呼ばないで!」と付けるなど、多方面に展開してゆきます。

さて、この「キョスニムと呼ばないで!」の授業なんですけども。

通算で4度目、と書いてありますけども、私、ライムスター鬼丸は、その4回とも聴きに行きました。

この記事にも書いてありますように、鬼瓦さんは、笑福亭鶴瓶の「鶴瓶噺(つるべばなし)」のようなものをめざしていたようです。

「鶴瓶噺」、これもご存じの方が多いと思いますけども、「青木先生の話」とか、「修学旅行での宮本君の話」なんてのが定番ですよね。この「キョスニムと呼ばないで!」も、そうしたテイストをめざした、というところでしょう。

実際の授業では、このブログの文章をひたすら読み上げる、という、荒技というか、禁じ手を使って、90分まくし立てるわけですが、それはさながら古舘伊知郎の「トーキング・ブルース」を思わせるものでもあります。

ただし本文中には、授業の内容については直接触れていませんね。秀逸なのはコメント欄です。この本文を受けて、その場で授業を聞いていたこぶぎさんは、コメント欄で授業の内容を完全再現するんです。

このあたりは、こぶぎさんの真骨頂。さすが、ラジオのハガキ職人の面目躍如、といったところなんですが、「あなたにもできるブログ芸」という架空の番組に仮託して、この授業の一部始終を語るのです。

ご丁寧にも、授業で取り扱ったエピソードのリンクを貼ってくれているのがありがたい!つまりこれによって、鬼瓦さんの韓国語学校でのエピソードのエッセンスを知ることができます。そういう意味では、このブログの総集編的な役割も果たしていますよね。

つまり、本文とコメントを見れば、このブログのエッセンスがほぼわかる、というしくみになっているんですね。

さらにコメント欄には「鬼瓦亭権三(ごんざ)」師匠の創作落語が続きます。これもダマラーにはおなじみのキャラクターですね。コメント欄でのこぶぎさんと鬼瓦さんの息の合った応酬は、ダマラーファンにはたまりませんな。まさに「多幸感」です。

このブログが、鬼瓦さんとこぶぎさんで作りあげられてきたということを、このエピソードははからずも示していますね。

そして、このエピソードの重要なキーワードとして登場するのが、「くるわを出でよ」という言葉です。

この「くるわを出でよ」という言葉は、ほかの記事ではほとんど登場しません。しかし、この言葉は、鬼瓦さんとこぶぎさんが影響を受けたOさん、そのOさんが愛してやまなかった、とても重要な言葉なんですね。Oさんがいなければ、鬼瓦さんは韓国留学を決意しなかったでしょうし、このブログも書かれることはありませんでした。

とにかくいろいろな意味で、このエピソードは、このブログの世界観を象徴していて、神回と呼ぶにふさわしいのです。このエピソードを選んだ方、そうとうなヘビーダマラーです。

…というわけで、「祝・まる10年!神回エピソード大賞」は、2013年11月29日掲載の「殺し文句は「くるわを出でよ」」に決まりました!

さてみなさん、もうひとつの企画、覚えてますか?

「真のダマラーは誰だ?吹きだまりカルトQ」!

こちらの方も忘れてはいません。

今回登場した「くるわを出でよ」という言葉。こぶぎさんをはじめ、ごくわずかの方はすでにご存じですが、この言葉を言った、江戸時代の有名な学者とは誰でしょうか?

これが「カルトQ」の第1問です!

これからも、たま~にこんな感じで、「カルトQ」をやっていきます。

以上、ライムスター鬼丸の「ブログウォッチメン」のコーナーでした。

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山を持っている話

当ブログの「カプセル怪獣」(笑)こと、「高校時代の友人・元福岡のコバヤシ」さんから、またもやメールをいただきました。

こっちは忙しくて記事を書くヒマがないので、「渡りに船」ということで、またまた採用します。吉田健一を思わせる文体を御味読ください。

というかコバヤシ、おまえ自分のブログを開設しろよ!

「鬼瓦殿

コバヤシです。こんばんは。

貴君のブログの、私のメールに対するこぶぎさんのコメントを読みましたので報告しておきます。というか、わざわざ私のメールの内容をこぶぎさんに伝えるのは、やめてほしいものです。

それはさておき、別に貴君のブログのネタを提供している訳では無く、少しは貴君の気晴らしになるのではないかと思いつつも、実はネタを思い付いても喋る相手がいないので、仕方無く聞いてくれそうな人にメールしてしまう寂しい人間なのか、最近ではどちらか自分でも判らなくなって来ましたが、今日も会社で残業をしていたら驚愕の事実が発覚したので、またつまらない話で申し訳ありませんがメールする次第です。

今日の夜七時過ぎに、50歳を過ぎた同じ部のオッサン4人(当然、私はもその一人です)が残業していたのですが、そのうち一人のキンカワ室長が同世代の部下に向かって「ミゾグチぃ、もう疲れたよ。この仕事もやってくれたらウチの実家の山をあげるよ!」と、突然言いだしました。私は驚いてその室長(実家は和歌山)に「キンカワさん、実家は山を持っているんですか?」と聞くと、「そうなんだよ。ついこの間死んだ親父が、農業では飽き足らず、昔、林業にも手を出して山を買ったんだよ。でも、手入れが大変だし俺なんか何も出来ないから処分したいんだよね。コバヤシも山要らない?」とのこと。一方、山をあげると言われたミゾグチさんは「もう有りますから要りません!」と面倒くさそうに答えます。思わず私が「ミゾグチさん(ちなみにこの人は熊本出身)、まさか冗談じゃなくて本当に山を持っているんですか?」と聞くと、「ウチも林業やってたから山を持ってるよ。山にはミカン畑もあるしね。でも、山は手入れが大変だよ。ちゃんと間引かないと木が育たないしね。」と山を持っているのが当たり前のように話します。すると私の室の同期のヨコミゾ(こいつの実家は八女市の黒木町、女優の黒木瞳の出身地で、黒木瞳の実家が五件隣と言うのが自慢です)が「ウチの実家も林業やってましたから解りますけど、山の手入れは大変ですよね。ウチも実家の山をどうするか悩んでますよ。ところで、コバヤシ、お前独身で金持ってるんだろうから、ウチの山買ってくれない!お前、福岡に帰るっていつも言ってるじゃん!」と言い出します。え?っ!こいつも山を持ってるの!と少し気が動転しながらも「お前の実家みたいなド田舎の山なんか買わないよ!」と答えたものの、ちょっと待てよ、この四人の中で山を持ってないのは俺だけ!普通、山なんて持ってないよな!と考えながら「みんな山を持ってるんですか?普通、そんなもの持ってないでしょ!」と言うと、キンカワさんが「普通、みんな山を持ってるよ!だって、この四人の中で山持ってないのコバヤシだけじゃん!」と言い出す始末。私以外の二人も山を持ってるのなんて当然だとじゃん、と頷いています。ちょっと待て、日本人の大半は山を持っているのか?少なくともここにいる四分の三は山を持っているし、オカシイのは俺なのか?と混乱するばかり。続けてキンカワさんは「あっ、でもコバヤシは東京出身か!東京出身だと流石に山は持ってないんだろうなあ。」と話しますが、こちらとしては、東京以外の田舎の人達は皆さん山を持っているのか?そうすると、ほとんどの日本人は、やはり山をを持っていることになってしまう、そんな馬鹿な話はないだろう?と考えるばかり。でも、ちょっと待てよ、オレの爺さんの実家(房総半島出身)は枇杷山をを持っていて、いつも季節になると枇杷を段ボール一箱送ってくれていたっけ、するってえと、やはり日本人の大半は山を持っているのか?ん?。

貴君の廻りはいかがですか?まさか山を持っている人が大半なんてことはないと思うのですが...

それにしても、たまたまとは言え、山を持っている人達が身近にこんなにいようとは驚いた次第です。

ということで、本日も夜分バカバカしい話、失礼しました。

では、また」

みなさんの周りには、山を持っている人がどのくらいいますか?

僕の場合、田舎の親戚のオジサンが山を持っていたと思います。

ということでごきげんよう。

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めげないわけではない

12月9日(日)

今日は午前中から都内で会議である。

めげない生き方」でおなじみのKさんが、本国で大きなプロジェクトを始めることになり、僕もそのお手伝いをすることになったことは前に書いた。

今日は、そのプロジェクトに関わる日中のメンバーによる会議なのである。日本と中国のメンバー合わせて、15人くらいが集まった。

(うーむ。どう考えても、俺は力不足だ…)

メンバーを見て、やっぱり引き受けるんじゃなかった、とひどく落ち込んだ。

担当する部分について、1人あたり15分くらいでプレゼンをして、それをもとにみんなで議論しながらよりよい形をめざしていく、という形式の会議である。

日本側のメンバーは、私を含めほとんどの人が中国語がわからない。それに対して、中国側のメンバーの方は、全員、日本語が堪能なので、会議は日本語でおこなわれた。

11時から17時過ぎまで、途中お昼休みを挟んで5時間ほどの長丁場だった。

本当にこんな大風呂敷なプロジェクト、完結するんだろうか???

僕は巻き込まれてしまったことを悔い、おそらくその気持ちが、プレゼンにもあらわれていたんだと思う。

会議が終わると、今度は懇親会である。

それにしても、中国のメンバーの方々は、どの方も礼節を重んじる方ばかりである。お酒の席でもけっして乱れることはなく、わきまえた飲み方をしている。

むしろお酒の飲み方がだらしないのは、日本人のほうであった。ひとり、ベロベロになるまで飲んでいる人がいた。

kさんと、少しお話しをする。ちなみにKさんは、僕よりも7歳くらい年下である。

Kさんは何ごとにもめげない人だと思っていたが、話してみると、いろいろなことにめげそうになっているようにも思えた。

Kさんは僕に、巻き込んでしまって申し訳ない、みたいなことを言ってくれたのだが、おそらく僕が、渋々この仕事を引き受けたことが、Kさんにも伝わってしまったのかも知れない。僕は、そのような思いでこの仕事を引き受けたことを恥じた。引き受けた以上は、Kさんがめげないように、全力でサポートする覚悟を決めなければならない。

政治的立場を越えて、お互いを尊重し合う姿勢は、学問や芸術といった世界ならではではないか、とときおり思うことがある。

そういう場に居合わせることができるだけでも光栄であることを思い知るべきである、と自分に言い聞かせた。

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鬼上チキのセッション22

久しぶりの「鬼上チキ セッション22」。

今夜のテーマはこちら!

「探求モード!新4K8K衛星放送はじまる!マンション管理組合を揺るがす電波漏洩対策助成金とは!」

ハイ、私もはじめて知ったんですけど、今日はこの、総務省が進めている「電波漏洩対策助成金」について、考えてみたいと思います。

2018年12月1日から、「新4K8K衛星放送」が開始されました。これにともなって、いま、全国のマンション管理組合が大揺れだというのです。どういうことかといいますと。

ご承知の通り、新4K8K衛星放送とは、超高精細の新しい衛星放送のことをいいます。この新4K8K衛星放送は、現在の受信設備のままで視聴できるチャンネルもありますが、すべての新4K8K衛星放送を視聴するには、受信設備の改修が必要です。受信設備の改修には、アンテナのほか、ブースタ、分配器、壁面端子などの設備を改修(交換)する必要があります。

ただ、今の段階では、新4K8K衛星放送のコンテンツも少ないことから、今すぐすべてのチャンネルを視聴する必要性もなさそうな気がしますよね。

べつに新しい設備なんて必要ないよ、いままでのアンテナで見られる範囲の放送が見られればいいよ、と思われる方も多いかも知れません。

実はそういうわけにもいかないのです。

「電波漏洩対策」というのをおこなう必要があるのです。

では、この電波漏洩対策、とはどういうものでしょうか?

新4K8K衛星放送で新たに使われる周波数は、ご家庭の無線LANなどで使われる周波数と非常に近いものが使われているのだそうです。

そのため、これまでのテレビ設備機器を使用しているマンションでは、電波漏洩を起こし、携帯電話や家電製品、Wi-Fiなどの無線電波に干渉すると考えられています。

簡単にいえば、新4K8K衛星放送を見ようとすると、いままでの設備のままだと電波障害を起こして、マンションの中で携帯やWi-Fiが使えなくなるという事態に陥るのです。

そこで、電波漏洩対策の施された機器を取り付けるなり、交換したりしなければならないということになります。

何でこんなことになっちゃったのか?

総務省が、よく確かめずに、携帯電話会社の周波数に近い周波数を新4K8K衛星放送用に使っちゃったみたいなんですね。

で、携帯電話三社が「周波数が近いですけど、大丈夫っすか?」と総務省に問い合わせたところ、問題が発覚したというわけです。

それで、電波漏洩対策をとらなければならない羽目になったわけだ。

で、問題は、その電波漏洩対策にかかるお金です。

あるマンションでは、電波漏洩対策の基準を満たす設備に交換するのに、360万円かかります!

360万円ですよ!

総務省は、この電波漏洩対策事業として、助成金制度を作りました。設備を交換するマンションに、金額に合わせた助成金を交付するというものです。

360万円の負担の場合、助成金を申請すれば、240万円弱の助成金が交付されます。

ただし、この助成金を受けるには、条件があります。

電波漏洩対策の基準を満たした設備の交換だけでなく、新4K8K衛星放送に対応した新しいアンテナや分配器など、つまり新4K8K衛星放送の全チャンネルが見られるような設備に全取っ替えしなければいけない。

ほとんどのマンションには、BSアンテナがすでについていて、それで、一部の新4K8K衛星放送を見ることができるのですが、それではダメで、すべてのチャンネルが見られるアンテナに取り替えなければダメなんです。「いまのアンテナ、まだ使えるのに…」といったってダメ。全部取り替えないと、助成金は交付しません、と、こういうわけなんです。

しかも、この助成金、いつ打ち切られるかわからない。助成金制度があるうちに、早めに設備を交換しろ、という、一種の脅迫めいた制度なのです。

この制度、ツッコミどころ、満載ですよね。

まず、誰も頼んでないのに、勝手に新4K8K衛星放送なんて始めるなよ!ってこと。

これは地上波デジタル放送のときと同じです。

第2に、電波漏洩が問題になるような周波数を使うなよ!事前にもっと検討しておけよ!ってこと。

これはマヌケとしか言いようがありませんね。

第3に、電波漏洩対策助成金って、結局は税金じゃないかよ!税金のむだ遣いじゃねえかよ!ってこと。

総務省がマヌケなことをしなければ、こんなことで税金を使う必要がなかったはずですよね。

第4に、いつ打ち切られるかわからない助成金制度をちらつかせて、新4K8K衛星放送をなんとか早期に普及させようとする、姑息な手段。

ちなみに、この助成金を交付するのは、総務省に委託された「一般社団法人 放送サービス高度化推進協会」という、総務省の天下り団体。

この事業で誰が得をするか、もうおわかりですよね~。

地デジ利権で味をしめた総務省は、今後も数年ごとに、誰も頼んでいないような放送事業を勝手に始めては、こんなふうにして、利権を太らせていくんですね~。

以上、「鬼上チキのセッション22」でした。

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天津からのお客さん

12月7日(金)

今日は朝から職場にお客さんが来るので、朝早く起きる自信がない僕は、前日から職場に泊まり込みである。

どういうお客さんかというと、中国からのお客さんである。僕の大学時代の後輩に、地方大学に勤めるA君という優秀な後輩がいるのだが、その後輩の勤める大学に中国の若き学者さんが2カ月ばかり滞在することになった。日本にいる間に、いちどうちの職場を訪れたいということで、A君が中国の若き学者であるオウさんを連れてうち職場に見学に来たというわけである。

僕が少しだけ関わった「特別店」がまだ開催期間中だったので、まずは「特別店」を見ていただくことにした。

朝9時半から昼の12時半までの3時間、まったく休むことなく、「特別店」を見ていただき、つきっきりで解説した。

なぜ、そこまでのことをしたかというと、オウさんが、とても熱心に「特別店」をご覧になっていたからである。しかも、ときおり、実に的確な質問をされるのだ。日本語で。

かなり優秀な人なんだろうな、ということが、容易にわかった。

そうなるとこちらも、解説しがいがあるというものである。オウさんは、僕の解説を飽きることなく聞いてくれた。

お昼休みを挟んで、今度は「常設店」を自由に見てもらうことにした。

その間、僕は職場でたまった書類を仕上げたり、各方面に仕事のメールを出したりした。

午後3時。再びオウさんたちを前に、1時間ほど、若干の解説をした。

オウさんは、とても優秀で、謙虚で、いい人だった。

僕は僕なりに、つきっきりで解説をするという「おもてなし」をしたが、どうやらとても満足してくれたようだった。

「今度、天津にお呼びしたいです。ぜひ、天津に来てください」とオウさん。

「ありがとうございます。そんな機会があるといいですね」

「天津」といえば「天津飯」しか知らない僕である。

そういえば天津飯って、天津の料理ってわけではないんだね。中国料理をもとに日本で作った蟹玉あんかけ丼に「天津飯」という名前をつけたらしい。たとえて言うなら「ナポリタン」みたいなものか。

それはともかく。

「今日のうちに戻られるんですか?」

「ええ。上野に出て、そこから新幹線に乗って帰ります」

「そうですか」

「またうかがいます」とオウさん。

「ええ、またお会いしましょう」

疲れたが、いい出会いだった。

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習作

今年の前半、30代の若い映画監督と仕事をする機会があった。

その映画監督は、つい最近、第1回の監督作品であるドキュメンタリー映画を完成させたのだが、まだ上映館が決まらないという話だったので、僕は、都内にある老舗の映画館の名前をあげて、映画を売り込んだらどうです?と助言してみた。今年の春くらいのことだったと思う。

するとその若い映画監督は、

「もちろん、その映画館に売り込みに行って、映画館のスタッフの方に映画を見てもらいました。でも、断られたんです」

という。理由を聞くと、

「『この映画には心に響くものがない』と言われたんです」

と、かなり悔しそうな表情で答えた。

僕はその、都内にある老舗の映画館に何度か足を運んだことがある。お金をかけた大作映画ではなく、小品だが良質のドキュメンタリー映画や劇映画を専門に上映するところで、そういう映画が好きな人からすれば、聖地みたいな映画館だった。

やっぱりそういうところは敷居が高いのかな、と思っていたら、9月末になって、その若い監督の映画が、都内の別の小劇場で公開される運びになった。

当初は、上映期間が2週間の予定だったのが、その映画の評判が若い人たちを中心に口コミで広まったようで、最終的には2カ月ほどのロングランとなった。

そればかりでなく、12月からは、首都圏にある別の小劇場でも上映される運びとなったのである。来年は、大阪や名古屋でも上映されるという。

新聞やテレビ、ラジオなどでも取り上げられるようになり、それがさらに集客につながったものと思われる。

で、最初の「都内の老舗の映画館」に話を戻すと。

「心に響かない」と酷評された映画が、一方で、若い人たちを中心に支持される、というのは、どういうわけだろう?ということが、僕はたいそう気になった。

ここから先は、完全な僕の想像だが。

「都内の老舗の映画館」で僕が見た映画は、どれもおもしろいものだった。映画に対する選球眼はさすがだなあと、思ったものだった。

ただ、「都内の老舗の映画館」で上映される映画には、ある特徴があるようにも思えた。

それは、「メッセージ性の強い映画」ということである。別の言い方をすれば、「主張の強い映画」である。

映画を通じて、虐げられた人たちに光を当てるとか、社会の理不尽さ訴えるとか、問題を提起するとか、そういうスタンスの映画である。

僕は、そういう映画は、嫌いではない。

映画のド素人なので間違っているかも知れないが、ドキュメンタリー映画にはもともと、そういうことを求められていた時代があったのではないか。

社会的弱者に光を当てたり、権力の理不尽さを告発したり、その表現手段として、ドキュメンタリー映画が作られることが多かった。

たぶん、僕より上の世代の人は、ドキュメンタリー映画とはそういうもの、という認識が強いのではないだろうか。

ドキュメンタリー映画は、権力による理不尽な圧力や社会の間違った通念を告発し、それを多くの人に気づいてもらうための、切実な表現手段だったのだ。

では、その若い映画監督のドキュメンタリー映画はどうだろう。

おそらく監督は、何か政治的な主張をしようとか、社会を大きく変えていこうとかいったこととは無縁なところで、この映画を完成させた。ドキュメンタリー映画を作ろうと思ったきっかけは、大上段にかまえた主義主張なんかではなく、監督個人の「素朴な疑問」なのである。

その結果、監督自身の興味の赴くままに対象を捉えた映画として、完成した。

おそらく、その若い映画監督にとって、ドキュメンタリー映画に政治的主張を込めたり、映画を通じて社会を変革したりしようという意識は、微塵もないものと思われる。

それは、それを見る若い世代も、同じである。

そもそも若い世代は、ドキュメンタリー映画に、政治的主張をのぞんだり、社会の変革への動機付けを求めたりはしていない。実に素朴にその映画を見ているにすぎないのだ。逆に、そういう「におい」のする映画は、敬遠される。

老舗の映画館には上映を断られたけれど、若い層には支持されている、というのは、そういうことが背景にあるからではないだろうか。

どちらがいいとか、悪いとかではない。ちょうどその世代の中間にいる僕は、どちらの気持ちもよくわかる、としかいいようがない。

なぜ、そんなことをうだうだと考えたかというと、僕の業界でも、「研究に対する、世代によるスタンスの違い」といったようなことを感じているからである。これはいま、どこの分野でも起きている現象なのではないだろうか?

うーむ。言いたいことがうまく説明できない。説明するのが下手だなあ、俺。

ナンダカワカラナイ文章になってしまったが、せっかく書いたので、心覚えのためにとりあえずアップしておく。

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アイスアメリカーノ、ではなく、アイスアリーナ

アイスアメリカーノ・妄想編

12月5日(水)、振替休暇。

小1の姪の誕生日が近いので、「お誕生日プレゼントとしてアイススケートリンクに連れていく」ことを妻が思いついちゃったらしく、小学校の授業が終わった午後、姪を連れてアイススケートリンクに行くことにした。初心者の姪に妻がつきっきりでアイススケートを教える。僕は運転手兼、娘の子守係である。

インターネットで調べてみると、自宅から車で30分くらい北に行ったところに、なんとかアイスアリーナ、とかいうスケートリンクがあるという。企業名がついているのは、ネーミングライツの関係なんだろうな。時間帯によっては、誰でも自由に滑ることができるらしい。

そういえば子どものころ、冬になるとよみうりランドのアイススケートリンクなんかに遊びに行ったなあ…いまはアイスアリーナなんていう小洒落た名前になってるんだなあ…なんてことを思い出しながら、アイスアリーナに着いたら、びっくりした。

よくフィギュアスケートの中継なんかで見るような、中央に広いスケートリンクがあり、その周りに階段状の客席が取り囲んでいるような、まるで競技場みたいな作りである。というか、競技もここでおこなわれるんだろうな。

中央のスケートリンクでは、フィギュアスケートの練習を黙々としている人たちで占められていて、とてもド素人がおふざけでスケートをやりに来るような感じではない。

僕のイメージでは、昔のよみうりランドのスケートリンクみたいに、アオバナを垂らした、ド下手で頭の悪そーな小学生たちが、「うぁ~」「ギャ~」とかなんとか叫びながら、何度も尻餅をついたりして、ソロ~リソロ~リと滑る、みたいな情景を予想していた。

だが、目の前に展開しているのは、明日の真央ちゃん、明日のゆづをめざすような子どもたち、あるいは、かつてフィギュアスケートに夢を賭けていたとおぼしき大人たちが、ビュンビュンと本気モードで滑っている光景なのだ!

飛び上がってクルクルって回転している女の子もいるぞ!

イナバウアーをしているご婦人もいる!

片足を手で持って、1本の足でクルンクルンまわっている少年もいる!

「ぎゃ~」とか「うぁ~」とか叫ぶ人なんて誰もいない。会場はしーんとしていて、よけいなことを喋ってはいけないような雰囲気である。だって滑ってる人はみんなマジなんだもん。

スケートリンクの上だけではない。階段状になっている客席のところで、フィギュアスケートの回転だとかをイメージトレーニングしている少年少女たちもいるではないか!

完全に、マジなやつや…。

こんなところで、スケートのスの字も知らない姪が滑ってもいいのか?

妻と姪は、そんなことを意に介さず、スケート靴を履いて、スケートリンクに降りて行ってしまった。

(度胸あるなあ)

明日の真央ちゃん、明日のゆづをめざして必死に練習する人たちに混じって、普段着の2人が、そろ~りそろ~りと滑りはじめた。

アイススケート初体験の姪は、案の定、というか、痛々しいほど滑れない。立っているのがやっとである。

(見ちゃおれん)

娘を連れて、アイスアリーナを出て散歩することにした。アイスアリーナの中、さみーし。

3時間後。

アイスアリーナに戻ってみると、まだ姪はスケートリンクの中にいた。

見ると、妻の助けを借りることなく、1人でなんとか氷の上を歩けるようになっていた。

帰ったあと、「楽しかった。またやりたい」と言っていた。

ひとまず、誕生日プレゼント、成功!と言っておこう。

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「ふつおた」のコーナー!

書きたい話はいろいろとあるのですが、なにしろ忙しいのとひどく疲れているのとで、時間をとってブログを書くことができません。

こぶぎさんの凝ったコメントにもなかなか応えられず、申し訳ないです。

それを知ってか知らずか、「高校時代の友人・元福岡のコバヤシ」君から、長文のメールをいただきました。おまえが忙しいんなら、俺が代わりに書いてやるってなものなんでしょう。

最初に断っておきますが、元福岡のコバヤシから来たメールをすべてここに転載しているわけではありませんからね。あまりに内容がないので掲載をボツにしたメールもあります。

今回のメールは、幸いにもボツにならなかったメールです。

「鬼瓦殿

今日の残業時間中に、以前にも話した変な上司と、昔、色々な人達に余計なことを言っては怒らせていたなあ、などとしょうもない話を語り合っていたのですが、そんな話をしながら、ふと学生時代のことを思い出しました。

貴君もご存知の通り、学生時代、私はかの有名なA先生のゼミにいましたが、この先生もたいがいロクなことを言わない人というか、余計なことを言っては学生達を閉口させていました。

例えば、自分は学生時代にモテなかったし、今、人間についつ学んでいるので、是非、最近の若者の恋愛事情について知りたいということで、他大学から来ていた女の子に向かって「君は彼氏はいるのかい?」と、嫌がる女の子にシツコク根掘り葉掘り聞きます。女の子がシブシブと「何年か前に少し付き合った人がいたんですが、ちょっと理由があってすぐに別れてしまいました。」と言うと、今度はまた根掘り葉掘り別れた理由をききます。仕方無く、またシブシブと女の子が答えると、事もあろうにその子に向かって君はカマトト(もう、死語ですね)だからダメなんだよ。」などと言う始末。その子は後で皆んなにあのハゲ!絶対に殺してやる!と激怒していました。

そんな先生に、私はイロモノ扱いされていたというか、カレー作りが上手い変な奴と思われていたようで、ある日のゼミの卒論の報告会で「君がこのゼミの教室でカレーを作ってくれたら、卒論の発表を一回免除してあげるよ。」などと言われたことが有り、「卒論を書くのを免除してくれるなら何時でも作りますよ!」と答えたら「それは無理!」と一蹴されたりもしました。

それはさておき、自分がロクなことを言わない、ということで思い出されたのが、確かあれは3年生のゼミ合宿だったように思うのですが、飲みながら先生と話していた際に、たまたま私の父親の話になり、何年か前に父親がうちの大学の事務職として働いていたという話をしたところ、君のお父さんはどんな風貌の人なんだい?と先生が質問されたので、ついうちの父親も先生と一緒でハゲてるんですと嬉しそうに答えてしまいました。

迂闊にもそう答えたのか、ワザとそう言ったのか、もう記憶には無いのですが、それを聞いた先生は激怒して僕はハゲているんじゃない!毛が薄いんだよ!と言うので、売り言葉に買い言葉だったのか、これも今となっては定かでは無いのですが、またもや不用意に「失礼しました先生!うちの父親も毛が薄いんですよ!」と答えてしまいました。

先生は絶句して黙ってしまったように記憶しているのですが、その後どうなったかは、やはり昔過ぎて覚えていません。ただ、ゼミの先輩や同期から、笑いを堪えるのが大変だった。コバヤシ、勘弁してくれよ!とか、前述の女の子からは「コバヤシ君!よくぞあのハゲに言ってくれた!」と感謝されたように思います。最終的に先生がどう考えていたのかは、お亡くなりになった今となってはもう知る由も有りませんが、ゼミをクビにもならず、無事卒業させて貰えたので、コイツはもう仕方なが無い、と半ば呆れて許してくれたのでしょう。

それにしても若気の至り?とは言え、今にして思えば、我ながら本当に酷い奴だったなあと思います。50歳になり、大分ハゲあがった我が頭を見ながら、つくづく思います。

今晩も、くだらないどうでも良い話で失礼しました。

それでは、くれぐれもご自愛専一のほど。」

うーむ。A先生は、僕も学生時代に本を読んで憧れた、世界的にも超有名な先生なのですが、実際のところは酷いセクハラオヤジだったわけですな。

それにしても、女子学生に対するA先生の執拗なセクハラに一矢報いたコバヤシ君、さすがです。

…というわけで、みなさまからの「ふつおた」をお待ちしております。このままでは、このブログがコバヤシ君とこぶぎさんに乗っ取られてしまいますよ!

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告発の行方

12月2日(日)

都内で開かれた職場主催の会合に出席する。

朝9時から夕方5時半までの、長丁場である。

今回は自分が喋るのではなく、座って聞いていればいいだけである。しかも自分の専門とは異なる分野の話なので、気軽に勉強するつもりで参加した。

会合でのお話を聞きながら懸案の原稿の内職でもしようかなあと思っていたのだが、いざ話を聞いてみると、それぞれの話が濃密でおもしろく、脳の処理速度が追いつかず、とても内職どころではなかった。

お昼休みとか、合間の15分の休憩時間などを利用して、懸案の原稿にとりくみ、ほぼ、完成の目処がついた。やれやれ。

おかげで、今日一日は、頭がフル回転で、すっかり疲れ切ってしまった。

印象深かった話を一つだけ。

江戸時代の終わり頃のことである。新吉原の遊郭で放火事件が起こった。犯人は、そこにつとめる遊女たちである。彼女たちは、劣悪な待遇に耐えかねて、結託して遊郭の放火を決行したのである。

事件に関与した遊女たちは逮捕され、さっそく取り調べがはじまる。彼女たちは、自分たちの置かれた環境がいかに劣悪であったかを、ときには口頭で、ときには覚え書きという形で奉行に訴えた。これによって遊女屋経営者の悪辣な搾取の実態が明らかになり、放火に関わった遊女だけが一方的に罰せられたのではなく、悪徳経営者も遠島の刑に処せられたのであった。

この話を聞いて、僕は思った。

そのときの遊女たちの言葉が、いまも残っている。それを読むと、話し言葉をそのまま記したような稚拙な表現である分、リアルに胸に迫り、切々と私たちの心に訴えかけてくる。

ならば、なぜ最初から、正当な手段で経営者の暴力を訴えなかったのだろうか。彼女たちが力を合わせ、彼女たち自身の言葉で訴えれば、その訴えは奉行の心を動かし、悪徳経営者を罰することができたのではないだろうか。

答えは、否である。

幕府の保護を受けていた遊女屋経営者の悪辣さを幕府に訴えたところで、まともに取り扱ってくれないことを、彼女たちは身に染みて知っていたのではないだろうか。

だから、放火という非合法な手段でしか告発することができなかったのである。

僕はこういうときいつも、山本周五郎の『樅の木は残った』の一節を思い出す。

幕府の陰謀を告発すべきだという仲間の助言に対して、主人公の原田甲斐が

「それではどこへどう告発すればよいのだ。どこへだ?どこの誰に告発すればよいのだ?」

と嘆く場面である。

権力に不当な圧力をかけられたとき、人は、どこへどう告発すればよいのだろうか。

誰か、教えてほしい。

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喉の奥に刺さった魚の骨

「通勤に片道2時間半かかるとなると、本を読む時間がたっぷりあって、うらやましいですねえ」

と言われることがある。

冗談じゃない。電車に座れたとしても、片道2時間半の通勤は、ひたすら疲れるのだ。本を読んだり、音楽を聴いたりするのすら、煩わしくなる。

とくに最近は、どうも体がだるい。電車の中で気を失ったように寝てしまうことがある。

ちょっとしたことでも疲れる、というのは、重篤な病だろうか。もうだめかもわからんね。

前にも書いたことがあるが、いちばんしんどいのは、仕事に関するメールである。

毎日、大量のメールが来る。

ひとつひとつはたいしたことのない内容だったりするが、ちょっとしたメールであっても、返信するのがかなりしんどい。

仕事のメールはなまじっか家でも見ることができるもんだから、うっかり見てしまうと、「あ~あ、返信しなきゃ~」と、休みの日でも憂鬱になってしまう。

逆に、こちらから出さなきゃいけないメールもある。これもまた、しんどい。

とくに、多くの人に対して会合の日程を調整したりする場合や、こちらから仕事の依頼をするときなどは、なかなかメールの文章を書く気が起こらない。で、ズルズルとムダに時が経ってしまう。

年度末が近くなると、いろんな会合の日程調整をしなければならず、それをするだけでもゲンナリである。

だから仕事のメールは、テンションを高めないと、とても書くことができないのである。

書かなきゃいけない仕事のメールを先送りにしているときは、なんとなく喉の奥に魚の骨が刺さっているような感じになるのだ。

今日は職場で、ほぼ1日、仕事のメールを書いたり返信したりすることで終わってしまった。ほんの少しだけ、喉の奥に刺さっている魚の骨がとれたような気がした。

しかしまだ、完全にとれたわけではない。

メールだけではなく、締め切りを過ぎた原稿もまた、喉の奥に刺さった魚の骨である。年がら年中、締め切りを過ぎた原稿を抱えている身としては、一度として喉の奥に刺さった魚の骨がとれたためしがない。

同僚から依頼された、9月末締め切りの原稿が、まだ書けない。

なかなか気が進まない原稿なので、なおさら書く気が起こらない。

しかし早く書かないと同僚に申し訳ない。廊下でその同僚とすれ違うたびに、罪悪感にさいなまれる。同僚のほうも、こちらに催促したいと思いつつ、なかなか言い出せないのかも知れないと思うと、なおさら申し訳ない気持ちになる。

そんなこんなで、喉の奥に魚の骨が刺さったような感覚は、いつまでたっても、解消されることがないのである。

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