かおる君のこと
2月8日(金)
高校時代の4学年下の後輩だった、かおる君の訃報を知ったのは、韓国に向かう飛行機に搭乗する直前のことだった。かおる君と同期のKさんからメッセージが入っていた。、
「ご無沙汰しております。
久しぶりのご連絡が、このようなことでとても悲しいのですが、先輩のところに私たちの同期、かおるくんの訃報は届いているでしょうか?
いろいろな方面から発信されているので、もうご存知かもしれませんが、念のためお知らせさせていただきます。
そして、もし、まだご存じなかったとしたら、ご連絡が遅くなり申し訳ありません。
もし、お時間のご都合がつくようでしたら…。かおるくん、日本酒同好会をとても楽しみにしていたので、先輩に参列していただけたら、とても喜ぶと思います」
メッセージの後に、2月8日にお通夜、9日に告別式とあった。つまり今日がお通夜で、明日が告別式である。
「突然のことに言葉もありません。いま羽田にいて、これから韓国出張のため、お通夜も告別式も出席できず、とても残念です。ただただご冥福を祈るばかりです」
僕は短い返事を書いて、飛行機に乗り込んだ。
…いまから30年近く前。
高校を卒業して大学生になった僕たちは、かつての部活の仲間とともに、新たに吹奏楽団を結成した。高校のOBによる楽団ということで、「OB楽団」と呼んでいた。
OB楽団には、同じ高校を卒業した吹奏楽部の後輩の有志たちが、毎年入ってきた。その中の1人が、かおる君である。
僕は、かおる君と高校時代をともに過ごしたわけではなかった。OB楽団で、一緒に演奏をするようになって、親しくなっていったのである。かおる君も僕も、ある時期、わりと熱心にOB楽団の活動をしていた。
Kさんのメッセージを見て思い出したのだが、ある時期、OB楽団の有志たちで、「日本酒同好会」というのを結成した。今の僕にはまったく考えられないことだが、日本酒が好きな数名の有志が集まって、都内にある日本酒の美味しいお店をまわって日本酒を飲む、という会である。年に1,2回程度開催していたと思う。一応年長者ということで、僕が会の代表だった。かおる君も、ほぼ毎回参加していた。
かおる君は屈託のない笑顔で、人懐っこくて、それでいて自分を前面に出さないタイプの人間だったと記憶する。いまから思えば、損な役回りだったのではないか、と想像するのだが、それも含めて、彼は楽しんでいたのかも知れない。今となっては、わからない。
僕がいまでも忘れることのできない、つらい思い出がある。
OB楽団の、何回目かの定期演奏会の日のことである。
その日の朝、大型の楽器をトラックで運搬する際に、僕の不注意で、かおる君に怪我をさせてしまったのである。
僕が慣れないトラックを運転して、かおる君がトラックの誘導をしていた。僕の運転が下手なせいで、トラックとコンクリート塀の間に、かおる君の手が挟まってしまったのである。
すぐに病院に行き、手当てをした。大事には至らなかったようであるが、たしかその日は、演奏会に出なかったと記憶している。
せっかくいままで練習してきたのに、僕の運転が下手なせいで、腕に怪我をさせ、かおる君の演奏の機会を奪ってしまったのである。
悪いのは明らかに僕の方なのだが、演奏会が終わって数日後、あのときはよけいなことをしてすみませんでした、と、かおる君は僕の家に菓子折を持って謝りに来たのである。
僕は恐縮した。謝らなければならないのは、怪我をさせた僕の方なのだ。
いま思うと、この当時僕は、そのことをそうとう気にしていたのかも知れない。そのことを、かおる君が察したのだろう。あまり気にしないでください、という意味で、彼は僕の家にわざわざ来てくれたのだと思う。
だが僕は、のちのちまでずっとこのことが気にかかっていた。妙な話だが、あのときの怪我のせいで、腕に後遺症など残らなかっただろうか、とか、そんなことを、ずっと気に病み続けた。いまでもときおり夢に見ることがある。
その後、僕は東京を離れることになったため、OB楽団の演奏会には参加しなくなってしまった。かおる君も、仕事が忙しくなったのか、ほとんど顔を見せなくなったように思う。当然、日本酒同好会も自然消滅した。
最後に会ったのがいつだったかは覚えていないが、おそらく15年くらいは経っているかも知れない。
昨年の10月末頃だったか、別の後輩から、こんな話を聞いた。
OB楽団の初期のメンバーを中心に、LINEグループを作っているらしい。僕は参加していないのだが、その後輩は、昨年9月に出した僕の本について、そのLINEグループの中で、宣伝してくれたそうなのである。
そのグループには、かおる君も入っているらしく、かおる君が「すでにポチッたです!普通に面白そうだったのでw」とLINEに書いていたと、その後輩は僕に報告してくれた。
そうか。
長らく会ってないけど、かおる君、僕の本を読んでくれていたのか…。
そしてこれが、僕がかおる君の消息を知る、最後となった。
できれば、本の感想を聞きたかったよ。
僕が何らかの形でかおる君と連絡をとって、本の感想を聞くべきだったと、いまはそれが悔やまれてならない。
いまはただ、彼のことを思い出すことが供養になるのではないかと思い、思い出をここに書きとめる。
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