本日モ特筆スベキ事ナシ
5月29日(水)
認可保育園に転園してから、もうすぐ1カ月がたつ。
昨日、僕の住んでいる自治体から封書が届いた。4月1日からの1カ月間、市外の認可外保育園に通っていたのだが、認可外保育園の場合、保育料の補助金が支給される。4月分の補助金を支給するから、申請書に必要事項を書いて、通っていた認可外保育園に提出しなさい、というものである。その申請書を受けとった認可外保育園は、たしかに4月分の保育料を納めましたという証明をその申請書に書いて、僕の住む自治体に提出するのだそうである。
ちなみに、認可保育園の場合は、補助金が出ない。なので、認可外保育園に通った方が、実は保育料が安かったりする。もっともこの補助金制度は、認可保育園に入ることにできない人のための措置なので、当然といえば当然なのだが。
申請書に必要事項を書いて、今日の午前中に、認可外保育園に出しに行くことにした。
(大丈夫だろうか。不審人物とは思われないだろうか)
転園してしまったいま、僕はこの保育園とは何の関係もなくなっているのだ。それに時節柄、中年男が一人で保育園に訪れるのは、なんとなく気が引ける。
おそるおそる保育園の玄関まで来て、呼び鈴を慣らそうとすると、
「あら!○○ちゃんのお父さん!」
と、中にいた保育士さんが、僕を見るなりそう言ったのである。
ちょうどこれから園児たちをバギーに乗せてお散歩に出かけるところだったようで、
「みなさ~ん、○○ちゃんのお父さんですよ~」
と、集まっていた園児たちに話しかけていた。
ほどなくして、園長先生が降りてきて、
「あら、○○ちゃんのお父さん、お久しぶりです」
と挨拶をした。
入園してたった1カ月で転園してしまい、しかも転園して1カ月がたっているにもかかわらず、園長先生はじめ保育士さんは、僕の娘と僕のことをまだ覚えていてくれたのだ。
それに僕は、数回しか送り迎えをしたことがないのだ。
こういうのをプロというのだろうか。
僕は人の顔と名前を覚えるのが苦手で、同業者祭りに行って挨拶されても、「はて、どなたでしたっけ?」となることが多い。たぶん、他人に興味がないからだろう。
だが保育士さんは、仕事とはいえ、よく覚えているのだ。人に対する興味がなければ、保育士はつとまらないということなのだろう。
僕の娘と僕のことをまだ覚えていてくれた、という一点だけで、僕は保育士さんたちを尊敬する。
転園するのが、まことに惜しい保育園だった。
さて午後は、都内某所で、出版社の編集者と打ち合わせである。
初対面の編集者なので、どんな人なのかわからない。編集担当者のほかに、編集長も同席するとのことだった。
僕は、昨年出した本でもう懲りていて、「この先、どんな本を出したとしても、売れないだろうな」と絶望的になっている。
(僕と会っても無駄ですよ。どうせ売れないんですから)
と言おうと思ったが、大人げないのでやめた。
編集担当者は、僕よりも若く、おしゃれな感じの青年。対して編集長は、どことなくおちゃらけた感じのオジサンである。
ほかの出版社でも感じたことだが、どこの出版社も、編集長って、こんな感じなのだろうか。生き馬の目を抜く出版業界で、修羅場をくぐり抜けて編集長になったら、みんなC調になるのだろうかと、ちょっと可笑しかった。
初対面の編集者と話すと、なんとなくオーディションを受けているようで、居心地が悪い。とにかくその場にいる二人に興味をもってもらわないと、企画が通らないからである。
そういえば、思い出した。
以前、喫茶店で仕事をしていたら、隣の席で、イベンターみたいな人と、おそらくまったく無名の芸人らしき人が、仕事の話をしていた。
二人は初対面のようで、「探り探り」会話をしている。
イベンターは、その無名の芸人に、イベントに出てほしいという依頼をしているようなのだが、なにしろ無名なので、はたしてこの人がどれだけおもしろい人なのかわからない。
無名の芸人の方も、そのことを自覚しているらしく、自分がけっこう忙しい身であるとか、いろいろなところに呼ばれている、みたいなことをアピールしていた。
イベンターは、その無名芸人を立てつつも、本当にこの人を起用して大丈夫かどうか、値踏みしている様子だった。
会話の断片から、その無名芸人が誰なのか、スマホで検索してみたのだが、結局誰だかよくわからなかった。つまりそれほど、無名の芸人なのである。
会話じたいは楽しそうに聞こえるのだが、お互い、腹の探り合いをしていることが、手に取るようにわかって、近くで耳をそばだてていた僕は、ちょっと具合が悪くなってしまった。
そのイベンターと無名芸人の関係は、出版社の編集者と僕の関係になぞらえることができる。そのとき具合が悪くなったのは、自分に置き換えて考えてしまったためだろう。
ひとまず今日は、何事もなく無事に終わったが、どうなるかはわからない。ボシャったらポシャったで、仕方がない。
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