日本のソル・ギョング
河瀬直美監督の映画「あん」(2015年)が、BSで放送されていたので、録画して観てみた。河瀬監督の映画を見るのは、これが初めてである。
河瀬監督の映画って、好き嫌いがはっきりと分かれるのではないだろうか。作風が苦手、と思う人もいるのかも知れない。僕は、嫌いではない。
映画を見るとき、純粋にストーリーを楽しめばいいのだろうが、僕の場合、どうしても、スクリーンの外の、役者の実人生のことも考えてしまう。
虚にして虚にあらず、実にして実にあらず。虚実皮膜の間を彷徨うが如し。
樹木希林が世を去った後、その後を追うように市原悦子も世を去ったが、映画の中の二人の関係はまるで、その実人生をなぞるかのようである。
樹木希林と孫娘・内田伽羅は、映画の中では他人同士だが、まるで本当の家族のような絆を見せる。
もちろん、そんな余計なことを考えなくても、この映画の描く世界にどっぷりと浸ることができる。だが映画と実人生とは、時にシンクロすることがあり、それが、映画を見るときの僕の楽しみ方にもなっている。
この映画での樹木希林の演技が素晴らしいことはいうまでもない。僕にとってはこれまでどちらかといえば「怪優」というイメージが強いこともあり、むかしからあんなにいい俳優さんだっただろうか、と、この映画を見て思うことがある。
全然違う話だが、先日あるラジオで、亡くなった桂歌丸師匠についてある落語家が語っていた。「昔は、同世代の談志や円楽たちの中に埋もれて、どちらかといえば平凡な噺家だったが、晩年、病気になってからの落語は、自身の落語と向き合い、その噺は気迫に満ちていた」と。僕も以前、歌丸師匠の「竹水仙」を生の舞台で聴いて、歌丸師匠ってこんなすごい噺をする人だったのかと、感動したことがある。
心身共に健康の時の方が、もちろんいい仕事ができるのかも知れないけれど、病気に侵され、残りの人生について考えるようになった人間のほうが、それまでにない飛躍を遂げることもあるのではないだろうか。
僕が2年前に大病を患ったときも、人生の残りの時間というものを意識するようになったのだが、この年は不思議なことに、健康だったとき以上にたくさんの原稿を書いたのである。
樹木希林の演技を見て、そんなことを思った。
さて、ここまで書いてきたことは、タイトルの「日本のソル・ギョング」とは、まったく関係のない話。
この映画の永瀬正敏の演技もまた、素晴らしい。
彼こそは、日本のソル・ギョングである。そのことを書きたかったのである。
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