任期付きの友情
数年前から、韓国のある機関とうちの職場が交流している。一応、僕が窓口になっている。
今年に入って、2月と5月に、僕は職場のボスと二人でその機関を訪問した。
遡って2018年2月には、韓国の機関のボスが、就任してすぐの頃にうちの職場を訪問した。向こうのボスというのが、もともとは官僚で、たまたま出向でその機関の社長ポストに就いているということだった。つまり今の座は行ってみれば腰掛けで、ほどなくして本庁に戻って出世コースを歩むのだろう。
その官僚出身のボスと話をしてみると、実に話のわかる方で、うちのボスは、向こうのボスの人柄に、すっかり感銘を受けてしまった。向こうのボスも、うちのボスの人柄にすっかり魅了されたようだった。
かくして、二人の間に友情が芽生えたのである。
5月22日に向こうで行われた「合同セミナー」も、こちらからはボスと僕しか出席できず、とても申し訳ないことをしたのだが、それでも、向こうのボスは大変喜んでくれて、うちのボスをますます信頼したようであった。セミナーが終わってからほどなくして、向こうのボスからうちのボスに宛てて、英文の長い手紙が送られてきた。僕もその手紙を見せてもらったのだが、英語がまったく苦手な僕が読んでも、とても心のこもったお手紙だった。
「来年、今度はうちがあちらをお招きしなければいけないな」
「そうですね」
うちのボスは、日本語で、向こうのボスに手紙を送った。
さて、今日。
その機関の担当者から、衝撃のメールが届いた。
「実は先日新しい社長が赴任いたしまして、9月に日本に行く機会があるので、そのときにそちらの社長様にご挨拶できないでしょうか。なんとか日程調整をお願いします」
ええええぇぇぇっ!!!もう人事異動があったの???
だって、9月に日本でお会いしましょう、と、5月に約束したばっかりじゃん!
おそらく、本庁に栄転になったのだろう。そうか、あの英文の手紙は、自らの退任にあたり、在任中のさまざまなことに感謝を述べた手紙だったんだな。
韓国の官公庁の人事異動のめまぐるしさは、凄まじいものがある。今までも何度も経験しているので、「またか」という感じだが、それにしても、日本だとせめて3年は任期があると思うのだが、あのボスは、在任期間が3年よりも短かったのではないだろうか?つまりそれだけ優秀だということである。
てっきりうちのボスも僕も、あと1年くらいは、今の社長の体制で行くのだろうと考えていたのだが、そうは問屋が卸さなかったわけだ。「来年、こちらにお呼びする」という夢も、潰えてしまった。またイチから、人間関係を構築しなくてはいけない。
何より残念なのは、おそらくもう2度と、向こうのボスとこちらのボスが顔を合わせることはないだろう、ということである。なにしろ向こうはエリート官僚。もうこちらの世界に戻ってくるはずはないからである。
お互いの立場を離れてまで、友情が続くわけではない。立場が違えば、自ずと友情もそこで途切れる。もちろんどこかでまた一緒に仕事ができるようなことがあれば、また友情が復活する。
だから韓国人は、「因縁」という考え方をとても大事にしているのだ。
外交とは、任期付きの友情なのだということを、あらためて思い知らされる。
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