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ヒョウの絆

8月26日(月)

昨日、たまたまテレビを見ていたら、何かのトーク番組のメインゲストに星野源が出ていて、その友人ということで、俳優の松重豊も出ていた。

二人は、何かの仕事の時に意気投合し、お互い、ベストフレンドだ、と言っていた。

テレビ番組なので、どこまで本当の話なのかはわからないが、松重豊、という人は、もともとほとんど友だちがいないのだという。「孤独のグルメ」はリアルな話だったのかよ!と思ったのだが、星野源だけは、なんでも話せるベストフレンドだ、と言っていた。

星野源も、「この年齢になって、ベストフレンドにめぐり会うとは思わなかった」みたいなことを言っていた。

星野源と松重豊とは、年齢もそうとう違うと思うのだが、大人になってめぐり会った友だちというのは、年齢なんぞ関係ない、というところが、学生時代の友人との、大きな違いだと思う。学生時代の古い友人たちとだんだん話が合わなくなってきているのとは、対照的である。

「前の勤務地」にいた頃にお世話になった老先生から、封書が送られてきた。

その中には、あの「スベリヒユ(ヒョウ)」が入っていた。「前の勤務地」でしか食べないという、雑草である。

僕は以前、その老先生に、僕が関わった本をお送りした。その本というのは、南洋の島で餓死した日本兵が残した日記に関する本である。その先生からいただいた返事には、

「戦争に敗けた時、私は小四の夏でした。航空飛行兵を夢見た少年にとって、雪の降る最中、神社の広場で、裸足で竹槍を突く日々は、何だったのか。毎晩毎晩、男の子四人の足袋を繕っていた母の姿を覚えています」

とあった。その老先生は、いわゆる「敗戦少年」の世代だったのである。

ところでその日記には、飢えを凌ぐために赤草というのを食べたと書かれていて、その赤草というのは、スベリヒユ(ヒョウ)という雑草であるらしいということを以前にお伝えしたところ、今年の夏、その老先生は、ヒョウをわざわざ送ってくれたのである。同封してあった手紙には、老先生の近況とともに、次のように書かれていた。

「今年は我が家の庭が狭くなったことから、隣の空き地から採取しました。私の家でも食べたので安全は保証します。なんの心配もなく食べてみてください。旨いか不味いかと言われれば、旨くは無いということかもしれませんが、8月15日を思い出しながら、どうでしょうか。

74年前の8月は小学4年生でした。当時でしたら美味しい食材であったかも知れません。毎日サツマイモが主食で、「おしん」でみられる大根飯や蕪飯は一日一食だったような気がします」

僕がヒョウについて気になっていることを覚えていて、ヒョウをわざわざ送ってくれたのである。

ヒョウはこぶぎさんからも送ってもらったし、本の執筆を通じて知り合ったツトムさんからもいただいたし、そして「前の勤務地」でお世話になった老先生のIさんからも送っていただいたのだ。

不思議である。まるで僕にとってヒョウは、人と人とを結ぶ絆のようなものなのだ。

老先生とは、親子以上に年齢が離れているが、強いて言えば、大人になってから知り合った「友だち」なのではないか。星野源と松重豊の何気ない話を聞いて、そんなことを思ったのである。

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