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故郷

以前に買ってまだ読んでいなかった、水上勉の『故郷』を読んだ。

若狭を舞台にした物語である。若狭は、水上勉の故郷でもあり、僕は仕事で若狭に何度か訪れたことがあったので、何となく惹かれて手にとったのである。

二つの家族を軸に、物語が進行していく。一つは、アメリカに渡った女性がアメリカの男性と結婚し離婚するが、その娘が、離婚後に日本に戻った母を訪ねて、母の故郷だった若狭を訪れるという話。

もう一つは、アメリカに移住した日本人夫婦が、そろそろ仕事をリタイアする年齢となり、アメリカで人生の最後を迎えるべきか、日本で最後を迎えべきるのかを迷いながら、故郷の若狭を訪れる話。

接点のないこの二つの家族が、ふとした縁で出会い、若狭を舞台に交錯していく。

正確に言うと、「アメリカに移住した日本人夫婦」のうち、若狭が故郷なのは妻のほうである。夫の故郷は丹後である。妻は、ゆくゆくは故郷の若狭に移り住み、年老いた母の近くで暮らしたいと願うのだが、夫は逡巡する。若狭は、その美しい風景の一方で、原発銀座と呼ばれるほど原発が数多く存在し、それが自分の生命を脅かすのではないかという不安があるのである。それでも妻は、若狭に戻りたいと強く願っている。

変わり果てた故郷に、それでも人は住みたいと思うのだろうか。

僕は自分の故郷に対してそれほど思い入れがないのだが、あの震災の時、原発事故で故郷を追われた人たちが、自分の故郷に戻りたいと強く願っていることを知り、故郷に対する人間の強い思い、というのを感じずにはいられなかった。それはたぶん、当事者にしかわからないことなのかも知れない。

物語の終盤で、あることをきっかけに、その妻は、故郷に対する郷愁を急速に失っていくことになるのだが、それは、故郷がたとえ変わり果てても、そこに住む「人」に対する思いがあるからこそ、故郷への思いが支えられているのだ、ということを意味するのだろう。

話は全然変わるが、先日、高校の同窓会報というのが実家に送られてきたというので、母が持ってきてくれた。1年に1度、発行されるものだが、60年も続く高校なので、同窓会報に登場する人は、自分とは関わりのなかった世代の人ばかりである。

そこに登場する人たちは、みな人生に成功した人たちばかりで、僕の偏見かも知れないが、どちらかといえば「ガハハ」系の人である。読んでもさほどおもしろくはない。

同窓会報が僕にとってなぜつまらないかというと、成功したり有名になった他者がたまたま自分の母校出身だということだけで、「どうだ、俺の母校ってすごいだろ」と、まるで自分がすごいかのように喧伝していることである。

…これって、かなり俺の偏見だな。ま、どこの同窓会報もそんなものなのだろうが。

そんなことを感じとってからというもの、僕は自分の出身高校や、所属していたクラスや部活にまったく思い入れがなくなってしまった。かつてあった愛校心みたいなものが、なくなってしまったのである。

年齢とともに、故郷に対する思いが強くなるというのは、本当なのだろうか。もっと年齢が進めば、そういう境地に達するのだろうか。

今の僕にはわからない。

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