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生存確認

もうブログはやめようかと思ったことがこれまでに何回かあって、つい最近も体調を崩してブログを書くのが億劫になっていたのだが、それでもまがりなりにも続けていると、数年ぶりにこのブログを読んだ卒業生から、僕の近況を知ってメールをくれて、やはり続けてきてよかったと思う。

もともとこのブログは、10年ほど前に韓国に留学した際に、「前の職場」の学生に向けて「留学先での生存確認」の意味ではじめたもので、いまは文字通り、というか本当の意味での「生存確認」のために書き続けているに過ぎない。

いまも、基本的には僕の教え子(「前の前の職場」と「前の職場」)を読者と想定して書いている。実際に読んでいる人がいるか否かは関係なく、である。なので、10年たってもなお、まだときどき思い出して読んでくれる教え子が、たった1人でもいるとすれば、それは続けてきた甲斐があったというものである。

数年前にお試しでSNSを始めたが、今になって後悔している。ま、そこまで深く考えるこたーない、あんなもの、てきとーにやっておけばいいんだ、と思われるかも知れないが、性分なのだから仕方がない。

ふと思ったのだが、SNSのタイムライン、ってのは、とくに目的なく喫茶店とか居酒屋に集まって駄弁っている感じと近いんではないだろうか。各々が好き勝手なことを喋り、その喋りに合わせててきとーな相づちを打ったり、違う話題に発展させたりして、どんどんと話題が流れていく。ついさっきまでの話題があまり振り返られることがなく、いつのまにか埋もれてしまったり、雲散霧消してしまったりする。

もちろん、だれと話すか、にもよるのだが、最近、古い仲間数人と集まって話す機会があったときに、そんな印象を受けたのである。その仲間というのは、今ではSNS上でしかつながりがないのだが、実際に会ってそこで交わされた話題というのは、さながらSNSのタイムラインのごとく、時間とともに話題が変わり、「流れていく」というのにふさわしいものであった。もちろん会話というのはそもそもそういうものなのだけれど、僕のブログのような長くてクドい話は、なかなか話題に出しにくいのだ。話の中身ではなく、話題に対する反射神経がものを言う世界である。SNS上でのコミュニケーションだけで成り立っている関係の人が実際に会って話したとしても、SNS上でのコミュニケーション以上に踏み込んだ話題になることはない、というのは卑屈な見方だろうか。

誤解のないように言っておくと、良い悪いの問題ではなく、めざしているものが異なるということなのだと思う。僕はそういう感じがちょっと苦手であるというだけの話である。

ということで、SNSからログアウトすることにした。「生存確認」は、このブログだけにとどめることにする。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

旅に出てから3日目にして目的地に着いた。

さいころキャラメルも振ったし、また3日かけて帰ることになる。

それにしても、ここは車中泊するには夜が寒すぎる。

3日前は最高気温35℃の街で船に乗ったはずだが、

まさか8月の「なつぞら」に、車の暖房を使うはめになるとは。

投稿: 生存確認こぶぎ | 2019年8月22日 (木) 03時39分

船で何日もかかる旅だというから、ついにこぶぎさんも東京都が管轄する世界自然遺産の島に行ったのか!とてっきり思ってしまいましたが、そうではなかったのね。

投稿: onigawaragonzou | 2019年8月24日 (土) 07時46分

やっと家に着いた。

そして鬼瓦さん、惜しい!

世界自然遺産は合っているんですが、船だけで往復1,780km、さらに車で往復1,374kmもかかります。

サイコロ振って、思いつきで行く所じゃありません。


投稿: 生存確認こぶぎ | 2019年8月24日 (土) 18時11分

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