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1969

読んでいる本がシンクロする、という話の続き。

高橋和巳『わが解体』(河出文庫)を読み直しているということは、前回書いた。

もう1冊、実家で見つけてきた本が、高野悦子『二十歳の原点』(新潮社)である。

この2冊を同時に読み直している。

高野悦子は、1969年、学生運動のさなか、二十歳で自ら命を絶った。山陰本線の二条駅と花園駅の間で、上り貨物列車に飛込んだのである。 『二十歳の原点』は、自殺の直前まで彼女がノートに書き連ねていた心の葛藤の記録である。

高野悦子は、当時立命館大学の学生で、京都で一人暮らしをしながら、ある時期まで学生運動にかかわった。

高橋和巳もまた、この当時、京都にいた。京都大学で教員をしていたが、大学闘争の際に学生を支持して、1969年3月に大学を辞する。

もちろん、二人に直接の接点があったわけではないが、同じ時期に京都で、一人は教員として、一人は学生として、葛藤していたのである。

僕がもっと驚いたことがある。

河出文庫版の『わが解体』には、高橋和巳の友人だった哲学者、梅原猛が、「高橋和巳の霊」という一文を寄せている。

その219頁に、京大の構内にたたずむ高橋和巳を写したスナップ写真が掲載されている。

そのキャプションには、

「『わが解体』執筆のころ 京大にて(昭和44年6月23日) 撮影・榊原和夫」

と書かれている。

僕は、あっ!と思った。

昭和44年6月23日…。

高野悦子『二十歳の原点』によれば、高野悦子が自ら命を絶った日が、昭和44年6月24日。

高橋和巳が、大学闘争で揺れる京大の構内にたたずんだ翌日、高野悦子は死んだのである。

高橋和巳が『わが解体』を書いているころ、高野悦子は自殺に至るまでの心の内面の葛藤をノートに書き連ねていたのである。

高橋和巳は、その2年後の1971年、39歳の若さで死去した。

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