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羽田のあんぱんまん

9月23日(月)

「アンパンマン」とは、うまく名前をつけたものである。

1歳半になる僕の娘の口癖は、「アンパンマン」。とにかく「アンパンマン」と言いたくて仕方がないらしい。

たぶん、それには科学的な理由があって、「ア段」を含んだ言葉は幼児にとって発音しやすいからなのだろう。

その点、「ドラえもん」は不利である。ア段がひとつも入っていないので、幼児にとっては発音が難しい。

実際、うちの娘は、ドラえもんを見ても「アンパンマン」と言っている。「ドラえもん」の完全なる敗北である。

なぜ、小さい子どもたちに「アンパンマン」は人気があるのか?それは、「言いやすいから」という、比較的単純な理由なのではないだろうか。

今日、故あって、娘を連れて、羽田空港の国際線ターミナルに遊びに行った。

いつもは、韓国出張のたびにこのターミナルを利用しているのだが、今日は仕事でもなく、飛行機にも乗らず、ただたんに遊びに行ったのである。

なぜ、「故あって」羽田空港の国際線ターミナルに遊びに行ったのか、については、少々込み入った話になるので省略する。

ここでも娘は、目を皿のようにして、アンパンマンを探している。

とにかく、まるい顔のようなイラストを見つけると、なりふりかまわず指をさして「アンパンマン」と叫ぶのである。

まるでアンパンマンの摘発をする「アンパンマンGメン」のごとくである。

ベンチに座っている親子がいて、3歳くらいの子どもがアンパンマンのぬいぐるみで遊んでいた。

「しまった!」と思ったのもつかの間、娘はすかさずそれを見つけて、「アンパンマン!」と指をさしてそのぬいぐるみに近づいていった。

これはヤバい。このままでは、なりふりかまわずアンパンマンのぬいぐるみに近づいていって、そのぬいぐるみを奪いかねない。そうなれば、その家族にご迷惑がかかる。

慌てて連れ戻すと、娘は火がついたように泣き出し、「アンパンマン、アンパンマン」と大声で叫んだ。

これはまずい、と、娘を抱きかかえてとにかくその場を離れた。

すると今度は、願い事を書いた木の板がたくさんぶら下がっているコーナーのところにさしかかった。

どういうコンセプトなのかよくわからないのだが、ここに来た人が、絵馬に願い事を書くがごとく、あるいは七夕の短冊に願い事を書くがごとく、飛行機のチケットのサイズの木の板に、思い思いの願い事を書いて、ぶら下げている。

「CAになれますように」とか、「大学に合格しますように」とか、

(どれにもありがちな願い事だなあ)

と思いながら見ていると、中に一枚、ひらがなで

「あんぱんまん」

とだけ書いて、その文字の横にアンパンマンの顔のイラストを描いたものを発見した。

どうやら小さい子どもが書いたらしく、アンパンマンの顔のイラストも、子どもならではの稚拙な絵である。

娘はそれをめざとく見つけると、その札を指さして、

「アンパンマン!」

と叫んだ。

別に字が読めたわけではなくて、字の横に書かれたへたくそなアンパンマンの顔のイラストに反応したようである。

どんなに稚拙な絵だろうと、娘にとってはアンパンマンはアンパンマンなのである。

それまで、明らかにアンパンマンでないものを指さして「アンパンマン」と叫ぶくらい、アンパンマンの幻影に取り憑かれていた娘である。

ようやく出会えたアンパンマンのイラストに、娘のテンションも最高潮に達した。顔のイラストのところをしっかりと指さして、「アンパンマン」と連呼している。

(こんな下手なイラストでもいいのかよ!)

と内心思ったが、この程度のもので満足するんだったら、それに越したことはない。

「ささ、行きますよ」

と、いったん離れたが、娘はまだ未練が残っていたらしく、さっきのアンパンマンの絵をもう一度見たいというそぶりをした。

仕方がないので、もう一度その場所に連れていき、その稚拙なアンパンマンのイラストの前に立つと、娘は再びそのイラストを指さして、

「アンパンマン、アンパンマン」

と連呼した。

(おいおい、やなせ先生が描いた絵じゃなくて、誰だかわからない子どもが描いた絵なんだぜ)

それでも娘は、その絵がいたく気に入ったらしい。

もし、うちの娘が、どこかのお殿様だったとしたら、

「このアンパンマンは、どこのアンパンマンじゃ?」

「へえ、やなせ先生がお描きになった、正真正銘のアンパンマンでございます」

「それはいかん。アンパンマンは羽田にかぎる」

こんな会話を交わしたことだろう。「目黒のサンマ」ならぬ、「羽田のアンパンマン」である。

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コメント

本格的な講演会

暑い夏。涼しい所を探していたら、隣県の講演会を見つけた。

行列を並んで整理券を勝ち取り、会場に入ると小学生と親たちで一杯だ。しかも、子供達は弁士の著書を握りしめている。

弁士は、白衣にホワイトボードという「ケーシー高峰」スタイルで登場した。

マンガのイラストを描きながら、あんパン800個分の話や最強伝説について、身振りや擬音も入れて、飄々と説明していく。

子供だけでなく、親まで笑わせる鉄板ネタの後は、実験タイム。これは概念的なことを伝えるためのシンプルなもので、アイデアはD先生の方が奇抜だ。

しかし、壇上に上がって実験したい人を会場から募ると、最初の話芸ですっかり心をつかまされた子供達が、争うように挙を手げる。

こちらもそうありたいが、大人の心が純粋な好奇心を邪魔するのだろう。

圧巻だったのは講演後の質問タイムで、子供達が満を持して用意してきた難問をぶつけてくる...

(この続きは乙女旅ブログ2025年1月20日号で公開します。お楽しみに)

投稿: 超早出しこぶぎ | 2019年9月26日 (木) 06時57分

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