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ブックカバーの話

本を買ったとき、ブックカバーをつけてもらうか、つけてもらわないかは、人によって好みが分かれると思う。

僕は、買ったときにはつけてもらい、その本を読み終わるとブックカバーをはずす派である。

高校時代の本好きの友人は、どうやらブックカバーを捨てない派らしい。

理由を聞くと、「ブックカバーを見ると、その本をいつ頃どこで買ったかを思い出すから」だという。

その友人は、高校時代に買った文庫本を今もたまに読み返すそうで、以前にその本を見せてもらったことがあるが、「東西書店」のブックカバーがかけられたままだった。

そのブックカバーのデザインをしばらくぶりに見た僕は、とたんに懐かしい気持ちになった。

僕の通っていた高校の近所には、「東西書店」と「増田書店」という二つのちょっと大きめな本屋さんがあって、高校時代はその二つの本屋さんをよくハシゴしていた。増田書店のブックカバーこデザインは忘れてしまったけれど、見たらきっと思い出すだろう。

なるほど、その友人からしたら、「東西書店」のブックカバーを見ればその文庫本を買った高校生の時の自分の気持ち、つまりどんな気持ちでその本を買ったのか、といったことを思い出すのかもしれない。

そう考えたら、ブックカバーは捨てたもんじゃない、というかむやみに捨てるもんじゃない。

めったに行かないのだが、家の近所の有名な繁華街のアーケード内に昔からある小さな老舗の古本屋のブックカバーのデザインは、なかなか凝っていて好きである。地元に対する郷土愛に溢れたブックカバーといったらよいか。本じたいを大切に守っている、という感覚になり、そこで買った文庫本は、読み終わってもブックカバーをはずすことができない。

してみると、愛着がわくようなブックカバーを提供する本屋は、本に対する愛着に溢れた本屋であるということを表明しているということなのかもしれない。

最近は、おしゃれなブックカバーも多い。同じ本を買うのでも、好みのブックカバーの本屋で買おうかな、と思う場合も少なくない。

ただ困るのは、ブックカバーの種類がいくつもあって、それを客に選ばせるシステムをとっている本屋である。

ある本屋は、10種類の色からブックカバーを客に選ばせている。

「お好きな色をお選びください」と店員はいうが、10種類もあれば目移りしてしまって、それを考えるだけでも疲れてしまう。で、一つの色を選んで、その色のブックカバーをつけてもらうと、「この色じゃないのがよかった」と、あとでひどく後悔するのである。ブックカバーひとつで、なぜこれほどまで思い悩まなければいけないのか。そうなるともう、本の内容が頭に入ってこなくなる。

ブックカバーひとつでも、僕の感情は浮き沈みするのである。


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コメント

阿佐川無差別殺傷事件で、明日も判決

【29日】平成29年6月に阿佐川県幕浦駅で起きた無差別殺傷事件の判決公判が、今日と明日、阿佐川地裁で行われる。

この裁判では7人を死傷させた被告の男(25歳)が自ら死刑を求める証言を行ったことでも大きな話題となった。

裁判の争点は情状酌量の可否と見られ、極刑の可能性もあることから、同地裁では花笠市民会館大ホールに特設法廷を設け、数百人規模の傍聴人にも対応できる態勢を整えている。【花笠支局・こぶぎ記者】

投稿: 今日の花笠新聞(社会面) | 2019年11月29日 (金) 23時22分

こぶぎ記者の記事で、この時期の恒例のイベントのことを思い出す。

今年も「裁かれるのは、舞台の上の人たちです!」という挨拶はあったのだろうか。

投稿: onigawaragonzou | 2019年12月 2日 (月) 09時57分

裁判前の挨拶はいつもの顧問の先生でしたが、今回はこれまでの法廷が改修工事に入り、新しい法廷で演じられることから、傍聴人のお気に召すかしら、といった内容でした。

というかね、作りごととは言え、主文が後回しの判決を聞くのは、げんなりします。

なお、カーテンコールについては今年も勝訴でした。

投稿: こぶぎ記者 | 2019年12月 2日 (月) 17時33分

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