思い出はあてになるか
高校時代の同級生だったIさんから、メッセージが来た。まったく接点のないIさんからである。
「鬼瓦くん
高校の時の現代文の教育実習に来ていた男性の先生の名前覚えてない?たしか、T大の大学院生だった覚えがあるんだけど」
送られてきてから1時間ほどたって、僕はそのメッセージに気づいたのだった。
なんだこれ?実に唐突な質問である。そもそも、どうしてこんなことを知りたいと思ったんだろうか?
質問をしてきたIさんというのは、どちらかというと身体を動かすのが好きな体育会系の人で、こういっちゃあアレだが、文学とかにはまったく関心のなさそうなイメージの人である。いまさらその先生の名前を知って、どうするのだろう?
高校の時の教育実習の先生の名前なんて、ふつうは忘れてしまうものだ。
ところがさにあらず。僕は覚えているんだなあ、これが。しかもフルネームで。漢字だって書けるぞ。
どうして、そこまで覚えているのか?
それは、とても変わった先生だったからである。ひねくれ者と言うべきか。授業では、文学についてマニアックなことばかり言っていた。僕はその先生がちょっと苦手だった。
ずいぶん後になって本屋さんに行くと、文庫本のコーナーで、見たことのある名前を見つけた。
(あのときの教育実習の先生だ!)
その文庫というのは、すごくむかしに出た国語辞典を復刊したもので、その解説をその先生が書いていたのだ。内容は、かなりマニアックなもので、教育実習の時のイメージと変わっていないものだった。いまは文芸評論家のようなお仕事をされているようだった。
Iさんが質問してきたのは、おそらくその先生のことだな、と思い、返信した。
「武○○○先生のことなら覚えている。T大ではなくK大の大学院生だったと思う。文学に関してマニアックで、少々変わった人だったという印象。のちに何冊か文庫本を出していて、「あ、この人だ!」と思った記憶がある。思っていたのと違う人だったらごめんなさい」
打てば響くような回答である。まさか僕がフルネームの漢字表記を覚えているなんて思っていないだろう。僕の記憶力にさぞビックリするだろうな、と思って反応を待っていたが、まったく音沙汰がない。
翌朝になって、返信が来た。
「ゴローちゃんと飲んでたんだけど、全く覚えてなかったんだよね。私も記憶違いだったか。へぇ。本出してるんだね。」
えええええぇぇぇぇっ!!!???
いや、別にいいですよ!
ただ、こっちが期待したのは、
「すごーい。よく覚えていたね。さすが鬼瓦くん!」
という反応だったので、肩すかしを食らってしまった。
ま、いいんですけどね。
妙な質問を投げかけた理由もはっきりした。
同級生のゴロー君と飲んでいたときに、たまたまそんな話題になって、気になって質問してきたのだ。
「現代文の教育実習の先生でさあ、ちょっと変わった先生がいたよね」
「いたっけ?覚えてない」
「覚えてないの?T大の大学院生でさあ、ちょっとほかの実習生よりも老けてたじゃん」
「やあ、覚えてないなあ」
「あの先生、名前、何て言ったっけなあ…」
「そういうの、鬼瓦くんに聞いたらわかるんじゃない?」
「そうだね、聞いてみよう」
たぶん、飲んでいるときにこんな会話になったんだろう。
で、飲み屋で飲んでいるときに、唐突に質問をしてきたものと思われる。
俺はYahoo!知恵袋か!
その後ほどなくして飲み会は解散。そんなことはすっかり忘れていたところに、僕の返信が来たのだ。そのときにはもう、そんな思い出話なんてどうでもよくなってしまって、翌朝になって、
「ふ~ん。そうなんだ」
的なメールとなってしまったのではないだろうか。
思い出話なんて、そんなていどのものなのだ。だから思い出話はあてにならない。せいぜい、酒のあてになるくらいである。
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