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風という名のCafe

1月12日(日)

自宅から都下有数の繁華街まで、散歩がてら歩いていたときに、住宅地のなかに小さなカフェを見つけたのは、2カ月ほど前だったか。

お昼時を過ぎていたが、昼食がまだだった。繁華街まで行けば混雑しているだろうからと、そのカフェでお昼を食べることにした。

そのカフェは、明らかにふつうの2階建ての一軒家である。ふつうの家を改装して、1階の、おそらくかつてリビングだったであろう部屋の床を板張りにして、テーブルと椅子を並べている。

お昼時を過ぎていたせいか、お客さんは誰もいない。

「いらっしゃいませ」

迎えたのは、白髪の、実直そうなおじさんだった。僕のイメージでは、銀行を退職したのを機に、むかしからやりたかったカフェを始めた、という感じのおじさん。

小さな娘を連れていたのを見たご主人は、

「2階に和室がありますから、そちらのほうがいいかと…」

とすすめてくれた。

他人の家の2階に上がって行くような心境である。だって、もともとはふつうの2階建ての家だったんだから。

2階に上がると、ほんと、ごくふつうの和室があり、座布団と座椅子が置いてある。

やはり他人の家に紛れ込んじゃったような、生活感漂う部屋なのである。

メニューを見ると、「ソーキそば」「沖縄そば」というのが目に入った。というか、どうやらそれがメインのようである。

では、このお店の主人は、沖縄出身の人なんだろうか?と思ったが、さきほどの実直そうなおじさんの顔を思い浮かべても、沖縄出身という感じは全然しない。

あと、変わったものとしては、「和歌山名物」の茶がゆセットというのもあった。

沖縄と和歌山…。どういう取り合わせなのだろうか。

ほかにも、とんかつ定食とかカレーとかパスタなんてのもあったんだが、ここはやはり、ソーキそばだろう。ジューシー(沖縄の炊き込みご飯)もあったので、セットで注文した。

味は美味しかった。ここのコーヒーもこだわりがあって美味しいと評判のようだったが、時間がなくて注文しなかった。

食べ終わって、会計をすませようと2階から降りると、1階の飲食スペースのところ、テーブルが片づけられていて、椅子が並んでいた。

「何か始まるんですか?」とおじさんに聞くと、

「これから落語会なんです」

という。どうも定期的に若手の落語家さんによる落語会を開催しているらしい。しかし、畳10畳分くらいのこの窮屈なスペースの部屋で、本当に落語会をするのだろうか。ちょっとイメージがわかなかった。

「よろしかったら、聴いていきませんか?」

と誘われたが、このあとに予定があったので、残念ながらそのままお店を出ることにした。

沖縄と和歌山と本格コーヒーと江戸前の落語…。

うーむ。やっぱりどうも僕の中では結びつかない。それと、あの実直そうで物静かな白髪のご主人が、落語に興味があるというのも、なんとなく意外だった。

そして今日。

自宅から繁華街まで散歩がてら歩いて行くことにしたので、途中にあるそのカフェで2カ月ぶりに昼食を食べることにした。

昼食時を少し過ぎてしまったこともあり、またお客さんが1人もいない。

例によって2階の和室に上がり、今回もソーキそばとジューシーのセットを注文した。

食べ終わって2階を降りて、会計を済ませようと1階の飲食スペースに行くと、やはりお客はおらず、実直そうな白髪のご主人がひとり、椅子に座って、ジャズを聴きながら物思いに耽っているところだった。

「ごちそうさまでした」

「ありがとうございました」

沖縄と和歌山と本格コーヒーと江戸前の落語とジャズ…。

一見、まったく結びつかないこれらの取り合わせは、たんに店の主人の趣味なんじゃないだろうか。

仕事を引退して、自宅を改装してむかしからの夢だったカフェを開店し、そこで、自分の好きな和歌山の茶がゆとか、沖縄のソーキそばとか、本格コーヒーとかを出すことにしたのだろう。

落語も好きだから、若手の落語家に場所を提供して、お客さんを呼んで落語を披露してもらう。

そしてジャズも好きなので、店内にはジャズを流す。

定年まで、がむしゃらに働いたので、カフェで儲けようとは思わない。だからお客さんがいようがいまいが、趣味で続ける。

そこには、のんびりした時間が流れている。

…もし僕の妄想どおりだったとしたら、なんとうらやましいことか。これだよ!俺がやりたかったカフェは!

もちろん、まったくの見込み違いの可能性もあるが、まあそういうことにしておこう。

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