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シェフを呼んで下さい

1月24日(金)

仕事の関係で、ある美術館に行く。仕事の必要からどうしても見ておかなければいけない企画展がもうすぐ会期を終えるのだが、なんとか間に合った。今回は、妻もやはり仕事の必要から同行した。

新幹線に乗って北に向かい、1時間20分ほどで駅に着く。そこから、1時間に1本の間隔で出ているバスに乗り、10分ほどで到着した。わずか10分ほどの乗車だったが、さきほどまでの駅前の喧噪が嘘のように、その美術館は森に囲まれたところにあった。

じっくりと企画展を見て、

「まるで集大成のような展示だね」

と妻が言った。なるほど、たしかにそんな感じがした。

さて、仕事の必要から、この展示を企画した担当者の方に、ぜひお話をうかがいたいと思った。ところが、僕も妻も、その方とはまったく面識がないし、業界も異なる。二人とも、全然面識のない方にこちらからご挨拶してお話をうかがう、ということが、とても苦手なのである。いきなり全然知らない人が訪ねてきて、「変な人だと思われないだろうか」とか、「めんどくさいと思われないだろうか」と、被害妄想が頭によぎった。

しかも、おそらく先方は、とても忙しい方だろうし、そんな知らない人間のために時間を割いてもらうことが忍びない。

しかしせっかくここまで来て、お話を聞かずに帰るというのも、あとで悔いが残る。

まあ多少煙たがられても、悔いが残らないようにトライしてみようと、意を決して、受付に行った。

「あのう…鬼瓦と申しますが、副館長の○○先生はおいででしょうか。もし、お時間がありましたらご挨拶したいと思いまして…」

「少々お待ち下さい」と、受付の方が内線電話をかけた。

こちらが期待したのは、「いちおう問い合わせてみて、ご当人が不在である」というパターンだった。であれば、仕方がない、とあきらめもつく。

だが、受付の方が僕たちに言った答えが、

「いま、こちらにうかがうとのことでしたので、少々お待ち下さい」

というものだった。僕たちはとたんにどきどきした。

ほどなくして、その方があらわれた。

いったいこの二人は誰だろう?という顔を一瞬されたが、名刺を交換して、「実はこれこれこういう事情で…」とお話しすると、「座ってお話ししましょう」と、応接室に通された。

そこで15分ほど、あれこれとお話しをした。考えてみれば、初対面とはいえ、今回の企画展、という共通の話題があるのである。その方のお話から、今回の企画展に対する強い思いを感じることができた。

あまり長居をしてはいけないと思い、「ありがとうございます」と席を立つと、

「実は私、来年が定年でして、これが最後に手がけた企画展なんです」

とおっしゃった。なるほど、まるで集大成のような展示だ、と僕たちが感じたのは、そういうことだったのか。

帰り道、妻が言った。

「企画展がよかったから担当者の方に挨拶したい、ってのは、まるで『この料理が美味しかったから、シェフに会って挨拶したい』というようなものだね」

なるほど、至言である。

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