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同業者の寄合に参加する

1月25日(土)

このブログでは、「同業者祭り」とか「同業者の寄合」などという言葉を使うことがあるが、

「同業者祭り」…年に1回おこなわれる、大人数が参加する大会みたいなもの。

「同業者の寄合」…少人数でおこなわれる、定例会みたいなもの。

と考えてもらえればよろしい。

で、今日は、めずらしく「同業者の寄合」に出かけた。

「めずらしく」と書いたのは、僕は基本的に、この種の「同業者祭り」「同業者の寄合」に、ほとんど顔を出さないからである。

それでも若い頃はね、少しは熱心に参加していたんですよ。そういうところで「顔つなぎ」をしていれば、「がんばってる感」をアピールできるし、次の仕事につながったりするから。とにかく忘れられないように、そういうところによく顔を出していた。

だが今は、ほとんど参加しない。2年前に大病を患ったのがきっかけで、わざわざ休みの日に、顔つなぎのためだけにそういう集まりに出て行くのは、時間の無駄のような気になってきたのである。それよりも自分の健康が大事。

で、そういう人間は、業界的にはとても「不義理な人間」と思われる場合が多い。そういう場にマメに顔を出していれば、なんとなく活躍しているように思われたり、誠実に思われたりするのだ。あわよくば、そうしたコミュニケーションの中で、思わぬ仕事をもらったりする。このあたりは、政治家が地元のお祭りに顔を出す心理とよく似ているのかも知れない。

それからいえば僕はまったく不義理な人間で、この業界に相手にされなくても仕方がないようなことばかりしているのだが、それでも不思議なことに、そこそこ仕事をいただいているので、今のままで十分である。

前置きが長くなったが、そんな出不精な僕が、実に久しぶりに小さな「同業者の寄合」に参加することにしたのは、10年前に韓国に留学していたときに何度か会ったことのある当時大学院生だった青年が、そこで報告をすると聞いたからである。

10年前に大学院生だった彼は、今はどこかの大学の先生をしていて、この1月に、3週間ほど日本に滞在することになったのだという。僕は忙しくて、なかなか彼と再会するチャンスがなかったのだが、今日、「同業者の寄合」で彼が報告をすると聞いて、もうこのときしかないと思い、重い腰を上げて、都内の大学に向かったのであった。

10年前に何度か会った、といっても、ほとんど話をした記憶がなく、「会えば挨拶する間柄」ていどだったのだが、向こうは僕のことを覚えていてくれていた。

彼の報告は、実に堂々としたものだった。それは、彼が大学院時代から比べて成長した、ということなのか、大学院時代からの素質であるということをたんに僕が知らないだけなのか、あるいは「地位が人をつくる」ということなのか、よくわからない。

彼の報告に対して、コメントできる人間がその場では僕くらいしかいなかったので、少し長めのコメントを言ったのだが、コメントを言っているうちに、(なんか俺、上から目線じゃね?)と思い始めて、自己嫌悪に陥ってしまった。

そして僕は、いまノリにノっている彼の姿を見て、自分自身の限界を痛感したのだった。

2年ほど前だったか、ある人から、「ある仕事の依頼をしたいんですけど、誰か若い人を紹介して下さい」という依頼が来たことがあって、

「俺だってまだ若いよ!」

という意味のことをオブラートに包んで返信したことがあったが、今から思えば、その人の見立ては当たっていたのかも知れない。

残りの時間を、さて、どう使おうか。

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