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伝わりにくい話

いま職場で、年度末までに仕上げなければならない小冊子の編集を担当している。

主な仕事は、台割りをして、それをふまえて執筆者に原稿を依頼して、その原稿をとりまとめて、レイアウターに送ってレイアウトしてもらい、さらに校正を各執筆者に渡し、それをとりまとめて、印刷所に入稿する、という流れである。今、各執筆者から校正が戻って、レイアウターに戻している段階である。

22頁ほどのささやかなものなのだが、これが意外に面倒くさい。

まず、執筆者の数が多い。それと、執筆者によって、微妙に制限字数が違う。

執筆者から取り立てなければならないのは、1,原稿、2.写真6枚、3.写真のキャプションの、おもに3つである。オールカラーなので、文字原稿だけでなく、写真も重要な要素なのだ。

いちばん心配なのは、執筆者が多ければ多いほど、原稿が集まりにくい、ということである。

執筆者はみなさんお忙しい人ばかりだから、締め切りまでに原稿が集まるか心配だった。もっとも、それを見越して、締め切りを早めに設定してはいるのだが。

集まった原稿をレイアウターに渡すと、今度は校正である。校正もまた、期日までに戻ってくるか、気が気ではない。

おおむね、破綻することなく、原稿は集まり、ギリギリ、スケジュールどおり編集作業が進んでいるのだが、原稿の提出の仕方が、執筆者の個性によってまちまちだなあと感じることがある。

この小冊子の執筆者は、半分くらいがうちの職場の同僚で、残りの半分くらいが職場以外の方である。

このたび執筆を依頼したうちの1人、仮にXさんと名付けよう。

職場以外の方なので、僕はXさんとは面識がない。

職場の同僚だったら、だいたいみんなの性格がわかっているので、この人はきっちりと提出してくれるな、とか、この人は締め切りに間に合いそうもないな、というのが、なんとなく予想がつく。

しかし面識のないXさんは、どんなタイプの人なのか、皆目見当もつかない。

しかるべき地位にある人で、おそらくは僕と同じくらいの年齢か、僕よりも少し若い方なのだと思うが、顔を見たことがないのでわからない。

締め切りをちょっと過ぎて原稿が送られてきたのだが、写真6枚が送られてこなかった。

「写真はあとでお送りします」

と言ったっきり、待てど暮らせど写真が送られてこない。いまどきはメールに添付して送れる時代なのだから、それほど難しくはないはずなのだが。

結局、レイアウターに渡す期日までに写真が送られてこなかったので、とりあえず文字原稿だけを送って、レイアウトしてもらうことにした。

初校が出たのだが、当然、その方の原稿だけは写真がなく、とりあえず文字だけをレイアウトしてもらったものが初校となった。

僕はXさんに初校を送ったついでに、おそるおそる「写真をお送りいただけますでしょうか」とメールでお願いしたところ、ようやく写真を送っていただいた。

「写真のキャプションはあとでお送りします」

どないやねん!

そうやって五月雨式に送ってこられると、その都度レイアウターに送らなければならず、こちらとしては地味に面倒な作業となるのである。

まあそれでも、何度かのやりとりで、ようやく原稿と写真とキャプションが揃ったのであった。

あらためて写真入りの再校を送り、

「レイアウト等、ご確認下さい。修正点等ございましたら、ご連絡下さい」

とメールをした。

するとほどなくして、

「原稿、確認しました」

と、ひと言だけ書かれたメールが来た。

うーむ、と、僕は考え込んでしまった。

「確認しました」とは、どういう意味なのか?

目を通しました、という程度の意味なのか?

僕は心がモヤモヤしてしまったのである。

…この話、伝わっているかな?

せめて、「修正点はありません」とか書いてくれたら、はっきりするのだが「確認しました」だけでは、修正点があるのかないのかまでは、厳密にはわからないのである。

…うーむ。やはり伝わりにくいか。

僕はここで、あることを思い出した。

例の「桜を見る会」をめぐって、野党が合同で内閣府のヒアリングをしたとき、こんなやりとりがあった。

「桜を見る会」の招待状に付された、60番台の招待区分について、それを知る担当者がいるので確認してきてくれという話だった件がどうなったかを野党の議員が質問したときのことである。60番台が付された招待状が、総理大臣の推薦によるものかどうか、重大な局面を迎えていたのである。そのとき内閣府の役人は、

「当時の担当者が特定できるということは申し上げたが、確認をするというところまで確約したかというと記憶にございません」と答えた。

「だって、わかりましたと言ったじゃないか」と野党側が問い詰めると、

「わかりましたというのは、そういうご趣旨は理解しましたが、必ず確認をしてくると承諾したわけではありません」

と言い放ったのである。

つまり、「わかりました」というのは、「話の趣旨はわかりました」という意味で、承諾しましたという意味ではないという屁理屈を言ったのである。

ここ最近の、こうした日本語の壊れ方からすると、

「確認しました」

という言葉は、

「目を通したという意味で、修正点がないことを表明したわけではない」

という意味だとする屁理屈も成り立ちうるのである。

そういう誤解を防ぐためにも、「確認しました」のあとに、「修正点はありません」とひと言付け加えるべきなのだ。

…やはり伝わらないかな、というか、こんなことを考える俺は、ノイローゼなのか???

とにかく僕は、小冊子の編集を通じて、そうした人の心の機微を感じ取らずにはいられなかったのである。

…やはり伝わりにくい話だ。

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コメント

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投稿: 旅の空でないこぶぎ | 2020年3月 3日 (火) 09時49分

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