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ああ、青春日記

6月14日(日)

お昼時にテレビをつけたら、BSフジで「渥美清のああ、青春日記」という1997年のドラマを再放送していた。渥美清の1周忌に合わせて作られたドラマである。最初の30分くらいを見逃してしまったが、最後まで見ることができた。

ちなみに僕は、リアルタイムではこのドラマを観ていない。当時、観る気が起きなかったのは、渥美清を誰が演じても、自分にとっては不満が残るだろうと思っていたからである。

しかし、このドラマの脚本が早坂暁さんであることをいまになって知り、これは観ておかなければと思ったのである。以前にも書いたが、僕は子どもの頃に観た早坂暁さん脚本のドラマが長く記憶に残っていて、没後に刊行されたエッセイ集を読んで感激しその感想がまわりまわって早坂さんの奥様に届き、奥様から長いお手紙をいただくという幸福な体験をした。それからというもの僕にとって早坂さんは、「ご縁のある人」として僕の心に刻まれたのである。

余談になるが、以前の勤め先で同姓同名の教え子がいて、在学中に「将来は脚本家になりたい」という夢を語ってくれたことがある。僕はびっくりして、「じゃあ君と同じ名前の有名な脚本家がいるんだけど知ってる?」と聞くと、「知りません」と彼は答えた。「素晴らしい脚本を書いているから、脚本家を目指すんだったら、何かの縁だ、まずは早坂さんのドラマを観なさい」と、そんな会話を交わした記憶がある。いま彼はどうしているのかと、早坂さん脚本のドラマを見返すたびに思い出す。

さて、このドラマで渥美清を演じたのはウッチャンナンチャンの南原清隆だった。おそらく1997年時点で考えうる最高のキャスティングだっただろう。そもそも、若いころの渥美清を演じられる役者を思い浮かべることができない。いま強いて考えれば、大泉洋とか阿部サダヲの名前が浮かぶのだが、渥美清のすごさは、声を張らなくてもセリフが聞きとれるという滑舌のよさにある。ナンちゃんの場合は、渥美清の滑舌を再現するために声を張り続けなければならないという点が少し気になったが、それでも好演や熱演と呼ぶにふさわしいものであった。

ドラマは、若い頃に渥美清と交流のあった早坂暁の視点で描かれる。二人は終生の親友どうしであったことはよく知られている。つまり渥美清の若い頃をドラマ化するとしたら、脚本は早坂暁さん以外考えられないのだ。

プロデューサーと演出は、小林俊一。映画版の前にフジテレビ版の連続ドラマ「男はつらいよ」が放送されたが、その演出をつとめたのが小林俊一である。映画版でも1本だけ監督をつとめている。

関敬六、谷幹一、秋野太作など、渥美清の若い頃にゆかりの深い人たちが出演している。音楽は山本直純である。つまりスタッフ、キャストともに、渥美清にゆかりの深い人々が結集してドラマが作られたのである。

ドラマのタイトルが「渥美清のああ、青春日記」というものだが、これがじつに早坂暁さんらしいタイトルである。

早坂さんのドラマには、「日記」とつくタイトルのものが多い気がする。一番有名なのは「夢千代日記」だが、代表作の「花へんろ」の副題は「風の昭和日記」である。毎日放送版「人間の証明」(これも名作)は、ある高校生の日記の体裁をとって、ドラマのナレーションが進んでいく。時代劇の傑作「関ヶ原」(全3話)の第2話の最後は、石坂浩二による、

「この日、イギリスの都ロンドンでは、シェークスピアの『真夏の夜の夢』が上演されている」

というナレーションで締めくくられる。僕はこのナレーションが子どもの頃から耳について離れないほど印象的なものだったのだが(おそらく司馬遼太郎の原作にはないのではないか)、このナレーションもまた、日記的な語りである。つまり日記的な語りこそが、早坂暁さんの脚本の真骨頂なのである。

そして「ああ」という言葉。

渥美清がいろいろな人を演じたTBSの連続ドラマ「泣いてたまるか」も、「男はつらいよ」以前の渥美清の代表作だが、このドラマで、早坂暁さんは2回ほど脚本を書いている。「ああ誕生」「ああ無名戦士!」の2本である。もともと「泣いてたまるか」の各回のタイトルには「ああ◯◯」と題するものが多いのだが、つまりはこの、渥美清と早坂暁さんが若い頃に一緒に仕事をした思い出深いドラマ「泣いてたまるか」へのオマージュなのではないだろうかと、妄想したくなる。タイトルを見ただけでも、さまざまな思いが詰まった脚本だということがわかるのだ。

このドラマが、欲張らず、まだ世に出る前の若き渥美清をのみ描くことに特化したのも、早坂暁さんならではであろう。みんながよく知っている「寅さん」以後ではなく、その前の渥美清を知ってもらいたいという思いが込められていると思う。そしてそのホンは、早坂暁さんにしかやはり書けなかったであろう。

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