豆腐屋のメタファー
6月13日(土)
金曜日の職場での仕事が、あまりにもストレスフルだったので、今日は疲労と頭痛で身体が石のようになり、何もできなかった。ま、休みの日はいつもそんな感じではあるのだが。
新型コロナウィルスによる影響で、平時では起こらない問題が発生したりして、それをどのように収めるか、といったことに腐心しなければならない。運の悪いことに今年度からはそんな役回りをさせられる立場になって、そういう仕事に慣れていない僕は、些細なことであってもそれを収めることに過度なストレスを感じるのだ。
「リーダーシップ論」とか「組織運営論」とか、そういうビジネス系自己啓発本みたいな本を読んだ方がいいのだろうか。何かいい本があったら教えてください。
そんなわけで、職業的文章が相変わらず止まったままである。
そんなことはともかく。
前回書いた文章は、よくよく読んでみれば、まったく論理的ではない。
こぶぎさんがコメント欄で紹介してくれたように、YouTubeの「伯山ティービィー」で、講釈師の神田阿久鯉先生が「徂徠豆腐」をやるというのを知り(ちなみに、阿久鯉先生の「徂徠豆腐」は名演であった!)、文化放送「大竹まことのゴールデンラジオ」で豆腐屋のエピソードを聴いて感傷的になり、そういえば少し前の「久米宏 ラジオなんですけど」(今月で番組終了というのが残念!)で、元朝日新聞論説委員の清水建宇さんが退職後にスペインで豆腐屋を始めたというお話しを思い出して、これらを1つの文章にできないだろうかと思って書いたのが、前回の文章なのである。
だから、論理性はまったくなく、僕の脳の中にあるとりとめのない断片を息を吐くように文章に認めたにすぎない。
こんな支離滅裂な文章、共感して読んでくれる人なんて誰もいないだろうな。もっとも自分のために書いているのだから仕方ないのだが。
豆腐屋について思い出したことをもう少し書くと(しつこいな)。
山田洋次監督の映画「男はつらいよ 望郷編」(第5作)では、フーテンの寅次郎が、一念発起して地道に働こうとしてたどり着いた先が、豆腐屋さんだった。その豆腐屋の一人娘(長山藍子)に恋をしてフラれる、というお決まりの展開になるのだが、それはまあ置いといて。
フーテンと対極にある地道な仕事の代表として、豆腐屋が選ばれているのだ。
映画のつながりでいえば、小津安二郎監督は、
「私は豆腐屋のような映画監督なのだから、トンカツを作れといわれても無理で、せいぜいガンモドキぐらいだよ」
という言葉を遺している。小津安二郎監督にとって「豆腐屋のような映画監督」であることは、自身のアイデンティティーだったようである。
トンカツのようなお腹にもたれることのない豆腐のような映画を作る、というのがその真意なのだろう。それに加えて、豆腐屋は地味で手間がかかる仕事の象徴であるという意味も込められているのかも知れない。
そういえば「頭文字D(イニシャルD)」の主人公の家が「藤原豆腐店」だったが、家業が豆腐屋であることに何か意味があったのだろうか。未見なのでわからない。
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