話術の真骨頂
6月27日(土)
TBSラジオ「久米宏 ラジオなんですけど」が、とうとう終わってしまった。
小学生の身で「久米宏の土曜ワイドラジオ東京」を折りにふれて聴いていた頃からのリスナーとしては、じつに寂寞たる思いである。
といっても、熱心なリスナーというわけではなく、時間があるときにラジオクラウドで聴いていたくらいなのだが。
最終回のひとつ前、つまり先週6月20日(土)放送のオープニングで、久米さんの話術にハッとさせられた体験をしたので、書きとどめておく。
番組のオープニングは「空白の12分」といって、久米さんが12分間のフリートークをすることになっている。
話題はひとつではなく、あちこちに飛ぶので、聴いている方はそのジェットコースターのようなトークに翻弄されるのだが、先週の回も、話題があちこちに飛んだ。
フリートークの最後のほうで、久米さんが、
「TBSラジオの社長から手紙が来たんです」
と、意味深に言う。
聴いていた僕は、番組が終わるにあたってTBSラジオの社長が久米さんに何らかのメッセージを書いたのではないかと想像してしまう。たぶん多くのリスナーがそう感じたのではないだろうか。
アシスタントの堀井美香アナも、そのことを初めて聴いたらしく、「まさかここで読むんですか?」と、手紙の内容が気になって仕方がないといった様子である。
「あたり前じゃないですか。僕に来たんですから」といって、久米さんはその封書を開き、少し間を置いて、その手紙を読み始める。
「謹啓、梅雨の候、愈々ご清栄のこととお慶び申し上げます。平素は格別のご芳情を賜わり、厚く御礼を申し上げます。
さて!…」
ここでまた間が開く。
「さて…?」ここからが本題か?
「さて、6月17日に開催されました定期株主総会ならびに取締役会の決議におきまして、次の通り役員を選任したうえで、それぞれ決定し、就任いたしましたことをご報告いたします」
ここで聴いている僕は脱力する。堀井アナも思わず吹き出す。なんだよ!株主総会の報告の定型文かよ!それ、久米さんだけに出したやつじゃなくて関係者みんなに送った儀礼的なやつじゃん!
ここで肩すかしを食らうのである。
これがオチなのかな、と思いきや、久米さんは引き続きその「手紙」の内容を紹介する。
「会長がお一人、代表取締役社長がお一人、常務取締役がお一人、取締役が四人、監査役が一人、全部で八人、お名前が書いてあります。
…全員、男なんですよ」
僕はここでハッとする。
そうか、久米さんが言いたかったのはここなのか。
「一言でいうと、ちょっと時代遅れ。放送局って、一応時代の先端を走っている企業であるはずなのに、役員全員が男ってのはねえ…時代に敏感でなければならない放送局なんだから、せめて役員に女性を何人か入れてほしかったですねえ」
そう言って、フリートークを締めくくった。
僕はこの、何ということのないフリートークについて、深く考えてしまった。
最初に、「社長から手紙をもらった」と意味深なことを言って、リスナーにいろいろな想像力を働かせておいて、実は、何の変哲もない、株主総会の報告文だった、というオチ。
だが、そこで終わらないのだ。その、何の変哲もない儀礼的な報告文の中に、問題点を見つけ出し、リスナーに問いかけるのだ。
しかも今回の場合、自分の古巣であり、現在番組を持っている放送局に対する臆せぬ批判にもなっている。
ここまでが、ひとつのパッケージである。
最初に意味ありげなことを言って、期待を持たせておいて、肩すかしを食らわせる。しかし最後に、ハッとしたことを言う。そしてそれが、停止していた我々の思考を揺さぶるような内容になっている。
たぶんこれが、久米さんの話術の真骨頂なのではないかと思う。
こういうまどろっこしい話術を自在に扱えるラジオパーソナリティーは、久米さんをおいてほかにいないんじゃないだろうか。
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