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ご油断なく

「ご油断なく」という言葉が好きである。

この言葉を知るきっかけとなったのが、大林宣彦監督の映画「異人たちとの夏」(1988年)で、本多猪四郎監督が扮する浅草のやつめうなぎ屋の主人が、

「長生きをしなさい。ご油断なく」

と主人公たちに声をかける場面が、短いがとても印象的だったからである。

大林監督の映画にはこのほかにも、「理由」(2004年)のなかで、柄本明扮する簡易宿泊所の主人が宿泊客の外出の際に「ご油断なく」と声をかける場面があったり、「22才の別れ Lycoris 葉見ず花見ず物語」(2007年)の中で、筧利夫扮する主人公が、映画の一番最後のナレーションで「ご油断なく」と観客に語りかける場面などがある。もっと探せば、ほかの作品にもこの言葉が使われているかもしれない。どうやら大林監督はこの「ご油断なく」という言葉がよっぽど好きだったようである。

しかし、ほかのところでこの「ご油断なく」という言葉を聞いたことがない。一般的な言葉なのだろうか?少なくとも僕の人生の中で、日常生活でこの言葉に出くわしたことはない。

で、調べてみると、これが岩手の方言であることがわかった。「お気をつけてお帰りください」という意味らしい。

しかし不思議なのは、大林監督は広島県の尾道出身だし、パートナーの恭子プロデューサーは秋田県の大館出身なので、岩手県とは何のゆかりもない。

では、「異人たちとの夏」の脚本を書いた市川森一が書いた台詞だろうか?と思って調べてみると、市川森一は長崎県の出身である。ちなみに原作者の山田太一は東京の浅草出身である。さらに、「異人たちとの夏」で「ご油断なく」の台詞を言った本多猪四郎監督のアドリブの台詞かとも考えたが、本多猪四郎監督は山形県の庄内地方出身であり、やはり岩手県とは関係がない。まあ台詞の感じからして、大林監督が撮影台本として書き足した台詞の可能性が高い。

大林監督は、東京の浅草が舞台の「異人たちとの夏」、荒川区が舞台の「理由」、大分県が舞台の「22才の別れ Lycoris 葉見ず花見ず物語」、つまり地域にかかわらず「ご油断なく」を登場させている。しかも「気をつけてお帰りください」という意味ではなく、どうやら「気をつけて行ってらっしゃい」という意味で使っている。

いったいこれはどういうことなのか?皆目わからなくなってしまった。

「ご油断なく」という言葉の響きがよいので、僕も日常で使ってみたいと思っているのだが、いきなり「ご油断なく」と言うと、言われたほうが「はあ?」となってしまう可能性があるので、使うのをためらっている。

大林監督も、どこかでこの言葉を知り、その言葉の響きに惹かれて、映画の台詞として使ったのだろうか。

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