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2020年11月

怒濤の2日間・2日目

当初は2日間のことを一気に書こうと思っていたが、1日目の話が思いのほか長くなったので分けて書くことにする。

11月28日(土)

いよいよ、職場のイベントを紹介するインターネット番組に出演する日がやってきた。イベント会場から生中継するのだ。

詳しいことは聞かされていない。放送は午後6時から始まるので、1時間ほど前にイベント会場に来てください、ということだけ聞かされていた。

いちおう、台本らしきものが送られてきたのだが、中身は、何も書かれていないに等しいものであった。要は、お好きなように喋ってください、ということである。

不安すぎる!!!

番組には、現役アイドルの方がナビゲーターとして出演されることになっていた。僕はその方のアイドル活動については全然知らなかったのだが、先月、僕が最近愛聴しているラジオ番組にゲスト出演していて、非常に誠実にお話しになっていたのを聴いて、(この方がナビゲーターになってくれたらいいなあ)と思っていたら、なんと番組制作サイドから、ナビゲーターの複数の候補者の一人にこの方が入っていて、僕は即座にこの方を推薦したのだった。

別に僕が推薦したから決まったわけではないのだろうけど、結果的にそうなって、よかったよかったと胸をなで下ろしたのである。

さて当日。ナビゲーターの方は5時10分頃いらっしゃるというので、その時間に合わせて職場内のイベント会場に向かった。

挨拶もそこそこに、ディレクターやスタッフのみなさんと、さっそく段取りのチェックが始まる。

といっても、カメラの動きをチェックする、というだけで、あっという間に本番の6時になってしまった。

まず最初に、イベント代表者の同僚とナビゲーターの方による、オープニングトーク。僕の出番は、そのオープニングトークが終わってからなので、番組開始から10分後くらいからである。

もうね、この待っている時間に、極度に緊張が高まってしまった。

いちおう、カンペを作ってきたのだが、たぶん、本番ではそんなものは役に立たないだろう、と思い、何も持たずにスタンバイした。

そしていよいよ僕の出番である。

あまりに緊張しすぎて、自分が何を喋ったのか、まったく覚えていない。

途中でディレクターの方から、「少しペースを上げてください」という指示が出され、ますます焦ってしまう。

ナビゲーターが何度か的確なコメントをおっしゃってくれた気がするのだが、それに対して僕がちゃんとした「返し」をした記憶もない。

気がついたら、30分ほど喋っていて、ひとまず、次の担当の同僚にバトンを渡した。

結局、2カ所あるうちの、1つ目のイベント会場の解説だけで、1時間半以上かかった。

イベント会場はもう1カ所ある。予定では8時頃に終了ということになっていたが、いまはもう7時45分である。

ひとまず前半が終了したので、5分ほど休憩したあとで後半戦を行うことになった。

休憩中に、僕を含めた3人の同僚が猛反省した。

「我々は性分なのか、説明がクドいんですよ!」

と、3人が3人とも、我が身を振り返って反省したのであった。

前半の最後に引き続き、後半に説明するイベント代表者の同僚は、

「後半は、前半のようにクドくならずに、ポイントだけ説明したいと思います」

と決意を語っていた。

そして後半戦。

ポイントだけ説明するどころか、前半以上に、クドい説明である!

(時間は大丈夫なのかなあ…)

と僕はヒヤヒヤしていたのだが、本来、時間管理をするはずのディレクターが、同僚の話がおもしろいと思ったのか、どんどんと質問し始めた。それに対して同僚がまた誠実に応えるものだから、どんどんと時間が延びていく。

(おいおい、ディレクターが時間を気にせずに質問してどうすんだよ!)

と、気がついたら3時間が経っていた。

そしてエンディング!

全員が揃って、最後に一人ずつコメントを喋った。僕もいちおう喋ったが、どのていど伝わったのかは、よくわからない。

予定の2時間を1時間もオーバーして、3時間9分かかって終了した。インターネット番組だから、テレビ番組のように尺が決まっているわけではないのである。

怒濤の3時間が終わった後、みんなで記念撮影をして、ナビゲーターをつとめていただいたアイドルの方とお別れした。もちろんサインはもらいましたよ。

アイドルの方がお帰りになった後、ディレクターの方が言った。

「実はあの方、この日のために、昨日もこのイベントを見に来られて事前に勉強されていたんですよ。僕はこの番組を何度も担当していますが、そんなことをされる方ははじめてです。まじめな方なんですね」

やはりあの方にナビゲーターをやっていただいて本当によかったと思った。

今日の番組は、イベント最終日の12月6日(日)まではアーカイブで見ることができるそうだが、僕は恐ろしくて自分の出た番組を見る気にはなれない。

でも少しは気になるので、怖々(こわごわ)とSNSを見てみたら、なんと、絶賛の嵐だった!

「3時間があっという間だった」「食事も忘れて見入ってしまった」等という感想も嬉しかったのだが、それ以上に嬉しかったのは、「ナビゲーターの方のコメントが的確で、ナイス人選だった」という感想もけっこうあった、ということだった。

ほんと、現状で考え得る、最もナイスな人選だったと思う。

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怒濤の2日間・1日目

いやあ、怒濤の2日間だった。

11月27日(金)

韓国の学会主催の国際会議に出席した。韓国主催の国際会議に出席するのは、11月5日(木)に続き2度目である。もちろん、中国と日本から参加するメンバーは、オンラインでの参加である。

国際会議は、朝9時半から始まり、僕の出番は午後2時半くらい。実際には、2時50分から僕の出番が始まり、20分ほど日本語で発表した。

僕の出番はそれだけでなく、最後の総合討論の場でも、討論者の質問に対して答えなければならない。討論者の質問は、事前に知らされていたので、前日の夜に、その回答を用意して、通訳者に渡していた。

総合討論が始まると、明らかに時間がないことが目に見えていた。なぜなら、総合討論の時間は、3時50分から5時半の1時間40分。つまり100分である。それを、今日の発表者10人で割ると、発表者一人あたりの持ち時間は10分である。つまり、討論者が質問して、発表者が答える、というやりとりを、10分で済ませなければならないのである。

しかも、である。発表者は韓国、中国、日本の3カ国であり、発言するたびに、いちいち2カ国語に通訳しなければならない。

仮に、討論者と発表者の持ち時間を均等と考えた場合、たとえば韓国人が質問して、日本人が答える場合、

(討論者)韓国語→(通訳)中国語→(通訳)日本語→(発表者)日本語→(通訳)韓国語→(通訳)中国語

となり、つまりは10分を6で割ることになるから、討論者と発表者の持ち時間はそれぞれ100秒。すなわち1分40秒という計算になる。

討論者や発表者は、喋りたくてしょうがないんだから、1分40秒で質問して、1分40秒で答えるなんて、できるわけがないのだ。

実際、そんなことをおかまいなしといったように、討論者と発表者が長々とやりとりをしている。

司会をされている韓国の重鎮の先生も、途中から焦り出した。

「討論者は質問を30秒でまとめ、発表者は回答を1分でまとめてください」

とおっしゃるのだが、そんなことを守る人は誰もいない。

そのうち司会の先生は、他の2カ国語でいちいち通訳されるのがまどろっこしくなったようで、

「(中国語も日本語も)聴き取れるから訳さなくてもいい!」

と、本当は聴き取れないにもかかわらず、半ば冗談でおっしゃった。あと、

「これはたいした話ではないから通訳する必要はない」

とおっしゃったりもする。僕は幸いにも少し韓国語が聴き取れるので、司会の先生の慌てふためく様子が手に取るようにわかるのだ。

僕の発表の順番は9人目だったので、僕の番が待ってくる頃には、すでに予定の終了時間を完全にオーバーしていた。

いちおう準備した原稿を読み上げたのだが、司会の先生も会場の方々も気もそぞろで、たぶん誰も僕の話した内容をしっかりとは聴いていなかっただろう。

まったく実のある話ができないまま、時間ばかりに追い立てられて、予定の時間を30分過ぎて閉会した。

司会の大御所の先生は、総合討論の時間が短くて、じっくりと討論できなかったことをお詫びされて、

「コロナがおさまって韓国にいらしたときは、1杯おごりますから」

と画面にいる中国人と日本人に向かっておっしゃった。

ま、実際にその場に参加していたとしても、同じように、追い立てられるような総合討論だったことは、想像に難くないのだが。

 

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贅沢な時間

11月26日(木)

今日も朝から夕方まで途切れなく仕事が続いた。

まず、朝一番で、ある相談を受け、トラブルシューティングの役をやらされる羽目になる。最近、こんなことが多い。

11時から13時までは、他社の仕事仲間がわが社にやってきて、今後の打ち合わせ。

15時から2時間ほど、重要な打ち合わせ。

これだけでヘトヘトなのだが、しかし今日は、僕の中でもう一つ、大きなイベントがあった。

うちの職場で絶賛開催中のイベントでは、最後に、ある方のビデオメッセージが流れるのだが、そのビデオメッセージをしていただいたご当人が、うちの職場のイベントをご覧にいらっしゃるというのである。

僕は、テレビでその方のインタビューをよく見ていたし、その方のご本も読んでいて、すっかりその人柄に魅了されて、ファンになっていた。だが、このイベント用のビデオメッセージの撮影には立ち会えず、悔しい思いをしていたところだった。今日、職場にいらっしゃるという話を聞いて、なんとしてもご挨拶して直接お話ししたい、と願っていたのである。

そしたらあーた、その方が13時半にいらっしゃるというではないか!ちょうど、打ち合わせと打ち合わせの間の、空いた時間である。

僕は同僚と一緒にその方を玄関でお迎えし、応接室で社長ともどもしばらく歓談と相成った。

僕は、ちょっとご挨拶ができただけで十分に満足だったのだが、

「鬼瓦さん、この後、イベント会場で担当部分を(その方に)説明してください」

と同僚が言うので、イベント会場までご一緒して、自分が担当した部分について、その方にマンツーマンで解説することになった。

こんなご時世なので、大きな声で解説はできず、周りのお客さんに迷惑をかけないように小声で解説をした。

その方は、僕の拙い説明に、その都度感心してくださり、その柔らかな物腰とお人柄に、さらに魅了されたのであった。

20分ほど解説をして、次の同僚にバトンタッチした。

気がつくと14時半。1時間ほどの、短いながらも充実した時間を過ごし、イベント会場を後にした。

夜、その方から、

「今日は、本当にプロに解説をしていただいて、贅沢な時間を過ごさせていただきました。本当にありがとうございます!私も、今回学んだことをこれからしっかり生かしていきたいと思います。」

と、本日の関係者宛にメールをいただいた。

贅沢な時間を過ごしたのは、こちらの方である。

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都内横断

11月24日(火)

今日は都内で1件、隣県の県庁所在地の町で1件、合計2件の打ち合わせがあり、久しぶりに電車で都内を横断した。

久しぶりに都内に出たら、ふつうに人が多いのに驚く。感染者数が急増しているにもかかわらず、である。

1件目の打ち合わせが終わり、電車で2件目の場所に向かう途中で、電車を降り、昼食を取ることにした。都内での昼食は、さすがに人が多くて恐いので、ちょっと郊外へ出て昼食を取ることにしたのである。

降りた駅も、なかなかどうして、人が多い。なるべく広くて人の少ないお店で昼食をとろうと思い、フードコートみたいなところに行った。

お昼休みの時間をはずしたせいか、たしかにお客さんが少ない。これならば安心だ。

だが、10メートル以上離れたところの、4人掛けのボックスシートのところに、白髪の3人のおじさん、見たところ定年退職後に悠々自適の生活しているような3人のおじさんが、昼間っからビールを飲んで、マスクもせずに大声で喋っている。

(「マスク会食」なんぞ、どこ吹く風だな)

10メートル以上離れたこっちの席にまで、声が聞こえてくる。重症化になりやすい年齢くらいの人たちだと思うのだが、大丈夫だろうか?

ちなみに、そのおじさんたちと僕の席の間には、お客さんはいない。なので、見通しがきくのである。

そのうち、追加注文をするために、店員さんを呼び出した。

女性の店員さんがそのボックス席に行くと、その3人のおじさんは、女性の店員さんに対して、くっそつまんねえ冗談みたいなことを大声で言っていた。

(コロナ禍でなくても、最悪だな、この3人…)

女性の店員さんにしても、マスクを着けていないおじさん3人に大声でくっそつまんねえ冗談を聞かされるのは、地獄だったのだろう。しばらくして、注文の品を持ってきた店員さんは、別の人に替わっていた。

別に僕はマスク警察でも自粛警察でもないのだが、ああいう光景を見ると、

(ああいう人たちは、どのような精神構造をしているのだろう?)

と、不思議でならないのである。

10メートル以上離れているので、感染の心配はないとは思ったが、とにかくその大声での会話が愉快なものではなかったので、そそくさと昼食を切り上げて、お店を出ることにした。

次の打ち合わせまで、まだ時間があったので、時間調整のために喫茶店に入ることにしたのだが、どこの喫茶店も、人が多い。何軒かまわってみると、喫茶店といっても、客層にいろいろなタイプがあることに気づいた。

2~3人で来て、おしゃべりをしているお客さんが多い喫茶店。

1人で来て、黙って本を読んだり仕事をしたりしている喫茶店。

どちらのパターンのお店も混んでいるのだが、当然僕は、後者に入ることにした。

それにしても、である。

4月~5月の緊急事態宣言の頃は、やむを得ぬ用事でやや遠くへ外出したときに、町はゴーストタウンみたいに、ほとんどの店が閉まっていた。それがいまはどうだ。あのときよりおそらく感染が拡大していると思われるのに、閉まっているお店などなく、むしろお店は大混雑である。

こういうのを、麻痺する、というのだろうか。

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世間とのズレ

11月23日(月)

結局、この3連休は、まったくやる気が起きず、たまっていた仕事を何にも進めることができなかった。ま、いつものことである。

ここ最近、いわゆるお笑い芸人が、自分がうまく世間に適応できていないことや、世間に対する違和感を、対談やエッセイにまとめて、それがかなり話題になったりしている。

伊集院光・養老孟司『世間とズレちゃうのはしょうがない』(PHP研究所、2020年)

ふかわりょう『世の中と足並みがそろわない』(新潮社、2020年)

バービー『本音の置き場所』(講談社、2020年)

以下は、未読だが、

岩井勇気『僕の人生には事件が起きない』(新潮社)

あと、オードリーの若林正恭氏のエッセイも、おそらくそうしたものではないかと思う。

こういう本は、基本的には好きなのだが、冷静に考えてみると、多くの人に読まれているし、決してこれは「少数派」の本ではなく、むしろ、多くの人に受け入れられているのではないか、と思うことがある。

芸人としては「自分は世間とズレている」「ひねくれている」というところを持ち味にしているわけだが、それが結果的に、多くの人の支持を得ている。ということは、世間とは決してズレているわけではないのではないか?というか、ここでいう世間って、いったい何だろう?

そういえば「前の職場」に勤めていたときのことである。

年度末に、教養課程の1年生が、2年生からの専門課程を選ぶ際の、ガイダンスを行うことになっていて、1年生を集めて、それぞれのコースの教員が自分のコースの「プレゼン」をすることになっていた。各教員からしたら、自分のコースに一人でも多くの学生が来てほしいので、このコースに入ったら、こんなことが学べる、みたいな、コースの魅力やメリットをプレゼンすることになる。

ある年、コースの説明をするという役が僕にまわってきた。

僕は1年生に対して、たしかこんなことを言った。

「自分は世間的にマイナーだな、どうもメジャーなことについて行けないな、と思う人は、このコースに入ることをおすすめします」

まあ半ば自虐的にそんなことを言ったわけだが、そうしたら翌年度、史上最多?というくらいたくさんの学生がうちのコースに入って来ちゃった。別に全員が全員、僕のプレゼンに影響されたわけではなかったのだろうが、「自分は世間的にマイナーだ」と感じている学生が、実は多数派を占めているのではないかと、そのときに思ったのである。

で、話は、いまうちの職場でやっているイベントのことになるのだけれど。

いまやっているイベントのテーマは、おそらく「世間とのズレ」を感じている人に響くような内容だと思う。

ところが、これが思いのほかバズっていて、いままでうちの職場が経験したことのないような反響を呼んでいる。

まず、これまでと客層が違う。いままでは、ご高齢の方がどちらかといえば主要な客層だったのだが、今回のイベントは、若い人が中心で、いままでうちの職場のことをまったく知らなかった人たちが来てくれている。おそらく、カルチャー味のあるラジオ番組で紹介されたことも大きいのであろう。

「世間とのズレ」を感じている人がいかに多いかということを示しているのではないか、実はそう思っている人が多数派なのではないか、と思わずにいられないのである。

しかし、ここからがおもしろい現象なのだが。

このイベント、職場の中では、ほとんど反響がない。被害妄想かもしれないのだが、見に来てくれる人たちの反応と、職場の中の反応に、著しいギャップを感じるのである。

このイベントを企画した同僚は、そのことを少し心配している。このイベントが、「一時的な花火を打ち上げる」だけで終わってしまうのではないだろうか、と。そこで、同僚はその「反応のギャップ」を埋める必要があるのではないか、と考えているようなのであるが、どうなのだろう。僕は、そのギャップは、永遠に埋まることはないのではないか、と半ばあきらめかけている。ふかわりょうが、自分と世間の間には、埋めがたい大きな溝があり、自分はせいぜい、その溝に流れる川に笹舟を浮かべるくらいしかできないと喝破したように、である。

自分にとって「世間」とは何なのか?意外と身近なところにあるのではないか、という気がしてきた。

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空想科学

今週は、ラジオの話題で盛り上がりすぎたので、少しクールダウン。

最近、よく耳にする言葉。

「人類が新型コロナに打ち勝った証として…」

この後に、

「東京五輪を成功させたい」

という言葉が続くのだが、僕はこの言葉を聞くたびに、ウルトラマンシリーズとか、「宇宙戦艦ヤマト」を思い出す。

上手く説明できるか自信がないのだが。

ウルトラマンシリーズは、子どもの頃大好きだったし、いまも大好きである。

ウルトラマンシリーズで育った僕が、少し大人になった頃、ある疑問がわいた。

「なぜ、宇宙人とたたかう隊員が、全員日本人なのだろう?」と。

宇宙人が地球に攻めてくるというのは、地球すなわち全世界にとって一大事のはずなのに、たたかうのは、日本にある科学特捜隊とか、ウルトラ警備隊の、隊員たちだけなのである。

いや、この種の疑問は、ウルトラマンシリーズについて何もわからないド素人の僕の愚問なのかもしれず、物語の上では、ちゃんとした理屈や設定があるのかもしれない。たとえば、宇宙人に対する防衛軍は世界各地にあり、科学特捜隊やウルトラ警備隊はその日本支部なのだ、とか、世界各地で、宇宙人の侵略に悩まされていて、その土地その土地で、科学特捜隊やウルトラ警備隊に匹敵する部隊が、世界で同時進行的に宇宙人とたたかっているのだ、とか、そういう設定なのかもしれない(いま調べたら、実際、そういう設定らしい)。

ウルトラマンシリーズの話はいい。じゃあ、「宇宙戦艦ヤマト」はどうだ?

地球全体が放射能汚染にさらされているというのに、その危機を救うのは、宇宙戦艦ヤマトの乗組員である日本人たちだけである。そういう発想で言ったら、アメリカ映画の「インデペンデンス・デイ」も同じようなものだったっけ?ちゃんと見ていないのでよくわからない。

僕がこういったドラマから感じることは、自分の国が人類を代表しているというドメスティックな意識、というべきか、あるいは、人類というものに対する想像力を意識的であるにせよ無意識にせよ、著しく欠いている、というべきか、とにかく、一言で言えば、「内向きの発想」ではないか、ということなのである。

この国の権力者が、

「人類に新型コロナに打ち勝った証として…」

と、全世界に向けて述べたことの意味を、深く考えなければならない。そこに、この国以外の世界に対する想像力はあるのだろうか。そもそも、一国の権力者が、人類が新型コロナに打ち勝つかどうかを見きわめることなどできるのだろうか。僕には、この発言が、上に述べたような、「空想科学」と本質的には変わらないのではないかという思いを禁じ得ない。

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4年越しの物語

11月18日(水)

先日書いた、あるラジオ番組へのお手紙が、なんと今日の番組のオープニングで紹介された!しかもラジオネームではなく、実名である。

ありがたいことに、敬愛するメインパーソナリティの方に、お手紙の全文、つまりA4用紙1枚分をまるまる読んでいただいた。

手紙の内容は、今回のうちの職場のイベントと、そのラジオ番組(正確に言えば、その前身番組なのだが)をめぐる、4年越しの不思議な縁についての物語である。

僕は4年前の出来事を、いつかそのパーソナリティに伝えたいと思っていたのだが、その勇気がなく、そのままにしておいた。それが喉の奥に刺さった魚の小骨の如く、僕の中に残り続けたのだが、先週の水曜日、うちの職場のイベントについてオープニングでたまたま取り上げてもらったことがきっかけとなり、もうこのタイミングしかないと思い、意を決して、いまのイベントの原点が4年前の出来事にあることを伝えることにしたのである。

そしたらあーた、初投稿で初採用である!しかも何度も言うが、実名である!ハガキ職人になれるんじゃないか?

いちばん嬉しかったのは、この4年越しの物語についての感慨や驚きを、メインパーソナリティの方と共有できたことである。メインパーソナリティの方のコメントは、まさに僕が言いたかったことでもあった。なにより、この「種明かし」を4年間熟成させたことについて喜んでもらったことが、リスナーとしては嬉しいことこの上ない。例えて言えば、すべての伏線を回収して大団円を迎えたときのカタルシスである。

ちょっとTwitterのタイムラインをのぞいたら、「むちゃくちゃいい話じゃん」とつぶやいてくれたリスナーもいて、この番組のリスナーは、前身番組のときから、ほんとうにまじめな人が多いなあ、とあらためて思った。だからこそ、僕の地味な手紙のようなものでも紹介していただけたのだろう。

最後の方なんか、「鬼瓦さ〜ん」と、メインパーソナリティから呼びかけられたもんね。もうこれ以上、何を望むことがあろうか。

一つ悩ましいのは、以前に「熱狂的なファン」と紹介されたあのラジオ番組とは、別の番組だということである。いや、どちらの番組も「熱狂的なファン」なんですよ!

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リクエスト曲がかかりました

11月17日(火)

今日は朝から夕方まで、重い会議がビッシリで、憂鬱なことこの上ない。

今日の唯一の楽しみは、お昼のラジオである。

都内のある区のコミュニティーFMで、僕の知り合いのパーソナリティーが、うちの職場のイベントを紹介してくれることになっていて、しかも、僕のリクエスト曲がかかることになっているのだ。

放送時間は、ちょうど会議と会議の間の、お昼休みの時間である。しかもイベントについての話題と、僕のリクエスト曲がかかるのは、12時台の前半だと、あらかじめ聴いていた。

前回も書いたが、パーソナリティーに、「リクエスト曲の候補を3曲くらいあげてください」と言われたので、考えた末、このブログの「音楽」というカテゴリーで取り上げたことのある曲をリクエストしよう、と決めた。

まず、キム・グァンソクとか、韓国のミュージシャンの歌は、たぶん放送局に音源がないだろうから、ボツ。ましてや、僕が「タイのBEGIN」と勝手に呼んでいる Calories Blah Blahの歌なんて、あろうはずもない。

それから、インストゥルメンタルの曲も却下。

洋楽は、自分の知識のなさが露呈するから却下。

いま流行の曲も、自分の身の丈に合わないから却下。

「おかいつ」の曲も却下。

あとは、ベタでもなく、かといってまったくマイナーというわけでもなく、そこそこ知られていて、自分の青春時代の曲で、FMっぽい曲で、放送局に音源がありそうな曲、と言うことで、長考に長考を重ねた末、3曲を選び、パーソナリティーにメールした。すると、

「リクエスト、承りましたー!どれがかかるかは、お楽しみに」

と返信をいただいた。

さて翌日の今日、いよいよ自分のリクエスト曲がかかる時間である。ドキドキしながら聴いていると、

「鬼瓦さんからのリクエストは、この曲です」

とかかった曲は、僕がひそかに第一希望と考えていた曲だった!いやあ、よかった。

実はこの曲の背景には、いくつかの語るべき物語(というか蘊蓄)があるのだが、パーソナリティーは、それを過不足なく解説してくれた。

Twitterのハッシュタグタイムラインを見てみたら、どちらかといえばマイナーなこの曲に、常連リスナーの人たちが湧いていて、

「どうだい、俺の選曲眼は!俺のセンスも捨てたもんじゃないだろう!」

と、すっかり気分がよくなったのであった。

だが結論として言えることは、リクエスト曲を決めるのは、そうとうに疲れる作業だ、ということである。

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大問題

むかしから、ふかわりょうの、日頃から何かに怯えている感じが、たまらなく好きである。

いまは夕方の帯番組の司会をしているみたいだが、仕事の最中なので、ほとんど見ることができない。

先日、最近愛聴し始めたTBSラジオ「アシタノカレッジ」の金曜日にゲスト出演していたが、いやあ、おもしろかった。

トークなのに目が泳いでいる感じ、というのが十分に伝わったし、それを落ち着いた声で受け止める武田砂鉄氏との会話が、絶妙な雰囲気を醸し出していた。

「三軒茶屋を『三茶』と略す人とは、友だちになれない」

という話から始まるのだが、ふかわりょうによれば、言葉を略すことにより、自分が優位に立っている(今風にいうと「マウントをとる」)ということをアピールされているようで、それがイヤなのだ、と。

その感覚、すげーよくわかるのだ。僕はしばらくの間、「携帯電話」を「ケータイ」と略すのに抵抗があったし、「インターネット」を「ネット」と略すのにためらいがあった。まあそれはともかく。

そこから始まる、ふかわりょうと武田砂鉄氏とのトークが秀逸だった。

ふかわ「すぐ下の名前で呼んで女子と馴れ合えるヤツいるじゃないですか」

砂鉄「大問題ですよね」

とか、

ふかわ「(三軒茶屋は三茶と略すのに)祖師ヶ谷大蔵はなぜ略さないのか」

砂鉄「大問題ですよね」

こういうバカバカしい話題を大まじめで話し合っているおじさん二人、というのが、そこはかとなく可笑しいのである。

ふかわりょうは、瞬発的な笑いを誘う芸人ではない。

語りやたたずまいの中から、人となりを想像し、そこはかとなくおかしみを感じるのである。

つまり、笑いを享受する側には、そのおかしみにたどり着くまで、それなりの忍耐が必要だ。

上岡龍太郎師匠はかつて、「笑いは、愛である」と語っていたが、その忍耐こそが、笑いに対する愛なのではないかと、ふかわりょうを見ていると、そう思う。

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ラジオ番組へのリクエスト

11月16日(月)

僕の知り合いが、正確に言うと友人のパートナーの方なのだが、その方が、フリーアナウンサーをしていて、都内のある区のコミュニティーFMでラジオ番組を持っている。

その方に、いまうちで開催中のイベントの招待券を送ったところ、先日、その方が、イベントを見に来てくれたそうである。

そして17日(火)のお昼12時から放送される、ご自身の番組で、その感想を少しお話ししたいとのことであった。

その連絡をいただいた僕は、うちの広報担当にそのことを伝えたところ、

「では、招待券10枚をリスナープレゼントしていただきましょう」

ということになった。

パーソナリティーご本人にしてみたら、軽い気持ちで、フリートークの中でイベントの感想を言うつもりが、リスナーへの招待券プレゼントまで行うとなると、かなりのおおごとである。

ま、それでもその方には快諾していただいたので、さっそく招待券をお送りした。

すると今日、招待券が届きましたという報告とともに、

「明日の放送で、よかったらリクエストくださいませんか?洋邦問わずよろしければ。もしかして局に音源がないといけないので、2~3曲候補いただけると確実です」

というメールがあった。そう、これは音楽番組だったのだ。

さあここからが大変。リクエスト曲を何にするか。長考が始まった。なにしろ、ラジオ番組に曲のリクエストを送るなんて、小6の時以来だからね。

せっかくだから、このブログで取り上げた歌にしよう、と思い立つ。

「音楽」のカテゴリーにある過去の記事の中から、悩みに悩んだあげく、3曲を候補として選び、リクエストした。

はたして、リクエストした曲はかかるのか?そしてその曲とは、いったい何なのか?

さすがのこぶぎさんも、これだけの情報では、ラジオ番組を特定できないだろう。

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名曲のバロメーター

2歳7か月の娘は、歌を歌うのが好きである。というか、これくらいの年齢の子どもは、みんな歌が好きなのだろうか。

驚いたのは、まだ2歳になる前に、「パプリカ」を完コピしたことである。

1歳の子どもにも鮮烈な印象を残すような歌なんだから、そりゃあ「レコード大賞」をとるはずである。

2歳になって来たブームは、すでに書いたが、ミュージカル『レ・ミゼラブル』より「民衆の歌」。これはいまだに歌っている。最近は「なんちゃって英語バージョン」も歌うようになった。

先日は、「香水」っていう歌?僕は全然知らないんだけど、娘はサビの部分を何度か聴いただけで覚えたらしく、歌っていた。

あと、いまCMで大滝詠一の「君は天然色」の一節、

「思い出はモノクローム 色をつけてくれ」

が流れると、テレビの画面に釘付けになり、一緒になって歌っている。

2歳の娘の心に響き、歌いたくなる歌というのは、名曲のバロメーターなんじゃないだろうか、と、いろんな歌を聴かせているのだが、こっちがいい歌だと思って聴かせたものでも、全然反応しないことがあり、名曲のハードルというのは、なかなか高いものである。

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A4用紙1枚の憂鬱

11月12日(木)

昨日は在宅勤務だったのだが、上司から出された宿題を、金曜日までに提出しなければならず、丸一日、悩みに悩んだ。

宿題が出されたのは、先月末だったと記憶している。それから、同僚2人と相談し、僕がそれをまとめることになったのだが、どうにもやる気が起きない。

結局、問題を先送りにしたまま、宿題提出の2日前になった。

(これは、さすがにやらないとヤバいぞ)

だがやる気が起きない。

午後になってようやくパソコンに向き合う気になって、

うーん、うーん、うーん、うーん。

と悩みながら、むりやりにひねり出して、A4用紙1枚の原稿として形を整えた。

A4用紙1枚の簡単な提案書を書くのに、結局、丸一日使ってしまったのである。

そしてようやく書き上げた提案書を、今日の午前、2人の同僚に見せて相談したところ、

「これでいいと思いますよ。そうとう苦労されたでしょう」

「ええ」

なんとか同僚2人のお墨付きをもらったので、ギリギリ、明日の宿題提出には間に合った。ただし、上司が「こんなんじゃダメだ」という可能性もまだ残っているので、心は晴れない。

さて今日は、A4用紙を1枚使って、もう一つ書くものがあった。

それは、ラジオ番組へのファンレターである!!

僕が愛聴しているラジオ番組で昨日(水曜日)、開催中のうちの職場のイベントのことが思いもよらず紹介されたので、一リスナーとして、お礼の手紙を書くことにしたのである。

実は、今回のイベントと、そのラジオ番組とは、不思議な縁があるのだ。そのことをどうしてもパーソナリティーに伝えたかったのである。

ラジオ番組に手紙を書くのは、小学校6年の時にNHKラジオ第一の「おしゃべり歌謡曲」にはがきを出して、それが読まれて以来だから、じつに40年ぶりである。

今回は、別に番組内で読まれなくてもかまわない。こちらの思いがパーソナリティーに伝われば、それで満足なのだ。

ラジオ番組に手紙を書こうと思ったもう一つの動機は、先日、高校の後輩が自分の好きなパーソナリティーが出演するラジオ番組に投稿して、それが番組で読まれたという体験を聞いたからである。よし、じゃあ俺も、と、勇気を振り絞って手紙を書くことにしたのである。

お昼休みに、おにぎりをかじりながら書き始めたら、あれよあれよという間に、A4用紙1枚分のファンレターが完成した。

なんなんだこの違いは!!

同じA4用紙1枚の原稿でも、気の進まない原稿は何日経っても書けない。しかし、気持ちが乗ったときの原稿はあっという間に書けてしまう。

くり返すが、別に番組内で読まれなくたっていいのだ。というか、読んでほしくない。

僕はドキドキしながら封をして、封書の表に宛名を書き、郵便局に投函した。こんなドキドキ感は、久しぶりである。

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バイデン=鈴木貫太郎=笠智衆説

11月11日(水)

昨日のTBSラジオ「たまむすび」のコーナー、町山智浩さんの「アメリカ流れ者」を聴いていて、僕が以前から漠然と抱いていた仮説が、確信に変わった。

それは、「バイデン=鈴木貫太郎=笠智衆」説である。

アメリカ大統領選挙は、どうやら民主党のバイデン氏に軍配が上がったようである。現職のトランプ大統領が、訴訟も辞さないという姿勢を見せているが、結果が覆る可能性は、きわめて低いのではないだろうか。

しかしバイデン候補は、77歳という高齢である。しかも演説が上手ではなく、これといった主張があるわけでもない。いってみれば、凡庸な政治家だ、というのが、世間的な評判である。バイデン候補に対する票は、熱狂的なバイデン支持者によるものではなく、反トランプの受け皿として投じられた、というのが、もっぱらの見方である。

アメリカの大統領選挙の取材を続けていた町山さんは、どうしてバイデンのような、さしたる人気のない、しかも高齢の人物が、民主党の大統領候補として選ばれたのか、そのことが不思議でならなかったそうである。ラジオの中で、こんな風に語っている。

「僕はね、バイデンさんを民主党が選んだ時、「なんて弱い候補なんだろう」って思っていたんですよ。演説も本当に下手だし、熱狂がまるでないし。それでトランプ大統領が彼のことを「最弱の大統領候補」って言っているんですけども。「あんな最弱の候補に俺が負けたら、恥ずかしいからアメリカを出ていってやる」とまで言ったんですけど。ただ、それがよかったのかなっていう気がするんですよ。トランプ大統領はバイデンさんをなんとかしてものすごく悪いやつに仕立て上げようとしていて。「過激な左翼だ」とか言っていたんですけど。バイデンさんはその挑発に乗らなくて。ずっとただの普通のおじいさんみたいな感じでやってたんですよね。だからそれがすごくよかったのかなと思ったんですね。」

「(これからの)バイデンさんの仕事は大変なんですが。まあ彼自身が「大統領は4年でやめる」って言っているんですよ。つまり、「トランプでバラバラになってしまったアメリカを元に戻す」ということだけが彼の仕事なので。みんなが「アメリカ人」に戻る時なので。それが終わったら彼の役目は終わりなんですよ。そこから先は新しいアメリカに進むんですよ。」

トランプ大統領によってむちゃくちゃに分断されたアメリカを、もう一度もとのアメリカに戻すためだけに大統領になり、1期4年の間になんとかその道筋をつけて、そのあとは潔く大統領を辞めると宣言しているバイデンが、アジア・太平洋戦争を終わらせるために首相に就任して、なんとか終戦にこぎつけて総辞職した老獪な鈴木貫太郎首相と、ダブって見えるのは、僕だけだろうか。

ちなみに鈴木貫太郎首相は僕の中では、岡本喜八監督の映画『日本のいちばん長い日』で同首相を演じた笠智衆のイメージである。

見た目はいわゆるふつうのおじいさんで、地味であることこの上ないが、陸軍や海軍からの突き上げや挑発をのらりくらりとかわしながら難局を乗り切った。一部の過激派からは攻撃の対象となるほど憎まれたが、それでもなんとかやり遂げたのである。

映画の中で、笠智衆演じる鈴木貫太郎首相は、

「これからの日本は、若い人にまかせるのがいいんでね」

といって、8月15日正午の玉音放送が流れたあと、内閣総辞職を決めるのである。

これが、バイデン次期大統領の未来なのではないだろうか。

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音声配信始めました

職場のイベントがいよいよ盛り上がってまいりました!

先日収録した音声ガイドが、ようやく配信された。

全部を聴くと、約60分なのだが、4人で分担していて、僕が喋っているのは、2分程度の音声が2本。つまりたったの4分程度である。

聴いていただければわかるが、いずれもド素人によるナレーションであることが、まるわかりの音声ガイドである。

以前にも述べたが、僕は、「大竹発見伝、ザ・ゴールデンヒストリー」風のナレーションを心がけたのだが、実際に聴いてみたらどうだろう。自分ではよくわからない。

それよりも、油井昌由樹さんのナレーションに寄せているように、自分では思えてきた。

僕はむかしから油井昌由樹さんのナレーションが好きで、あんなトーンで語りができたらいいなあと思っていたのだが、しかしいざ自分がやってみると、油井昌由樹さんの落ち着いた語りの中に垣間見える「明るさ」の要素が僕にはない。僕の語りは全体に暗いのだ。

ひそかな趣味として、語りの練習をして、「オーディオブック」みたいなことをやってみたいなあと思ったりしているのだが、具体的にどんな録音機材が必要で、それをどうやったら配信できるのか、みたいなことがわからなくて、なかなかその一歩が踏み出せない。ま、そんなことをする時間的余裕もないのだが。

そしたら今度は、ある有名動画サイトで、職場のイベントの様子を生放送で配信する、という企画が持ち上がり、どうやら僕も出演者の一人になるかもしれない、という事態になった。

なんとかそれは避けたい、と思っているのだが、果たしてどうなることやら。すべてはイベント代表者の胸先三寸である。

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かなり密な七五三

11月8日(日)

娘が、数え年三歳なので、七五三のお参りに行くことになった。僕が45年前に七五三の参拝をした神社である。

娘は、妻が七五三のときに着た着物を着るために、朝、妻の実家に行って、着付けをしてもらった。

「お姫さまになったよ」

と娘が言ったのは、最近、高畑勲監督の映画「かぐや姫の物語」を見た影響だろう。

色鮮やかな着物で、たしかにお人形のようにかわいいのだが、身体のあちこちががんじがらめにしばられているような窮屈な感じがして、しかも履き慣れない草履が、歩きにくそうだった。お姫さまになったうれしさと、窮屈そうな感じが、心なしか娘の表情に表れているような気がした。その表情が、なんとなく「かぐや姫」とダブるのである。

午前11時少し前に神社に到着すると、七五三の参拝客で境内がごった返している。

参拝受付のところで名前を書き、初穂料を納め、お札を受け取って、決められた場所に並ぶようにと言われたので向かったが、長蛇の列である。

おまけに、神前結婚式をしているグループもあり、拝殿の前はかなり密なことになっている。

10分以上並んで、ようやく順番がまわってきた。

通常だと、拝殿に上がって、拝殿の中で祈祷を受けるのだと思うが、おそらくコロナ対策なのだろう。拝殿と本殿の間にある、屋外の空間で祈祷を受けることとなった。それでもかなりの密である。

途中、神官が祝詞で、

「○○市、誰々の某々、三歳(みとせ)」

と、祈祷の対象となる子どもたちの名前を一人ひとり読み上げるのだが、聞いてると、けっこう遠くから来ている人も多くてびっくりした。うちはまだ、近い方である。

祈祷は10分ほどで終わり、再び拝殿の前の空間に戻り、写真を撮ることにする。

娘はすっかり疲れてしまったのか、目がうつろである。着慣れない着物や、履き慣れない草履のせいなのかもしれない。それでも写真を撮るときは、文句一つ言わずポーズをとっていた。

神社の滞在時間は1時間ほどで、車で僕の実家に向かい、そこで昼食を食べることになった。

着物から普段着に着替えた娘は、とたんに元気になった。反対に、僕や妻はあまりに疲れてしまい、昼食後に昼寝をしてしまった。七五三には、体力が必要だ。

次は七歳になったときか。

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最後5分の国際交流

11月7日(土)

木、金、土と、韓国留学の際にお世話になった先生が主催する国際会議がおこなわれた。日本と中国と韓国から、50名ほど集まってそれぞれが発表をする大規模なイベントである。

もちろん、コロナ禍で韓国に行くことができないので、日本側の参加者も中国側の参加者もすべてオンライン参加である。

僕は初日(木曜日)の夕方に20分ほど発表することになっていた。

会議自体は、午前9時から始まっているのだが、この日は午前10時から午後3時まで、職場で二つの会議があり、参加できるのは、実質上は自分が喋るグループの時間帯だけである。

午前10時から始まった一つ目の会議は、思いのほか長くかかり、お昼ご飯を食べる時間がないまま、午後1時からの会議に突入した。

午後3時に会議が終わった頃にはもうヘトヘトである。

自分が発表する頃にはもうすっかり疲れ切ってしまって、頭もはたらかなくなり、20分の発表はもうボロボロだった。

(我ながらひどい発表だったな…)

2日目(金曜日)も朝から夕方まで国際会議が続いたが、僕は別の仕事があり、まったく参加することができなかった。

そして3日目(土曜日)。午前中は2歳7か月の娘を病院に連れて行ったり、自分のかかりつけの病院に行って薬をもらいに行ったりしてあっという間に終わり、午後も娘の面倒を見ていたらあっという間に夕方になってしまった。

夕方5時過ぎ、国際会議にオンラインで参加すると、最後のグループの発表と討論も終わり、閉会の挨拶が聞こえてきた。いよいよ3日間のフィナーレ、大団円である。

結局、3日間ぶっ通しの国際会議に、僕はほとんど参加することができなかったのだが、閉会の挨拶のときくらいはせめて、ビデオをonにして自分の顔を見せて、お世話になった先生の閉会の挨拶を聴かなければならない。オンライン参加者は全員、ビデオをonにして閉会式に参加した。

せっかくだから、画面に娘を登場させよう、と思い立ち、娘を抱き上げて画面に一緒に映ることにした。

すると、画面上で参加している人たち、とくに中国の人たちから、笑みがこぼれたのがわかった。僕が娘と一緒に映っている姿に、気づいたのだろう。

僕が娘を登場させたことに触発されたのだろうか。ある中国人の先生は、おそらく僕の娘と年がそれほど変わらないと思われる、自分の息子さんを画面に登場させて、手を振った。

何気ないことなのだが、その中国の先生も、実は小さい子どもと一緒に自宅で過ごしながら、その会議に参加していたことがわかる。僕はその先生のことをまったく知らないのだが、そこで一気に、親近感がわいたのである。たぶん向こうもそう感じただろう。

僕もまた、娘の手を取り、パソコンの画面に向かって手を振った。

「ではみなさん、こんどはマイクをonにしてください。韓国では、最後、お別れのときに『アンニョン!』といいます。みなさんでいっせいに、『アンニョン!』といってお別れしましょう」

司会者にうながされ、韓国人も中国人も日本人もみんな、

「アンニョン!」

と言って手を振って、にこやかな顔で、国際会議は終了したのであった。もちろんうちの娘も、画面に向かって手を振った。

娘の登場で、国際会議は和やかな雰囲気で終わった。してみるとうちの娘は、国際親善に大きな役割をはたした、というべきだろう。

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森繁の鯖

「高校時代の友人・元福岡のコバヤシ」が、このところメールをよくくれている。

僕は、それをほとんど編集せずにこのブログに転載しているのだが、それを意識しているのか、あるときからコバヤシのメールは、ブログ用の文章に整えて送ってくれるようになった。

僕の経験したことのない、サラリーマンの悲喜こもごもが僕にとっては新鮮なのだが、なんとなく山口瞳の小説『江分利満氏の優雅な生活』をも連想させる。もっとも僕は小説よりも岡本喜八の映画の方をよく覚えているのだが。

そういえば高校時代、コバヤシと二人で、山口瞳の家を探しに行ったことがある。コバヤシ、覚えているかなあ。

通っている高校と同じ市内に、山口瞳の家があるとコバヤシが聞きつけ、「じゃあ探しに行ってみよう」と、二人で、自転車を走らせて探しに行ったのだった。その当時僕は、山口瞳の名前は知っていたが、小説は読んだことがなかったので、たぶんコバヤシの提案でそういうことになったのだと思う。家を見つけて、「なるほど、ここか…」といって帰っただけだったのだが。

まあそんなことはともかく。

前回の「ゴルフの憂鬱」を読み返してみて、次の記述に引っかかった。最初読んだときには気づかなかったのだが。

アニサキスって何?一体何食ったの?森繁みたいに生の鯖食って当たっちゃたの?ここは福岡じゃないんだよ!と独りボケとツッコミを繰り返すばかりです」

この「森繁みたいに生の鯖食って当たっちゃったの?」って、当然わかるだろ?みたいなトーンで書いているけど、どういうこっちゃ??

「森繁」は言わずと知れた森繁久彌のことである。それくらいはわかる。

じゃあ、森繁久彌って、生の鯖を食べてあたってしまったことがあるのか?というか、たとえに出すほど有名な出来事なのか?

…と思って、「森繁 鯖」で検索してみたら、あるホームページに次のように書いてあった。

「日本人の食習慣からアニサキス症は古くからあったが、このアニサキス症を有名にしたのは俳優の森繁久弥さんであった。昭和62年11月、名古屋の御園座で舞台公演中、森繁さんがさばの押しずし(ばってら)を食べ、腹部の激痛を訴えて腸閉塞の診断で緊急手術を受けた。あまりの激痛から開腹手術となったが、激痛は腸アニサキス症によるものであった。この森繁久弥事件を、NHKが特別報道番組として取り上げたことから、アニサキスが有名になった」

なんと!「アニサキス症」が知られるようになったのは、森繁久彌が鯖の押し寿司を食べてあたったことがきっかけだったのか。しかもNHKが特別報道番組で取り上げるほどの大事件だったとはね。

だとしたら、この事件は誰もが知っている常識なのか???「アニサキス」といえば「森繁」なのか???

しかし僕には、この事件についての記憶がまったくない。昭和62年11月というと、僕が高校を3月に卒業して、受験浪人をしていたときである。コバヤシも同じく浪人中だった。彼はこの事件のことを覚えていたということだろうか?

と、つらつら考えていくと、そういえばコバヤシが一浪した理由が、「食あたり」だったということを思い出した!!

高校3年の時、コバヤシは第一志望の大学を受験する直前に、鯖だか蠣だかを食べたか何かで、ひどい食あたりになり、試験を休まざるを得なくなり、それで1年を棒に振ったのだった。

当時そのことを電話で僕に知らせてきたので、よく覚えている。

ここからは僕の推理。

食あたりで1年を棒に振ったコバヤシは、人並み以上に食あたりに対して敏感になっていたに違いない。そんなときに森繁の鯖事件が起こり、食あたりに対して人一倍気にしていたコバヤシは、そのニュースが鮮烈な印象となって残ったのではないだろうか。そしてこの年齢に至るまで、森繁の鯖事件は、コバヤシの深層心理に影を落としていたのである。

一方僕は、当時食あたりのことなんぞ気にもとめていなかったので、森繁の鯖事件はさほど印象には残らなかったのである。

この仮説がはたして正しいのか?それとも間違っているのか?

それは、「森繁みたいに生の鯖食って当たっちゃったの?」のくだりを読んで、「そうそう、そんなことあったね~」と多くの読者が共感するかどうかにかかっている。

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お知らせ2件

11月5日(木)

今日が死ぬほど忙しくて疲れたってことは置いといて。

昨日の「大竹まこと ゴールデンラジオ」の「大竹メインディッシュ」のコーナーのゲストは、坂田おさむ、坂田めぐみ親子でした!

‥あれ、ご存じない?7代目のうたのおにいさんですよ!僕の中では、「おかいつ」の中興の祖と位置づけられている。名曲を量産したおにいさんなのである。

最近だと坂田めぐみ作詞、坂田おさむ作曲の「ワンツースリー」が名曲だ。ギターのソロがアルフィーっぽくて昭和のロックを彷彿とさせる。フォークやロックの洗礼を受けたおさむおにいさんの本領がいかんなく発揮されている。

なぜこの二人が、およそ不釣り合いの大竹まことと壇蜜のラジオ番組に出たのかというと、娘の坂田めぐみさんがファーストアルバムを出したからだそうだ。

しかしそれだけではないように思える。番組スタッフの中に絶対「おかいつ」ファンがいるのだろうな。

坂田親子と大竹壇蜜コンビなんて、話が合わないんじゃないかと思って聴いていたら、意外にも話が盛り上がって安堵した。

ビックリしたのは、坂田家は親子で音楽の教科書に自分が作った曲が採用されたということである。坂田おさむさんは「ありがとうの花」、坂田めぐみさんは「TODAY」という曲で、それぞれ教科書に載ったのだそうだ。

「親子で音楽の教科書に載ったのは、中田喜直先生の『めだかの学校』と、そのお父さんの中田章先生の『早春賦』以来だそうです」とのこと。そうなるともう歴史上の人物だよね。

…今日書きたいのは、このことではない。

僕が取材を受けた女性週刊誌がいよいよ今日(11月5日)、発売されたことである!

ついに女性週刊誌デビューですよ!

デヴィ夫人とか、宮崎美子還暦ビキニとか、そういった話題と並んじゃったんだからなんともシュールである。

記事にはちゃんと名前も出たので、ギャラの振り込み口座を教えてくれという連絡が来て、口座番号をホイホイと教えたのだが、後になって職場の担当事務から出版社に「うちの職場の規定で、ギャラは辞退します」というメールが出され、結局ノーギャラになった。ま、いいんだけどね。

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ゴルフの憂鬱

鬼瓦殿

コバヤシです。こんばんは。

体調はいかがですか?

ところで、先日、メールしてしまったので、この際ネタをもう一つ。つまらなかったらゴメンなさい。

貴君のブログでもゴルフをする奴の気が知れない的なことを書いていたと思いますが、私も同じくゴルフなんて...という人間の一人です。ただ残念ながらサラリーマン人生、逃げ切れるわけでも無く、数年前から葬り去ったはずのゴルフを再開せざるを得ない立場となってしまいました。

それでも年数回の苦行を耐えればという程度だったのですが、先日のメールにも書いたようにこの四月からグループが異動となり、年数回では済まない状況に陥ってしまいました。

と書きながらもこのコロナ騒ぎの中、接待ゴルフは自粛となり、半年ほどは無事やり過ごすことが出来、しめしめという思っていたのですが、そんな期間がいつまでも続く訳では無く、先週末ついに遠く茨城の大洗までゴルフで行かされる羽目となってしまいました。

トーナメント会場にもなるような所謂名門コースというやつに行ったのですが、私には迷悶コースでしか有りません。上ったり下ったりとどう打てば分からないグリーンの上で迷い、何度打っても遠くてグリーンに届かないコースに悶えるばかりです。一緒に廻った皆さんとはおよそかけ離れたスコアでヘトヘトになって漸く上がり、失意のうちに帰宅した次第です。

昨日の祝日を経て漸く立ち直り、また来週も取手までゴルフに行かねばならないので、せめて今週末は好きなことをして楽しく過ごそうと会社で夢想していたところ、定期健診の胃腸の内視鏡検査で会社を休んでいた部長からメールが入り、「検査で引っかかってしまい、今週末のゴルフが無理そうです。コバヤシ、スケジュール空いてる?代打頼める?」とあるではないですか!週末のゴルフって、ウチの役員と大手取引先の副社長と役員と廻るやつだろ!それはちょっと勘弁してよ〜、アンタ先週末に一緒にゴルフ行ったから俺のスコア知ってるでしょ!役員怒るよ!アンタも一緒に怒られるよ、思わず叫んでしまいました。

更に追い討ちをかけるように部長からまたメールが入り、「週末のゴルフはドクターストップがかかりました。ポリープを取ったのと、胃にアニサキスが居てこれも取って貰ったので。」

ちょっと待て、ポリープは分かったけど、アニサキスって何?一体何食ったの?森繁みたいに生の鯖食って当たっちゃたの?ここは福岡じゃないんだよ!と独りボケとツッコミを繰り返すばかりです。

しかもメールをよく読むと「週末に一緒に行った居酒屋で食べたお刺身で当たったようです。コバヤシも気をつけてください。」とあるでは無いですか。おいおい確かに一緒に刺身食ったけど、今更何をどう気をつけろって〜の?俺もアニサキスに当たったらゴルフ行けないじゃん!意味分かんないし〜、とひたすら独りボケとツッコミを繰り返すばかり。

何とか気を取り直し、「スケジュールは空いてますが、私のスコアでは代打は務まらないのでは。。。」と返信しましたが、「明日、役員に相談しましょう。」とそっけない返信。

あ〜、ゴルフの憂鬱!

イマイチでしたかね。まあ、この狼狽ぶりを少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

では、またそのうち!

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決め手は松山省二

11月2日(月)

ちょっと仕事の関係で、岡山県の子どもが戦時中に書いた文章を読んでいる。基本的に丁寧な字で書いていて読みやすいのだが、鉛筆で書いてあるので、判断に困る文字もある。

ある一文の語尾に、

「○○ですう-」

と書いてある。「○○です」の語尾を伸ばしたのかなあ、と最初は思ったのだが、ちょっと現代っぽい言い回しである。

で、その部分をよ~く見ると、「ですう-」ではなく「ですら-」と書いているようにみえる。

「『ですらー』ですかね」

「たしかに、『ですらー』と読めますね」

「しかし、そんな言い方をしたんでしょうか?方言かなにかですかね?」

「うーむ。岡山弁にそういう言い方があるのかなあ…」

岡山弁で本当にそんな言い方をするのか、よくわからない。でも、なんか聞いたことがあるぞ。

どこかで聞いたぞ。うーん。うーん。うーん。

「思い出しましたよ!映画『砂の器』ですよ!!!」

その場にいた他の人たちは、きょとーんとしている。

「三木謙一の養子が、三木謙一の遺体を確認したときに、たしか自分は岡山で雑貨店をやっているって言ってましたよね!ほら、松山省二が演じてた!」

ますます周りの人はポッカーンである。

「たしか松山省二が岡山弁でしきりに「ですら」「ですら」と言ってましたよ!」

いったい何を言い出すんだ。とうとうこいつ、頭がおかしくなったか、という視線が向けられた。もちろん、被害妄想だが。

だいたい松山省二って誰だよ!という顔をみんながしている。松山英太郎の弟ですよ、と言いたかったが、ますます周りがポッカーンとなるのが目に見えていたので、言うのを思いとどまった。

そうは言ってみたものの、自信がない。

さっそく家に帰って、松本清張原作・野村芳太郎監督の名作映画『砂の器』(1974年)のDVDを見返してみることにした。

早送りして、松山省二が出ている場面をまず確かめる。すると…。

「うちは養子ですら。父には子どもがねえんですら。私は、はじめ店員で雇われとったんじゃが、父の希望で養子になって、同じ町内から妻を迎えたんですら」

「今年の6月の初め、(父が)のんびり旅行がしてえと言うもんですから、わしら夫婦も賛成したんですら」

「たしか、12,3万だったと思いますら」

なんと!「ですら」のオンパレードではないか!

というか、俺の記憶力、すごくない??

いやそれよりも、この話のすごいところは、もともとこの『砂の器』の最大の見せ場は、方言が捜査の決め手になる、というところなのだが、その映画が決め手になって、語尾の「ですらー」が岡山弁だと断定できたことである。

こういうの、なんて言うの?「メタ『砂の器』」?ナンダカヨクワカラナイ。

あともう一つ、岡山出身の長門勇が、映画やドラマの中で、「ですら」と言っていた記憶がある。映画「男はつらいよ 口笛を吹く寅次郎」だったか、あるいは「横溝正史シリーズ」の一連の作品を見れば、どこかで必ず「ですら」と言ってるはずだ!しかしそこまでして確かめる時間が、今の僕にはない。でも、絶対言ってるぞ!

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休日出勤とGoToキャンペーン

11月1日(日)

昨日はコンディションが悪かったのか、訳のわからない文章を書いてしまった。

今日は朝から休日出勤である。

午前10時半から午後5時まで、オンラインの会合があり、そこで30分ばかり喋らなければならない。これ自体はオンラインなので、在宅でもよかったのだが、それとは別に、職場にお客さんが来るので、出勤してその対応をしなければならなくなった。会合のほうは、自分の番を早々に済ませて、中座させてもらうことにした。

しかもそのお客さんたちは、今日、職場の近くで1泊して、翌日の朝からうちの職場で仕事をすることになっていて、僕もそれに立ち会わなければならない。

今日、いったん家に戻って、翌朝早朝、また出勤するというのが面倒くさい。月曜日の朝は、道路が大渋滞するのだ。

家族もちょうど旅行中だし、いっそ職場の近くのホテルに泊まろうと思い立ち、旅行予約サイトでホテルをとることにした。

すると、いまはGoToキャンペーンとやらで、安く泊まれるらしいのだ。

ニュースでよくやってるけど、アレって、どうやったらキャンペーンに参加できるの?

かねがねよくわからなかったのだが、その旅行予約サイトによると、まず登録をして、それから、キャンペーンの対象となるホテルを探して、予約する、という手はずらしい。

ナンダカヨクワカラナイが、旅行予約サイトの誘導にしたがって登録をして、対象となるホテルを探して予約してみた。

すると、ふだんは5000円台のホテルが、3000円台で泊まれることになった、らしい。

カード決済なので、本当にそうなのか、半信半疑なのだが、たぶん大丈夫なのだろう。

車で家と職場を一往復するよりも安い料金である。

で、仕事が終わり、職場を出てホテルにチェックインすると、フロントで鍵と一緒に商品券みたいなものを渡された。

見ると、

「GoToトラベル事業 地域共通クーポン」とあって、額面が「1000円」である。

「これは何ですか?」

「明日まで有効のクーポン券です」

「どう使えばいいのですか?」

「コンビニとかでも使えますよ」

「そうですか…」

頭が混乱してきた。このクーポン券は、旅行予約サイトで登録した「GoToキャンペーン」とは、また違うものなのか?それとも、このクーポン券が、旅行予約サイトで登録したものなのか???

宿泊費が2000円弱引かれた上に、さらに1000円の商品券をくれたということなのだろうか。それとも、宿泊費を値引きする代わりに、1000円の商品券をくれたということなのだろうか。クーポンに「GoToトラベル事業」と書いてあるので、なおさら頭が混乱する。

「GoToキャンペーン」とは、まことに不可解な制度である。

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徴芸制

こんな小説を考えてみた。

この国は、次第に経済が苦しくなり、若者の働き口もなくなり、貧しい若者が増えてくる。

そこで政府は、ある政策を考える。

それは、働き口のない若者を、お笑い芸人にするという計画である。

政府が直接、お笑い芸人を育てるのではない。老舗の大手お笑い芸人のプロダクションに、その業務を委託するのである。

政府とそのお笑い芸人のプロダクションは、癒着し、政府からの莫大な補助金がそのプロダクションに流れる。

お笑い芸人のプロダクションは、食うに困っている若者を片っ端からスカウトし、お笑い芸人に育て上げる。

そのお笑い芸人たちを、テレビに頻繁に露出させ、「おもしろい」という雰囲気を演出する。彼らは人気を博するようになる。

これが最終目的ではない。真の目的は、この後である。

お笑い芸人たちを、ありとあらゆるジャンルの番組に出演させる。あるときは、老舗の子ども番組や教育番組、あるときは、ワイドショーのコメンテーター、さらにはドラマや映画にも、「芸人枠」が必ずもうけられるようになる。果ては、映画監督になったり、ミュージカル俳優になったりと、とにかくその事務所の芸人たちがあらゆるジャンルのメディアに露出するのである。

で最終的には、政府が国民を管理統制するために、お笑い芸人を使った洗脳政策が始まる。

政治家は、お笑い芸人を意のままに使い、お笑い芸人もまた、政府のキャンペーンの片棒を担いでCMに出まくり、ベテランのお笑い芸人は政府寄りの発言を公然とするようになる。

国民は、お笑い芸人を見ているつもりが、知らず知らずのうちに、政府の思惑から逃れられなくなってしまうのである。

この話、笑えるのか笑えないのか、よくわからない。たぶん、あまりおもしろい小説にはならないだろう。

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