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2020年12月

2020年のマイベストブック

自分が今年読んだ本のベストブックは何だろうとつらつらと考えてみたが、どれ1冊、最後までちゃんと読んでいない気がする。

石牟礼道子の『苦海浄土』も、この歳になってちゃんと読もうと思ったが、途中で終わったままになっているし。

今年のマイベストブックは、佐伯一麦『石の肺 僕のアスベスト履歴書』(岩波現代文庫、2020年、初出2007年)かなあ、と思うのだが、これとて、まだ最後まで読み終わっているわけではない。

著者自身のアスベスト被害について書かれた本なのだが、今年のコロナ禍の状況と、じつに重なる部分がある。

僕が、アスベストが人体に有害だということを初めて知ったのは、1988年、大学1年の頃だったと思う。当時入り浸っていた、サークルの部室がある「学生会館」という建物に、アスベストが使われているとのことで、学生運動の残党たちが「アスベスト撤去!」のアジ看板をあちこちに設置していて、それで「アスベスト」という言葉を覚えたのであった。

この本によれば、「一九八七年には、全国の小中学校で吹き付けアスベストが見つかり、社会問題となりました」とあるから、ちょうど同じ頃、大学でもアスベストが問題になっていたのだろう。

この本を読むと、アスベストが人体にいかに有害であるか、またそれを、政府がいかに放置してきたかがよくわかる。それは、2011年の東日本大震災がきっかけに起こった原発事故による放射能被害や、いまのコロナ禍における政府の対応ともつながる問題である。このあたりについては、武田砂鉄さんの巻末解説に詳しい

この本は、そうした意味でも興味深いのだが、僕がもう一つ関心を持ったのが、この佐伯一麦さんという作家の人生についてである。

佐伯一麦さんは、小説家である。海燕新人賞とか、三島由紀夫賞とか、数々の文学賞を取っておられるのだが、長い間、小説を書くだけでは生計を立てることができず、電気工をしながら小説を書いていたというのである。そしてその電気工事の際にアスベストの被害に遭い、体調を崩すことになってしまったのである。

小説を書くだけでは食べていけず、肉体労働の電気工を続けていくのは大変だろうなあ、と僕などは思ってしまうのだが、もともと佐伯さんは、電気工の仕事があまり苦ではなかったらしい。もちろん肉体的には大変だったのだろうけれど。

また、そうした体験が、小説を書くことにもつながっていたようなので、小説を書くために電気工として生計を立てる、という、一見まわり道に見える人生の選択も、決して無駄なことではないことがわかるのである。もちろん、ご本人にとっては辛いことも多かったろうし、書いてある内容も深刻なのだが、この本からは、その体験とは裏腹に、絶望とか悲嘆とかといった様子があまり感じられない文体になっている。読んでいても暗くなることはないのである。

僕もたまに、宮仕えみたいないまの仕事が嫌になって、いっそ職場を辞めてフリーランスになりたい、と思うことがあるのだが、自分にはとてもその度胸がない。いや、考え方を変えれば、宮仕えみたいな仕事の合間に、自分の好きなことをやっていると考えることもできるのか?とか、この本を読んで、自分の人生についてもいろいろと考えてしまった。

佐伯一麦さんの小説をまだ読んだことがないので、今度読んでみることにしよう。その前に、読みかけの『苦海浄土』を読み終わらせよう。

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楳図かずおの『ウルトラマン』

子どもの頃、いちばん好きだった漫画家は楳図かずおだった。いまでもそうかもしれない。とくにあの怪奇漫画は、僕の心をとらえてはなさなかった。

いちばん好きな楳図漫画はどれか、といわれたら、迷うことなく『おろち』と答える。なかでもいちばん好きなエピソードは、「ステージ」である。「ステージ」は、いわゆるホラー要素がまったくないのだが、人間の憎しみや復讐をテーマにした人間ドラマと言うべき文学的傑作で、何度も読み返した。『おろち』については、別の機会に書くとしよう。

20代の頃だったか、古本屋さんで、楳図かずお『ウルトラマン』という漫画を見つけた。楳図かずお先生がウルトラマンを漫画にしていたのか、とその時初めて知って、ぜひ読んでみたいと思ったのだが、希少なものだったらしく、高値がつけられていて、買おうかどうしようか迷ったあげく、結局買うのをあきらめた。

ところが最近、そのことを思い出して調べてみたら、安価に入手できる形で復刊されていることを知り、さっそく読んでみることにした。

20代の頃、古本屋さんで、表紙だけを眺めていたときは、

(楳図先生も売れない頃は、怪奇漫画のタッチとは違う、ヒーローものを描いていた時期があったんだなあ。)

と勝手に思い込んでいたのだが、実際に読んでみるとさにあらず。

これ、立派な怪奇漫画じゃん!!!

ということがわかった。

というか、このときすでに楳図先生は、怪奇漫画の第一人者として確固たる地位を築いており、「怪奇漫画を描く楳図先生なら、怪獣漫画も描いてくれるだろう」という出版社の目論見のもとに、楳図先生のところに依頼が来たらしい。

怪奇漫画と怪獣漫画って、たしかに一字しか違わないけど、全然違うジャンルじゃね?

しかも読んでみると、バルタン星人とかジラースとかレッドキングとかメフィラス星人とか、テレビ版で有名な怪獣が登場するのだが、

あれ?バルタン星人の回って、こんな話だったっけ?

というくらい、楳図ワールド全開の展開なのである。子どもの頃に読んでいたら、あまりにこわくてトラウマになるよ!

ジラースの回なんか、途中のホラー的展開に力を入れすぎちゃって、予定のページ数が足りなくなって肝心のウルトラマンとの戦闘シーンが大幅に省略されたらしく、「ウルトラマンがそのあとジラースをやっつけたのはここに書くまでもありません」という文字による説明で終わっているのである。

そんな雑な終わり方ってある???ま、おもしろいんだけど。

調べたところによると、楳図先生の『ウルトラマン』の連載は、本放送の開始とほぼ同時期に始まったそうである。つまり、まだウルトラマンについてあんまり情報がないときに漫画執筆を依頼されて、円谷プロからもらった資料だけでストーリーを膨らませて漫画を描いたらしい。たしかに、いきなりウルトラマンとバルタン星人のラフスケッチが送られてきて、「これで漫画を描いてください」というのだから、楳図先生としては開き直って楳図ワールド全開のホラータッチの漫画に仕上げるほかなかったのだろう。

読み進めていくと、自分の子どもの頃の記憶にあるテレビのウルトラマンのストーリーとはまったく異なる世界観で描かれていて、何というか、パラレルワールドを体験した気分になる。

それにしても、牧歌的な時代である。

いまだったら、テレビとタイアップして漫画を描くとなったら、テレビのイメージを損ねないようにとか、テレビのストーリーをコミカライズするとか、そういった理由で、事前に周到に情報を漫画家に渡して、プロダクションも内容についてチェックしたりすると思うのだが、そうではない。まだテレビ放送の内容も決まっていない段階で、キャラクターについてのだいたいの資料だけを渡して、これでなんとか漫画を描いてください、と依頼して、漫画家もよくわからないもんだから、自分の世界観でむりやりストーリーを作り上げる。で、せーの、で完成した作品は、テレビと漫画では似ても似つかないものになるのである。

もう、こんな作り方をしていた時代には、戻れないんだろうなあ。だとしたら、楳図かずおの『ウルトラマン』は、コミカライズという概念とはまったく異なる手法を用いた、今後二度と生まれない、貴重な作品といえるのではないだろうか。

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おじいちゃんのやかん

12月26日(土)

僕は3年前に大病を患ってからお酒を飲まなくなり、もっぱら家では麦茶を飲んでいる。

2歳9ヶ月になる娘も必ず麦茶を飲む。ただし、僕は「水出し」なのに対して、娘は「煮出し」である。やかんにはいつも麦茶が入っている。

たまに僕の実家に娘を連れて行くときも、実家の母は自分の孫のために必ず麦茶を沸かしておいてくれる。

この日、娘を連れて実家に行ったときも、娘のために麦茶を沸かしておいてくれていた。

「階段の下に物入れがあるでしょう」

「うん」

「そこを片づけていたら、いままで全然見たことがなかったやかんが出てきたのよ」

「やかん?」

「うん。いままで全然使っていないやかん。箱に入っていたのよ」

そう言うと母は、そのやかんを持ってきた。

「麦茶用のやかんよ。今日はそのやかんで麦茶を作ったんだけど」

そう言うと、やかんの蓋を開けた。たしかに、中は麦茶を煮出すために作られている構造のようだった。

「どうしたの?これ」

やかんが入っていた箱を見たらね、お父さんの字で、大きく『麦茶用』と書いてあったのよ。実際、その箱にももともと『麦茶用』って書いてあるんだけどね、小さくて読みにくいから、お父さんがわざわざマジックで『麦茶用』と書いたんだね」

父がずっと前に買ったやかんらしいのだが、結局、使わないままになっていたらしい。

「だいぶいろんなものを処分したつもりだったんだけどね。どうしていままで気づかなかったのかしら」

たしかに不思議である。母もこのやかんの存在はいままで知らなかったのである。

「でもこれで、麦茶を作るのもだいぶ楽になったわよ。いままではふだん使っているやかんで麦茶を沸かしていたから」それまで、麦茶を沸かして飲むなんてことをしてこなかったのだ。

父は3年前、2017年の11月に死んだ。そしてその翌年の3月に娘が生まれた。あと半年、父が生きていれば、父は自分の孫の顔を見ることができたのだが、それがかなわなかった。

父はなぜ、麦茶用のやかんを買ったのだろう?そしてなぜわざわざ「麦茶用」と、大きく書いたのだろう?自分が麦茶を飲むつもりで買ったのかもしれないが、結局は使わないままになってしまっているではないか。

それが3年以上経って、「麦茶用」と書いた父の筆跡とともに突然目の前にあらわれて、僕の娘、つまり父の孫娘の麦茶を沸かすために重宝しているのだ。

おじいちゃんから孫への、時を超えたクリスマスプレゼントなのだろうか?と、ふとそんな感傷的な思いが頭をよぎった。

「おちゃちょーだい!」

娘のコップに、僕は麦茶を注いだ。

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とんだ仕事納め

この3日間は、けっこうたいへんだった。

12月23日(水)

久しぶりの、飛行機を使った出張である。今年初めてじゃないだろうか。

コロナがたいへんなので、できれば出張は避けたいところなのだが、先方がどうしてもということで、日程調整したところ、年内ではこの日しか空いていなかった。ふだんならば新幹線を使って行っているのだが、飛行機の方が感染リスクが少ないということだったので、飛行機で往復する日帰り出張と相成ったのである。

久しぶりだから、飛行機の乗り方も忘れてしまった。いまはクレジットカードを自動チェックイン機に入れればチケットを発行してくれるというわけにはいかないんだね。

新幹線で5時間くらいかかるところを、飛行機ならば1時間ほど乗っていれば到着した。新幹線よりもずいぶんと楽である。こんなことならば、今度からは飛行機を使うことにしよう。

仕事相手はむかしからよく知る方だったが、見かけによらず感染防止に気を遣ってくれるタイプの方だったので、安心した。滞在時間は5時間ほどだったが、仕事も順調に進み、短かかったが充実した時間を過ごした。

12月24日(木)

ある雑誌での対談のため、都内の出版社に向かう。

対談の前に、プロのカメラマンが来て、掲載用の写真を撮ってくれるという。出版社の雑然とした部屋の中だと映えないので、外に出て撮りましょうということになり、人通りの多い幹線道路のバス停だとか、小さな公園だとかで、バッシャバッシャ写真を撮った。

そういえば、むかしいちど、同じような体験をしたことがあるのだが、町なかで、プロのカメラマンにすげえ長い望遠レンズとかレフ板を使って写真を撮られるのは、かなり恥ずかしい。道行く人が誰だろうと思って顔を覗くと、(誰だ?こいつ)みたいな顔で通り過ぎていくのだ。

「念のため、出版社の中でも撮りましょう」

外から戻って、雑然とした事務所の片隅で撮影したら、

「これがいちばんいいかもしれませんね」

とカメラマンがつぶやいた。寒い外でのさっきまでの撮影は何だったのだ?

どの写真が採用されるか、半年後のお楽しみである。

さて、対談は3時間くらいに及び、楽しい時間だったのだが、どちらかというと僕が聞き手の役回りであったため、事前にTBSラジオのいろいろなパーソナリティーのゲスト対談のコーナーを聴きまくり、イメージトレーニングをしたにもかかわらず、自分の「聞く力」の拙さにすっかりと落ち込んでしまった。

世に「座談の名手」という言葉があるが、自分にはとても無理だということを実感した。そしてあらためて、何気なくゲストと対談しているラジオパーソナリティーたちの資質の高さに、感嘆したのである。やはり世に出るラジオパーソナリティーというのはそうなる理由があるのだな。

12月25日(金)

実質上の仕事納めである。午後から仕事だったので、比較的ゆったりと出勤したら、着くなり事務職員さんが待ち構えていて、至急に対応しなければならない案件がありますという。ま、最近はそんなことばかりなのだが。

仕事部屋に荷物を置いて、ひと息つく暇もなく、その案件を抱えて社長や副社長に相談に行き、なんとか対応についての結論が出た。

その後引き続き、社長室で打ち合わせをし、ようやく仕事部屋に戻ったのだが、今年中にどうしても片づけなければならない仕事があり、それを一つ一つ片づけていくうちに、あっという間に夜になってしまった。

いつもは僕より遅くまで残っている職員さんが、僕の仕事部屋をノックして、

「私たち、これで失礼します。今年はいろいろとありがとうございました」

「こちらこそ、ありがとうございました。よいお年をお迎えください」

「先生もよいお年を」

と帰って行った。

僕もそれから少しして仕事を切り上げ、車で2時間以上かけて帰宅することにした。車内では、もちろんラジオが友である。

自宅のマンションに着いたのが午後10時過ぎ。ちょうどTBSラジオ「武田砂鉄 アシタノカレッジ」が始まった時間である。

車をマンションの立体駐車場に入れようと、立体駐車場のシャッターを開けようとして鍵を差し込み、タッチパネルを操作すると、けたたましい警報音が鳴り響いた。

ピ、ピ、ピ、ピ、ピ、ピ、ピ…。

なんだなんだ?何が起こったのか?

タッチパネルを見ると、

「AC200V電源停電」

という、見たこともない表示があらわれた。

こうなるともう、なすすべがない。僕は暗い中を、どこかに連絡先が書いていないかと探し、ようやく立体駐車場の管理会社の電話番号を見つけた。

電話をすると、

「近くの者がこれから対応にうかがいますので、待っていてください」

という。仕方がないので、車の中で待つことにした。

車から流れるラジオでは、武田砂鉄さんと辛酸なめ子さんが対談をしているのだが、立体駐車場のことが気になって、まったく内容が入ってこない。

そのうち、今度は、マンションの警備を担当しているSECOMの人がやってきた。

「どうかしましたか?警報器が鳴ったので駆けつけたのですが」

なるほど、警報器が鳴ると、SECOMが飛んでくるしくみになっているのだな、それにしても迅速な対応だなあと感心しつつ、

「実は、立体駐車場がかくかくしかじかで…すでに立体駐車場の管理会社にも連絡をしています」

と説明した。

「そうですか。ブレーカーが落ちたんですかね?…でも素人が下手にいじらない方がよさそうですね。それでは、その人が来るまで待ちましょう。いつごろ来ると言ってましたか?」

「さあ、いまから向かいますと言ったきりで」

「そうですか…」

僕は急に不安になった。立体駐車場の管理会社の人がどのくらいの時間できてくれるのかが、まったくわからない。ことによると深夜になるのだろうか?そうなったら一晩、車の中で過ごすしかないなあ、と覚悟した。まったく、とんだクリスマスである。

するとそれから10分くらいして、立体駐車場の管理会社の人が到着した。

僕が事情を説明すると、その人は立体駐車場の電気システムみたいなところを操作したり、タッチパネルのところをピピピと操作したりした。いろいろと試みているうちに、シャッターが開きだした。

「ひとまず、開けることはできましたが、根本的な原因がわからないので、また止まってしまう可能性があります」

「はあ」

「今のうちに車を入れてください」

「わかりました」

僕は所定の位置に車を入れて、ようやく解放されたのである。

「どうそご自宅にお帰りください。あとは私たちでやりますので」

立体駐車場の管理会社の人とSECOMの人は、そのあとも残って、立体駐車場の故障の根本的な原因の追求を続けたようだった。まったく、彼らにとってもとんだクリスマスである。

ようやく自宅に帰れたのが夜11時近く。家族はすでに寝ていた。

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えずか〜!

鬼瓦殿

こんばんは。高校時代の友人・元福岡のコバヤシです。少しご無沙汰です。

色々大変そうですが、良いことも色々あったようですね。こちらは何の変わりも無く普通にやってます。

先程、貴君のブログを読んでいたら「えずい」という言葉が出てきましたが、ご推察の通り福岡でもこの言葉は使われています。使われていた、という方が適切かもしれませんが。

福岡勤務時代に、社内報告資料を作成中に7つか8つ上の福岡出身の上司が突然、「えずか〜!」と言ったので、「どういう意味ですか?」と聞いたところ、近くに居た1つ上の佐賀県の鳥栖出身の先輩が、「俺も久しぶりに聞いたよ!辛いとかそんな感じの意味かなぁ。でも、我々の世代はこんな古い言葉はもう使わないけどね。」と言っていました。

貴君のブログには、京都の言葉が同心円上に広がったというのが有りましたが、確かに他にも心当たりがあり、やはり福岡時代にに同僚の女性が「パソコンをなおさなきゃ」と言うので、「パソコン壊れちゃったの?」と聞き返したら、「壊れてませんよ。帰るからパソコンなおすのよ!」と言うので「?」となったのですが、よくよく聞くと「片付ける」という意味だったので驚いた記憶があります。この「なおす」という言葉も、関西以西では一般的に使われている言葉のようですね。うちの会社でも関西以西に居たことがある人達は皆、当然のように「なおす=片付ける」という意味を知っていました。

他に福岡で現地の友人がよく使っていて「?」となった言葉には「せからしか!」「しゃあしい!」(どちらも鬱陶しい、腹立たしい、みたいに使ってたと思う)とか、やはり同じような意味で「しろしい」なんて言葉が有り、なんだかよく分からなかった記憶が有りますが、この辺も関西から伝播したのでしょうか?

余談ですが、うちの会社では「たちまちは」という言葉を使う人がやたらに多いのですが、この言葉は若い頃に岡山の工場のオッチャン達が「たちまちは、これで何とかしてくれ!」みたいに使うので、どうやら我々関東人が考える「すぐに」という意味では無いらしいと思い、何度か聞いているうちに漸く「取り敢えずは」という意味と分かり驚いたものです。

数年前に福岡から東京の本社に戻って来たら、何故かこの「たちまちは=取り敢えずは」を使う人がやたらに多く、もしかして「たちまちは=取り敢えずは」というのは標準語だったのか?としばし混乱をきたしていたのですが、最近、ネットかなんかでたまたま、「たちまちは=取り敢えずは」は広島の方言でもあると知り、成る程、うちの会社は新入社員の時に広島と岡山の工場に配属される人達が多いので、みんなその時に使い慣れてしまい、今でも普通に使ってしまうのかと独り合点したものです。

「えずい」は京の都の人達が地方に伝えたのでしょうが、うちの会社では「たちまちは=取り敢えずは」が地方から東京に伝播されるという現象が起こっていたわけです。

言葉というのは面白いものですね。

ということで、今回も長くなってしまいましたが、この辺で。

大分寒くなって来たので、くれぐれも身体には気をつけてください。

では、またそのうち。良いお年を!

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エズい世の中

ほんと、いまのご時世、Facebookで会食(飲み会)の写真をあげている人って、どういうつもりなんだろう。けっこういるんだな、これが。「人はなぜSNSの中では無防備になるのか」というタイトルの新書を書きたいくらいだ。

新書のタイトルで思い出したが、こんな新書のタイトルを考えてみた。

「不倫をした野党政治家はなぜネトウヨ化するのか」

「売れっ子放送作家のラジオ番組はなぜつまらないのか」

どうだろう。売れるだろうか。

そんなことはどうでもいい。

ずいぶん前に買った、大西巨人原作・荒井晴彦脚本『シナリオ 神聖喜劇』(太田出版、2004年)を、思い立って少しずつ読み始めている。

大西巨人の大長編小説『神聖喜劇』については、このブログでも以前に書いたことがある

この中に、村崎一等兵の台詞として、こんな台詞がある。

「はぁん、新聞記者か。……記者生活も簡単にゃ行くめえばってん、軍隊生活もエズウややこしいけんねぇ」

この「エズウ」に注釈がついていて、

「エズウ…「えずい」は、不快だ、こわい、薄情だ、ひどいの意。中世・近世語」

とある。これを読んで、また別のことを思い出した。「いずい」という方言についてである。

「前の勤務地」の隣県の方言なのだが、かつてその県出身の教え子のCさんと、こんな会話をした

「『いずい』って、わかりますか?」

「『いずい』?わからないなあ」

「ほら、よく洋服の襟の後ろについているタグが肌にあたってむずがゆくなったりするでしょう。あの感覚が『いずい』です」

「『むずがゆい』とは違うの?」

「違います。『いずい』は『いずい』としか言いようがありません」

「ほう」

…そうか!「いずい」という方言は、中世・近世語で「不快だ、こわい、薄情だ、ひどい」という意味の「えずい」から来ているのか。柳田国男の周圏論からすると、もとは京都の言葉だったものが、地方に同心円状に伝わり、方言として残ったのかもしれない。

村崎一等兵の台詞にもう一度注目してみると、「ばってん」という言葉を使っていることから、九州の福岡あたりの出身ではないかと思われる。だとすると、ますます柳田国男の周圏論が説得力を帯びてくる。「えずい」という言葉が同心円状に広がり、まったく別の地方に方言として残っていることをこれは示しているのではないだろうか?

しかしいま現在、福岡で「えずい」という言葉が使われているかどうかは、よくわからない。機会があったら、福岡出身の人に聞いてみることにしよう。

ところでこの『神聖喜劇』のシナリオ、澤井信一郎監督が映画化を考えていたらしい。あの名作『Wの悲劇』で知られる名監督である。

もちろん、澤井信一郎監督作品として見てみたいという一方で、これこそ、大林宣彦監督作品として見てみたかった気がする。

なにしろ情報過多、溢れるような長台詞の応酬である。これを、『青春デンデケデケデケ』のようなスタイルで撮影・編集したら、大傑作になったのではあるまいか。

いまはその映像を想像しながら、このシナリオを読み進めることにしよう。

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国際会議・3回目

12月20日(日)

この土日は、今年度3回目のオンライン国際会議である。

オンライン開催があたりまえになってきたからか、コロナ以前よりも、国際会議に参加する回数が例年よりも多い。

3回のうち2回は、職務上、参加して発表しなければならない国際会議だったのだが、今回は、日頃お世話になっている方から頼まれてしまったので、これもまた断ることができない。

今回は発表者ではなく、討論者として参加する。

討論者というのは、発表者の発表に対して、コメントや疑問点を提示する役割である。とくに、発表の疑問点を提示して、発表者に投げかける、というのが、いちばん重要な役割である。

発表者にくらべて討論者に与えられた時間は短く、事前の原稿もそれほど多くないのだが、発表者の原稿を読み、そこから問題点を抽出し、意味のある議論をしなければならないという点で、かえって手間がかかるし、こっちの能力も試されるので、苦労するわりには報われない役割である。

しかも今回の会議のテーマは、僕がまったく門外漢のテーマで、ほかはみんな、この分野の一線で活躍している方たちばかりである。というか、このテーマ、嫌いなんだけどな…。

おまけに、僕が討論を担当する発表者は、韓国でお世話になった有能な友人である。彼の原稿は当然ハングルで書かれているので、あらかじめ送られてくるハングルの原稿を読み込んで、それをふまえて、門外漢の僕がコメントを書かなければならない。もう地獄である。

そこでハタと気がついた。そうか、僕はただたんにハングルが読めるという理由で選ばれたのか、と。たまたまこの国際会議を企画した方が、頼みやすい僕に頼んだということなのだろう。適材適所とは、ほど遠い人選である。

土曜日は午前10時から午後6時半まで、日曜日は午前9時から午後7時まで、という長期戦である。僕が登壇するのは2日目、日曜日の午後3時半頃からなのだが、実質、土日の2日間がこのためにまるまる潰れてしまうことになる。

初日は僕のやることはなかったが、それでも参加しないわけもいかず、適宜休みながら聴いていたとはいえ、結局丸一日、パソコンの周りで過ごしたのだった。

しかも、日本と中国と韓国の3カ国の会議なので、日本人が発表の場合は、日→中、日→韓の通訳(しかも逐語訳)が必要だし、韓国人が発表の場合は韓→中、韓→日、中国人が発表の場合は、中→日、中→韓の通訳が必要なので、発表時間はふだんの3倍かかる。通訳は、日韓間で1人、中韓間で1人、日中間で1人なので、このうちどの人が欠けても、会議はストップしてしまうのだ。

そして2日目。僕が担当する韓国の発表者が朝イチで発表し、それに対する僕のコメントが午後3時半頃からなので、まったく気が抜けない時間が続いた。

予定の時間から30分ほど過ぎて、4時頃に僕の番が来た。

ところが、僕の発言を韓国語に通訳してくれる人が、突然、画面からいなくなってしまった。

慌てたのは、会議の主催者である。日本語から韓国語に通訳できる人は、その人しかいないからである。いくら呼びかけても応答しない。トイレにでも行ったのだろうか?

「鬼瓦先生、すみません。時間がもったいないので、喋った内容を自分で韓国語に通訳してください」

ええええぇぇぇぇっ!!

アドリブに弱いんだよ!俺は!

「わ、わかりました」

自分で喋った内容を、自分で韓国語に通訳したのだが、久しぶりに韓国語を喋ったので、伝わっているのかどうかわからない。

必死で喋っていたら、いつのまにか通訳の方が画面に復帰していた。

「もう大丈夫ですよ」

というわけで、本題に入る前の前置きを喋ったあたりで、通訳を交替できたのだった。

そこでまた、僕は気づいた。

そうか、こういう不測の事態が起こったときに、自分で韓国語の通訳できるヤツがいいということで、選ばれたのだと。

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ルノアールのお茶について考える

書くことが何もないので、どうでもいい話をひとつ。

TBSラジオ「アシタノカレッジ」で、武田砂鉄さんと写真家の石川直樹さんが対談していて、最後の方で、喫茶室ルノアールで出されるお茶についての話題になった。あのお茶は、「早く出ていけ」という意味なのか、それとも「どうぞゆっくりしていってください」という意味なのか…。

これはたしかに大問題である。武田砂鉄さんは、番組が終わった後に、自身のTwitterで、

ようやくお会いできた写真家・石川直樹さんと「喫茶室ルノアールで出されたお茶を『ゆっくりしていってください』ととらえるか、『そろそろ……』ととらえるか」という、大切な議論ができて楽しかった。」

と書いていた。

それで思い出したのだが。

いま使っている僕のノートパソコンでは、ずーっと原稿を書いていたりすると、画面の右下の方から、びよ~んとマグカップの絵が顔を出して、

「入力時間が長くなっています。そろそろ休憩しませんか?」

みたいなメッセージがあらわれる。これ、僕のノートパソコンだけに出てくるのかな?

そんなことを無視して、原稿を書き続けていると、そのメッセージは引っ込み、またしばらくして、びよ~んとマグカップが顔出して、

「入力時間が長くなっています。そろそろ休憩しませんか?」

というメッセージがあらわれる。

うるせえな、こっちはそれどころじゃないんだ、と思いつつ、ふたたびそのメッセージを無視して入力し続けていると、どうやら敵はあきらめたらしい。

よかったよかった、と思っていると、今度はしばらくして、メッセージがなく、マグカップの絵だけが、そろ~りと画面の右下に顔を出す。

それがなんとも、申し訳なさそうな感じなのだ。

「あのう…そろそろ…」

とでも言いたがっている感じが伝わってくる。

それでも無視をして入力していると、しばらくしてまた、マグカップの絵だけがそろ~りと画面の右下に顔を出して、

「あのう…そろそろ…、ごめんなさい、決してお仕事の邪魔をしているわけではないんです。ただ、そろそろお疲れかな、と思って…」

という感じであらわれてくるのだ。

それでも無視して入力を続けていると、しばらくしてまた、マグカップの絵だけがそろ~りと画面の右下に顔を出して、

「…ほんとしつこくてごめんなさい。でももうそろそろお茶でも…」

と、かなり申し訳なさそうな感じに思えてくる。

同じマグカップの絵が出てくるだけなのだが、時間が経つにつれて、そろ~り度合いというのか、申し訳なさ度合いというのが、強くなっていくような感じがするのだ。ま、こっちの受け取り方の問題なのだが。

ここで最初のルノアールのお茶に話を戻すと、画面上に出てくるマグカップの絵は、「いいかげん、入力作業をやめろ」というメッセージなので、ルノアールのお茶もやはり、「早く出ていけ」というメッセージとも受け取れるし、その一方で画面上に出てくるマグカップの絵は、「少し休憩したらどうですか」というメッセージでもあるので、ルノアールのお茶も「どうぞゆっくりしていってください」という意味に受け取れる。

結局どっちなのだろう?よくわからない。

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いまさらながら、新しい日常について考える

12月18日(金)

今週を振り返ってみる。

14日(月)年休を取り、自宅から片道2時間の病院で定期検査。

15日(火)出勤。午前、会議。午後、全体会議

16日(水)出勤。午後、研究会

17日(木)午前、自宅から片道2時間の病院で診察。そのあと出勤し、午後、最高意志決定会議。

18日(金)出勤。午前、会議。午後、研究会

この間、矢のようなメールが届き、ひたすら打ち返す。そのほか、いろいろな根回しや交渉で職場内を行き来す。

おまけに通勤に往復5時間以上かかるのだから、もうグッタリである。

そんなことはともかく。

いまさらながら、新しい日常ということについて、考えている。

いまや人前でマスクをしていないと、パンツをはいていないのと同じような感覚に陥る、というのは、あるあるなのだろうか?

今月になってようやく、多量のアクリル製衝立がうちの職場に導入されて、会議室などでも、隣の人との間にアクリル製の衝立が立てられるようになった。

不思議なもので、会議や研究会の場で、アクリル製の衝立が間に立っただけで、ずいぶんと落ち着くのだ。感染の不安から、少し解放されたことを意味しているのだろう。これもまた、今までにない感覚である。

大島渚監督の映画『戦場のメリークリスマス』の、坂本龍一によるサントラのアルバムのキャッチコピーは、「異常も、日々続くと、正常になる」(仲畑貴志)だったが、まさにいまが、その状況である。

つい最近、Facebook上の「友だち」が、「自分の知り合いが、ぜひ鬼瓦さんと友だちになりたいそうです」と言ってきて、ほどなくしてそのご本人から友だち申請が来たので、承認した。もちろん僕は全然知らない人なのだが、どうも教育のお仕事についておられる方らしい。

友だち申請を承認すると、とたんにその方の記事がタイムライン上に出現してくる。見たところ、どうやら活発なアウトドア派の方のようで、僕とはおよそ真逆のライフスタイルのようであった。

で、僕は、タイムライン上に流れてくる、ここ数日のその方の記事を見て、驚いた。

地元の友人たちとか、学生時代の友人たちとかと、複数で飲み会をしている写真が立て続けにアップされていて、満面の笑顔で、お酒を持ってピースサインをしている。問題なのは、全員、マスクをせずに、しかも数人が体をピタリと寄せ合って、ほろ酔い加減でじつに機嫌良く笑っている写真だということなのだ。コロナ前の写真かな?と思ったが、そうではなく、感染が拡大しているいま現在の写真である。

おいおい!密だよ密!

マスク会食は???

というか、この状況で、会食の写真をあげるってどういうこと?!

いや、会食が悪いというわけではない(僕なら絶対しないけど)。

百歩譲って、会食をしたとしても、その写真を、このタイミングで公開するのは、どうなのだろう?感染者数が過去最多とニュースで言っているタイミングだぜ。

写真を撮っている以外の時間はマスクをしていたのかもしれないけど、写真からはおよそそんなふうには感じられない。いくら気の合う仲間たちだといっても、なにも写真を撮るのにピッタリくっつくことはないだろう!

しかも、その方が、どうも教育を職業としているらしいということにも、引っかかるのだ。

さらに引っかかることは、その人だけでなくその場に一緒にいた人たちの中に、「こういうご時世に、こんな写真を撮るのは、マズいんじゃないの?」と注意する人が誰もいなかったということだ。「類は友を呼ぶ」とは、まさにこのことである。

自分たちはアウトドア派で体鍛えているから感染しない、とでも思っているのかな?…と思いたくなるほど、僕にとっては心がざわつく写真なのだった。

コロナ前だったら、飲み会のふつうの写真で、なんとも思わないんだけどね。いまはすごく不愉快な写真に思えてくる、ということは、これもまた、「新しい日常」なのだろう。

しかし一方で、僕はある仮説を抱きつつある。

それは、この種の人たち、つまり、このコロナ禍の中でも、そんなこととは無関係に、無邪気に飲み会をしている人たちが、実はけっこういるのではないだろうか。

古い価値観をたとえて、「それは昭和の考え方だよ」という言い方をしたりするが、そのうち、古い価値観のたとえとして、

「それはコロナ前の考え方だよ」

という言い方が、近い将来、ふつうに使われるようになるかもしれない。

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ラジオきっかけ

12月15日(火)

あんまり書くことがないのだが。

最近聴き始めたラジオで楽しみなのは、金曜の夜10時からTBSラジオで放送している「武田砂鉄 アシタノカレッジ」である。

この番組では、毎週ゲストが登場するのだが、いままで僕が全然知らなかった人がゲストとして出演して、これをきっかけにファンになる、というパターンが多い。

アイドルの和田彩花さんも、この番組を聴いて、初めて知った。

Aマッソというお笑いコンビも、コンビの1人である加納さんがこの番組にゲスト出演した回を聴いて、初めて知った。

センスのいい方だなあ、と思っていたら、昨日の「THE W」とかいう、女性芸人だけのM-1グランプリみたいな番組の決勝にAマッソが残っている、と知って、どんなネタをやる人たちなんだろうと思い、見てみることにした。

そしたら、思っていたとおり、センスのいいネタを披露していて、もう少しこのコンビのネタを見てみたいなあ、と思った。

次の対戦相手は、キワモノ芸をすることで有名なピン芸人で、すでに多くの人に認知されている人気芸人である。僕自身はあまりハマっていないので、ちゃんとは見なかったのだが、やはりキワモノ芸を披露したらしく、観客の爆笑を誘っていた。

審査員の評価は、僅差で後者のピン芸人に軍配が上がり、Aマッソはあっけなく敗れた。その時点で僕は、テレビを消した。

ところで今日、僕のところにある出版社から封書が来て、「あなたが以前にうちの出版社から出した本は、大量に売れ残っていて場所をとるので、400冊を廃棄処分します」と通告された。

僕はそのとき、キワモノ芸人に敗れたAマッソの敗北感と似たものを、なぜか感じたのである。

それはともかく。

僕が言いたいのは、そんなふうに、ラジオきっかけで、その人を初めて知り、ファンになることが多い、ということなのである。

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宅急便についての些細な話

12月14日(月)

年休を取って、病院に検査に行く。例によって、片道2時間かかる病院である。

年休を取ったといっても、職場からは容赦ないメールが次々と届く。提出期限がとっくに過ぎている書類を早く出せとか、海外からの思いもよらぬ連絡が突然来て対応をどうしましょう、とか、経費の使い方をどうすべきかご判断ください、とか。

こっちは薬の副作用もあってしんどいので、「明日考えます」と、問題を先送りにした。

検査が終わると、外は小雨が降っていた。それだけでもう精神的にゲンナリなのだが、(これからまたバスと電車を乗り継いで2時間かけて家に帰るのか)と考えると、余計にしんどい。

そういえば、宅急便を出さなければいけなかったんだった。カバンの中に、出版社に戻す校正を入れた封筒を入れておいたのだった。「着払い」の宅急便の伝票が入っていたので、封筒に伝票を貼って、あとはコンビニで出すだけの状態にしておいた。

病院の停留所にバスが来るまで時間があったので、100mくらい離れたところにあるコンビニまで行って、宅急便を出すことにした。

ちょっと待てよ。たしか宅急便をあつかうコンビニは、限られていたんじゃなかったかな?以前、クロネコヤマトとコンビニ業界が大げんかして、宅急便を扱わないコンビニがあったと記憶している。

あの件はどうなったのだろう?もう時間も経ったことだし、和解した可能性もあるぞ。一か八か、コンビニに行ってみよう。

…ということで、小雨の中、100mほど歩いて、コンビニに着いた。

コンビニのレジには、僕よりもはるかに年上と思われるご婦人、つまりおばちゃんがいた。

「あのう…宅急便扱ってますか?」

僕は念のため聞いてみた。

「ええ、扱ってますよ」

「そうですか」

僕は安心した。

「こちらへどうぞ」

隣のレジに誘導されると、

「郵便局に限られますよ」

とレジのおばちゃんが言う。

「郵便局?」

「ええ」

「ちょ、…ちょっと…宅急便じゃないんですか?」

「ですから、郵便局の宅急便なら扱っています」

おいおい!「宅急便」というのは、ヤマト運輸の登録商標だぞ!映画「魔女の宅急便」の公開に際しても、ヤマト運輸とスポンサー契約を締結したんだ、コンビニで働いているならそれくらいのことは…、と小一時間くらい説教したい気になったが、そうか、大部分の人は、「宅急便」をヤマト運輸の登録商標だということを知らないんだな、と思い直し、グッとこらえた。

僕は、「宅急便は扱っていますか?」と聞くべきではなく、「クロネコヤマトは扱っていますか?」と聞くべきだったのだ。

それに、そのコンビニは、もともとクロネコヤマトを扱っていないことを、あらかじめ知っておくべきだったのだ。

つまり、悪いのは全部僕の方である。

それにしても、である。

着払いだとしても、宅急便だと数枚の校正を封入した封筒を送るだけで830円もかかるのだ。これだったら、郵便で送った方が割安だったんじゃないの?

つまり、悪いのは僕ではなく、出版社ではないだろうか?

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つじつまの合う物語

前回の記事で、高校時代の思い出を書いたので、もう少しノスタルジーに浸る。

コラムニストの小田嶋隆さんのTwitterを見ていたら、こんなツイートを見つけた。

母校、小石川高校の創立100周年記念誌『みんなの100年』が届いた。なんと7月に亡くなった岡康道の遺稿が掲載されている。それもオレが書くはずだった原稿(〆切を伸ばしたあげくに落とした)を代筆してくれたものだ。最後まで迷惑をかけた。最後まで楽しい男だった。ありがとうありがとう。」(2020年12月10日)

ツイートの中に登場する岡康道さんは、有名なCMプランナーで、小田嶋さんと高校時代からの無二の親友である。奇しくも、同じ早稲田大学に進み、しかも大まかにいえば同じ業界に進んだ同士となった。途中、絶縁したこともあったようだが、その後またもとの関係に戻った。

小田嶋さんと岡さんが対談している『人生の諸問題五十路越え』(小田嶋隆、岡康道、清野由美共著 、2019年)は、僕がちょうど50歳を超えたときに出た本である。その本を読んだばかりだったので、岡さんが亡くなったというニュースを聞いたときは、ビックリした。

「オレが書くはずだった原稿(〆切を伸ばしたあげくに落とした)を代筆してくれた」という部分を読むだけで、小田嶋さんの性格とか、岡さんとの関係といったことが、よくわかる。

同じ日の小田嶋さんのツイートに、写真付きで、こんなことも書かれていた。

「岡康道の原稿に付けられていた追記を以下に紹介しておきます。合掌。ありがとうありがとう。」

その写真には、100周年記念誌に岡さんが書いた文章の「追記」の部分だけが写っている。

「この原稿はコラムニストのI組小田嶋隆が書くことになっていた。提案したのは私だが、2ヶ月たっても一向に書かないので代筆している次第だ。そういえば小田嶋が期末試験に現れなかった日、私が左手で彼の答案を書き提出し、私が停学になったことがある。あの時小田嶋は「頼んでない」と言ったが、確かに頼まれていなかった。今回も同じようなことをしている。人はあまり変わらないものだ。TUGBOAT代表 岡康道(027I) クリエイティブディレクター CMプランナー」

さらにこの下に、編集部の追記があった。

「追記:このページを編集・寄稿してくれた岡康道君は2020年7月に逝去されました。日本を代表するクリエイティブ・ディレクターとして、多くのメディアで小石川高校時代の楽しさを紹介してくださったことに感謝します。(戸叶027C)」

これを読んで、小田嶋さんは泣いたのではないかと思う。僕だったら絶対泣く。

だって、親友が死んでから5か月後に、メッセージが届いたんだぜ。しかも、遅筆の小田嶋さんの代わりに岡さんが代筆していたことを、小田嶋さんは知らなかった。岡さんは、小田嶋さんの性格を知っていて、代筆の覚悟をしていたのだろう。でもそのことは言わなかった。

それはまるで、高校時代に頼んでもいないのに勝手に小田嶋さんの期末試験の答案を代筆した時の如くである。

岡さんは人生の最後に、小田嶋さんとの高校時代の関係性を再現してみせたのである。

これを粋なはからいといわずして、なんと言おう。泣いたあとは、きっと笑ったに違いない。「最後まで楽しい男だった」と。

高校時代の伏線が、人生の最後に回収される。人生とは、なんとつじつまの合う物語なのだろう。

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ちょっとだけノスタルジー

12月10日(木)

今日は外回りの仕事。用務先は3カ所である。

1カ所目での用務が思ってたより早く終わり、2カ所目の用務まで少し時間がある。

「どうしますか?まだ少し時間がありますね」

一緒にまわってくれている「トラック野郎のSさん」が聞いた。

車は懐かしい道を走っている。忌野清志郎が歌った坂だ。

「この道を行くと、K駅を通りますよね」

「ええ」

「そこで降ろしてください」

「わかりました。ではこちらでお昼を済ませていただいて、のちほど時間になったらT駅まで来てください」

「わかりました」

僕はK駅の前で車を降りた。高校時代、3年間通った町だ。

個性的だった駅舎は、僕が卒業してしばらくして取り壊されてしまい、おもしろくもなんともない駅に生まれ変わってしまったが、住民の運動の成果か、つい最近、かつてのかわいらしい駅舎が復原されていた。

それでも、町はだいぶ変わってしまった。

(T書店がなくなってしまったんだな…)

駅前に2つの書店があった。T書店とM書店である。駅に近い方がT書店。高校時代、どちらの書店にもよく通った。

(M書店はどうなっているんだろう?)

駅から少し南に歩いたところにM書店がある。お店の前まで来て、記憶がよみがえってきた。この書店は、建物の1階と地下に売場がある。1階は文庫本とか雑誌などで、地下は専門書や教養書が並んでいる。僕が高校の時と、基本的には変わっていない。そして僕は、この地下の専門書のコーナーが好きだったのだ。エスカレーターで地下に降りていくと、そこは教養のワンダーランドだったのである。

(そうそう、こんな感じだったなあ…)

本棚に、雑然と並ぶ専門書。決して数は多いとは言えないのだが、僕からしてみたらツボを押さえた本ばかりが並んでいる。

(高校時代に通っていたときから、ブレてないなあ)

本棚を見ているだけで楽しい。

そういえば、高校時代も、こんなふうにして、この書店の地下で過ごしていた。

だがいまはすっかり勘が鈍ってしまった。たとえば最近ラジオなんかで紹介されて気になっている本を探してみようとするのだが、この雑然とした並びの中から、それを見つけるのはなかなか時間がかかる。高校時代は、折にふれて通っていたから、どこにどんな本が置いてあるのかが、だいたいわかっていたと思う。

最近だと、本の検索システムがあったりするのだが、この書店のどこを見渡しても、そんなものは見当たらない。

(なるほど。自分で探せっていうことだな)

考えてみれば、高校時代にもそんなものはなかった。時間をかけて本棚を眺めては、おもしろそうな本を手に取ったものだった。あらかじめ買おうと思っていた本を探しているうちに、別のおもしろそうな本を見つけたり。

もちろん、どこの本屋に行ってもその楽しみはあるのだが、とくにこの書店は品揃えが(売れ筋のものばかりではなく)個性的で誠実で謹厳実直なので、その楽しみが倍増するのである。

(へえ、こんな本があるのか)

本の背表紙のタイトルを見るだけなのだが、そこで新しい言葉を覚えたり、著者の名前を覚えたり、少し背伸びをした考えを学んだり、高校時代は、そんなことをしていたのだ。贅沢な時間だった。

(そろそろ行かなくては)

お昼は、やはり高校時代によく通った茶房に入った。

(ここも全然変わってないなあ…)

次に訪れることができるのは、いつだろう。

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生きていれば、きっとこんなことも起こるだろう

12月9日(水)

タイトルは、大林宣彦監督の映画「あした」が公開されたときのキャッチコピー「愛していれば、きっとこんなことも起こるだろう」の捩りである。映画「あした」は、大林監督にしてはめずらしいウェルメイドな群像劇だった。

そんなことはともかく。

仕事のストレスはたまる一方で、精神的にはなかなかキツい状況である。ハードル競走のような連日の会議をいかにして倒さずに走り抜けるか、とか、日々、矢のように降ってくる大小のトラブルをどうやって乗り切るか、と、そんなことばかりやっている。おかげで出勤するのがすっかり憂鬱になってしまった。

しかし人生、悪いことばかりではない。

今日の夕方、愛聴しているラジオ番組をリアルタイムで聴いていたら、昨日僕が番組宛てに出したメールが、またまた読まれた!しかも今回もまた実名である!

敬愛するラジオパーソナリティーが昨日の番組でうちの職場のイベントについて紹介してくれたことへの、お礼のメールを出したのである。

まさか2日続けて、うちの職場のイベントのことを取り上げてくれるなんてことはないよな。だってこの番組は、ほかに取り上げるべき話題が山ほどあるのだもの。

…と思っていたら、ご丁寧に僕のメールの全文を紹介してくれて、しかもそれに対する共感と絶賛のコメントをいただいたのである。

こちらの思いを全面的に受け止めてくれ、しかもその趣旨をリスナーに向けてさらに発信してくれたことが、何より嬉しい。

やっぱり一流の表現者というのはすごいね。僕の拙いメールの内容を、これほどまでに深く広く伝えてくれるのだから。

ここまで僕の気持ちの本質の部分をとらえてくれる人は、なかなかいない。同い年だし、もしどこかで出会っていたら、意気投合して無二の親友になっていたかも知れない、と、そう一方的に勘違いさせるほど、ありがたいコメントだった。ま、そう思わせてくれるからこそ、一流の表現者なのだろうけど。

僕の中では、これで大満足。「祭りは終わった」。

一流の表現者、といえば、もう一つ、嬉しいことがあった。

このブログでも何度か書いたことがあるが、ミュージシャンで文筆家の寺尾紗穂さん。以前、ある本で一緒にお仕事をしたことがあるのだが、面識はない。

僕は寺尾紗穂さんの音楽はもちろん、文章も大好きなのだが、やはりその本で一緒にお仕事をした若い友人が、寺尾紗穂さんのライブのお手伝いをすることになった、という連絡をもらった。

なぜわざわざそんな連絡をくれたのかというと、僕が寺尾紗穂さんの文章が好きだということを知っていて、ちょうどライブをお手伝いするという機会に、寺尾紗穂さんの本に僕宛てのサインをもらってくれる、というのだ。

これまた願ってもないことなので、お言葉に甘えてお願いすることにした。

そして今日。ライブの日。僕が大好きな『彗星の孤独』という本に、サインを書いてもらいましたと、連絡をいただいた。近いうちに仕事で会う予定なので、そのときに受け取ることになるだろう。

敬愛するラジオパーソナリティーと、敬愛するミュージシャン兼文筆家。

どちらもお会いしたことはないが、僕が憧れる一流の表現者である。

その二人から、同じ日に、僕宛てのメッセージをいただく。

「生きていたら、きっとこんなことも起こるだろう」というタイトルの意味は、そういうことである。

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ストレスチェック

まあこれは、「あるある」なのかもしれないが。

職場で年に1度行われる「ストレスチェック」。これ自体がストレスである。

忙しいので無視していたら、リマインドのメールが来て、「まだの方は○月○日までに必ず済ませてください」という、これまたストレスがたまるプレッシャーを仕掛けてくる。

くっそ忙しいのに、パソコンに向かって、該当のホームページにログインしなければならない。まずこれがストレスである。「団体ID」とパスワードを入力した後、今度は個人のIDとパスワードを入力しなければならないのだ。一手間ならぬ、四手間もかかるのだ。

で、ようやくチェック項目に応えようと思ったら、全部で57問もある。57問ですよ!

一つ一つに対して、「非常に」「多少」「まあまあ」「まったく」みたいな4択があって、この微妙な選択肢から、自分に合うものをいちいち選ばなければならないこともまた、ストレスである。

こちとら最近、仕事が多すぎて肉体的にも精神的にも疲労困憊しているから、考えるのが面倒になって、選択肢の中でどうしても極端なものを選んでしまう。

「上司や同僚に気軽に相談できますか」という質問に対して「まったくない」と答えるとか。

「非常に憂鬱である」「ひどく疲れている」「何もやる気が起きない」とか、どんどん答えていったら、診断結果が、

「ストレスが高くて、産業医に診てもらうレベル」「軽い鬱症状」

と出た。そりゃあそうだ。かなり極端に答えたんだもの。

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映画を語るように

12月8日(火)

まつりのあと、というのは、ひどく寂しいものである。

日曜日にイベントが閉幕し、月曜の朝イチから、さっそく撤収作業に入った。

「延長してほしい」とか「巡回してほしい」という声をたくさんいただいたのだが、時間が来れば終わらせなければならないのがこの種のイベントの宿命である。寅さん風にいえば、

「そこが渡世人のつれーところよ」

である。まさに一期一会なのだ。

撤収となると、あっけないものである。

そういえば、11月23日には、こぶぎさんが「真昼の深夜番組」と評したラジオスターが、うちのイベントをわざわざ見に来てくれたらしい。僕はその日、出勤ではなかったのだけれど、イベント代表者の同僚がお話しをしたそうだ。

そして、イベント最終日には、なんとなんと、僕が敬愛するラジオスターが、はるばるイベントを見に来てくれたという!残念なことに、その日も僕は出勤していなかった。でも僕がそのラジオ番組に書いた手紙が、少しばかり役に立ったのかもしれない。

今日のラジオのオープニングで、イベントのようすや僕の職場の様子を、かなり丁寧に、そして的確にお話ししてくれた。

それはまるで、映画の批評をするように、である。

映画や音楽を語るように、僕がやっている地味な仕事を語ることができたら、どんなにすばらしいことだろう、と、ときどき思うことがある。長年この業界にいて、そんな体験をすることはめったにないのだが、今回のイベントは、そのわずかな体験のうちのひとつとして、これからも繰り返し思い出すだろう。

僕はそのラジオパーソナリティーが、映画や音楽を語るように、イベントのことを語ってくれたことに感謝して、

「これからも自分たちの仕事が番組で話題にしてもらえるよう、精進します」

と、お礼のメールを書いた。

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漫才未満

「イベント、大盛況でしたね。よかったですね」

「ありがとうございます。見てくれたんですか?」

「いえ、行きたかったんですが、日々の仕事に追われて見に行けませんでした」

「(なんだよ、見に来なかったのかよ)」

「でも、あれは見ました。生中継のやつ」

「そうですか。ありがとうございます。長時間見ていただいて」

「途中で寝落ちしました」

「(なんだよ、寝落ちしたのかよ)」

「久しぶりにお姿を拝見しましたけど、ちょっと太りましたね」

「……」

「だいぶ老けましたよね」

「……」

「でもあまり変わってなくて安心しました」

「(どないやねん!)」

「今回のイベントは、多くの人が関心を持ったから関心を集めたんでしょうね」

「(ぼんやりとした感想だなぁ)」

「また面白い企画、お待ちしてますよ!」

「(どうせ来ないんだろうよ)」

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怪音続報

12月6日(日)

「聞こえるよ、ほら」

朝6時半。家族に起こされて耳を澄ますと、たしかに聞こえる。

トントントントントントントン

一定のリズムで、まるで金づちで何かを叩いているような音。上の階の方から聞こえてくる。

そういえば、いままで気にもとめていなかったが、以前にもこのような音が、しょっちゅう聞こえていたような気がする。

あのチラシを読むまでは、気にもとめていなかったのだ。

「トントントン」が短いときもあれば、長いときもある。いちど「トントントン」の音が聞こえ、終わったのかな、と思ったら、再び「トントントン」の音。つまり、連続する音の長さも、次の音までの周期も、バラバラなのだ。

一定のリズムかな、と思いきや、よくよく聞いてみると、リズムが微妙に乱れているところもある。

機械音なのか?それとも人間のなせる業なのか?音を聞いているだけではよくわからない。

外の音なのかな、と仮説を立ててみる。うちの部屋のすぐ近くには、非常階段があり、階段が鉄板でできている。けっこうその階段を利用する人が多く、そこを歩くと、「トントントン」と音がするのである。

だが、その音と、いまの「トントントン」の音は、明らかに違う。そもそも歩くリズムなど、人によりバラバラで、一定ではないしね。試みに窓を開けてみるが、窓を開けると、その音は聞こえないのである。やはり建物の内部でしか聞こえない音のようである。

6時半頃から始まった怪音は、断続的に、7時頃まで続いた。チラシに書いてあった「朝6時以降」という記述は、かなり正確なデータに基づいていることがわかった。

ようやくおさまったかな、と思ったら、8時過ぎに、再び、「トントントン」という一定のリズムを刻む音が聞こえ始めた。今回もまた、その間隔が長いものもあれば短いものもあり、断続的である。心なしか、朝6時半の時の音よりも大きい。しばらく続いたあと、その音は止み、その後、お昼の時点で、音はしていない。

通常、マンションの他の部屋の生活音が聞こえることなど、ほとんどないのだが、なぜかこの「トントントン」だけは、ハッキリと聞こえている。

たしかにこれは、気にし出すと、かなり不気味な音である。

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怪音

仕事が終わり、自宅マンションに帰宅すると、郵便受けに1枚の紙が入っていた。

「【至急】朝・夜の機械音について

先月以降、朝6時以降、あるいは夜9時前後に、「トントントン」という機械音、金づちをたたくような音が上階から響いてくる、との苦情が多数の方々からいただいております。回数が以前よりも増えており、不安を感じている方もいらっしゃいます。

音は短いときには30秒ほど、長く続くときもありますが、一定のリズムを刻む音に聞こえます。

今いちど室内をご確認いただき、原因とおぼしきものがないかどうかご確認ください。また心当たりの方はただちに改善していただくようお願いいたします」

僕が住んでいるのは、6階建てのマンションの3階。なので、上階から「トントントン」という音が聞こえたことはない。

これで思い出したのが、1年ほど前だったか、マンションの理事会に出た妻から聞いた話である。ちょっと前の話なので、記憶が正確ではないかもしれないが。

理事会ではそのとき、やっかいな議題が取り上げられた。

5階に住む一人暮らしのおじいさんが、上の階の音がうるさいと、上の階の住人の方に文句を言ったそうなのである。

しかしそのおじいさんの真上の階の住人は、心当たりがない。だが、そのおじいさんは、ことあるごとにクレームをつけてくる。

さすがに上の階の住人は、神経がまいってしまい、奥さんの方は実家に帰ってしまったとか。はては、引っ越しを考えるまでにもなったとか、ならなかったとか。

そのときは、典型的なクレーマーだな、というような話になった。しかしまあ、そのクレーマーのおじいさんを責めると逆上されても困るので、理事会としては、「なるべく音を出さないように」という貼り紙でもしましょう、ということになった。

それから一年ほど経って、またこの怪音騒動である。

クレーマー呼ばわりされたおじいさんが言っていたことは、本当だったのではないだろうか。

1年前の理事会でも、他の理事の人が「たしかに上の階で音がしたのは聞いたことがある」と、そのとき言っていたという。

…でもこのチラシの内容、ちょっとコワくない?

決まった時間に、金づちで叩くような「トントントン」という機械的な音が聞こえてくるんだぜ。しかもマンションの住人は、誰も心当たりがないのだ。

山崎ハコの「呪い」という歌を思い出した。

「コンコン コンコン 釘をさす

コンコン コンコン 釘をさす

たたみが下から笑ってる

コンコン コンコン 釘をさす

わらの人形 釘をさす

自分の胸が 痛くなる」

あるいは、僕に文才があったら、この謎の貼り紙をきっかけに起こったマンションの殺人事件についての小説、たとえば、宮部みゆきの『理由』みたいな小説を、書いてみたいのだが。

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「THE ALFEEの話をすると場が和む」のはなぜ?

怒濤の週明けである。

11月30日(月)の午前は、都内某所で、「絶対にしくじれない会議」。僕がホスト役になり、背広を着て出席しなければならない厳粛な会議である。無事、予定通り終了し、午後は職場に向かい、夕方から社長室で打ち合わせ。かえってヘトヘトになる。

そして今日(12月1日)は、朝9時半から職場でこれまた僕が司会進行の会議。2時間半かけて職場に通勤する。午後もさまざまな案件がふりかかり、もうヘトヘトである。

そんなことはともかく。

インターネットサイトで連載している、武田砂鉄氏の「ワダアキ考」。

「THE ALFEEの話をすると場が和む」というタイトルに惹かれる。曰く、

皆さん薄々勘付いているとは思うが、THE ALFEEの話をすると、その場が和み、にこやかになる。どんなアーティストでも、そのファン同士が語り合えばにこやかになるに決まっているが、THE ALFEEの場合、ファン以外の人同士でも、話題にあげるだけでにこやかになる。「特にファンではない人がそのアーティストについて話した時、場が和む確率」という統計はとれないものの、他のアーティストと比べても突出した数値になるのではないか。」

そうそう、そうなんだよ!と思って読み進めようとすると、

「ここから先は有料会員登録が必要です」

となっていて、先に進めない。

「なんだよ!気になるじゃないか!!」

続きを読みたいのだが、有料会員になるのも二の足を踏んでしまう。

しかし冷静に考えてみると、「みなさん薄々勘付いているとは思うが」と前置きして、さも当然のごとく「THE ALFEEの話をすると場が和む」ことを「あるある」のように書いていて、僕は共感しているのだが、このタイトルを読んで、どのくらいの人が共感しているのだろうか?

高校時代、THE ALFEEの大ファンだった後輩がいて、僕はといえば、同じ3人組でも、YMOファンだったので、THE ALFEEのファンでも何でもなかったのだが、それでも、その後輩とTHE ALFEEについて話をすると、その場が一瞬にして和んだのだった。

それからずいぶんたって、立派な社会人になってから、というかいい年齢になってから、その後輩に、いまでもTHE ALFEEのファンなのかと尋ねたら、

「もちろんですよ。もう、半ば義務的にコンサートに行ってます」「生存確認ですね」

みたいなことを言っていて、またしてもその場が一瞬にして和んだのだった。どうして、THE ALFEEの話題が出ると、とくにファンでもない僕も、顔がほころんでしまうのだろう?

そんなことを思っていたら、THE ALFEE ファンの後輩から、

「動画サイトのALFEEキッチンを観て頂けたら和む理由がわかると思います」

というメッセージが来た。

少し見始めたが、なるほど、和む理由がなんとなくわかる。が、その理由を言語化することができない。

やはり武田砂鉄氏の続きの文章を読みたい、という思いがますます募ったのであった。

うーむ。有料会員登録をすべきか。それとも、書籍化されるまで待つか。それが問題だ。

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