おじいちゃんのやかん
12月26日(土)
僕は3年前に大病を患ってからお酒を飲まなくなり、もっぱら家では麦茶を飲んでいる。
2歳9ヶ月になる娘も必ず麦茶を飲む。ただし、僕は「水出し」なのに対して、娘は「煮出し」である。やかんにはいつも麦茶が入っている。
たまに僕の実家に娘を連れて行くときも、実家の母は自分の孫のために必ず麦茶を沸かしておいてくれる。
この日、娘を連れて実家に行ったときも、娘のために麦茶を沸かしておいてくれていた。
「階段の下に物入れがあるでしょう」
「うん」
「そこを片づけていたら、いままで全然見たことがなかったやかんが出てきたのよ」
「やかん?」
「うん。いままで全然使っていないやかん。箱に入っていたのよ」
そう言うと母は、そのやかんを持ってきた。
「麦茶用のやかんよ。今日はそのやかんで麦茶を作ったんだけど」
そう言うと、やかんの蓋を開けた。たしかに、中は麦茶を煮出すために作られている構造のようだった。
「どうしたの?これ」
やかんが入っていた箱を見たらね、お父さんの字で、大きく『麦茶用』と書いてあったのよ。実際、その箱にももともと『麦茶用』って書いてあるんだけどね、小さくて読みにくいから、お父さんがわざわざマジックで『麦茶用』と書いたんだね」
父がずっと前に買ったやかんらしいのだが、結局、使わないままになっていたらしい。
「だいぶいろんなものを処分したつもりだったんだけどね。どうしていままで気づかなかったのかしら」
たしかに不思議である。母もこのやかんの存在はいままで知らなかったのである。
「でもこれで、麦茶を作るのもだいぶ楽になったわよ。いままではふだん使っているやかんで麦茶を沸かしていたから」それまで、麦茶を沸かして飲むなんてことをしてこなかったのだ。
父は3年前、2017年の11月に死んだ。そしてその翌年の3月に娘が生まれた。あと半年、父が生きていれば、父は自分の孫の顔を見ることができたのだが、それがかなわなかった。
父はなぜ、麦茶用のやかんを買ったのだろう?そしてなぜわざわざ「麦茶用」と、大きく書いたのだろう?自分が麦茶を飲むつもりで買ったのかもしれないが、結局は使わないままになってしまっているではないか。
それが3年以上経って、「麦茶用」と書いた父の筆跡とともに突然目の前にあらわれて、僕の娘、つまり父の孫娘の麦茶を沸かすために重宝しているのだ。
おじいちゃんから孫への、時を超えたクリスマスプレゼントなのだろうか?と、ふとそんな感傷的な思いが頭をよぎった。
「おちゃちょーだい!」
娘のコップに、僕は麦茶を注いだ。
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